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第四話 お嬢様、遊園地のお時間でございます その1

「御呼びでしょうか、お父様」

「来たか……」


 数刻前、屋敷の書斎に呼び出された私。

 お父様は仕事と家の事は分けて考える方。

 普段であればこのような場所に呼び出されることは無いでしょう。

 

 部屋の中には無数の本と大きなデスク。まあ書斎なのですから当然なのでしょうけど。

 大きなデスクの前に立つと普段とは違った印象がありますね。


「話というのは他でもない。セルリア、本日を持ってお前を監査員に任命する」

「まあ、なんと突然ですね」


 監査員というのは名前の通り、町の状態を調べる極めて重要な役職です。

 普通の役人とは違い、お勤め自体はそう難しい物ではないのですが……。

 

「突然ではございませぬぞ、お嬢様」


 やや金きり気味の声で言葉をを発したのは、お父様のお隣にいる秘書のフランクリン様。

 小太りの身体にパツパツの紳士服。背はお世辞にも高いほうではありません。

 白ヒゲと殿方には相応しくない可愛らしい目がなんとも特徴的です。

 フランクリン様はお父様と何年もお仕事をしておられますが……。

 実のことを言うと少々苦手です。


 別に悪口を言われるわけでもありませんし、無礼な振る舞いをされたわけでもありません。

 あえて言うのであれば……。愛嬌のある顔に反して頑固で負けん気が強い所、でしょうか?


「あなたはもう一人前の淑女。社交界のパーティーに出席し、貴族のお知り合いも出来ました」

「すなわち、この町……いや、この地方を統治する者としてお前は責任を持たなくはならない」

「この土地を納める貴族の責務にございます! それにいつかお嬢様もご結婚をなさるやもしれませぬ、そのとき夫を支えなくてはなりません」

「責任重大なのですね」

「然り!」


 鼻息が荒いフランクリン様を嗜めるように、お父様はまぁまぁ、と手を振る。


「フランクリンはこう言っているが、監査員と言っても大したことはない。まずはお前は市井を見回り、気づいたこと、直すべきこと、守らなくてはいけないことを考えることだ」

「わかりました」

「では、早速お願いしますぞ。馬車の方は既に手配をしてますので」

「はい、では失礼します」


 私はお父様たちに頭を下げるとそのまま部屋をあとにする。

 それにしても監査とは……一体どこから手を付ければよろしいのでしょうか?

 言葉の意味を理解していても実際にやってみるのは初めて。

 ……まずはお父様が仰ったとおり、まずは市井の人々の生活を見てみましょうか。

 

 いつもの通り、馬車に乗り込む。

 普段なら軽い気持ちで眺められるこの町を、じっくり観察をする。

 レンガや切り出した石で出来た街なみですが、最近はコンクリートの建物も増えてきましたね。

 街を行く人々も実にさまざまです。

 ビジネススーツ姿の男性がいれば、鎧を来た方もいらっしゃいます。

 レースをつけた服にスカートやズボンを穿いた女性が多数いますね。最近の流行と聞きました。

 他の“アバター(みんな)”の街を見てきましたが、やはり住んでる人と旅人は違いますね。

 この町に限ったことですが冒険者よりも、商人を初めとする市井の人が多く歩いてます。

 それだけではありません、こうしてゆっくり見てみると――。


「色んなものがありますね」

「ええ、鉄道が開通してからは北からも南からも人がいらっしゃいます」


 鉄道と言う言葉に心がちょっと揺さぶられます。

 一人で旅行へ行きたい、などと言ったらお父様もばあやも大目玉でしょうね。

 それにラジオがあるということは鉄道もあるのは当然でした。

 それにしてもこの町の鉄道は一体どこまで続いてるのでしょうか?

