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第五話 お嬢様、発車のお時間でございます その3

 男性とお父様が差し向かいで座っています。

 話が話ということもあり、わざわざお父様の部屋を使ってのことになりました。

 私はお父様の斜め後ろに立ち成り行きを見守っています。

 重苦しい雰囲気の中、お父様が口を開きました。


「それで、話というのは?」


 男性の前にあるグラスにお酒を注ぎます。男性は両手でグラスを手に取りました。

 酔わせた方が本音を語る、とお父様を思っているそうで、会う人に必ずお酒を勧めるのです。

 飲む飲まないは個人の自由としてますが、飲ませることを前提にしてますね。

 そして完全に場に飲まれた男性がお酒を一口含みます。


「その前に軽く自己紹介を。わたくしはマルコと申します。実はわたくし、ダンサーの相方を務めておりまして……」

「ほう、ダンサーの相方を?」

「はい、ある時は楽器を手に彼女を躍らせ、またある時はペアダンスの相手となり、またある時は――」


 早口でまくりたてる彼に手を前において制止をさせます。

 話が脱線しそうでしたね。


「結構だ、よく分かった。それでなぜうちの娘なのだ?」

「それは決まっているでしょう。あなたのご息女はとてもセンスがいい」

「ほう」

「私が渡した課題曲を難なく弾きこなしてしまいました」


 あのとき渡された楽譜はどうやらテストのようでしたね。

 おまけにマルコ様のお言葉にお父様がちょっと機嫌が良くなります。


「まあ、セルリアなら当然だろう」

「それで、ですね……その」

「何だ、急に口ごもるとは」

「実は……楽団と契約をし忘れてしまいまして」

「なるほど、ダンスミュージックを演奏するはずの楽団と契約が取れなかったのか」

「はい」

「何の実績もない、という訳ではないだろうが、皇帝誕生日のせいでどこの楽団も予約が入ってしまった、という訳だな」

「は、はい」

「本来ならばホール車で踊りを見せたいところだが、自分が演奏をすると相方の相手がいなくなり、自分が相手をすると今度は演奏が無くなってしまう。と言ったところか」

「そ、そうです!!」

「そして最後に私の娘をダンスミュージックの演奏者として手を貸して欲しい、だろ?」

「その通りです!」


 男性は完全に舞い上がってます。

 まあ、言いたいことを全て言い当てられたら向こうも気分が良くなりますよね。

 お父様は軽く頷いた後、私の方を向きます。


「……セルリア、お前の意見を聞こう」

「私は構いませんが……出来ることなどせいぜいピアノを弾ける程度ですよ?」

「かまいません! ダンスミュージックがない踊りなど悲しすぎますでしょう!」

「まあ確かにな」

「お願いします! 私にお嬢様のお時間をください」


 跪いてお父様の手を取りました。

 顔は完全にくしゃくしゃの泣き顔。藁をもすがるとはこのことでしょうね。

 お父様は深いため息を付き、一言。


「分かった分かった。では、セルリア。いいか?」

「はい。”情が無いのは貴族の恥。懐の深さを見せてこそ貴い一族、すなわち貴族である”。ですよね? お父様」

「あ、ありがとうございます」

 

 私の言葉に床に伏して頭を下げるマルコ様。

 ちなみに先ほどの言葉は礼節の本に書いてあった一文でもあります。

 俗っぽく言えば”貴族なのだから人の手本たれ”と言ったところでしょうか?


「お時間は二日後の夜でございます!」

「わかりました、ですがその前にお願いが……」

「なんでしょうか?」

「ダンス用の楽譜を拝見したいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ!」

「では失礼いて、拝見しますね」


 私は彼から貰った楽譜を眺めてみる。

 ……かなり難易度が高い曲です。楽団に頼むくらいなのですから当然とも言えますね。

 まずリズムが一定ではない。二つ目に楽譜がちょっと長め、最後にメロディーラインが難しいです。

 本番当日に渡されて、すぐには演奏できるものではありません。

 

「あの、出来れば練習をしたいのですが……」

「うーん、それは……」

「かしこまりました。お嬢様。開いている時間を確認してきます」


 少し困ったマルコ様に対し、フレデリカは頷くと、あっという間にいなくなりました。

 私たちはそれを呆然と見送るしかありません。


「大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だ、フレデリカを信じろ」


 お父様のお言葉通り、しばらくしてフレデリカが帰ってきました。

 肩で息をしています。よっぽど急いできたのでしょう。


「お嬢様! 無事ホールの時間を確保させていただきました」

「本当ですか?」

「ええ!」

「では、セルリア。後は頼むぞ」

「はい、わかりました」



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 取れた時間は朝と夜の二回。その間にやらなくてはいけないことは二つ。

 まずは楽譜を覚えること。もう一つは短い時間にどの場所を重点的に練習するか、です。

 

