第五話 お嬢様、発車のお時間でございます その1
気が付くと目の前にあったのは白い天井でした。
いつも寝ている私の部屋ではありません。ここはどこなのでしょうか……。
何が起こったかを確認するために、身体を起こそうとする。
しかし次の瞬間、全身から鈍い痛みが走った。
腕や腰がしびれ、起き上がることを拒絶してくる。
起き上がることが出来ない。いったい何が……。
「おお、お嬢様! お目覚めになられましたか!?」
ちょうど部屋の扉が開くと、ばあやが私に駆け寄ってきた。
私はばあやの補助を受けながら、なんとか体を起こす。
「ばあや、いったいここは……?」
「市内にある病院でございます! お嬢様がお倒れになったと聞いて、このばあや、居ても立ってもいられず……」
「倒れた?」
そういえば、遊園地の運営が忙しかったことは覚えてます。
毎日送られてくる百枚越えの書類仕事、遊具の点検確認や部品の確保。
人員の配置にサービスの向上。それにお客様の動向やアンケートへの応対。
各部署からの要望にイベントの立案。外回りもしましたね。
とても目まぐるしい日々にてんてこ舞いでした。
……そしてついに身体の方が悲鳴を上げ、意識が途切れた。と言ったところでしょうか?
「皆様に迷惑をおかけしましたね。この失態は必ず返上しなくては……」
「お嬢様! ご無理をなさらないでください! お嬢様も奥方様のようなことになられれば……!」
「お母様ですか?」
「うう、どうか今日の所はこのばあやの顔をお立てくださいませ!」
私の手を握り、膝をついて懇願するばあや。その顔を見て私は少し驚く。
その顔は完全に悲しみで引きつらせた顔でした。
私が幼い頃に亡くなったお母様。
病名に関しては不明ですけど同じように病弱だったのでしょうか?
「わかりました、今日は休むことにします」
「おお、左様ですか。では、失礼します」
ばあやは涙を拭いて立ち上がる。
そのまま入り口で頭を下げると、扉が閉められてました。
……テニスのおかげで多少は体力を得たつもりでしたが、他の人に比べると全くと言っていいほどないですね。
深いため息とともに、そのままベッドに倒れこむと静かに深い闇へと落ちて行った。
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「来たか、セルリア」
「御呼びでしょうか? お父様」
病院から退院後、お父様に呼び出されました。
場所はいつもの書斎。書類仕事が終わっているのか机の上は整理されてます。
「まず、この度の失態についての罰を申し付ける」
「かしこました」
「セルリア園長、多くのイベントを中止にした責を取り、お前を園長から解任する」
解任という言葉に軽くショックを受けます。
不手際はしたつもりでしたがまさかここまで重い物だったとは……。
さらにお父様は言葉を続けます。
「それとだ、入って来い」
「はっ、失礼いたします」
二人組の男女でした。見たところ中年の夫婦のようですが……。
男性の方は小柄でそこはかとなく愛嬌がある顏をしてます。とてもピエロが似合いそうです。
女性の方はややきつめで威圧的な感じがしますね。猛獣使いと言った感じでしょうか?
「私の名前はパトリック・ヒューストン! かつてはサーカスの団長を務めておりました!」
「同じく、マルガリータ・ヒューストン。パトリックの妻でございます」
「この度、貧弱な肉体を持つお嬢様になり替わり! 老若男女の娯楽を一手に引き受ける所存でございます!」
いきなりの発言に面を食らう私。
貧弱なのは認めますけど本人を前に言いますかね?