 

【情報:鉄道網は北の町オーロリアから南の町ブラグアイまで繋がっています。現在も線路は拡張中】


 オーロリアはたしか小高い山々に囲まれ、雪に覆われた町でしたね。

 冬になるとキメの細かい雪が降る町でした。


 一方のブラグアイは暑い太陽の町。

 白い砂浜とエメラルドブルーの海がどこまでも広がっています。


 鉄橋の下を潜り抜ける。そして線路に沿うかのような道に入る。

 窓から眺める線路は前世と同じように、鉄骨の下にちゃんと木の板が敷いてあります。

 しかし線路の脇に小さなポールがいくつも経っていますね。


「アレはなんでしょうか?」

「ああ、立ち入らないように魔法障壁を張ってあるのですよ」


 なるほど便利ですね。子供やお年寄りといった人が入らないようへの配慮ですね。


「それではまずは北の工房区へ行って見ましょう」

「はい」



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ここが工房区なのですね」


 無数の煙突が立ち並ぶ工房区は少々真っ黒な世界でした。

 道路だけではなく、建物の壁にもペンキか何かが塗られております。

 それに工房というだけあって多くの人が忙しく走り回っておりました。

 音も金属音から破裂音。木槌の叩く音に親方らしい人の怒鳴り声。

 めぐるしいと言う言葉がぴったりの場所です。


「さまざまな職人がいらっしゃいますね」

「ええ、金細工職人やアクセサリー職人、武器職人に防具職人。この街の工業を一手に引き受けてる区です」

「それにしても少々……その……」


 なんとも言えない臭いについ鼻を押さえてしまう。

 私の言葉を察したのか、御者の方が大笑いをする。

 こういうとき顔に出てしまうのが自分としては恥ずかしいです。


「はは、汚いと仰りたいのですか?」

「すみません、言葉が何も出なくて」

「まあ当然でしょうな、油や炎、薬品などを扱うので黒っぽいというか多少汚れているのはご愛嬌とお思いください。臭いも工房区の人間なら慣れてしまいますゆえ」

「汗を流して働く人々の証、ということですね」

「そう仰っていただくと私も気が楽になります」


 よくみると小さな子供たちが遊んでいます。

 しかしすぐさま職人がやってきて、子供たちを追い出してしまいました。

 まあ、危ない場所だとは思うので、追い出すのは仕方が無いことだと思いますが……。


「お嬢様、次へ参りましょうか」

「そうですね」


 時間が迫っているのか、御者の言葉に頷くと再び馬車へと乗り込んだ。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「街の東側、商業区でございます」

「相変わらず活気に満ちてますね」


 飲食店に家具屋。ふと目で追ってしまう婦人服のショーケース。

 商店が立ち並ぶ道の片隅で、さまざまな露店が立ち並んでますね。

 そんな最中、やたらと大きな建物に目を奪われてしまいました。


「あら、アレは一体なんでしょうか?」

「ああ、アレはデパートという建物です」

「デパート……」


 この街にもデパートがあるのですね。

 しかも鉄筋コンクリートの六階建て。正面から見ると結構威圧感があります。

 入り口の案内板を見てみる。ちゃんとデパートの中身になってます。

 レストランにスーパー。服にアクセサリー。ペットショップまでは入ってます。

 中を覗いてみたいのですが……流石に今回はお預けのようです。

 

「周りの店はできるだけデパートで売ってない物を売るようにしてるようです」

「そうなのですか?」

「ええ。基本的な買い物はデパートで、その他の細々した物は周りの店で買うのが主流だそうです」

「なるほど……」


 あっ、あそこにメイドの姿が……どうやらここで品物を買うようですね。

 手にはなにやら紙包みが……。確かあれはカスターネと呼ばれるカスタードドラ焼き!

