第四話 運命はルーレットのごとく…… その3
次の日、マキナに言われた通り彼を見つけるとそのまま連れて行く。
さすがに手を繋いでも逃げられてしまうため、小脇に抱えている。
「はなせよ、放せったら! これって誘拐なんじゃねぇのか!?」
「あなたにはお仕置きが必要なの。さあ、入って」
店の扉を開いて中へ入る。次の瞬間、軽いめまいに襲われた。
……なにかしら? 何かがおかしい。
人? 場所? わからないが意識がはっきりしない。
まるで熱病にうなされるかのように、カジノの奥にある一部屋に通された。
部屋の中は床や壁、天井まで赤一色のおかしな部屋だった。
大きな木で出来たテーブルを挟んで、マキナが立っている。
マキナは私に気が付くと微笑みかけてきた。
「エリン、来たね」
「ここは?」
「僕のワンボックスルーム。ここでは特殊なことがいろいろできる。みんなはもっぱらお得意様用に使ってるけどね」
私は小脇に抱えた子供を無理矢理席に座らせる。
不機嫌な様子な子供にマキナは優しく語りかけてきた。
「さて、君に聞きたいことがある」
「な、なんだよ!?」
「君は……このままでいいのかい?」
「はぁ?」
「お母さんは君を愛していない、それなのに君は献身的にその母親に尽くしている。感動的だね」
「うるせぇ! 説教をなんかききたくねぇよ!」
「説教じゃないよ、僕はただ事実を、本当のことを言ったまでさ」
マキナの言葉に子供はそっぽを向く。
すかさず私も一言告げてみる。
「このお姉さんに隠し事をは無駄よ、何でも知ってるんだから」
そんなわけないだろ、と言わんばかりにマキナと視線を合わせようとはしなかった。
そんな子供にマキナは軽く鼻で笑う。
彼女にとってこの態度は軽い抵抗のようだ。
「このままじゃ……君は死ぬよ」
「今度は脅しかよ!」
「脅しじゃないよ、本当のことを言ったまでさ。この町では殺人なんて日常茶飯事だからね。それだけじゃない、お母さんに……殺される」
脅しのつもりはない。と言わんばかりに淡々と話すマキナ。
何もわかっていないと言った口ぶりで言い返す子供。
「んなわけねぇよ」
「ふふ、そうかい? この間なんて樽の中に閉じ込められたんじゃないか?」
「樽?」
「そう、水が張った樽の中に……ね」
マキナの言葉に私は言葉を失う。
子供の方に視線を移すと事実なのか、俯いたままこちらを見ようともしない。
水が張った樽に閉じ込められた、というのはどうやら本当らしい。
正直、ここまで追い詰められているとは思っていなかった。
「まさにニッチもサッチも行かない状態だ。君の人生はお先真っ暗」
マキナの言葉に子供は口を閉ざす。
一方のマキナはあえて明るい口調で彼に言う。
「でもね、君のこれからの占う良いゲームがあるんだ」
「ゲーム?」
「そう、それがこれさ!」
マキナが取り出したのはルーレットだ。
私がやったものとは違いかなり小さい。
ルーレットと緑のマットにはそれぞれスペード、ダイヤ、ハート、クラブの四つのマークが刻まれている。
「一点賭け用のルーレット。こいつに勝てば……君の人生はバラ色だよ」
「……なんで俺がそんなことしなきゃならないんだ」
「決まってる! 君があまりにかわいそうだからつい、ね」
「かわいそう……」
「そうさ、良いことがないまま死ぬ。なんてかわいそうなんだ」
今度は打って変わって言い回しに少々芝居をかける。
もともとそういう言い方をすることは多々あるが今回ばかりは様子が違う。
自分の置かれている状況を見下すかのような口調で一方的にまくし立てる。
「……勝手に決めんな!」
「いいや、勝手じゃない! 君という人間の評価がまさにそれだ!」
マキナの言葉に完全に沈黙をする子供。
突然席を立つとそのまま部屋のドアへと向かう。
「帰る」
「いいよ、君の人生お先真っ暗だ。みじめな人生だねぇ」
「うるせぇ!」
「ああ、そうそう。――くんはもういないから」
「はぁ?」
マキナが誰かの名前を言うとに子供は足を止めた。
感じから言って恐らくかなり下の地位にいる子のようだった。
「この間、僕と勝負をしてこの町から出て行ったんだよ」
「あいつが?」
「うん、君のこと嫌いだったからすごく喜んでたよ。散々からかった上に、殴る蹴るまでしたんだってね? ひどいなー」
「クソ! ふざけやがって!」
「分かり易く言うなら……君はもうストレス解消が出来ないんだ」
「はぁ?」
「またそれかい? 凄んでも無駄さ、今の君には何にもないんだからね」
「なんで俺ばっかり……!」
イライラをぶつける子供対し、マキナは余裕の笑みを崩さない。
「彼が勝てたのに君は勝負をしない、それは……」
「くそ! …わかったよ、勝負を受けてやる!」
「……OK、そこまで覚悟決まっているのなら僕はもう何も言わない」
「マキナ……」
さんざん挑発をした上での勝負。なんともふてぶてしさを感じる。
「さあ、テーブルについて。君の人生をかけて勝負だ!」
ゆっくりとルーレットが回り始める。
それとともに言いようのない不安が胸に湧き上がる。
相手が子供、というのもあるが、本当に彼女はこの子を救うつもりなのだろうか?
