第一話 彼女は棺桶の中に
その日は雨が降っていた。
人々は川の氾濫を恐れながらこの雨音を聞いていた。
雨は日が落ち、闇夜が辺りを包んでもなお続いた。
闇と雨、誰もが危険を感じ家の外から出ようとはしない。
そんな中、複数の男たちが闇夜と雨に紛れて走っていた。
周囲に警戒を張り巡らせ、動く物全てに注意を払っている。
「ここまでくりゃあ、安心だな」
「ああ……」
一息付くと汗と雨の水で塗れた額をこする。
雨の中を走ってきたせいで身体を包むマントを初め、靴や剣をしまう鞘も泥まみれであった。
それを払うことなく、男たちは再び歩みを進めていく。
この薄汚れた姿の男たちは強盗、山賊であった。
闇夜に紛れ、人を殺め、物を盗み、そして後を残さず立ち去る。
残虐な手口と手際の良いやり口から人々は彼らを恐れた。
騎士も傭兵もこの神出鬼没な山賊に手を焼き、商人たちは彼らに出会わぬことをただ祈った。
今日も一仕事を終え、立ち去ろうとする。だがついに役人たちに見つかってしまった。
山賊たちは深い森の中をひたすら走り、追っ手を撒いた所であった。
「……にしても……蒸すな、今日は」
「そうだな、せっかくだ、どこか雨を凌げる所を探そうぜ」
「人がいたらどうする?」
「おいおい、人がいようと関係ないだろ?」
「そうだな、はっはっはっ」
下品な声で笑いあう山賊たち。そんな最中、ある者が何かを見つけた。
「おい、アレを見ろ」
指した方向にあったのは古びた洋館であった。
森の奥深くにあるそれは、まるで人目を避けるかのようにポツンと建っている。
しかし、彼らが、山賊が目に付けたのはそれだけではなかった。
「へぇ、結構良い所じゃねぇか」
雨と風のせいでやや泥に塗れているものの、庭はかなりの手入れがされていた。
美しき花々、命溢れる緑の木々、石で出来た噴水に野菜が無数になっている畑。
よほどのことから彼らはみなこう思った。金持ちがいる、と。
「行ってみようぜ」
「ああ、そうだな……」
足早に建物へと近付いていく山賊。
彼らは館への玄関へとたどり着くとやや乱暴に扉を叩いた。
「ごめんください! 誰かいませんか?」
するとドアが軋んだ音を立てて開いた。出てきたのはメイドだった。
ただし普通のメイドではない。金色の目をした獣人のメイドであった。
黒い猫の血を引いた彼女はランプを手に、男たちに疑わしげな視線を向ける。
警戒を解くために、一人の山賊がへり下り気味に言葉をつむぐ。
「あの……私たち旅人なんですけど……雨が酷くてですね……。一晩で良いのでここを使わせてもらいたいのですが……」
メイドは山賊の顔と身体を何度も見やると少しの躊躇いと共にこう言った。
「ちょいとお待ちを」
そのまま奥に引っ込むとしばらくをして戻ってきた。
「部屋が一つ空いているのでそこをお使いくだせぇ」
そういって彼らを招き入れる。
山賊たちは上手くいったとばかりににやけた笑みを浮かべた。
「これはすげぇ……」
「玄関でこれかよ……」
館の中は山賊たちにとって宝の山であった。
金と銀で出来たシャンデリア。鉄の甲冑。上級な毛皮で作られた絨毯。
細工がされた額縁とその中にある絵画。
そして置かれている棚には宝石で出来た彫像がいくつも並んでいた。
「こちらへ」
獣人のメイドに導かれるかのように部屋へと進む山賊たち。
その間も決して自らの目と頭を休ませようとはしなかった。
あの甲冑は町で高価に売れる。あそこの部屋にある小物は高値が付きそうだ。
そんな考えをそれぞれ張り巡らせている。
「この部屋をお使いくだせぇ」
「は、はい! 助かります!」
メイドが案内した部屋に、山賊たちは中へ入っていく。
これから何を持ち出すかの相談をするために。
去り際にメイドがこう忠告してきた。
「ああ、くれぐれも夜が明けるまで部屋を出ないでくだせぇ。ここの人たちはみんな人見知りでさぁ。下手に鉢合わせなんかしたら厄介なことになりますんで」
「そうですか……わかりました」
部屋まで案内をしてくれたメイドに頭を下げる。
扉が閉まるのを確認すると足音が徐々に遠くなっていく。
そして足音が聞こえなくなると山賊たちは大声で笑い出した。
「ぎゃっはっはっは! 人見知りだってよ!」
「ああ、獣人の癖に偉そうな事を言いやがって!」
「まあ獣人なんて雇うような奴らだ、きっとおつむもその程度だろうぜ」
「それよりも……だ、何を持ってく?」
「そうだなぁ――」
山賊たちは何を持っていくかを相談し始めた。
