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第三話 お嬢様、テニスの時間でございます その2

 イザベラ様が参られる当日。その日は少し風が強い日でした。

 日の光も弱く、すぐに雲に隠れてしまいます。

 まるで嵐の前の日のような物々しい雰囲気のテニスコート。

 コート入り口付近で馬車が止まりました。


 馬車の戸が開くと長い金髪に赤を貴重としたテニスユニフォーム。

 この日のために新調してきたかのような白いラケット。

 豪華絢爛、という言葉が良くお似合いのイザベラ様がこの地に降り立ちました。

 さらに奥から一人の男性が……。

 おや、ハロルド様もご一緒ですね。彼女に付きっ切りなのでしょうか?


「ようこそ、いらっしゃいました。イザベラ様。それにハロルド様」

「あなたも良く受けることを決めたわね」

「ええ、お互いに清算するべきだと私も思いましたので」

「……ふん!」


 頭を下げる私に対し、そっぽを向くイザベラ様。

 後ろでメイドのヒソヒソ話が聞こえてきます。


「バチバチじゃないの」

「お嬢様、大丈夫でしょうか?」


 正直、不安です。

 イザベラ様の実力がジェシカやばあやの言葉どおりならば、ですが。

 決めた以上、やめたいなどとどの口が言えましょうか。


「さあさ、準備を始めてください」


 ネットを挟んで対峙いたしますが……かなり威圧感を感じます。

 まるでナイフか何かを突きつけられたような冷たい緊張感。

 ラケットをする素振りをするイザベラ様。

 風を切る音がまるで剣のように鋭く聞こえます。

 馬車の御者が審判席に座るとルールの説明を始めした。


「えー、ルールは簡単。サドンデス方式で先に十ポイント先取したら勝利です」

「通常のルールではないのですか?」

「それだと時間もかかるし、素人のあなたには勝ち目が無いもの。ハンデの一種と考えて欲しいわね」


 なるほど。上手く先にポイントを先取すればよろしいのですね?

 これならばわざわざ二点取らなくてもこちらに勝機はある、ということなのでしょう。


「サーブ権はそちらに」

「ありがとうございます」


 荒々しく鼻を鳴らすイザベラ様。

 慢心してるのか、はたまた余裕なのか……。覚悟を来ましょうかね。

 コートの末端、ベースラインに立つと深呼吸をして、精神を落ち着かせる。


 技術が上手くないせいでコートを荒らしたこともありました。

 ラケットが弾け飛び、腕がしびれたことがありました。

 でも今日という日のために、全力を尽くしましょう。


「それでは試合開始!」


 ホイッスルの笛が吹かれると早速ボールを高く上げる。


「はぁ!」


 サーブが弧を描き、イザベラ様のコートを入っていく。

 しかし、難なくレシーブをするイザベラ様。

 ジェシカに言われたことは一通り出来ているつもりです。

 しかし思っていた以上にイザベラ様は力強い。

 あちらは経験者なのだから当然でしょう。

 あわてず左右に揺さぶりをかけていく私。

 ボールがコートの端を行ったりきたりしてる間に徐々にネットとの距離を詰めていく。

 ラリーを続けていくうちにボールが速度が落ちた。

 それを見逃さず、コート中央に叩きつけるかのようにスマッシュ。

 見事、ボールは白いライン、ベースラインの上を飛び越え、壁にぶつかる。

 ホイッスルが鳴ると同時に先取点が入りました。


「流石です、お嬢様!」

「なるほど、付け焼刃だけど形は出来てるわね」

「お褒め頂き、ありがとうございます」

「でもパワーが足りないわ!」


 負け惜しみなのか分かりませんが……二点目も頂戴いたしましょう。

 再びサーブを放つ。先ほどと同じようにレシーブを打つイザベラ様。

 簡単に返せると思いきや、ボールはラケットを弾き、地面に叩きつけられた。

 背後で転がるボールを見ながらあまりのことに呆然となる。

 審判のホイッスルが吹いた。これは得点として認められたということです。


「これが! わたしのテニスよ!」


 そう高らかに宣言をしつつ、ハロルド様のほうへ視線を送ります。

 私よりもハロルド様のほうが気になる様子です。

 しかしハロルド様は足を組んでイザベラ様に視線を送っているだけですね。

 退屈そう、というイメージ。恐らく、今まで何度も見てきたことでしょう。


 先ほどの光景を胸に刻み、気を引き締めていきましょう。

 サーブ権がイザベラ様に移る。

 いったい、どのようなサーブを打って来るのでしょうか?

