第三話 罪は時の流れのままに その3
「ゲンジュウロウ、そっちはどうなの?」
「いまちょうど寝込ましたところですわ」
ゲンジュウロウはスマホを片手に、ベッドで寝ているアルベルトを見ながら呟く。
あの後散々、浴びせるかのように酒を飲ませ、そのまま酔い潰してしまった。
かなり悪酔いしたのか、彼は悶絶しながらうめき声をあげている。
余計なことをしないようにと少女に言われたための策だったが、かなりやりすぎてしまった。
「フォードはんが屋敷へ行ったそうですが……」
「ええ、これから仕上げにかかるって言ってるわ」
「決行日はいつごろになりそうなんや?」
「三日後、それまでアルベルトにバカなことをさせないでね」
「はいな」
電話を切ると再びアルベルトの方を見やる。
テーブルの上に置かれたろうそくの火が静かに揺れている。
近くの椅子に座ると小さくつぶやいた。
「あんさんも難儀な人やな」
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「こっちです」
「わかった、わかった! ……ったく、なんだってこんなことに……」
フォードは騎士たちを先導し、軽やかに山道を歩く。
一方の騎士たちは足が遅く、やる気もなさそうにため息をついている。
面倒なことに駆り出されたことに不満を隠せないでいた。
「あそこです、あそこで怪しげな人が出入りしてるんです」
フォードが指し示した先には小さな小屋があった。
木々が生い茂る中にポツンと建っており、年季なのかどうかわからないがかなり黒ずんでいる。
「わかった、ちょっと見てくるから……」
騎士がうんざりした顔で小屋に近づき、扉を開ける。
中にはいたのは複数の男たち。複数の目が一斉に騎士へと向けられる。
「なんだ? お前ら?」
次の瞬間、無数の剣が騎士の体を貫いた。
突然のことに考える暇もないまま、後ろへひっくり返る。
「え?」
「ああ!?」
突然のことに仲間の騎士が驚きの声を上げ、その場で固まってしまう。
完全に呆けた顔で状況が呑み込めないようだった。
中の男たちは先ほどの騎士の身体を無造作に横へ投げ飛ばす。
そして剣を抜いて騎士団を睨みつけてきた。
すかさずフォードは声を上げる。
「仲間がやられた! すぐに応戦を!」
フォードの声に気を取り直し、騎士たちもまた剣を抜く。
静かな森の中、血の匂いとともにお互いが殺気立つ。
「やっぱり来やがったな! 貴族の犬ども! ぶっ殺してやる!」
「裏稼業の上前を撥ねようだなんていい根性してやがるぜ! やっちめぇ!」
傭兵団と騎士団の戦いが始まった。
フォードはすぐさまその場から離れ、事の成り行きを見守る。
剣と剣とがぶつかり合う。我流の乱雑な剣術とお行儀の良い綺麗な剣術。
血しぶきが飛ぶとどうじに騎士が一人、また一人と倒れていく。
同じように傭兵も一人、また一人と切り捨てられていく。
血の匂いが周囲に立ち上る頃、ついに騎士団最後の一人が大地に伏した。
残った一人傭兵は安どのため息をつく。
「へっ、こ、これで……」
「ええ、ご苦労様でした」
次の瞬間、彼の身体から鋭い手刀が心臓を貫く。
背後を向くとそこにいたのはフォードだった。
何が起こったか分からぬままその場に倒れた。
フォードは中にある手紙を確認すると今度は印をを押した手紙を置く。
周囲を見渡し、生きてる者がいないことを確認する。
そして最後にフォードは自らの服に泥や木々の枝をつけると騎士団の詰め所に駆け込んだ。
「た、たいへんです! 騎士団の皆様が山賊のような男たちに!」
「な、なに!?」
「私は命からがら逃げおおせたのですが……」
「わかった、すぐに救援に向かう!」
必死の形相を見て騎士団たちが慌ただしく動く。
増援の騎士団を連れて先ほどまで戦いがあった場所へと連れて行く。
「これは……」
「遅かった……」
血まみれの仲間の死体を見ながら団長が唸る。
フォードは力なく、その場に崩れ落ちた。無念と言わんばかりに手で顔を覆った。
騎士団長は軽く唸るとすぐさま声をあげる。
「……とにかく、辺りを検分する! 私はあの小屋を調べる!」
「は、はい!」
騎士団長が小屋の中へを入っていく。
暗い小屋の中には眩いばかりの金貨の山を見つける。
「これは……?」
「なんでしょうか? それは?」
「金貨だ。しかもこんなに大量に……」
「傭兵たちはいったい何をしていたのでしょうか?」
「ふむ……むっ」
小屋の中をさらに見渡すと一枚の手紙を発見する。
「それは?」
「おそらく……依頼人からだろう」
手に取って見定める。
手紙の印を見たのち、書いてある中身を黙読する団長。
そして一通り読み終えると懐へと閉まった。
「なるほど……すぐに王へ連絡だ」
「はっ!」
小屋の外で副官の騎士が出て大声で部下を呼びつける。
