第四話 運命はルーレットのごとく…… その2
「それでマジックアイアン……マルファスの剣を手に入れたってわけか」
「ええ」
ハンスも気になるのか、私の剣をじっくり眺めている。
マキナはマジックアイアン、なんて言っているが本来の名前はマルファス鉄と呼ばれるものらしい。
元々はカラスのように真っ黒だが加工していくうちに色が変わることがあるという。
さらに後で聞いた話だがカジノでの武器はかなり高価なものが多いと言われた。
普通の武器屋なら家賃三か月分。ダンジョンならばレア物。
私が持つには少々不相応と思われそうな剣だった。
「良い剣だ。下手したらエリンが普段持っている剣より良い物だぞ。どうだ? 俺のと交換しないか?」
「ふふ、遠慮しておくわ」
「そいつは残念だ」
ハンスが笑いながら私に剣を返す。
ときどき男の人ってこういう高価な武器に対して子供みたいな目をするわね……。
いや、女も似たようなものかもしれない。マキナがそうだったし。
「さて、今日のクエストをこなそう」
「そうね」
仲間が偵察から帰ってくるのを確認すると、私とハンスはクエストへと向かった。
★
「終わったな」
「ええ」
洞窟から出るとすでに日は傾いていた。
クエストのゴブリンの退治は無事に終え、一息をつく私。
数自体はそれほどでもなかったけど、この広い洞窟を散策するのに手間取ったわね。
「さて、帰るぞ」
「そうね」
私たちはそのまま帰路に就く。
クエストとしては物足りなかったが、この剣の使い心地はかなり良かった。
軽く切れ味も鋭いマルファスの剣は、私の思った通りの動きをさせてくれる。
一刀にしてゴブリン三匹を倒し、そのままもう一撃を放って残りの二匹を切り裂く。
高価というだけあって振るっても疲れはあまり感じない。
良い物を掴んだものね。
「それじゃ、またギルドでな」
「ええ、また」
町に着くと今までの疲れが出てきた。
新しい剣を使ったせいか、はしゃぎ過ぎたのかもしれない。
仲間たちの背中を見ながら大きく伸びをする。
そんなとき、横から何かが迫ってきた。
「あっ」
一瞬のスキを突かれ、何か……。子供にマルファスの剣を盗られた。
「こら、待ちなさい!」
私の呼びかけを無視して逃げる子供。すぐさま追いかけ、捕まえようとする。
細い路地を潜り抜け、木箱を蹴飛ばし、私を巻こうとする。
だが足は私の方が早い。
あっという間に距離を詰めると手首を掴み、軽くひねって身動きをを取れなくする。
「捕まえたわ」
「放せ! 放せよ!」
必死に抵抗をする子供を押さえつけ、すぐさま持っていた剣を取り返した。
まったく、こんな子がいるなんて……!
私はじっくりと子供を見る。身なりははっきりと言ってボロボロだった。
髪や服が汚れており、言いようのない臭いが漂ってくる。
浮浪児という言葉がよく似合った。
「人の物を盗むなんて斬られても言い訳できないわよ!」
「うるせぇ! 放せよ! 放せったら! 誰か!」
このまま役人に突き出そうかどうか悩む私。
一方、ひたすら大声で叫び、暴れる子供。
騒ぎを聞きつけて人だかりが出てきた。
……横から見れば私は子供をいじめてるように見えるわね……。
なんとかしないと……。
「あっ!」
またも一瞬のスキを突かれ、振りほどかれると瞬く間に逃亡していった。
私は走り去る彼の後ろ姿を見送るしか出来なかった。
「もう!」
負け惜しみ同然の声を上げて、情けなく帰路に就くのだった。
★
「ふーん、子供がねぇ」
「そうなのよ……」
夕食を終えた私とマキナはボードゲームで対決をしている。
既定の回数ダイスを振り、そのトータルで競うというルールのスゴロクだ。
今は私の番、さっそくダイスを転がし、コマを進める。
「手癖が悪いって本当に嫌ね」
「そうだね、っととエリン、カードを引いてよ」
「はいはい」
さっそく、イベントカードと呼ばれるカードの山に手を伸ばす。
カードは三つに分かれており、どれを選ぶかで運命を分ける。
ここは……カード数の多い左を選びましょう。
カードの山にに手を伸ばし、一枚手に取る。
「……あら」
「どったの?」
「これ……」
カードの番号は13、大けがを負ってしばらく休みと書いてあった。
休みのターンはダイスを振って決める。
さっそく振ってみるが出た目は6。大外れだ。
「うわぁ、踏んだり蹴ったりだねぇ」
「いいわ、ゲームで損をしても私の懐は痛まないもの」
「おっ、強かになってきたなぁ」
「当然でしょ、さあマキナは好きなだけダイスを振って頂戴」
「OK。それじゃあ振らせてもらうね」
マキナはダイスを振るい、駒を進めていく。
そしてさっきの私と同じようにイベントカードを引く。
「うぉ! 宝くじが当たった!」
手を叩いて喜ぶマキナ、完全に一人芝居ね。
結局、ゲームはマキナの勝利で終わった。
私の敗因は六回も休んだこと。そのせいで大きく差をつけられてしまった。
ゲームを箱にしまうと落胆したかのような声を出すマキナ。
「あーあ、エリンはもうちょっとやる気を出してよー」
