第三話 罪は時の流れのままに その1
朝、黒猫メイドの獣人が庭を箒で掃いている。
かなり早い時間なせいか、小鳥がさえずり、空には軽い薄雲がかかっていた。
石畳の上にある砂埃を一点に集めると、塵取りでそれをかき集める。
そんなとき、何者が門を叩いた。
「ちょいとお待ちを」
メイドが小走りで門へと向かう。門の前には一人の青年がいた。
泥にまみれた小汚いマントを羽織って力なく門の前にうずくまっている。
かなりやせ細った顔から言って何日も食べてはいないらしい。
青年はメイドに気が付くと力のない声をあげた。
「す、すみませんが食べ物を分けてくれませんか?」
「……お嬢に聞いてきまさぁ、ちょいとお待ちくだせぇ」
そういうとメイドは奥へと引っ込む。しばらくすると戻ってきた。
「せっかくだから中へ入ってくだせぇな。汚い身なりだと会いたくねぇとお嬢が言ってまさ」
「は、はい……」
青年を奥の部屋に通すとそのまま風呂に入らせた。
メイドは洗濯をしようと脱いだ青年の衣類に手を伸ばす。
しかしマントもだが他の衣類、シャツやズボンは完全に破れ果てており、ボロボロだった。
メイドは眉間にしわを寄せ、衣服を指先でつまむと持ってきたゴミ箱へ放り込む。
代わりに新品の白いシャツと茶色のズボンを置いておいた。
「お着替えはおいておきまさ、使ってくだせぇ」
「ありがとうございます」
服を着替え、身なりを整えた青年にメイドが申しつけを伝える。
「こちらへ、お嬢があいさつしたいそうですぜ」
メイドに促されるままに食堂へと入る。
大きなダイニングテーブルの向こう側に館の主と思わしき、一人の少女が座っていた。
その傍らには蛇のような青白い男がいる。
「ご気分はいかが?」
「助かりました、本当に感謝をします」
頭を下げる青年。しかしまだ足りないと、空腹の虫はそれを伝えてきた。
「ふふ、お腹が空いてるのね。お食事をお客様に」
「へい、少々お待ちを!」
いったん奥へと引っ込む。しばらくすると大きなお皿を青年の前に置く。
出されたのはスープだった。血のように赤く、そして無数の肉が入っていた。
立ち上る香りに青年は鼻を動かす。空きっ腹には響くのか、よだれも垂れていた。
「すみませんがありあわせの物でさ。こいつで良かったらお召し上がりを」
「いえ、助かります」
一心不乱にスープを口に運ぶ青年。
よほど空腹だったのかスープは見る見るうちに消えて行く。
味わうことも作法もない、勢い任せの食べ方であった。
だが少女も、男も、メイドもそれを咎めることはなく、ただ見ているだけであった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さんでした」
メイドが頭を下げると空になったお皿をそのまま奥へと下げる。
一息をついた青年に今度は傍らの男が声をかけてきた。
「ほんで、あんさんはこれからどないすんや?」
「今は王都へ行きたいのです」
「わかったわ、近場の都市まで案内をしてあげる。ゲンジュウロウ、道案内をお願い」
「はいな、わかりましたわ」
「何から何までありがとうございます」
青年が頭を下げると彼女はただ微笑むだけだった。
唯一洗濯をしたボロボロのマントを再び羽織り、ゲンジュウロウとともに都市へと向かう。
腹が膨れたせいか青年の足取りも軽い。
そんな道中、ゲンジュウロウが青年に話しかけてきた。
「ところであんさん、名前は?」
「え?」
突然の質問に青年は戸惑いの色を見せた。
今更聞かれるとは思っていなかったのか、妙に目がせわしなく動いている。
「いや、お嬢はああ見えて酔狂のお方や。名前も知らん奴を時々泊めたり施したりするし……無防備っちゅうか、なんちゅうか……」
「はぁ」
「まあ袖擦りあうのも他生の縁と申しましてな、名前ぐらい聞いておいても損はないやろってだけや」
「僕はアルベルトといいます」
「そうか、アルベルトはんか。僕はゲンジュウロウいいますわ。アルベルトはん、今度は行き倒れにならんようにな」
「は、はい!」
気が付けば都市の入口へと付いていた。
門番たちに頭を下げて軽い身体検査を受けるとそのまま町の中へと入って行く。
「では、僕はこれで失礼しますわ」
「ええ、ありがとうございます」
アルベルトはゲンジュウロウに頭を下げると町の奥へと消えて行った。
その様子をゲンジュウロウは見届けると顎に手を当てる。
「さて。これからどないしましょか?」
「あら、ゲンジュウロウじゃないの」
後ろから誰かが声をかけてきた。
「おっ、なんや、ペチかいな」
声をかけてきたのは知り合いの女騎士、ペティだった。
以前の粗末な鎧とは違い妙に煌びやかである。
よく見ると安物ではあるが金の細工が施されていた。
式典用の鎧であることはゲンジュウロウにも分かった.