 レシーブでアレでしたので……。きっとかなり強烈な――。

 

「はぁ!」

「きゃぁ!?」


 イザベラ様の影声と同時にまたもラケットがコートの上を転がる。

 しびれた腕を摩りながらボールの行方を捜す。

 振り向くと、返された時と同じように気が付けば背後にボールが。

 考え事をしていた、と言うことを差し引いてもあまりにも強烈なサーブでした。


「ふふん、これで二点目……ね」

「くっ!」


 再びボールが宙を舞うと私の背後にボールがある。

 完全に翻弄されている自分に苛立ちつつもボールを追いかける私。

 でもボールに追い付けない、追いつけても返せない……。

 

「あーあ、まるっきり勝負になってないわね」

「くっ……」

「お嬢様……」


 不安そうなばあやたちの顔を見て、仕切り直しのために腰を少し落とす。

 ……知ってます、こういう惨めな思いは何度もしてきました。

 体育の授業の時だってこんな扱いでしたしね。

 だからと言って諦めるようなことはいたしません。


 本当に?


 ……浮かび上がる一抹の不安を奥底に押し込めて、再びラケットの握りなおす。

 しかし、すさまじい力のサーブに全く対応が出来ない……。

 暴力的なテニスボールが身体の脇を何度も通り過ぎていく。

 五点目が入った時点でハロルド様が席を立ちました。


「もういい! やめろ!」

「ハロルド様……」

「イザベラ、お前は俺にこんなつまらん物を見せるために呼び寄せたというのか?」

「いいえ、その様なことは」

「お前がやっていることはネズミをいたぶるネコも同然だぞ! 武門の家柄のものとして、それは見苦しいだけだ!」

「……いいえ、ハロルド様。これは決闘です」

「何!?」

「イザベラ様はこう書き上げました。一度ぶつかり合うことでお互いのわだかまりを解こう、と。私はまだ本気で戦い挑んでおりません」


 私の申し出にハロルド様も面を喰らったようです。

 ハロルド様は私の意思を汲んでくれたのか、そのまま再び席に着いた。


「…………そうか、ならば何も言わん。イザベラよ、すまなかったな」

「は、ハロルド様! よいのです、このイザベラはハロルド様のお気持ちを理解せず、無粋な真似をしてしまいました。あの後、頭を下げて回ったのは他ならぬハロルド様! 婚約者としての自覚を欠けた私のために! ああ、なんという……」


 百面相になるイザベラ様。

 泣いたり笑ったりとお忙しい方ですね……。

 しかしそれだけハロルド様を愛しているのでしょう。正直ちょっと羨ましいです。


「さあ、セルリア。試合を再開するわよ。最後まで正々堂々と!」

「ええ、もちろん」


 試合再開、気持ちが落ち着いてきました。

 先ほどまで焦っていた自分がなんだか馬鹿らしくなってしまいましたね。

 深く深呼吸をすると突然、軽めの電子音が聞こえてきました。


【攻略ヒント:彼女のパワーはあなたより格段に上。ですので力で打ち返すのではなく、反発を使って相手を揺さぶりましょう】


 ……いまさらですか!? ですがこの状況ではヒントは嬉しいものです。

 反発とおっしゃられても……ねぇ。とにかく耐えることをイメージしてみましょう。


「はぁ!」


 跳んでくるボールを跳ね返そうではなく、あえて振りを途中で止めてみる。

 ラケットを壁に見立てたをイメージ。打ち返すのではなく、踏み止まる。


「くぅ!?」


 衝撃でラケットが大きく揺さぶられる。

 やはり身体を持っていかれる! 持てる腕の力を全てラケットに込める。

 大きくラケットをしならせ、ついにボールが相手側のコートに帰りました!