しかしお父様は驚いた様子はありません。
むしろ、このために呼んだと言わんばかりに平然としています。
「遊園地の管理をこの二人に任せることにした。また倒れられたら困るからな」
「……お言葉ですが、あれを作ったのは私です。最後まで責任を取るというのが筋というものではないでしょうか?」
「だがその責を……。務めを果たせず倒れたのは、どこの誰だ?」
「それは……」
言葉を失ってしまう私。
さらに怒りを含んだご様子で言葉を続けます。
「そして責任を取ると言ったが解任以外、どうやって取るつもりなのだ?」
「うっ……」
「私はお前の上に立つ者。侯爵として、この土地を支配するものとして、お前に管理をする能力がないと判断し、その任を解くと言ったのだ。それを受けないというのであれば……それはただの我儘だ!」
……なんだか涙が出来ました。
そんなお父様は先ほどと変わって、穏やかな口調でこう仰りました。
「……セルリア、この二人に任せておけ。何も悪いようにはしない。それよりもお前はもっと色んな事を、広い世界のことを知るべきだ。今回の件は不幸や汚点などと捉えず、自分の糧としろ。いいな?」
「……私の負けです、お父様の仰る通りにします」
「そうか。では頼んだぞ、二人とも」
「御意に!」
「かしこまりました」
二人は頭を下げ、そのまま部屋の奥へと退きます。
私はそれをただ見送るしかありませんでした。
気落ちをしている場合ではない、とお父様再び口を開きます。
「それとお前に伝えておかなくてはいけないことがある」
「何でしょうか?」
「そろそろ皇帝陛下が誕生日を迎えることはお前も知っているな」
「ええ、もちろん」
もうすぐ皇帝陛下の誕生日。
その日はここも例外なく、盛大なお祝いをするのが習わしです。
一部の機関を除いて休日となり、街は大変な盛り上がりを見せてくれます。
一種の祭日ですね。正直、私には実感がないのですが……。
「それで、だ。我々もそれに出席することとなった」
「そうですか」
……え? ……我々?
頭の中で先ほどの言葉を反芻する。
そんな私の気持ちを組んでか、深いため息をつくお父様。
「他人事のように言っているが……一応言っておくぞ。セルリア、お前も出席するのだ」
「出席とは?」
「帝都で行われる誕生日パーティーにお前も出席する、ということだ」
「……はい?」
「お前も今や一端の貴族の令嬢。皇帝陛下にご挨拶をしなくてはいかん。それは分かるな?」
「確かにそうですが……」
状況を把握してないと思われたのか、少し上ずった声を上げる私。
そんな私を見かねて、つい頭に手をやるお父様。
「不安か?」
「……はい」
そもそも私はこの街から一度も出たことがありません。
どこかへ行く必要性や用事は何一つないのですから。
お父様はそんな気持ちを見透かしたのでしょうか。
そんな私に対し、心配はいらないと軽く咳払いをする。
「ならば一通り礼作法を確認しておくのだ。他国の人間も来るからな。お前もそれ相応のことをしなくてはいけないぞ」
「……はい」
「話は以上だ。行っていい」
「では、失礼いたします」
私は書斎から退室する。
皇帝陛下……いったいどのような人物なのでしょうか?
それにお父様の一言がどうも気になります。
他国の人間、つまり外国からお客様はいらっしゃる。ということになります。
この世界では外国語はありません。ですが少々特殊な言語を扱う方もいらっしゃいます。
そのための勉強をしっかりしておかなくてはいけませんね。
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二日後、私は朝早くに駅のホームに立っていた。
「これが機関車ですか」
「ええ、そうですね」
隣にいるややきつめの美人メイドこと、フレデリカが私の言葉に頷く。
フレデリカはばあやの側近として、私の身の回りのことを世話をしてくれる方。
長旅になるため、年老いたばあやを置いて行かなくてはなりません。
そのため、帝都に向かう間はばあやの代理として、フレデリカがメイド長を務めるそうです。
私は再び機関車に視線を向ける。
前世では絵本やテレビの中でしか見たこととなかった蒸気機関車。
それが今、目の前にあります。
黒いというよりやや青みがかかった鉄の塊は、将軍か何かのようにその場に鎮座しています。
現代の自動車よりは速いと思いますが、速度はいかがなものでしょうか?
と、そんなことを考えてる場合ではありません。
「ところで私の客席は……」
「こちらでございます」
ひときわ目立つ豪華な車両が一番後ろにありました。
深い赤色に塗られた客車は、何とも豪華な仕様です。細工も金色がチラホラ見えますね。
かなり手が込んでいるのか屋根も普通の物とは違い、妙に角ばっていました。
「これは……?」
「これは侯爵様とお嬢様専用の客車でございます」
「せ、専用!?」
「はい、この日のために色々手配をさせていただきました!」
あまりのスケールの大きさに私の頭は一瞬で吹き飛びました。
寝台列車に乗ることは想定してましたが、まさか専用の物を作るとは……。
「ささ、お乗りください。切符もなにも必要ないのですからね」
「そ、そうですね」
私は列車の中に入る。部屋は二部屋。お父様と私の部屋ですね。
内装は椅子にテーブルにベッドとかなりシンプルです。
それでも力を入れてくださったみたいですね。手触りが良いです。
車の奥にはドレッサーがあります。着替えの類はここでするみたいですね。
「いかがですか?」
「ええ、とても居こごちは良さそうですね」
「ありがとうございます。御用の際には壁のベルをお鳴らしください」
「わかりました」
椅子に座って出発を待つ。窓の外は至って静か。
出発前の言いようのない緊張感がちょっと伝わってきます。
遠くから発車のベルが音が聞こえてきました。
「さあ、汽車が動き出しますよ」
警笛が鳴らされ、重い振動とともに汽車が動き始めた。
景色がゆっくりと左から右へと流れていく。
町から出るのはこれが初めてですね……。これが初めての“私”の旅。
そういえば帝都とはいったいどんな所なのでしょうか?