「こんなところにまたやってくるなんて……何かあったの?」
「僕は人を送ってっただけや。まだ日も高いけどそろそろ帰ろうと思とるんやけど……」
「けど?」
「こんまま帰ってもつまらんしなぁ……と。で、ペチはなんでこないな所に?」
「今日は伯爵が来る日なの。だからその警備よ」
「ほへー、伯爵でっか……って誰?」
「あんたエドワード伯爵を知らないの?」
「いやぁ、僕は世事には疎くてなぁ……」
「まあいいわ、かいつまんで説明してあげる」
ペティの説明はこうだった。
ある町で川の氾濫が起こった。
人命には大きな犠牲は出なかったものの、建物はほどんど壊れてしまい、人々の生活が苦しくなっていた。
そんなとき、一人の男が現れた。それがエドワードだった。
エドワードは大金を町に寄付をし、町の人々を救ったのだ。
そんなエドワードに国王は感服をし、そんな彼に爵位を与えた。
エドワードはその後も国のため、人々のために精力的に働き、名声を得ていたのだった。
「という訳よ」
「なるほど、つまり徳の高い人物っていう訳やな。」
ファンファーレが鳴り響いた。道の両隅に群衆が集まっていた。
大通りを大きな馬車がゆっくりと進む。その馬車の上で一人の男が手を振っていた。
五十代半ばを思わせるその男は煌びやかな白いコートを身に着けている。
「あれが伯爵よ」
「ほええー、豪勢やな……」
「伯爵はとても素敵なの。今日だって騎士団に色々支援をしてくれたんですもの」
「そうなんでっか」
ゲンジュウロウは道路のわきから呆然と伯爵の姿を見つめるしかなかった。
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ゲンジュウロウが屋敷に帰ると、館の主の少女は音楽を楽しんでいた。
ラッパ型の蓄音機からゆったりとクラシックが流れている。
「おかえりなさい、彼はどうだった?」
「はいな、無事町にたどり着きましたわ」
「そう……」
「にしてもお嬢、また気まぐれですか?」
「気まぐれ……といえばそうだけど違うと言えば違うわね」
「どういうことや?」
「せっかくだし、詳しくは隣にいるフォードと一緒に話をしましょうか」
「なんや、フォードはんが来てたんか?」
彼女は軽く笑みを浮かべると部屋の奥から黒衣の男性が現れた。
髪はオールバック。顔からは慇懃無礼を表すかのような人を食った笑みを浮かべている。
一見すると何やら堅い仕事についている印象が見受けられた。
「久しぶりだな、ゲンジュウロウ」
「そっちもお元気そうで何よりですわ。それでフォードはんはなんでここに?」
「何故と言われても困るな。私はガブリエル様の使いであるからして……」
長話になりそうな雰囲気を察し、少女がすぐさま口をはさむ。
「さてフォード、さっそくだけど……ガルバと一緒にこれからいう村に向かってほしいの」
「かしこまりました」
「お嬢、僕はどうします?」
「用事は特にないから昼寝でもしてて頂戴」
「……わかりましたわ、ではお二人ともいってらっしゃい」
そう言ってゲンジュウロウは手を振りながら奥へと引っ込んでいった。
「あの男は相変わらずですな。さっき理由を聞いて来たのにそれを忘れるとは……」
「それがゲンジュウロウらしさでもあるわね」
「それで……何を知りたいのですか?」
「もちろん、今話題の人物。エドワード伯爵について」
「かしこまりました、それでは行ってきます」
少女の微笑みを受け、フォードが頭を下げると影法師の中へ消え去った。
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イルマ村。少女がいる屋敷よりかなり遠方にある寒村であった。
そこに瞬間移動を用いてフォードとガルバはやってきた。
荒れた土地で種まきをしている一人の女性を見つけると声をかけた。
「すみません、十年ほど前の話をお聞きしたいのですが……よろしいですか?」
「十年前!? あんたまさか……」
「いえ、今更蒸し返そうというわけではありません。ですが知り合いにちょっと話を聞いたものですのでね」
丁寧な口調で対応するフォード。しかしそうはいうが疑いのまなざしを向ける中年女性。
相手の警戒心を解くためにフォードはすかさず酒瓶を取り出した。
自分が敵意を持っていないことを示すためのものだった。
「せっかくですから一杯やりながら……いかがでしょうか?」
酒瓶を見ながらやや葛藤があるのか、困惑の表情を崩さない女性。
しかし誘惑には勝てなかったのか、女性はフォードから杯を受け取る
「そ、そうだね……貰おうかねぇ」
とゆっくりと飲み始めた。並々と注がれたワインははあっという間に減っていく。
そのたびに女性の口は徐々に脆くなり、ついには話を漏らし始めた。
「十年前のあの事件は悲惨だよ。こんな静かな寒村で夫婦が惨殺されてねぇ……。残された男の子は親戚に引き取られたらしくて……。あの時の犯人はいまだに捕まってないんだよ。怖いねぇ」