その様子を見てフォードは確信を得て思わず笑み浮かべたのだった。
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フォードと騎士団が山奥で一つのやり取りを終えて三日後。
「いやぁ、すまんかったな。まさかそんなことになるとは思わんかったわ」
「いえ……とにかく施しはもう充分です。ありがとうございました」
アルベルトが頭を下げるとがゲンジュウロウの方も手に頭を当てて謝罪をする。
あの後、酔いは収まったものの体調を崩してしまいしばらく寝込むことになった。
その間の宿代はゲンジュウロウが持つことで事態は収拾した。
「礼は要らへんよ、むしろ僕が頭を下げる方や。……せやけどアルベルト、今日ぐらい一緒にいさせてくれ。あんさんは病み上がりやからな」
「はぁ……」
やや明朗ではない態度でアルベルトが言う。
ゲンジュウロウは自分がうっとうしい存在であることは理解していたが、それ以上何も言わなかった。
そんな矢先、騎士の少女が話しかけてきた。
「あら? ゲンジュウロウじゃない」
「ペチか、こないな所で何をしとるんや?」
「決まってるじゃない! 見回りよ!」
「見回りかぁ、ご苦労さんなことや」
軽く流すゲンジュウロウにペティは少しムッとするがすぐに気を取り直す。
視線を隣にいるアルベルトへと向けた。
「えっと、こちらの方は?」
「僕はアルベルトと言います」
「我が名はペティ! よろしくね」
「なんや、初めて会った時よりも砕けた感じなったわ」
「いいじゃない! 長い名乗りも良いけどこうやって短くするのも思いやりよ!」
今にもふざけあいを始めそうな二人にアルベルトが口を出した。
「あの……騎士様。エドワード伯爵の別宅へ行きたいのですが…」
「エドワード様の? いいわ、連れて行ってあげる」
二人は目的地へ向かって歩いていく。
そんな中、ゲンジュウロウはアルベルトの顔をふと見やる。
やたらと険しい顔をしている。
いよいよ対面の時は近いことに緊張をしているようだった。
「ここよ!」
「ここですか」
屋敷とは違いかなり小さい家だった。
それでも庭やベランダといった物がいろいろ付いている。
仮の住まいとはいえ豪勢な邸宅に、ゲンジュウロウもアルベルトも思わずため息を漏らした。
「んで、用事っちゅうんは?」
「えっと……伯爵様に面会したいなーというか……」
「うーん、それは無理ね……伯爵様は忙しいし」
「それになアルベルト、こういうのはアポがないと会えないんやで」
「そうですか」
「まあ、帰ってくるのは夜だって聞いてるわ。それからアポを取ればいいわ」
「そうですか」
「でも気をつけなさいよ、この辺りは追剥がいるらしいから」
「下手にしたら取っ捕まるっちゅうわけやな」
「そうよ!」
「じゃあ僕はこれで」
「なんや、もう行くんか?」
「ええ、いつまでもゲンジュウロウさんにお世話になるのもご迷惑でしょうから」
「……わかったわ、今度は行き倒れるんやないで」
「はい、それじゃ……」
手を振って別れるアルベルト。
背を向けて歩いていく彼を見ながら隣にいるペティに話しかけた。
「ペチ、あいつの後をつけてくれ」
「何よ突然」
「なんや緊迫した雰囲気や、何かをやるというかなんというか……」
「なんかって何を?」
「そら、お前……犯罪に決まってるやろ? かなり思い詰めた顔しとったし」
「……しょうがないわね、後をつければいいのね」
「頼んます」
頭を下げるゲンジュウロウ。
それを手を挙げて応えるとペティは走ってアルベルトの後を追いかけて行った。
それと同時にスマホが震える。すぐさま取り出して耳に当てた。
「はいな、なんか御用ですか?」
「フォードの準備が終わったわ、あとは……」
「こっちもアルベルトが辛抱たまらん状態になってますわ」
「そう、それなら……」
「今日の夜が決行日になりそうや、せやけどフォードはんは?」
「止めを刺しに行ったらしいわ」
「さよか……」
「ゲンジュウロウ、事の顛末を見届けなさい。私もフォードもそこには行けないから」
「分かりましたわ」
「時間は夜の十一時。いいわね?」
「はいな」
スマホの電話を切るゲンジュウロウ。
終わりの時は確実に近づいていた。
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夜の十一時。ゲンジュウロウは屋根の上からじっと伯爵の見ていた。
周囲を見渡しながら何者かが屋敷の中へ入っていく。
ゲンジュウロウはそれを見送ると屋根の上から瞬時に別宅の木の上に降り立つ。
窓から中の様子をうかがう。部屋の中にはエドワード伯爵とアルベルトがいる。
先ほどの入っていった者の正体はアルベルトだった。
「おやおや、懐かしい顔だ」
「エドワード……」!