【場合によっては時間を巻き戻すことが可能です】


 そういうことは後でよろしいですよ、DE。


 軽く息を整えると、さっそくピアノへ向かってみる。

 楽譜に沿って鍵盤を弾く。しかし流れてくるメロディに少し戸惑いを覚えた。

 普通の社交ダンスではない。フラメンコを思わせる情熱的な曲調。

 ……求められるのは力強さですね。そのため、鍵盤を早く強く叩かなくてはいけません。


【ヒント:力任せでは指先を痛めます。出来るだけ速くそして優しく打つことがコツの一つです】


 ありがとう、DE。言われた通りに弾いてみる。

 ……音色がかなり変わりました。ちゃんと大きくなってます。

 ですが踊りの曲である以上、必要以上に大きくするのもいけませんね。

 バランスを考えなくては……。そんなことを考えているとホール車の扉が開きました。


「あら? あなた?」

「どちら様でしょうか?」


 突然の来訪者にを私は驚くあまりでした。

 ツリ目気味で彫りの深い顔立ち。背の高さは私より頭一つ分大きいです。

 深紅の髪の毛をアップにしており、服は地味ですがとても鮮烈なイメージを与えてきます。

 花で例えるならバラでしょうか? 真っ赤なバラがお似合いになりそうです。


「私はクローディア。ダンサーよ」

「では、あなたが踊りの? 初めまして、セルリアと申します」

「そう。全く、マルコの奴……。素人に演奏させるなんて何を考えているのかしら?」


 挨拶をした私の方を一切見ることなく文句を言っています。

 完全に甘く見られています。

 素人なのは重に承知の上ですがここまで軽くみられるとは……。


「あなたも迷惑なら断ってもいいわよ。どうせ踊る気分になれないんだから」

「……それでしたら、ぜひご教授頂きたいものです。どういうのがお望みなのかを」


 止せばいいのに、と自分に言い聞かせていますが……。

 つい売り言葉に買い言葉。どうやら私もかなり他の方に感化されたようです。

 私の言葉にクローディア様の顔が見る見るうちに真っ赤に。

 ……当然ですよね。


「言ってくれるじゃない、ならその演奏で客を沸かせてみなさいよ!」

「……わかりました、やってみせましょう」

「ふん!」


 クローディア様は行ってしまいました。

 なんとなくですが、マルコ様の苦労が少し理解できました。

 再びピアノに向かう私。徐々に馴れてきたのか、指がスムーズに動きます。

 しばらくすると先ほどの彼、マルコ様が来訪しました。

 私は先ほどあったことを話すとマルコ様の顔が青ざめていきます。


「なにぃ!? クローディアの奴が?」

「ええ、まあ軽い前座ということで」

「なんという恐ろしい事を……」

「恐れていては何ににもなりません。私が勝ったらあの方は踊ると仰っていましたので」

「いや、しかし……」


 気難しいクローディア様を踊らせるにはこちらもそれ相応の実力を見せなくてはいけません。


「……わかりました、私も腹をくくります」

「ありがとうございます」


 彼は去っていきました。

 その背中を見て深いため息を付く。

 自分が言った言葉とは言え、やはり少し後悔してます。

 とんでもないことになりました、お兄様。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そして二日後の夜。私はホール車のそばにいます。

