第一話 モルゲンディータのディーラー マキナ その1
「第一回、自分会議を始めるわ!」
「ふあああああああ……明日はみんなでクエストだから早くにお願いね」
「会議と言われても三人しかいないではないですか」
「いいのよ、三人いれば何とやらっていうでしょ!?」
「文殊の知恵って奴だよね? これ、お師匠から教わった言葉」
「それでいったい何を議題にするおつもりですか?」
「そうねぇ……」
「んじゃあ、これからの世界について!」
「そんな大層な議題をやられても困るわよ」
「世界云々と言われてもそもそも私たち、他の土地に行った事が無いではありませんか」
「そうだよねぇ……」
「では、日々生活の不満についてはいかがでしょうか」
「愚痴をぶちまけるだけで終わるじゃないの!」
「私、今の生活に不満はないよ」
「まあ、あんたはそうでしょうねぇ」
「ふふ、ずいぶん賑やかだね」
「賑やかって言うか……ねぇ?」
「全部自分でありそうじゃない、それが私たちです」
「なるほど、それじゃ。僕もその一人って事かな?」
「え?」
「誰!?」
「どうも、四人目でーす」
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「はい、これで我がモルゲンディータ支部の冒険者として登録されましたよ」
「ありがとう」
受付の男からギルド証が差し出される。
薄汚れたギルドの内部には私と受付を除いた人間以外誰もいなかった。
ギルド証を懐にしまうと、受付がニヤけた顔で聞いてくる。
「ところであんた、これからどうするの?」
「どうする……って?」
「いやね、この街を拠点にして色々するなら準備が必要ってこと」
「準備?」
「そう、例えば……今日の寝床、とか?」
「それなら宿屋があるでしょ、そこに泊まるわ」
「ダメダメ、ここの宿屋は基本的に観光客が優先! 長居をするなら、きちんとしたのが良いよ」
「きちんとしたのって……」
「とにかく、ここへ行ってみな。あんたがこの街の冒険者ならここの婆さんが相談に乗ってくれるはずだ」
受付から一枚のメモを差し出される。
他にすることもないので、指示された場所へ行ってみることにした。
昼間だというのに、人通りが少ない大通りを歩いていく。
ここは煌びやかな歓楽街。モルゲンディータ。
娯楽の街と呼ばれるこの街に、私はやってきた。父母の仇を探すために。
怪しげな店が立ち並ぶこの街は、裏、闇組織とのつながりが多い。
冒険者として名前を売っていけば、必ず仇の情報も手に入るはず。
それに冒険者ならそれ相応の資産も手に入る。
仇を探すのに元手は必要。それに仇を相手に簡単に勝てるとは思っていない。
力をつけないと何にも出来ないことは思い知っている。
しかし、その前に私が死ぬのが先、かもしれないけど。
「ここでいいのかしら?」
メモに書かれていた場所へ到達する。
入り口の看板にはアルバ不動産と書かれている。
不動産屋? 中に入ってみると一人の老婆が。
「おやおや、こんな寂れた店になんか用かい?」
「冒険者ギルドの人にここへ行け、と言われたんだけど……」
「あんた……お客さんかい?」
「お客?」
私の問いかけに老婆がジロジロと身体を見てくる。
まるで値踏みをするかのように。
「そうかい、なるほど。あんた、ペーペーの冒険者だね」
「ええ、そうだけど?」
「それなら部屋を探してるんだろ? ついて来な」
そのまま老婆の後を着いていく。
大通りから離れた細い路地をくぐり、たどり着いたのは古臭い小屋だった。
かなり年季が入っているのか、壁は変色し、屋根はボロボロであった。
「ここは?」
「見ての通りあんたの部屋さ」
「ここで生活をしろって言うの!?」
「そうさ、見た感じあんたお金を持って無さそうだからね」
「馬鹿にしないで、これくらいは持ってるわ!」
目の前に金貨の袋をドン、と置いてみる。
しかし老婆は驚くどころかしたり顔で返してきた。
「ふむ……それじゃここがばっちりじゃないか」
「なんですって!?」
