第四話 運命はルーレットのごとく…… その1
剣が折れた。
別に油断をしていたわけじゃない。でも折れた。
イエロータートルという黄色い亀の魔物に切りかかったのが悪かった。
魔物の甲羅は私が想像している以上に堅く、全力の攻撃すらはじき返されてしまった。
結局、仲間の魔法でなんとか倒したけど……。
「うーん、修理をするのなら時間がかかるな」
「どれくらい?」
「一か月。また折れたりしたらお前さんもかなわんだろ?」
「そう……ね」
鍛冶屋のドワーフがひげをこすりながら、私に通告をしてくる。
完全に再起不能という訳ではなかったのが幸いだったが。
「まっ、直ったら自宅に連絡をしてやるよ」
「お願いね」
私は鍛冶屋を後にする。
正直……これは痛い。仕事道具が壊れるとはみじんも思ってもいなかった。
気を取り直して、代わりの剣を探そうと武器を一通り回ってみる。
しかし……。私の手にしっくりくる剣は見当たらなかった。
しかたがない、マキナに聞いてみるしかないわね。
「剣が折れた?」
「ええ」
自宅に帰った私は、マキナの言葉に大きく頷く。
彼女の前にはボードゲーム。青の駒を手に取り、マスを進ませる。
ボードゲームの横にはチョコレートとジュースの瓶があった。
余暇をふんだんに楽しんでいる証拠ね。
「ふーん、新しいの買うの?」
「それはできないわ、あれは……私の母の形見なの」
「剣がお母さんの形見!? ……君のお母さんは剣豪だったのか?」
私の言葉にマキナは目を丸くする。
そう言えばマキナに話すのは初めてだったかもしれない。
私の母は剣士だった。私の剣術は基本的に母譲りものだ。
さすがに技の冴えはあの母には及んでないがそれでも一端の腕はあるつもり。
思い出してみると母がちゃんと剣を使ったのは、それほど多くはなかったわね。
猛獣を追い払ったり、料理をしたり、あと稽古をつけてもらった時ぐらいかしら?
それでも強かったけど……。あの母と同じ腕になったとは思えないわね。
「まあ、剣士だってことは今でも覚えているわ。で」
「で? 言いたいことがあるならはっきりしなよ、エリン」
「代わりの剣の代金、出してくれないかしら?」
ここで彼女に借金の提案をする辺り、私の心もかなり汚れている。
市販品ではダメとなったらオーダーメイドをするしかない。
そしてそうなるとそれ相応の金額が必要になるのだった。
しかしマキナは眉間にしわを寄せて一言。
「やだ!」
「どうしても?」
「だめ! こういうのに関して言えば僕はとっても厳しいんだ!」
「うー……」
はっきり言ってこの場合はマキナが正しい。
お金の貸し借りで破滅する人は私もよく知っている。
かと言ってこのままだと私は別の所で借りるしかない。
そんな私を見かねたのか、マキナはこんな提案をしてきた。
「うーん、それならメダルコーナーで稼いだら?」
「メダルコーナー?」
「お金をかけるだけがギャンブルじゃないってね」
そう言ってマキナはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
★
後日、私はマキナが務めているカジノへやってきた。
普段はゴールドをかけてギャンブルをするのだが今回は違う。
「メダルコーナーに行きたいんだけど……」
「それならばキャッシャーでメダルに交換をお願いします」
受付の人に指示に従い、メダルコーナーへと誘導される。
連れてこられた場所の先はこれまた人がたくさん。
だが客層は全く違う。どちらかといえば上流階級の人が多い。
シルクハットでタキシード。そんな人が談笑をしながらゲームに講ずる様子がどこでも見られた。
もちろん私のような冒険者もちらほらいる。周りの目を気にせずひたすらゲームの没頭していた。
場に飲まれる自分を鼓舞しつつ、さっそくかけ無しの資金をメダルと交換をする。
ふと、隣ににいる人に視線を移した。
山のような大金が半分くらいのメダルとなる。
……本当に場違いなのは隠せないわね。私のわずかなメダルとは大違いだった。
さて、どこから始めるべきか。そう考えた矢先、マキナを発見した。
今日はこのコーナーの案内役をしている。
顔がややひきつったように見えるのは上流階級が相手だからだろうか?