「お元気だったかな? アルベルト君?」
「ああ、ようやく会えたな」
口調はあえて懐かしさを醸し出しているが、奥底にはそこはかとない嫌味を感じ取れた。
怒りで顔を歪ませるアルベルト。今にも食って掛かりたい気分を抑えているのか、手が震えていた。
「貴様が……父さんと母さんを!」
「ふん、何を根拠にそんなことを」
「根拠なら――」
口論をし始める、というよりアルベルトが一方的にエドワードを糾弾する形になった。
一方、窓の外で話を聞いてるゲンジュウロウであったが何やら煙たいらしく、軽く周囲を見渡す。
「なんや? こんな時間に……? 火事やったら大変やで」
鼻を動かして焦げ臭いニオイの正体を探る。
すると邸宅の隅にある焼却炉が燃えていた。黒い煙が激しく噴き出している。
「なんや、こんな時間に燃やすなんて……。近所迷惑を考えて欲しいもんやな、っとと」
再び伯爵とアルベルトの所へ戻る。口論はいまだに続いていた。
「そう、そうやってお前は……」
「それで?」
必死で推理や聞いた事実を羅列するアルベルトだったが、伯爵は顔色一つ変えず涼しい顔をしている。
ゲンジュウロウには完全にもてあそばれているようにしか見えなかった。
もともと裏とのつながりが長いせいか、この手の言いがかりには対処の術を知っているのだろう。
声を荒げて糾弾するアルベルトの言葉は、完全に流されていた。
「このままじゃ返り討ちやな……」
頬杖を付いて、成り行きを見守っていたが飽きてきた。
やむなくいったん窓の外から離れ、邸宅の前に降りた。
さて、これからどうするか。と顎に手を当てたところにタイミングよくペティが現れた。
「ちょっとゲンジュウロウ! どこに行ってたの? アルベルトって奴を見失っちゃったんだけど!」
「ペチ! ちょうどええわ! アルベルトの奴が伯爵の家に突撃しおった! このままじゃあかん! 一緒に来てくれ」
「ええええ!? 分かったわ!」
二人で屋敷に入ろうとする。が、その前に大勢の騎士がやってきた。
ペティの上司である騎士が彼女の姿を見つけると声をかける。
「おお、ペティ。ちょうどいい所に!」
「え?」
「伯爵はご在宅か?」
「ええ、今、邸宅の中に私の知り合いが飛び込んじゃってて……」
「そうか……よし、突入!」
「僕も行きますわ。アルベルトの奴、伯爵に殺されるかもしれへん」
「わかった、一緒に行こう」
ゲンジュウロウはペティたちとともに邸宅の中に入る。
推理はクライマックスに入ったのか、アルベルトが叫ぶ。
「証拠は……お前は肌身離さず持っていたはずだ!」
「……ほう」
「打ち出の小槌は無限じゃないと父さんは踏んでいた。そのうちその効力はなくなる。そしてその小槌は持つものを不幸にするんだ!」
「なるほど、……ならばせっかくだ。いいことを教えてやろう、貴様が探している証拠……それは今は焼却炉の中だ」
「なっ!」
それと同時に大広間の時計が鐘が鳴り響く。
焼却炉のモノ、打ち出の小槌が完全に燃え尽きたことを知らせる鐘だった。
先ほどの焼却炉で燃えていた物は彼が証拠と言っていた物だった。
「ふふふ……ふはははははははははは! これで事件は永遠の闇になった!」
「そ、そんなぁ……!」
高笑いをする伯爵にアルベルトは悔しさのあまり、膝をつき涙を流し始める。
そんなときだった。扉が開いた。数名の騎士が広間へと進む。
「伯爵ですね?」
「ああ、ちょうどいい! この薄汚いガキを牢屋にぶち込んでくれ」
「わかりました」
騎士たちは青年の両脇を掴んで建物の外へと連れて出して行く。
要件が済んだと思いきや、一人の騎士が伯爵に詰め寄った。
「それと……あなたも、です。伯爵」
「なんだと?」