「あれでもやる気を出してたわよ。それにあのカードを引いた時点で負けは確定したも当然じゃない」
「でもさぁ、もうちょっと粘って欲しかったなぁ。逆転を狙ったりさぁ……」
勝ったというのにマキナは不満を口にする。
張り合いがないことが不機嫌の原因らしい。
「……マキナ、負けて嬉しかった?」
「いや、そんなことはないけどさぁ」
「それなら喜びなさいよ。それに……世の中にはどうしようもないことがたくさんあるわ」
「なんだよ、それ?」
「冒険者としての格言、とでも言っておきましょうか?」
マキナの問いかけに私はちゃんと答えることが出来なかった。
恵まれたマキナには、絶対に分からないことだと思ったからだった。
★
三日後、私はモルゲンディータの繁華街をうろついていた。
今日のクエストは街の警備。本来は騎士の仕事だが冒険者に回ってきたのだった。
「あら?」
またあの子だった。思わず身構える。だが彼の狙いは私ではないようだ。
通りゆくお金持ちをじっくり観察しているようだった。
そして狙いを見定めたらしく、お金持ちの方へ向かおうとする。
「そこのあなた!」
私はあえてこちらから声をかけた。
犯罪防止という意味もあったが、あなたの顔を知っているという意味合いでもあった。
それだけでも十分脅威になるはず。
一方、声をかけられたおかげで子供は近づくタイミングを失ったのか、獲物と思わしき男性はどんどん遠くへ行ってしまった。
これでいい。これでこの子は盗みをしなくて済む。
だが向こうは仕事の邪魔をされたと感じらしく、怒りで顔を歪めていた。
「邪魔しやがって!」
「邪魔? 物を盗む行為は良くないことよ」
「あ、あんなの冗談に決まってるだろ!」
「冗談ならもっと相手のことを考えなさい」
「じょうだんならもっとあいてのことをかんがえない」
おどけて私の真似をする子供。殴りつけてやりたい気持ちをぐっと抑える。
そのとき、服の脇から何かが見えた。紫色の……跡?
ちゃんと見ると体には無数のアザがあった。昨日今日つけられたものではない。
「これは……あっ!?」
またも逃げられた。本当にすばしっこい。
……せっかくだし、酒場か何かで聞いてみることにした。
手短な酒場に入ると客は誰もいない。これならゆっくりと話を聞けそうね。
仕事中であるためお酒の代わりに炭酸水をマスターに注文する。
そして炭酸水を手に、あの子供のことを聞いてみた。
「あの坊主か?」
「ええ? 身体にアザがあったけど……何か知らないかしら?」
「あれはなぁ……」
酒場のマスターの話はかいつまんで言うと彼は虐待を受けているらしい。
盗んだものを質屋で売りさばく。そのお金を母親に持っていく。
そのお金で母親はお酒やドレスといった物を買っているという。
やめるようマスターを始め、多くの人が言ったそうだが一向に聞くことはなかったそうだ。
また母親から子供を引き離そうとするが、子供は離れようとしないらしい。
まさに八方ふさがりの状態だった。
そして私が思っている以上に事態は悪いことを思い知った。
「許せないわ」
「どっちに対してだよ、親に対してか? それともあの坊主か?」
「両方よ」
そう、物を盗むことに恐らく抵抗感が完全になくなってしまっている。
さらに親の方はとっちめても効果がないと来た。
もはや匙を投げる事態なのが腹が立ってしかたがない。
「まあ、この町では所詮他人事だねぇ……。あんただって借金の取り立てをしたことがあるだろ」
「それは……。やったことはあるけど」
「それと同じさ。する方が悪い、どんな事情があれ。それだけの話さ」
マスターの言葉に私は何も言い返せなった。
相手の事情なんて知ったことじゃないというのは分かる。
それでも……。
★
「おかえりー」
「ただいま」
「どうしたの、エリン。浮かない顔をしてさ」
こういう時にマキナは勘が鋭い。
長く一緒に暮らしているが、私はマキナが落ち込んでいるところは一回も見たことがない。
主導権を握られることはほとんど無いものの、どうにも弄ばれてるように感じてしまう。
「……実は……」
私はマキナにその子供のことについて話した。
母親が彼を利用していること。救う手立てが何一つないこと。
いろいろ言いたいことがあったから、誰かに聞いて欲しかっただけかもしれない。
「なるほどねぇ……それでエリンはどうしたいの?」
「……このままじゃどちらも不幸になるのが目に見えてるわ。だから……」
だから何だろう? あの子を救ってほしい? それとも盗みをやめさせたい?
なぜ私はこんなことをしている?
見知らぬ子どもと母親。それがただ苦しんでいるだけ。それだけなのに。
それだけなのになぜ悲しくなっている自分がいた。
全てを察したマキナが口を開く。
「……わかった、それならあの子を僕のカジノに連れてきなよ」
「何をするの?」
「カジノでやることなんて一つしかないだろ? ギャンブルって奴にさ」
「……分かったわ」
この時のマキナの顔は何とも言い難い顔だった。
顔は笑っているはずなのに、背筋が凍り付くかのような寒気がしていた。




