第二話 ディーラーの流儀 その1
「ねえ、早くしてよ」
「ううん……」
カードを前にして口元に手を当てる。
一方のマキナは待つのが面倒なのか、うんざりした顔でカードを突きつけていた。
私たちは今、リビングでババヌキと呼ばれるゲームをしている。
マキナがいうには子供のお遊びらしいけど、これがなかなか難しい。
「これね」
私はカードを引いてみる。引いたカードは……ジョーカー。
「んん! あああ! もう!」
あまりのことに身もだえをする私。こういうときに運がない。
「次は僕の番だね」
「ちょっと待ってて……」
カードを裏返して机の上に置き、そのままくるくるとシャッフルをした。
意味が無いかもしれない。
だがここまでやられた以上、思い切って運に物事を任せてみようと思ったからだ。
「はい、どうぞ」
「それじゃ、遠慮なく」
マキナが左のカードを手に取る。躊躇いも無ければ考えもしない彼女。
「ほい、あがり!」
私の前に無造作にカードを二枚おく。
ハートとスペードのエースがVの字を作った。
無駄な足掻きご苦労様といわんばかりに。
「これで七勝三敗、僕の勝ち越しってことにしない?」
「だーめ、もうちょっとで勝てそうなんですもの」
「えー、もうやめようよー」
「残念、やめません」
「ちえー!」
十一回戦のために、乱雑に積まれたカードを混ぜ始める。
こう言ってはなんだけど私は珍しく熱くなっている。
勝負事が好きになったのか、はたまたマキナを凹ませたいだけなのか……。
ただこのままでは悔しいというのが本音だった。
「あーあ、せっかくのお休みなのに外がこんなんじゃなぁ」
椅子から立ち上がると窓の方を見ながら背伸びをする。
窓の外では、騎士団の人々がせわしなく走り回っていた。
「いたか!?」
「いいえ、どこにもいません!」
「探せ! 草の根を分けてでもな!」
「はっ!」
ほんの数日前、この町で富豪が殺されるという事件が起こった。
鋭利な刃物で首を一撃。犯人はそのまま逃亡。というのが聞いた話だった。
しかし……犯人の姿を見たものは誰もいない。強いて言えば黒い影が走り去ったという程度。
そのため、街は犯人を捕まえるために外出禁止令を出した。
「エリン、ご飯はどうする?」
「とりあえず解放時間を待ちましょう。いつまでも閉じ込めておくってわけにも行かないでしょうし」
「そーなんだよねぇー、早く終わんないかなー」
「だからもう一戦。いいでしょ?」
「だったらババヌキ以外にしようよー、ババヌキばっかで飽きたんだからさー」
「分かったわ、じゃあ今度はブラックジャックにしましょう」
「了解、身ぐるみ全部剥いでやる」
「そっちこそ、後で泣かないようにね」
お互いにバチバチと火花を飛ばしてみる。
リビングで第二回戦が開戦したのだった。
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「あー! あそこでカードを足さなければ!」
「ふふ、ディーラーに勝っちゃった」
ブラックジャックの勝敗は、六勝四敗というまずまずの結果に終わった。
最後は7と7の危険札、あえて勝負を仕掛けた。
一方のマキナはカードを足しすぎであっさりと21をオーバー。
私も駆け引きを多少できるようになってみたい。
「それよりもここ! このお店のパスタが美味しいんだよ」
やたらと力説するマキナ。連れて来られたのはやや古びた喫茶店だった。
年季が入った黒ずんだ看板。蔦の張った家壁、古ぼけたランプ。
かなりの老舗なのかしら? 不安と共に早速入ってみる。
「いらっしゃい……」
無愛想なマスターがこちらを一瞥する。
店の中は地味な印象を与えるが、掃除が行き届いているのかとても綺麗だった。
二人で開いている席へと座ると、机の端においてあったメニューを手に取る。
「とりあえず僕カルボナーラ!」
「えっと……」
メニュー開くと聞いたことも無いような料理がたくさん乗っていた。
マルゲリータ、ロブスターフリット、ガレット……。
どんな料理なのか分かる物がほとんど無い。何とか分かりそうな名前を探す。
そんな私にマキナが助け舟、というか横から口を出してくる。
「ここはミートドリアがお勧め!」
「さっきパスタが美味しいって言ったじゃないの」
「それはそれ、これはこれ。というか、エリンがパスタを食べるイメージが無いなぁ」
「……じゃあボロネーゼを」
「うん、それがいいよ」
私たちの注文を受けたマスターが料理を作り始める。
何かを炒める音を聞きながら料理が出来るのを待つ。
といっても他愛の無い話で二人で盛り上がってしまった。
騒がしくしてはいけない、と思いつつこれだけは止められない。
「おまちどう」
大ぶりのお皿に赤いソースがかかったパスタがのっている。
小粒の牛肉がトマトソースと絡んで香りを引き立ていた。
戸惑う私に対し、マキナはお先に失礼とフォークを手にカルボナーラと呼ばれる白いパスタに手を出した。
戸惑っていても仕方が無い、早速食べてみる。
美味しい。無愛想なマスターが作るパスタは絶品だった。
自然とフォークが進む最中、店のドアが開いた。