「この程度のお金でここに住もうだなんてずうずうしいってことさ」
「え?」
「何日、何ヶ月、何年もこの街に居座るつもりならこの程度の金貨じゃどうにもならんよ。この街では普通の宿屋ですらお高いんだからね」
「そうなの?」
「嘘だと思うのならそこら辺の宿屋を調べてみな。目玉なんて吹っ飛ぶからね」
私は言葉を失う。ここまでだとは思ってはいなかったからだ。
「ここが嫌なら……そうだ、相部屋はどうだい?」
「相部屋? 誰かが住んでる部屋に住まわせてもらうってこと?」
「そういうことさ。じゃあ早速いってみるかい?」
「ええ、お願いします」
一応、空いている部屋を求め、老婆に連れられて歩く。
匂いがキツイ太った男の部屋。キラキラしてまぶしい女のいる部屋。不衛生な部屋。
正直、ひどいルームメイトばかり。まともな人がいるとは思えなかった。
断られた理由の中には私の外見を持ち出す人もいた。
腰につけているロングソードで斬られそう。
私よりスタイルが良くて腹が立つ。特に無駄な巨乳。
その緑の髪は不吉の証、どどめ色に塗り直して来い。
理不尽な断り方だがそれ以上、どうすることも出来ない。
老婆の後に従い、次から次へとあいている物件を探し続ける。
心がつかれ始めた頃、アパートと呼ばれる三階建ての建物へとやってきた。
そのアパートの二階にある部屋のドアをノックする。
「はーい」
表れたのは一人の女の子だった。私と同じかそれ以上に見える。
綺麗な金髪を三つ編みにしており、同じ色の瞳が忙しなく動いている。
しかし着ている服は完全にしわだらけ、お世辞を込みでも綺麗とはいえなかった。
「あれ? 大家さんじゃないか。僕は既に家賃を支払ったんだけどなぁ」
「知ってるよ、一括で五年契約。本当にふざけた小娘だよ」
「ふざけてなんかいないよ、僕は本気で……」
「やっぱりふざけた子だね、冗談や軽口くらい受け流しな」
「はーい」
視線がこちらに向く。思わずドキリとした。
「あれ? こちらの方は?」
「ルームメイトって奴さね」
「ルームメイト? もしかして……」
「そう、この田舎娘をあんたの部屋に住まわせて欲しいんだよ」
田舎娘……ね。
私の故郷は草原の国と呼ばれる東の方の田舎。
今でも思うが何にもなかった。なので否定は出来ない。
「突然だなぁ。ただでさえ部屋は散らかってるって言うのに……」
「バカいうんじゃないよ、散らかってるなら片付けて部屋を開けな! そうじゃなかったら即刻出て行ってもらうよ!」
「ええ!? 乱暴だなー」
「無駄口を叩くんじゃない! やることがあるなら早くしな!」
「シュセンドー、ゴウツクバリー」
「うるさいよ! そんなに出て行きたいのなら手伝ってやろうかい!?」
「はーい! じゃあちょっと待ってて」
部屋の奥に彼女が引っ込む。ドアの向こうでなにやら軽い物音をさせていた。
そしてしばらくすると……再び部屋のドアを開く。
「どうぞー」
彼女に促されるかのように、私たちはそのまま部屋の中へと入っていく。
「どう? 綺麗になったでしょ?」
「廊下は綺麗に片付けてるようだね、うん。良いじゃないか」
「当然だよ、僕は綺麗好きだからね」
「ふぅん、それなら奥の部屋を見せてくれるかい」
「わかった」
彼女のあとに続いて奥の部屋へと入っていく。
「はい、どうぞ」
「へぇ……」
見晴らしが良い南側の部屋だった。窓の外から町を一望できる。
少し狭いがベランダも着いていた。
「どうだい、気に入ったかい?」
「え、ええ」
「その前に僕の意見はどうなんだよ。この人と一緒に住め、だなんてさ」
「元々この部屋は二人部屋なんだよ。あんた一人を遊ばせておくつもりは毛頭ないね!」
「うわ、出た! 因業ババアの因業!」
「なんとでもいいな! それに契約の書類にはそう書いてあるからね、嫌ならぱっぱと出て行って貰うよ!」
紙切れを目の前に突きつけると、彼女はそっぽを向いて腕を頭の後ろで組んだ。
「ぐうの音も出ないや、僕の負けだ」
「ふふん、さて。あんたの方はどうする? この偏屈女と一緒に住まうことになるけど」