「あなたには国家反逆罪、謀反の疑いがあります! 一緒に来てもらいますよ」
「ふ、ふざけるな! 私は何も知らない!」
「お話は取調室でお聞きします、さあ!」
「何をする! 放せ!」
青年と同じように羽交い絞めにされ、外に止めてあった無理矢理馬車へ押し込まれていった。
「知らない! そんなことはしてない! 何かの間違いだ!」
半狂乱になりながら叫ぶエドワード。そして扉が閉まると勢いよく駆け出して行った。
馬車が走るのを見送る三人。アルベルトに至ってはまだショックの状態から立ち直れないの泣き顔のままだった。
「ペチ、悪いんやけど……」
「いいわ、仕方ないけど私が連れて行くわ」
「ありがとうな、じゃあ僕はいったん帰りますわ。アルベルト、くれぐれも早まった真似はするんやないで」
ゲンジュウロウが彼の肩を軽く叩くとそのまま去っていった。
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三日後、少女はいつも通り新聞を広げていた。
「伯爵、ついに処刑されるらしいわ」
エドワード伯爵、処刑確定!
さらに彼の息がかかった貴族も死刑に!
贈賄、暗殺、そして人身売買! 金のためなら何でもする男!
爵位は金で買えると豪語したこの男の人生とは!?
出所不明の多額の金銭! 近年の強盗殺人との関連は!?
あることないこと書かれている新聞を眺める少女。
そんな少女をゲンジュウロウは湯飲みを片手に声をかけた。
「ほう、恐ろしいこっちゃ。にしても……国家反逆罪とは……大きな話でんな。貴族同士で甘い汁を吸いましょうって話やったって聞いてますけど……」
「そうね、大きな話、ね」
「みんな話してましたわ、あの伯爵がそんな人だとは思わんかったって」
「人は見かけによらない、ってことね」
彼女は軽く笑う。あの後、伯爵の屋敷に王都直属の騎士団が来訪した。
軽い抵抗があったものの一時間で鎮圧。抵抗の首謀者と思われるのはあの執事長だった。
彼が裏方を率いている話だった。
しかし……ゲンジュウロウはどうしても腑に落ちないところがあった。
「それにしてもフォードはんと何を企んでたんや?」
「どうもこうもないわよ、悪どいことをしてるからお仕置きをしましょうってだけよ」
「お仕置きでっか?」
「ええ、お仕置き」
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、フォード」
フォードは屋敷に入るとさっそくメイドから差し出された濡れタオルで手や顔を吹き始めた。
その行いが不快なのか、ゲンジュウロウは少し嫌な顔をする。
「いやぁ、大変でしたよ。服を汚してしまいましてね……」
「そんで、いったいどういうことなんや?」
「彼には少々痛い目にあってもらうことにしました。冤罪という痛い目にね」
「冤罪?」
「もっとも、犯した罪はあまりにも大きいと思いますがねぇ……。アルベルトの両親を殺害したのは実質時効を迎えてしまいましたし、堰を壊した罪は誰も立証できません」
「だから罪を水増ししたってことかいな?」
「そういうことね」
「それだけではありません。身に覚えのない罪で裁かれる! 彼にはふさわしい末路でしょう」
「そうか? なんかなんかまどろっこしい手を使いますわなー」
「あら、直接殺してしまうよりは穏便だと思うのだけど?」
「お嬢、穏便っていうのを辞書で引いた方がええで」
「ふふ、そうね……そうするわ」
少女は笑いながら傍にあるカップを手に取る。
どす黒い色をしたお茶をすすり、再び新聞へ視線を移した。
そこには薄暗い牢獄で叫びをあげる伯爵の顔が大きく描かれていたのだった。