 フレデリカがドレスをわざわざ用意してくれました。

 クローディア様が舞踊用の青いドレスということで、私はあえて黄色のドレスを着ています。

 本来ならば帝都のパーティー用の一着らしいのですが……。

 このために使ってしまうとは……。


「演奏をして下さるのはこの列車におられる侯爵様の令嬢、セルリア様です」

「初めまして、セルリアと申します」


 私は観客の皆様にお辞儀をする。

 あの後、曲自体は一通りマスターができました。

 しかし……本番ではアレンジや応用といった物を求められるかもしれません。

 ……そう思うと緊張してきました。


「おお、これはこれは……」

「貴族のお嬢様を使うなんて……あのマネージャー。とてもやり手のようだな」

「ああ、普通なら考えられん。かなりのギャンブラーだ」


 観客の方々はみな思い思いのことを口にします。

 視線も好奇なものが多いですね。かなり恥ずかしいです。

 それだけ切羽詰まっているという内情は伏せておくことにしましょうか。


「では前座の余興ではありますが……、一曲弾かせていただきます」


 私はピアノへ座る。こういう時はいつも体が硬くなる。

 胸に手を当てて鼓動を確かめる。大丈夫、上手く行く。と自分に言い聞かせる。

 鍵盤の上に指先を置くと、自然と指が動き出した。

 二日間の間ですが、自然とこのピアノとも仲良くなれた気がします。


「おおっ……」

「これは……素晴らしい」


 夜に相応しい曲、ということでドビュッシーの月の光を選びました。

 静かに、そして流れるかのような曲は私好みでもあります。

 弾いてる者としても穏やかさが心が澄み渡っていく。

 観客からため息が漏れるのが聞こえますが、私には関係ありません。

 ただひたすら心がが命ずるまま弾き続ける。

 そして静かに曲が終わると同時に大きな拍手が巻き起こりました。


「素晴らしい! 趣味のピアノ程度だと思っていたがここまでとは……」

「ああ、実に見事だ!」

「ありがとうございます。勿体ないお言葉です」


 椅子から立ち上がってお礼の言葉を述べる私。

 ちらりとクローディア様に視線を送る。

 愛想笑いの笑みがちょっと動いてます。まあ約束は破れませんよね。


「では、続いてはクローディアの踊りを……」

「ええ、ですがその前に。セルリア様」

「なんでしょうか?」

「先ほどの曲をもう一度お願いします」

「分かりました」


 私は先ほどと同じように月の光を引き始めます。

 隣にいるクローディア様が踊りを始めました。

 バレエのような静かな動作。動きはとても軽やかで美しい。

 スラリと伸びた足。綺麗な回転。翼が生えたかように舞うクローディア様。

 深い森の中、月の光を浴びて踊る彼女。そんな風景が不思議と浮かんできます。

 私の引いている曲すら、ただの演出にしかすぎないでしょう。

 踊りを生業とする、というのにふさわしかったです。


「おお! 何と美しい!」

「踊り手も素晴らしい人ということか……」

「汽車に乗らないとみられない素晴らしいステージだわ!」


 拍手喝采。弾き終えた私も思わず拍手をしてしまいます。

 踊りをするということが、どういうことか分かっていませんでした。

 しかし見る物を魅了するという点で言えば、見事とか素晴らしいの一言しかありません。


「続きまして、本イベントのメインをさせていただきます。マルコ!」

「は、はい!」


 ここからが本番です。本腰を入れていきましょうか。

 二人がホールの中央へと立つ。お互いに退治をすると同時にピアノを弾き始める。

 その音に合わせて二人がステップを踏み始める。


 風のような、それでありながらどこか力強い。

 心ではは負けないようにと鍵盤に向かい続ける。

 楽譜を相手にすることより、むしろ相手に合わせて曲のリズム調を合わせる。

 激しいリズムの緩急に指が痛い……。

 でもここで音を途切れさせたら盛り上がりも台無しになってしまう。

 ほとんど意地で弾き続ける。

 弾き終えると同時にステップが綺麗に決まりました。

 拍手が周囲を包んだ。


「素晴らしい!」

「いいぞ!」

「お見事です、素晴らしい踊りだったわ」

「ありがとう」

「ありがとう! そしてこの伴奏を行ってくれたセルリア嬢にも拍手をお願いします」


 拍手の中、頭を下げていた。

 そんな私にクローディア様が声をかけてきた。


「及第点、としてあげるわ」

「意外と手厳しいのですね」

「ええ、でも……これだけは言わせて頂戴」

「何でしょうか?」

「ありがとう、セルリア様」

「どういたしまして」


 私はクローディア様に頭を下げるのだった。


 翌日。昨日の熱気がいまだに冷めないうちに気が付けば四つ目の駅に入っていました。

 汽車が停車するとみな、次々に降りて行きます。

 その中にマルコ様とクローディア様のお姿がありました。

 どうやらここでお二人とお別れのようです。ホームの上でお二人を見送ります。


「ここで降りるのですね」

「ええ。お世話になりましたな。セルリア様。」

「ごきげんよう、お二方」

「さようなら、このマルコ感謝の弁を述べさせてもらいます」

「ふふ、今度はちゃんと楽団と契約なさってくださいね」

「はは、わかっております」

 

 警笛が聞こえてきた。

 二人は最後に頭を下げて、そのまま駅のホームから改札へと向かいます。

 私も再び客車の部屋へと戻る。

 出会いがあれば別れもあるのが旅のだいご味であり、必然でもある。

 少しの物寂しさを感じながら、再び列車は動き出します。

 ふと、机の上に視線を送る。昨日弾いた楽譜がそこにありました。

 私は二人から貰った楽譜をそっと棚へと戻す。

 いつかこの曲を弾くこともあるのでしょうか?

 もしそれがあるのならお兄様に……聞いて欲しい。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「おはようございます。そろそろ終点のお時間です」

「そうですか」

 

 時計の針は朝を指しているが今はトンネルの中でした。

 やや暗い中、朝食の目玉焼きとベーコン。サラダを頂く。

 やや簡素な食事ですが、帝都に行けばもっとすごい物をを頂くことになるのでしょう。

 

「あっ……」


 長いトンネルを抜けた。

 その先に見えたのは巨大な摩天楼が立ち並ぶ都市、帝都がありました。

 あそこではいったい何があるのでしょうか?

 私は巨大なビル群を眺めながら、緊張した思いが胸を締め上げていた。

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