「フレデリカ、帝都とはどんなところなのでしょうか? 前知識としては一応調べてみたのですが、どうにもイメージが湧かなくて……。」
「そうですね、お嬢様は帝都へ行くのは初めてですからねぇ」
フレデリカが手帳を取り出し読み上げる。
どうやらあらかじめ調べておいてくれたようですね。ありがたいことです。
帝都は初代皇帝アラウンダー一世がお造りになられました。
当時としては珍しい六角形の都市で、六芒星の街路が張り巡らされております。
中央に王城を置きその周りに軍の基地があり、冒険者ギルドもその中に存在します。
その周囲に高級住宅や商店が立ち並ぶという構図になっております。
また、六芒星の三角形の地区には割り振りがされており、医療区、商業区、工業区、魔術区、食糧区、娯楽区に分かれています。
「なるほど……」
フレデリカの話が終わると同時に、列車が途中で止まった。
窓の外を見ると駅に着いたようです。
大きなカバンを持つ人々が次々に乗車していきます。
かなり重いのか、駅員さんに手伝って頂いてる方もいらっしゃいました。
当たり前の話ですけど、この列車はかなりの長距離を走ります。
歩かなくて済むということを加味しても数日はここから離れることが出来ません。
「帝都へは駅を幾つ超えるのでしょうか?」
「そうですね、あと五つほどでしょうか? 駅を持つ街はかなり限られておりますゆえ」
ちょうど部屋の扉がノックされました。
フレデリカが扉を開けると、入ってきたのはお父様でした。
「これから別の領に入る。乗客たちに粗相がないようにな」
「はい」
「まあ列車に乗っている間はゆっくりとくつろぐと良い。だが一般客も多いから気を付けることだ」
「かしこまりました。お父様」
「では私は部屋で仕事をする。セルリア、お前は汽車の中を見てくるといい」
「はい」
警笛の音が聞こえてきた。再び汽車が走り出した。
速度が一定になると、さっそく汽車の中を歩いてみる。
穏やかな揺れの中、汽車が進む。
通路の扉を開けると風が吹きつけてきた。長居をすると髪の毛が乱れそうです。
慌てず前の客席へと進んでいく。
一番後ろのが私たちの客車。次に一等客車、二等客車、三等客車、ホール車、食堂車、ラウンジ車、倉庫機関車と続いています。
どの客席も扉が付いててちゃんとしていますが、椅子とベッドの両立は難しそうですね。
三等車に至っては椅子とテーブルしかありません。
一通り回ると再び自分の席から窓を眺める。
汽車が森の中へと入っていく。日の差さない静かな景色が続いた。
ここを切り開くのにどれだけの手間がかかったのでしょうか?
あっ、木々の隙間から野生のシカやウサギが見えました。
森の中を走っているとこういうのも見えるのですね。
「お嬢様、お茶の準備が整いました」
「ありがとうございます」
テーブルの上にカップが置かれる。今日は珍しく緑茶が注がれた。
緑茶が入ったカップを手に取りながら、再び窓の外を見やる。
緑茶と同じ緑と黒がどこまでも広がっていた。
ときどき木漏れ日が差し込み、これが汽車だということを思い出します。
ふと、フレデリカが小さく漏らしました。
「見ていて飽きませんか?」
「いいえ、そもそもこういう景色を見ることすら叶わなかった身なので」
「お嬢様……それではごゆるりとおくつろぎください」
「ありがとう、フレデリカ」
フレデリカが頭を下げ、部屋から出て行くのを見届けると、再び視線を窓の外へ移す。
車窓から見える景色を眺めながら、これから向かう帝都に不安の色を隠せずにいた。