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「それじゃ……お仕事と行きますか……」
山賊たちは部屋から出るとそれぞれの部屋へ入り、物色を始める。
まずは大広間に一人の男が入った。
「さてと……ど、れ、に、し、よ、う、か、な、っと……?」
周囲を見渡すとどれを取っても高価な品ばかりである。
年代物の壷。美しい抽象画。黄金で出来た盾。魔物のはく製。
さまざまな宝がある中、一つだけ特に目に付く物があった。宝石が付いた時計だった。
ダイヤやルビーといった宝石に金細工をあしらえた豪勢な装飾。
大きさも小脇に抱えられる程度の大きさ。逃げるときにも荷物にはならないだろう。
「ほう、こいつはいい……」
山賊は時計を手に取るとじっくり品定めをしてみる。
手ごたえのある重さと宝石の光沢。間違いなく万の金額が付くシロモノなのは間違いない。
「ご愁傷様ってね」
「みたでぇ~」
そのまま懐にしまいこんだ瞬間、背後から声をかけられた。
振り向くとそこにいたのは青白い男だった。
目はやたらと細く、顔は平べったい。何より特徴的なのが服装だった。
袖がやたら広く緩い服を何枚も重ね着にしており、腰には革ではなく布のベルト。
その布のベルトに一本の剣を携えている。レイピアよりは太いが幅はやや狭い。
足元は藁で組んだサンダル。異国情緒溢れているがどことなくヘビを思わせる男だった。
脳裏にまとわり付くかのような笑みを浮べ、こちらに対し視線を決して離そうとしない。
山賊は舌打ちをしつつも、あえてやり過ごそうと出来るだけ温厚な笑みを浮かべる。
「ああ、すみませんねぇ。良い物だったものでつい」
「なんがつい、や。明らかにそれが目的やったやろ」
男の指摘に山賊が押し黙る。腰についているナイフに手を伸ばす。
わずかな光がナイフの刃を輝かせた。それを見た男はうろたえる。
腰にある剣すら抜かず、ただ山賊の行いに対し慌てふためいてるだけだった。
相手を弱いと踏み、山賊は男をめがけ、駆け出そうとする。
「死ね!」
「ちょ、待ちぃや! 待てって……」
だがその前につんのめり、前へと転んだ。
突然のことに山賊も目を白黒させる。
「くそ! 一体何が……」
「せやから言うたやろ、待てって」
何が起こったか確認するために自分の足元を確認する。
だが自分の足首から下がどこにも存在しなかった。
すぐさまどこにいったかと周囲を見渡す。
足は先ほどまでの場所に今だ鎮座していた。
「え? え? え?」
「盗みはアカン、というわけやな」
何度も自分の足元と交互に見やる山賊。
だが全てを知る前に山賊の首は胴体から離れたのだった。
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「地下か……」
地下への階段を見つけた山賊の一人。階段の下は闇がどこまでも広がっている。
耳をすませてみるが音らしい音はしない。
周囲に気を配り、誰もいないことを確認すると地下へと降りていく。
「おっ!」
降りた先には黄金で出来た扉があった。
暗い廊下の奥底ではあったがこれ見よがしに明るく輝いている。
山賊はすぐさま手を伸ばし、扉を開ける。
「おお、コイツはすげぇ!」
鈍く重い手応えの扉が開くとそこはまさに黄金の世界だった。
壁から天井、床まで金塊が張り巡らされている。
眩さに目を細める。あたり一面の黄金に生唾を飲み込みながら、歩みを進める。
「これだけあるんだ、一本くらい……」
壁にある金塊を思わず手に取った瞬間、扉が勢いよく閉まった。
「何!? クソ、罠か!?」
自らの欲深さに後悔していると今度は上の方から煙が吹きつけられた。
「うわ、なんだ!?」
煙を浴びた瞬間、山賊の身体は金へと変わって行く。
先ほどまで金塊を掴んでいた手も。床に立っていた足も。徐々に黄金の塊へと変わっていく。
「く、くそ!? これはいったい……!?」
何とか逃げようとするが身体が動かない。
無理に身体をひねったせいで金属の鈍い音が響いた。
足は砕け、腰にひびが入ったが痛みすら感じない。
黄金の上をはいずり、扉の場所へとたどり着く。
しかし扉は全くビクともせず、わずかな隙間すら動かなかった。
「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びと共に山賊の身体は黄金そのものになった。
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「ここは……書斎か?」