 ……流石にここで目くじらを立てるのはみっともないですね。

 ここは見逃しておいて差し上げましょう。


「では次の場所へ行きましょうか」

「そうですね」



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「南は行政区。でしたよね?」

「ええ、ここでさまざまなお客様をお迎えする場でもあります」


 言い換えればここは街の出入り口。いろんな方が歩いております。

 人間から始まり、エルフに獣人にドワーフ。こうしてみると世界は広いですね。

 あとちょっと遠いですがここから南西部に港があるのは覚えてます。

 それにしてもひときわ目を引く、あの白いビルっぽい建物はたしか……。


「あのホテルというのは一体どのようなものなのでしょうか?」

「ほう、あのホテルですか。あのホテルは五つ星の栄誉ある称号を貰ったそうです」

「そうなのですか?」

「はい。ですがお嬢様にはお屋敷があるので、あのような所に泊まる機会はほとんどないでしょうが」

「何だかちょっと切ないですね」

「ふふ、それもそうですね」


 宿屋とは違ったホテルという建物にちょっと興味が湧いてます。

 私が知っているホテルとは多分違っているのでしょうけど……。

 いつか中を見てみたいものです。



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「最後に西。ここは居住区です」

「商業区で買い物をした方々がここで生活をしていらっしゃるのですね」

「ええ、西側になればなるほど大きな建物が見えますよね」

「はい」

 大きな建物はいくつも見てきましたが、今度は青い建物がそびえ立ってます。

 ベランダがいくつも見えますが……あれは……。


「あれはマンションというそうです」

「マンションですか」

「あの建物に一人暮らしの方々が多数住んでるそうです」

「一種の寮生活なのでしょうか?」

「はは、寮生活というよりそれぞれに部屋が与えられているようです」

「そうですか」


 ついにマンションまで出来るようになったとは……。

 まあアパートがあるのですから当然でしょうけど……。


「さて、お嬢様。最後に行きたい場所は?」

「ラジオ塔へ」

「かしこまりました、中央区。ラジオ塔周辺へ参りましょう」



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「いつ見ても大きいですね」

「ええ、この街に来る人々は皆これを見に来るそうです」


 目の前には大きな金色の塔が立ってます。これが町のシンボル、ラジオ塔です。

 ここから電波を発信させ、この辺りに情報を一手に引き受けてます。

 機械さえあればどこでも情報が手に入るので多くの人が重宝しています。

 それにこの地方を旅する人はラジオから流れる音楽に心を癒すそうです。

 

 個人的な話になりますが、実はラジオブックと呼ばれる本のファンでもあります。

 ラジオブックとはラジオとの連動をした本です。前世でいうドラマCDみたいなものですね。


 興奮のため息とともにラジオ塔を見上げる。

 それにしても……高いですね。ラジオ塔は。天辺の方は全く見えません。

 夜間のライトアップは遠くからでも見えますけど。近くだと大きすぎて感覚が狂います。

 ふとこんなことを漏らしてしまう。


「……整備する人は大変そうですね」

「実は意外とそうでもないそうです」

「え?」

「飛行魔法で空を飛びながら整備や清掃を行うため、一部の人間から楽しそうという評判があります」

「……やってる方は命がけなのでしょうにねぇ……」


 と言いつつも想像するとやっぱり楽しそうですね。

 なんというか自由に空を飛べるという辺りが。


「さて、お嬢様。そろそろお帰りになった方がよろしいかと」

「そうですね、そろそろ報告書を書かなくてはいけませんしね」

「では、まいりましょうか」



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 夕食を終えると早速、机に向かいます。

 ……正直に申し上げれば、これと言ってお父様が仰るモノは見当たりませんでした。

 今日の街を一通り見てましたが人々は幸せそうです。

 食べるのに困るような貧しい人もいなければ、仕事がなくうろつく浮浪者もいません。

 犯罪も頻繁に起こってる様子はありません。


「D・E、私は何をしたらいいのでしょうか?」


【現在、あなたがするべきことはありません。ご自由にどうぞ】


 するべきことがない、という返答に少しの安心を得る。

 見落としがないかつい、この力を使ってみましたが……。

 特に感情が動かされることがないまま、今日のことを書き記していく。

 