正直に言えばこれまでの相手に比べたら比較的まともだ。
それにこの部屋の眺めは悪くはない。
「分かったわ、ここにするわ」
「そうかい、それならサインを」
その場でサインをする。書き終わりと共に金貨の袋を素早い動作で掴んだ。
「契約成立。あんたの金貨の重さから言って一年分の家賃になるからね。ここはショバ代が高いんだ」
「わかりました」
「僕の意見は無視?」
「あんたはどうでも良いのさ、壁の修繕とかはこのボンクラに手伝ってもらいな」
「ボンクラじゃないよ!」
「それじゃ、一年後に来るよ! それまでちゃんと金を溜めておきな! いいね!」
大家さんは去っていった。私と彼女が取り残される形になる。
はっきりいって嵐のような一日だった。
「えっと……なにから言えば良いのかしら?」
「こういうときは自己紹介から始めるのがセオリーだよ」
「そうね、私はエリン。新米の冒険者って所ね」
「冒険者!? この街で!? はっはぁ……苦労人なんだね」
「え?」
「いや、こっちの話。僕はマキナ。職業は……」
突然、コインを取り出し指で弾いた。
宙を舞うコインが落下し始める。
右手の甲に乗せると同時に、素早い動作で左手で覆い隠してしまった。
「表と裏、ドッチだと思う?」
「お、おもて……」
思わず適当に言ってみる。
彼女が手を離すとコインは表だった。
「あー! 当たりだよ! 悔しいなぁ」
「え? えっと……」
「そう、僕はディーラー。カジノのディーラーさ」
「ディーラーなんて初めて見たわ。やっぱりカードとかやったりするの」
「当然! でも仕事は夜からなんだよねぇ……それじゃ、僕は寝るから。おやすみぃ」
「お、おやすみ……」
彼女の背中を見送ると私はそのままひとり、部屋に取り残されたのだった。
マイペースな子……。やっていけるのかしら?
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「つ、疲れた……」
疲れた身体を引きずりながら家へと帰ってくる。
なんと無しだがなぜおかしな視線で見られるのかが理解できた。
まず、基本的に冒険者と呼ばれる行為はほとんどない。
ダンジョンに潜る。魔物を倒す。薬草や鉱石の採取などは全くない。
あるのは借金の取り立て、要人警護、そしてドブさらいである。
場合によってはゴミ拾いや草むしりなんかも仕事として入ってくることもあった。
「おかえりー、汚れた服はかごに入れておいてね」
「え?」
部屋の奥から飛んできた突然の提案に、私の頭が追い付かなかった。
声の方へ進むと、マキナがマグカップとペンを手に書類と格闘をしている。
乱雑に広がった書類を前に、なにやら思い悩んでいる顔をしていた。
「なんだよ、一緒に住んでいるんだからこれくらいは当たり前だろー?」
「そうね」
「その代わり、ご飯は君が作ってね」
「……了解」
マキナは不思議な子だった。
昼は眠って夜に仕事へ行く。という普通の人間と真逆の生活をしている。
……違うわね、この街では彼女が普通であって私がおかしいのだった。
娯楽の街であるモルゲンディータは夜こそ本来の姿。
酒場にカジノ、おまけに娼館。昼間では出来ないお店ばかり。
昼間に働く人間は冒険者を始め、カタギと呼ばれる普通の人々だった。
「ところでなにを飲んでるの?」
「これ? エスプレッソ」
「エス……?」
「まあ一杯飲んでもらえれば分かるよ」
そういって彼女はカップを差し出す。
茶色の液体から甘いにおいと湯気が立ち上る。
飲め、と言わんばかりに笑みを浮かべるマキナだが、私はその行為に躊躇する。
「これ、間接キスになるわよ」
「へえ、意外とウブなんだ」
「馬鹿にしないで頂戴、女とキスをするのは嫌ってだけよ」
「その言い回しだと男とはしたことがあるのかい?」
「ノーコメント」
「ちぇ、でもいつか白状させてやる」
ふてくされたのかそっぽを向いて再び書類へと向かう。
そんな彼女の様子を見ながら私も台所へと向かった。
こんな感じの日常がしばらく続いた。