本が立ち並ぶ書斎に来た山賊。背を向けるかと思いきや、この部屋の中へと入っていく。
この山賊は他の者とは違い、学があった。ゆっくりと本棚を検分する。
すると一冊の本が目に付いた。
【魔道禁誌】と題が綴られた本を手に取る。
が、中身を見るのではなく巻末の部分を開いた。
描かれていたサインを確認すると懐にしまい込む。これが本物だと断定したのだ。
「何か見つかった?」
「いいや、何も」
思わず声がする方を向いてしまう。仲間ではない何者かの声。
そこにいたのは銀髪の少女だった。
青白い肌をした彼女は鮮血を思わせる深紅を持ち、この世の物とは思えぬ美貌をしていた。
フリルが付いた紫の服を着ており、優美な態度を崩す様子はない。
だが……時おり牙のような鋭い犬歯が見え隠れする。
山賊は少女に見惚れるより、この世の者とは思えない雰囲気にただ立ちすくんだ。
「だ、だれだ?」
「この館の主、とでも言っておきましょうか」
腰にある剣へ手を伸ばす。
見られた以上殺さなくてはならない。相手が女や子供でも殺めてきた。
そのおかげでこの山賊は財を成し、罪を重ねながらも生きててきた。
だが……何かが、それを拒絶している。
逃げろ、と自らの本能がそう呼びかけていた。
だがそれを抑え、一気に彼女に飛び掛る。
少女は抵抗をするわけも無く、剣は胸に突き刺さった。
「や、やった!?」
震える手で額の汗を拭う。その場にへたり込み、安堵の息をつく。
獰猛な動物や凶悪な魔物をを相手にしたわけではない。
だが心臓の鼓動は速くなっている。
「へ、へへへ。脅かしやがって」
そのまま遺体を本棚の陰に隠すと玄関へと向かった。
仲間はまだ戻ってきていないがこの館からすぐさま外へ出たい。
なんともいえない焦燥感にかられながら玄関の扉に手をかける。
しかし背後からメイドが声をかけてきた。
「おや、まだ夜は明けてませんぜ?」
「い、いや、ちょっと不安になったもので……。仲間には私は先に行ったとお伝えください。それでは」
そういって扉から立ち去ろうとする。だが……
「おかえりなせぇ」
「あ? あ? あれ?」
扉を開け、外に出たはずがここにいる。
自分は急いで扉を開けて外へ出たはず。それなのになぜかここにいる。
混乱した頭のまま、再び扉を開けて外に出る。
「おかえりなせぇ」
「な!?」
またもこの屋敷の玄関に立っていた。
一つ一つ確認するかのように扉を開けて、外の景色を確認し、外へと踏み出す。
だが次の瞬間には再び玄関に立っていた。
「な、なんでだ?」
「何でだと申されても……あっしにはてんで見当もつきやせん」
「ふ、ふざけるな!」
山賊はメイドに食って掛かろうとするがその前にメイドが動いた。
「ああ、そうそう。お連れの方をお連れいたしやした、なんちて」
「へ?」
そう言ってボールか何かを投げるかのように何か山賊の足元へ転がす。
他の部屋を散策していた仲間たちの首であった。
一人は驚きの顔のまま、もう一人は黄金の固まりになっていた。
「ひっ!? な、何がどうなってるんだよ!?」
「どうもこうも無いってことよ」
そういって奥の方からやってきたのは先ほど自分が殺害した少女だった。
「お、お前は……」
「先ほどはどうも」
確かに心臓に剣を突き刺したはずだった。その証拠に彼女の胸は空洞が空いている。
しかしそれでも歩いている。動いている。生きているのだ。
山賊はなんとか逃げようとする。だが身体が動かない。
「くそ、うごけ! 動けよ! 俺の脚!」
必死になって動かそうとするがまるで岩か何かにつながれてるかのように動かない。
その間に少女山賊に近付く。それを追い払おうと剣を掴もうとするが腕が動かない。
少女は山賊の剣を抜いた。ろうそくの炎が刃に移りこむ。
山賊はひたすら身体を動かすがどこも動かない。
首から下はもはや動かすことすらできない。
「何で身体が動かないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
そして剣が山賊の心臓を貫いた。
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雨がやんだ。それと同時に朝がやってくる。
屋敷の中には三人しかいない。獣人のメイド、ヘビのような男。そして少女。
太陽が昇ると同時に男とメイドは彼女に一言。
「お嬢、寝る時間やで」
「後のことはお任せくだせぇ」
頭を下げる二人を背に、少女は部屋へと入っていく。
「そうね……おやすみなさい」
彼女は棺桶の中に自らの身体を沈めるのであった。