 翌日の朝、書き上げた報告書をお父様の前に差し出します。

 難しい顔をしたまま、何度も書類を確認する。その姿は今でも緊張します。

 子供の頃は作文を書いたことがありましたが、アレともまた違う雰囲気です。


「セルリア」

「なんでしょうか?」

「見事な報告書だ、これならばすぐに役所勤めをしても問題はないだろう」

「ありがとうございます」


 口ではそういいますが私は見逃すことが出来ませんでした。

 お父様が僅かに失望している、ということに……。


「この調子で市井の人々を観察するのだ」

「かしこまりました」

「では、私は帝都へと出かけてくる」

「お気をつけて」

「ああ、お前も頑張ってくれ」

「はい」


 私が頭を下げるとお父様はそのまま上着を羽織り、出て行ってしまいました。

 ため息とともに近くある椅子に腰掛けます。

 何かを見落としてることはない。そうDEも言ってましたのに……。


「おやおや、そんな態度ではだらしがないですよ! お嬢様!」

「ばあや!?」

「本日の予定は刺繍にございますよ!」

「そうですか」

「ささ、準備を!」


 今日はお稽古事のようですね。

 馬車に乗り込み、いつもの通りに街を眺めてみる。

 何かが足りない……。街を見ながらついそんなことを思ってしまう。

 促されるままお稽古事をしますが、あんまり身が入ってません。

 ……私は一体どうしたらよいのでしょうか?

 

「いたっ!」

「お嬢様!?」

「大丈夫です。それよりも申し訳ありません」


 刺繍の先生に頭を下げる私。考え事をしていたせいで、指を針で刺してしまったようです。

 考え事をしながら刺繍をしてるせいか、どことなく形が崩れているように見える。

 しかしそれを見破るかのように厳しいお言葉が。


「お嬢様、刺繍は丁寧にするものでございます。邪念や煩悩を持てば刺繍も荒れましょう」

「邪念……煩悩……」

「何かお悩み事でも?」

「……実は……」


 講師の先生にお茶を飲みながらつい自分の悩みを話してしまう。

 お父様のこと、監査員の仕事のこと、そして……自身の不安のこと。

 悩みを一人で解決できない辺り、自分の覚悟が足りないこと確認します。

 しかし先生は先ほどとは違い、穏やかな笑みを浮べておりました。


「なるほど、お嬢様は欲張りでいらっしゃるのですね」

「欲張り……ですか?」

「ええ、一日や二日で成果を得ようなどと欲張りではありませんか」

「そうでしょうか? 私は……人の役に立っているのでしょうか?」

「その考え自体が傲慢かつ、欲張りです。言い換えれば自分は価値のある人間だと主張されております」

「うっ……」


 ピシャリ、といった感じでしょうか。

 こういうときに言葉をぶつけられると頭が停止します。


「貴族としての誇りはお嬢様はちゃんと持っていらっしゃいます。しかし今はそれが空回りしておられる」

「はい……」

「成果が欲しがるのはやはりみな同じですわね、ホラ」

「あれは?」

「刺繍を学びに来た子供、そして大人の作品でございます」


 先生の視線の先にあったのは刺繍の作品集でした。

 色んな作品がありました。花、月、太陽、動物。

 皆思い思いの作品を作ってました。

 その中でも特に目を引く物が……。


「……あら? あの刺繍だけしわだらけですね」

「ええ、やってる最中に何度も布を床に叩きつけた御仁です」


 いびつな黄色の花は何度も失敗し、怒りをぶつけられたらしく、隅っこの方で小さくなってました。

 それでもそれを避けず無用な言い回しはせず、柔らかな口調で言葉を続ける。


「お嬢様、あの方の刺繍を見てどう思いましたか?」

「どう……と仰られても……。ただ……出来という点以外では悪くは無いと思います」

「ええ、そうでしょう。ひどい出来ですが悪くはないのです。懸命に作ったのですから」

「……何だか少し気が楽になりました」


 ちょっとひどい話かもしれませんけど。


「そうですか、それはよろしゅうございました」

「もう一度やり直してみます。邪念も煩悩も少しは晴れましたので」

「では、最初から」

「はい」


 再び針と糸を手に、刺繍をやり直す。思った以上に手が軽くなりました。

 新しいことを探すのはちゃんと相手を見てからにしましょう。

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