「なっ!?」


 落ちたのはネットの手前。

 イザベラ様もこれは予想外だったのか、大慌てでボールを打ち返そうとします。

 何とか返すものの、絶好の機会。すかさずダッシュで勢いを着け、ボールを打ち返す。

 今度はイザベラ様が後ろのボールを見やることに。


「ふん、なかなかやるわね」

「恐縮です」


 不敵な笑みを浮かべるイザベラ様。

 すみません、この方のことちょっと好きになってしまいました。


 サーブ権が再びこちらに移りました。

 二度と戻ってこないと思いましたが……。ちょっと嬉しいです。


「はぁ!」 

「ふぅん!」


 サーブを放つ。二点目と同じように強烈なレシーブを放ってきます。

 打ち返すのはではなく、壁となって勢いを削ぐ。

 でもそれだけではいけません。ここは打つ角度を……変えてみる!

 ラケットを斜めにし、ボールを大きく天へ弾かれる。


「何を!?」

 

 急な山の形を描きながら、そのままイザベラ様の後ろに落ちた。

 ベースラインギリギリのきわどい場所。ホイッスルが吹かれる。三点目、頂きました。

 あと少し遠かったらあちらの得点でした。危なかったですね。


「くっ!?」

「ふふっ」

 

 すみません、ちょっと楽しくなりました。


「くぅぅぅぅぅぅぅ! 私が……あんな情けない手で!」


 顔をしかめて地団太を踏むイザベラ様。

 テニスに関して言えば本当に情熱を注いでいるのでしょうね。

 そんなイザベラ様をハロルド様がパーティーのときと同じようになだめる。


「イザベラ! 落ち着け!」

「!? ハロルド様……このような情けない姿を晒すことになるなんて……」

「かまわん、だが俺が好きなお前であってくれ」

「ハロルド様……分かりました。セルリア、あなたをいっぱしの相手と認めるわ!」

「ありがとうございます、イザベラ様」


 頭が冴えて来ると、イザベラ様のテニスの傾向が見えてきました。

 パワーはジェシカ以上ですが、意外と小技に弱い印象が見えてきます。

 左右のゆさぶりには強いのですが、前後となるととたん弱くなります。

 しかし弱いからといってそこばかりつけば逆にやられてしまうでしょう。

 だから私がやることは――。


「はぁ!」


 私がサーブをし、イザベラ様がそれを返す。

 無理に返すことは無く、あえて走らせる。

 ボールが何度もコートの端を往復させ、相手の意識が左右に行ったところで――。


「そこ!」

「くっ!?」


 レシーブされたボールがネットに当たり、相手コートの上に転がった。

 ホイッスルが鳴る、これで四点目。このままいけば大丈夫でしょう。

 そのまま五点、六点と取る私。一方のイザベラ様も負けじと点を返してきます。

 しかし徐々に点差を縮めていく。気が付けば点差はわずか二つ。

 このままいけば勝つことも出来ましょう。


 しかし突然、動きがおかしくなり始める。

 攻略法を見つけた。身体も十分動いている。

 というのに何かが足を引っ張ってる!?

 一体何が……。


 本当に大丈夫?


 そうでした、毎回ここぞと言うときに出てくるもう一人の私。

 そういう”設定”にしたのはほかならぬ私。無意識とはいえ不安は免れない。

 振り切ろうとする。だが……。


「ああ!」


 ボールを追いかけるのに夢中になりすぎ、転んでしまいました。


「お嬢様!」

「大丈夫です」


 怪我らしい怪我してません。足をくじいたことも無ければ擦り傷もない。

 芝のコートのおかげですね。……しかし焦りは拭えません。

 意思とは違った何か、見えない壁。恐怖と言う名の鎖。

 思わず身体が震える。そんな時ばあやが私の前に立ちました。


「セルリア様……」

「ばあや……」

「せや!」

「うっ!?」


 何か声をかけてくるかと思いきや、突然の腹に重い一撃が……!?