「ほう、ところでなぜ夫婦は殺されたのでしょうか?」
「なんでも畑を耕してたら何かを見つけたらしいんだよ、詳しいことはうちの人に聞いてくれないかい?」
「……なるほど、大体のあらましは分かりました。ご協力に感謝をいたします。それとこれはお礼の品です」
フォードは女性にエメラルドの指輪を渡し、頭を下げる。
その後も情報収集を続けるフォード。
一方のガルバは暇なので村人と一緒に農作業に精を出していた。
鍬をふるうその姿は誰がどう見ても農夫にしか見えない。
「結局何の話をしてたんだ?」
「昔話ですよ。十年ほど前の……ね」
「ああ?」
十年ほど前この村で一組の夫婦が殺されるという事件が起こった。
村長をはじめ、多くの者は山賊に襲われたと思った。
しかし……。処刑された山賊は夫婦のことは知らないと証言。
そして残された男の子の行方も親族に引き取られて以降は不明。
結局誰が夫婦を殺したのかわからないまま、時だけは過ぎて行った。
「ふぅん、で? なんでその伯爵とやらが関係あるんだ?」
「いたってシンプルな話でしょう。その事件と伯爵が関係している。ということです」
二人は再び瞬間移動で別の町へ向かう。今度の町はグルグ。伯爵が再建をした街だった。
再び町の人たちに聞き込みをするフォード。
一方のガルバはやることが無いらしく、町のベンチで堂々と昼寝をしていた。
情報収集が終わったらしく、ガルバはたたき起こされた。
「で、何かわかったのかよ?」
「ええ、かなり有益な情報が入りました」
「そうか、なら屋敷へ戻るか?」
「いえ、もうちょっと足を延ばしましょう」
視線の先には大きな山があった。
さっそく二人は山道を進んでいく。
川の上流に差し掛かかるとフォードは辺りを見渡す。
「ここが……かつて川の堰があった場所、ですか?」
川のほとりに不自然なくぼみがあった。
どうやら川が氾濫する前、ここに川の堰があった。
すぐさま地面に這いつくばるフォード。しばらくすると何かを手に取った。
「ありました……」
「なんだこりゃあ?」
「決まっているでしょう、宝に」
泥にまみれた古い縄がそこにはあった。
かなりの年月が経っているせいか完全に泥にまみれていたが何とか形を保っていた。
フォードはガルバに縄を見せる。
「見てください、これは刃物で切った後です」
「刃物で切ったねぇ? どういうことだ?」
フォードが言ったとおり、縄は綺麗な断面をしていた。
「おそらく何者かがこの縄を切って川を氾濫させたのでしょう」
「何者か? 川の管理をしてた奴らじゃねぇのか?」
「そう考えるのが妥当ですが……そう考えると謎が溢れてきます」
「謎だぁ?」
「何故川の管理をしてる人間が縄を切らなくてはいけないのですか?」
「そりゃあ……」
「管理をしている人間が川を氾濫をさせてどんな得をするのでしょうか?」
「うう……」
「最後になぜほどくでは無く切るを選んだのか、ということです」
「全然わかんねぇ」
「私もそう思いますよ、さて、屋敷に戻ることにしましょうか」
「おう!」
「……と、その前に少々胡散臭い奴らを倒してくれませんかね?」
「ああん?」
ガルバが周囲を見渡すと覆面の男たちに囲まれていた。
殺気を放ってくる男たちに声をかける。
「なんだよ、お前ら?」
「ここに近づく者はだれであれ殺せと命令を受けている」
「……そうかよ!」
男たちが刃物を取り出すのを見るとガルバもまた腕や肩を鳴らし始める。
「やれ」
この一言が発すると同時にガルバは彼らに向かっていった。
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「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
フォードと少女がお互いに声をかける。
血まみれのガルバはメイドからタオルを貰うと身体を拭き始めた。
あの後、襲い来る男たちをガルバがすべて消し去った。
彼らは今、一人残らず人ではない肉の塊となり木々の脇に捨てられている。
その肉は動物たちの食料となり自然と帰っていくだろう。
「それで結果は?」
「ええ、全てが黒とは言い切れませんでしたが……白の部分は何一つないですね」
「あー、疲れた……ったく、お前は俺をなんだと思ってやがる?」
「怪力無双。天下に名だたる強力の持ち主でしょうかね?」
「……やめだ、お前の話を聞いてると頭がおかしくなる」
完全にあきれ顔のガルバ。彼は汗を流すために部屋の奥へと引っ込んでいった。
そんな彼の後姿を見送ると再びフォードが口を開く。
「さて、次はどうしましょうか?」
「……なら、フォード。仕込みをお願い。それとゲンジュウロウを起こしてきて頂戴」
「わかりました」
フォードもまた部屋の奥へと引っ込む。
そんな彼らを見て少女はただ微笑むだけだった。
「さて、どうなることかしら?」