「マキナ」
「おっ、来たね」
「ええ、それで……どれがいいのかしら?」
「おすすめはルーレット! 初心者は黒や赤にかけるのがグッド!」
「わかったわ」
マキナの言う通りルーレットのテーブルに付いてみる。
緑色のマットの上には無数の数字と文字が書いてあった。
なるほど、赤と黒というのはどっちかが当たるってわけね。
さっそく黒の方へチップを一枚置いてみる。
ここは手堅く行こう。
「準備はよろしいですか?」
「ええ、始めて頂戴」
テーブルの全員が了承をするとルーレットのホイールが回り始めた。
★
まず結論から言えば私のメダルは少しずつ溜まった。
二つに増えたら一つを賭ける。そんなばかばかしいやり方だが確実に溜まっていった。
さすがのディーラーも私に対してあきれ顔。
まあ当然よね、こんなにセコい賭け方をしてるんだから。
うんざりしたディーラーが手を挙げた。どうやら交代をお願いしてるようだった。
それに応えるかのようにやってきたのはマキナ。
ディーラーは彼女の顔を見ると安どのため息をついてその場から離れた。
「エリン、その椅子が気に入ったのかい?」
ややにやけた顔で私を見ている。
「別に悪くはないけどエリンが求めてるものは今のままだと三年ぐらいかかるよ」
「だからと言ってリスクを取るのは愚か者だわ」
と口にしてても埒が明かないのは私も重々承知だ。
私の目指すものがにしても手の程度の高さしかないメダルの山。
「もっとガッと賭けた方がいいよ。そろそろ本格的にさぁ」
「だからと言って失う訳にはいかないわ」
「コツコツやられたらこっちの回転率も悪くなるんだよぉ」
お店の事情を赤裸々に話すマキナ。
どうやら帰って欲しいという訳らしい。
すがるような眼で訴えられてつい怒りが起こる。
「ああ、もう分かったわよ! 勝負をしてあげるわ!」
売り言葉に買い言葉。そして彼女の言うのも一理あった。
このままでは埒が明かないということは十分知ってる。
大きく賭けなければ目的のものが届かないしね。
私の言葉を受けてさっそく最初にして最後の大勝負を始める。
ゆっくりとルーレットのホイールが回り始めた。
その回転を見ながら緑色の場所、0へメダルを全部かけた。
玉が赤や黒に入るところは何度も見てきたが、ここへは誰も置いてないからだった。
むろん、あのままだったら私も絶対に置かないでしょうね。
それなのに今日に限って一番危険な場所に置きたくなったのだ。
「うわぁ……さすがエリン。勝負師だねぇ……。うちでは0は普通の数字の数倍だけど当たったことはほとんどないんだよ。他のカジノでだって数年に一度当たるか当たらないか、だもん」
「……そこまで言われたら腹をくくるわ、さあ、ボールを入れて頂戴」
「了解、恨み言を言うんじゃないよー」
ルーレットの回転がさらに加速する。マキナがボールを投げ入れた。
カラカラと乾いた音ともにボールがレールの上を進む。
ルーレットの上に飛び出したボールはマスの枠に何度も弾かれる。
そして大きく宙を舞い、……0へと落ちた。
ジャックポット! 大当たり。
「えええええええええええええ!? うっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ジャラジャラと金属がすれる音とともに、大量のメダルが目の前に置かれる。
「ありがとう、マキナ。あなたが言ってくれなかったらセコい勝負を繰り返していたわ」
「うぐぐぐぐぐ! これは……予想外だ!」
嫌味と喜びが入り混じった言葉を言うとマキナはその場でうなだれた。
★
カートに大量のメダルを乗せ、彼女の後へついていく。
長い廊下の先に黒く重苦しい扉が立ち塞がる。
マキナは扉に付いてるいくつものカギを開けて、扉を開けた。
「これは……?」
目の前に広がる光景に私は思わず目を細める。
黄金の剣、宝石をちりばめたティアラ。紅蓮のマントに無数の飲み薬。
宝の山と言っても差支えがないほどの一品ばかりだった。
「ここがうちの引換所。珍品、骨董品の集まりだよ」
当初の目的通り、剣を探す私たち。
そして景品所の一角にあるコーナーへとたどり着いた。
まるでワインセラーのように無数の剣が置かれている。
「さて、合いそうなのは……と」
幾多の剣から私に会いそうなのを見繕うマキナ。
「よし、これなんてどうかな?」
「これは……鉄?」
壁にかかった剣を取り外し、私に見せる。
一見するとただの鉄の剣だった。
デザインは少々おかしいが長さも厚みも申し分はない。
「鉄であって鉄でない凶悪な代物。魔法の力で鉄よりも固く、アルミと同じくらい軽い! 通称マジックアイアン!」
「マジックアイアン?」
「僕はそう呼んでる。本当の名前は何だったか忘れたから」
「いい加減ねぇ……それで、この件の切れ味はどうなの?」
「百聞は一見に如かず! 軽く振ってみたら?」
「じゃあ、失礼して……」
剣を手に取り、鞘から抜いてみる。
軽い……。本当に鉄の剣なのかしら?