回るルーレットを見つめながら子供が呟く。
「……俺が負けたらどうなるんだ?」
「悲惨な人生になる。としか言えないな」
「例えば?」
「そうだなぁ……先ほど言った通り殺されるか……刑務所に入れられるか……そんな感じかな?」
「あんまり大したことないな」
「そう思っているのは君がまだ子供だからさ。守ってもらえている立場ってやつだね」
お互いに徐々に口数が少なっていく。そして静寂があたりを包む。
勝負の始まりだった。この小さなルーレットは決してお飾りではない。
今、一人の人生を賭けているのだから。
「さあ、賭けなよ」
マキナは子供の前に3枚だけのコインを渡す。
「一つでも当てれば君の勝ちでいいよ」
一つでも当てればいいと言っているが確率で言えば四分の一。
さっそく彼はスペードのマークに乗せる。慎重を期して一枚のみ。
マキナがボールを入れる。レールの上を滑りながらボールがルーレットの上に飛び出した。
結果は……クラブ。外れだ。
「うっ」
再びコインをマットの上に乗せる。今度はダイヤ。
だが今度はスペード。またも外れた。
「クソ!」
そして最後の一枚になった。思わずテーブルを蹴飛ばす子供。
だがマキナはそれを鼻で笑う。
「最後の一枚だね」
必死なって考えて涙を浮かべている。
大人だってこんな勝負をさせられれば汗や涙の一つこぼし、うろたえるだろう。
「最後だ、賭けなよ!」
最後の一枚を今まで置かなかったであろうハートのマークに置く。
ルーレットが回る。今まで以上に乾いた音が聞こえてくる。
当事者でもないくせに喉が渇いた。熱気に当てられ冷や汗が出てくる。
マキナがボールを入れる。これが最後とレールの上を進む。
盤上に飛び出すと何度も枠の壁に弾かれ、運命を誘う。
良き尾が徐々に弱まり、そして……ボールは見事ハートのマークに乗せられた。
「くぁー! 負けた!」
「……勝った!? のか?」
観客である私もため息をつく。彼は……勝利をしたのだった。
「まあ負けた以上僕は君に対して支払いをしなきゃいけないね」
そう言って取り出したのは一枚のカード。
カードはまるで澄んだ空のような青い色をしていた。
手渡された子供は目をパチクリさせている。
「なんだよ、これ?」
「ウイニングチケット~。別名勝者の権利と僕は呼んでいる」
「これは……どんな効果があるの?」
「おっ、興味津々だね、エリン。まあ簡単に言えば幸運のお守りかな」
「幸運のお守り?」
「持ってるだけでハッピー! これで勝ちは確定したね!」
満面の笑みを浮かべるマキナに対し、子供は完全に不審そうな目でマキナを見る。
「……もしなくしたらどうなるんだ?」
「無くしたり奪われたりするということは君は幸せになったってことさ」
「そうか……」
「さぁ、おかえり。家に帰れば良い事があるさ」
「あ、ああ……」
完全に促されるかのように子供は部屋を出て行く。
子供が部屋を出ると同時に部屋の空気が一変し、普段のカジノの雰囲気となった。
「あの子……本当に大丈夫かしら?」
「それについて言えば大丈夫としか言いようがないなぁ」
「そう……よね」
マキナが持っている道具の効果については私も十分知っている。でも……。
そんな私の気持ちを察したのか、横から口を出してきた。
「気になる?」
「ええ……」
「ほんじゃま、ちょっとだけ先を見せてあげるよ」
マキナは部屋の隅にある水晶玉を取り出すとそこから映像が溢れた。
★
「……ただいま」
暗い部屋に帰ってきたが誰もいない。物音一つもしない。
薄汚れている部屋はごみが散乱している。
よほど家庭環境が悪いようだ。
「母さん?」
子供が声をかける。返事はない。