 おもわずくの字になる私。あまりのことに動転してばかりです。


「お兄様ならこうするでしょうね」

「ひどすぎます……」


 でもその通りです。単細胞のお兄様はこういうとき優しい声をかけません。

 気付け代わり、と言わんばかりに一発の殴るのは私も知っております。

 流石に顔を狙わなかったのはばあやの思いやりでしょうけど……。


「お嬢様! 家名をの前にお嬢様を名誉を大切になさってください!」

「ばあや……」

「お兄様もそれを望んでいらっしゃるはずです」

「……そうですね」

「それとしっかり運動した頂かないとこちらも働き甲斐がありませんので」

「そうですね」

「こちらかは以上です、では」


 ばあやがコートから去っていきます。

 セル、お前が視野が狭いんだよ! もっとこう……自分からやってみろよ!

 失敗したら俺が守ってやる! だからもっとガツーンとやれ! いいな!

 そんなお兄様の言葉が頭に浮かんできます。離れていても心はご一緒ですね。


「いきます!」


 サーブを放つ。今までの中で良いサーブでした。

 綺麗な放物線を描きながらコートを走り回るボール。

 それを面を食らったのか、イザベラ様の動きが一瞬、動きが止まりました。


「くっ!?」

「ほう……動きがまるで見違えるように変わったな」

「お嬢様! それです! その調子です!」


 それでも返すイザベラ様。激しい音をさせながらボールを打ち返します。

 こちらも慣れが出てきたのか腕ではなく全身を使ってボールを打つ。

 そのおかげがイザベラ様に力負けをすることはなくなりました。

 激しいラリーの応酬が何度も続く。

 この光景を見ていたハロルド様もついに席を立ちました。


「イザベラ、お前も本気出せ! このままではお前は負けるぞ!」

「ハロルド様!?」

「イザベラ、俺に恥を掻かせるつもりか?」

「いいえ、そんなことはありません!」

「なら勝って見せろ! 貴様が俺のモノだというのなら!」

「もちろんです、ハロルド様!」


 覇王の如く立ち振る舞うハロルド様。一言で相手を鼓舞するのは流石です。


 追い付いてみせる……。ひたすらラリーを続ける私とイザベラ様。

 風を切る音とボールが弾む音を何度もさせ、お互いに思いをぶつけ合う。

 私はお兄様のために、イザベラ様はハロルド様のために。

 しかし、最後の最後で――。


「ああ……」


 必死にラケットを伸ばしたがボールはラインを超えた。

 その瞬間、ホイッスルが鳴る。イザベラ様の勝ちが決まった。


「……か、勝った! 勝ったわ、ハロルド様!」

「おい、やめろ! みなが見てるではないか」


 思わずハロルド様に抱きつくイザベラ様。おまけに何度もキスをする。

 それを見ながらその場にへたり込む私。

 悔しいとか思ったこと無いはずですけど……これはきついですね。


「ありがとう、セルリア」

「へ?」

「これで私もあなたを許せそうだわ」

「こちらこそありがとうございました」

 

 何とか立ち上がり、ネットを挟んでお互いに握手をする。

 掌から感じるのは細さの中に小さな傷がチラホラ見えます。

 手紙のときも思いましたが、意外と努力家なのかもしれません。



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 片づけを終え、お二人が馬車へと乗り込みます。

 馬車の窓からお二人が声をかけてきました。


「では本日はお相手いただきありがとうございました」

「面白い見世物だった。また会おう、セルリア」

「今度は帝都で会いたいわね」

「はい」


 ……帝都に出向く用事があるとは思えませんけどね。


「それではごきげんよう」

「また会いましょう」

「さらばだ」


 去り行く馬車を見送るとばあやに向き直る。


「お嬢様、お疲れ様でした」

「ありがとう、ばあや。お兄様の言葉がなければくじけていたかもしれません」

「ホホホ、それならば結構でございます」

「今日は気持ちよく眠れそうです」


 落ち行く夕日を眺めると家の中へと入っていった。


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