そのまま無造作に振るってみる。
空の切る音、感触から言って切れ味もいい。
ミスリルの剣より魔法伝達率が悪いが鉄の剣としてはかなり上級。
鋼の剣に魔法の要素が付いたといったところね。
「これにするわ」
「はーい! ほんじゃメダルと交換ねー」
壁の横についている箱にメダルを入れるマキナ。
なるほど。こうやって交換するのね。
「どうする? 予備用にもうもう一個持っておく?」
「ううん……別のにするわ。たくさんあっても手入れが大変だもの」
「りょーかい」
二人でまた奥へと入っていく。まだメダルは十分残っていた。
他にも何か、と思い一つ一つ物品を眺めてみる。
ありとあらゆる魔法を跳ね返す鎧、傷をみるみる治す薬。黄金で出来た盾。
それだけじゃなく手ごろな模型にかわいいお人形。
幅広い品ぞろえに私はため息をつくしかなかった。
そんな中、私は一本の剣に目を引かれた。
剣のコーナーではなく、より深い所にあるそれは他の景品とは趣が違った。
鋭い刃を携えたその剣は抜き身で飾られており、頑丈なガラスケースに入れられている。
さらに門外不出と言わんばかりにケースの隅に鍵が四個もついていた。
「マキナ、これは?」
「これ? 銘刀ヨシツネ」
「銘刀?」
「冒険者がダンジョンで発見した一品ものなんだけどいまだに誰も買い手がつかないんだよ」
「ふーん」
思わず手を伸ばしてみる、がすぐさま待ったをかけられた。
「まった」
「マキナ?」
「こいつは危ない武器なんだよ、これ自体が剣の魔物なんじゃないかっていわれるくらいにね」
「……そう」
「エリン、信じられる? 鉄をケーキのように切ったり、大きな岩がまるでジャガイモみたいに一口サイズになるさまを」
「……信じられないわね」
「そうなんだよ、まあすごい剣なのは僕も認めるけどね。この剣にはこわーい噂話があるんだよ」
「噂?」
「よなよな幽霊に呼びかけられるとか、体の限界を超えた動きをさせられるとか、まあ、そんな感じかな」
「そんな感じって……いい加減ねぇ」
「だって、全部噂話なんだもん」
完全に与太話の域だ。
しかしそれでもこの剣から感じるもの、風格……ともいうべきものが私に訴えてくる。
私を使え、と。
「そう、じゃあ貰うわね」
「エリン……。僕の僕の話を聞いていなかったの?」
「聞いていたわ、でもいいものに見えるんですもの」
「ならそれ相応の使い手になってよ。今のままじゃ剣に喰われるよ、本当。それにマジックアイアンの剣だって悪い物じゃないんだから!」
「わかったわ、それならポーション類と交換して頂戴」
「了解」
必死になって制止をするマキナに私は承諾をするしかなかった。
マキナは頷いて高価なポーション類を袋に詰めていく。
私はそんなマキナに視線を移すことなく、ヨシツネと呼ばれた剣から視線が動かせなかった。