騎士たちはそのまま店の中を一瞥をすると私たちに視線を向けてきた。
「失礼だが……いいかな?」
「ふぁい?」
「何でしょうか?」
口にいっぱいのパスタを入れてるマキナ。
相手が誰であろうと関係ないらしく、慇懃な態度を崩さない。
口元にソースがついていると困るので流石にナプキンで口周りを拭く。
「君は剣士なのか?」
「一応は……」
「おい」
「はっ!?」
兵士たちが両脇に立つと私の腕を掴んできた。
突然のことに私も抗議の声をあげる。
「ちょっとなにをするの!?」
「貴殿の腕を見たい、もし断るというのではあれば……」
無言の威圧。下手に抵抗すればおかしなことになりかねない。
これは受けるしかないわね。ただし……。
「分かったわ、でも食事の後で良いかしら?」
「貴様……その間に逃亡をするつもりか!?」
隣の副官が食って掛かろうとするがマキナがすぐに嗜める。
「そんなわけ無いだろ? ただでさえご飯食べた後に走るなんてだっさい食い逃げがやることだよ」
「食い逃げか……」
無愛想なマスターがなにやら肩を鳴らしている。
下手なことをしたら他の騎士たちもひどい目に会いそうね。
「とにかく、後にしてくれないかしら? それにそんなに心配だったら見張りでも立てておいたら?」
「そうだね、それがいいよ」
「……いいだろう。おい、こいつらを見張っている」
「はっ!」
私たちは食事を続ける。雰囲気を壊されたからなのか、お互いに言葉が無くなる。
ときどき両脇の騎士が喉を鳴らすがあえて無視する。
マキナに至っては見せ付けるかのごとく、デザートのティラミスまで平らげた。
かなり美味しかったのか、呆けた彼女の顔を見て、今度は一人で食べに行ってみようかしら。などと思ってしまう。
「ごちそうさま!」
「さあ、きて貰おうか」
「ええ」
騎士たちに促され、私たちは路上へ連れ出された。
後ろのマキナは頭で手を組んで、だるそうな表情を浮かべている。
そして私の前に、藁人形が置かれていた。
「その剣でこの藁人形を斬ってみろ」
「分かったわ」
周囲には見物客が集り始めている。見世物か何かになった気分だった。
それでも見せるしかない。下手に手を抜けば疑いをかかるのは明白。
剣を抜いて一呼吸、静寂が包む中、力の限り剣を振るう。
音も無く、藁人形は真っ二つになった。
「おお! 凄いじゃないか!」
「ありがとう」
マキナが拍手をすると見物客もみんな拍手をし始める。
……見世物になったつもりは無いが、どうやら大道芸か何か思われてしまったらしい。
だが騎士たちはなにやらヒソヒソ話をしている。
「おい、もう少し静かに切ることは出来るか?」
「ええ?」
「残念だけどそれは無理ね」
「出来ないと?」
「私の技は多人数を相手にした場合を考えているの。静かに出来るなんて暗殺者ぐらいね」
「そうか」
そういって騎士たちは私たちから離れて行った。
信用はされてないのは理解しつつもどうにも釈然としない。
マークはされただろうがおかしな動きが無い限り、彼らが私をしょっ引くことは無いだろう。
ため息と共に気が抜けた。なかなかヘビーな食後の運動だった。
冒険者としてそこそこの経験をつんできたつもりだった。
しかし今回の件はどうしても受け付けない。
「ふぅ、人騒がせね」
「しかたないよ、腐っても騎士は騎士さ」
「強盗を捕まえるときは何もしなかったわね」
「騎士が媚を売るのはお金持ちと権力者だけだよ……さあ、次はどうする?」
「どうするって?」
「あいつらのことだ、また外出を自粛させられるのは明白だよ。それよりも解放された時間を目いっぱい楽しまないと」
「……そうね、じゃあ行きましょうか」
「どこへ行く?」
「雑貨屋めぐりでもしましょう」
「さんせー!」
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結局の所、何事も起こらず解放時間が終りを告げた。
両手に抱えた荷物を玄関口で降ろすと疲れからか、ため息が漏れた。
「あー、楽しかった!」
「もう、こんなに買い込んで……」
日用品から始まり、食料品に幾多の雑貨。それと少々の衣服。
マキナがそこそこお金を持っていることは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
それにしてもあんなビキニなんていつ使うつもりなのかしら?
彼女のスタイルから言ってかなり余りそうなのに……。
「いいじゃん、どうせ使っちゃうし」
「そうね」
窓の外ではまだ騎士たちが走り回っている。
日も暮れ初めているのに誰も休もうとしない。
この分だとまた外出禁止令は簡単に解けないだろう。
「マキナ、明日も大変になりそうだわ」
「だろうね」
「……速く捕まえて欲しいものだわ」
「そうだね」
「興味が無いって感じね」
「当然だよ、だって僕たちには無関係だもーん!」
「そう……よね」
「そうだよ。それじゃ、ご飯よろしく!」
「はいはい」
犯人なんてすぐに捕まる。私たちには関係ない。
私もそう思っていた。だが、事態は一挙に変わった。