おそらく普段ならこうやって母親が出てくるのだろう。
しかしそれはない。
ふと、部屋の奥に薄汚れた置手紙が一枚だけあった。
置手紙の内容はたった一言だけ。
『疲れました。 探さないでください』
「か、母さん!?」
手紙を読むと家を飛び出す。子供は夜の街へと消えていった。
★
事のすべてを見届けた私は思わずつぶやいた。
「あれが……勝者の権利なの?」
家に帰れば良い事がある。マキナはそう言ったのだった。
しかし実際に見せられた映像は誰もいない家に置手紙が一つ。
あえて言うのであれば親が子供を捨てたのだ。
良い事とはとても思えなかった。
「そうだよ、盲腸を治療するならお腹を切らなきゃダメって意味さ。幸せになるには今のままじゃどうにもならない。だからあの親子を一度別れさせる必要があるんだ。母親がいなくなればあの子はもう盗みをしなくていいしね」
言っていることは無茶苦茶だった。
確かに母親がいなくなれば彼は盗みをしなくて済む。
それでもとても感情的には理解できない自分がいる。
「あの子は……どうなるの?」
「あの後、人の良い義理の両親の所で満たされた生活を送るよ。そこで初めて自分が何をしてきたか思い知るんだ」
「思い知る……」
「エリン、それは悪いことなのかな?」
「……分からないわ」
そう、分からない。
一番いい方法とは思えない。かと言ってこれ以外に道はあったのか?
疑問がぬぐえない。戸惑いが隠せない。
「母親の方はどうなるの?」
「流浪の旅にさらされる。もう疲れた、なんて言ってるけど本当は借金のカタで無理やり連れ去られてだけだからねぇ、それだけじゃない。全てを失った女だから、開き直るかもしれないなぁ」
「そんな投げやりな……」
「投げやり? エリン、何でもできる僕だけど絶対に触ることはしない場所があるんだ」
「触れない場所?」
「人の心、だよ。いくら“僕”が何でもできるって言っても人の心だけは絶対に操らないんだ。それが“僕”のルール」
尤もらしいことを言うマキナだが私はそれを受け入れられずにいた。
「……大丈夫だよ、ちゃんと反省をしてやり直すことを決めたらあのお母さんと子供はちゃんと再会できるよ」
「信じていいの?」
「もちろん! それがウイニングチケットの効果なんだよ。幸運っていうのは一面だけあるわけじゃないんだ。昔から言うだろ? 災い転じて福となすって!」
屈託のない笑みを浮かべるマキナ。
最後の言葉の意味は分からない。
だが、これは親子がちゃんとした親子になるための”きっかけ”なのだとマキナは言っている。
「ところでエリン。どうしてあの子を救おうと思ったの?」
「……多分、母を思い出したから、かしら?」
「お母さんか……僕にはわからない感情だなぁ」
「自分でも驚いてるわ」
心のどこかでこう思っているからかもしれない。
あれは自分だった、と。
両親が死んだ後、私は荒んだ生活を送っていた。
身体を汚すことはなかったものの、強くなるために色々なことをした。
剣術を磨いたのもそのためだった。そのおかげで今の私がある。
「……エリン」
「もう、何も言わなくていいわ。納得が出来なかったからあなたに当たっただけよ」
「そう。で、マジックアイアンの剣はどうだった?」
「使い心地は良かったわ。でもマジックアイアンじゃなくてマルファスっていう金属の剣だったじゃない」
「え? そうなの? 知らなかった」
「……もう! マキナ、あなたはちゃんと物事について勉強をするべきだわ」
「やだ」
「もう! それだと恥をかくわよ!」
無理矢理いつもの調子に戻す私たち。
あの彼に幸運が舞い降りることを心のどこかで祈りながら。




