第三話 お嬢様、テニスの時間でございます その1
暖かな陽の光が降り注ぐ昼下がりの午後。
私は今、お茶の手に庭でくつろいでます。
庭には綺麗な花々、緑の色をした木々。空には白い小鳥が空を飛んでおります。
時折吹く柔らかな風が穏やかな気持ちにさせてくれる。
久々にゆっくりとした時間。なんとも言い難い安らぎを感じます。
お茶をすすっていると、ばあやがなにやら封筒を手に持ってました。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「どなたからでしょうか?」
「えっと……イザベラ様からです」
「イザベラ様、ですか……」
パーティーのときに出会ったお方ですね。一体どのようなご用件なのでしょうか。
早速、ばあやが封を切ってみる。中から出てきたのは……手紙と手袋。
手紙は分かりましたが手袋は一体……。
「では、僭越ながらお読み上げいたします」
「お願いします」
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拝啓、セルリア嬢。いかがお過ごしでしょうか?
先日でお会いしたパーティーから早一週間経とうとしております。
このたび、私が手紙を出したのは先のパーティーでの無礼を精算するためのものです。
あの件でお互いに不名誉を賜ってしまいました。
私はあの後、お父様からみっちりと叱られ、お母様は涙と鼻水でハンカチを濡らす始末。
しかしこのまま誹謗中傷に負けるのは私の沽券に関わります。
よって、お互いのことを清算するためにテニスでの決闘を申し込みます。
一度ぶつかり合うことでお互いのわだかまりを解こうと思うのです。
なお、お断りをしたくばハロルド様経由でお願いいたします。
敬具。
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書かれた文章から言ってかなり圧力を感じます。
筆圧もかなり力が込められており、四苦八苦した跡がかなり見えています。
その証拠に裏側からでも文字が透けて見えました。
この文章を書いているイザベラ様の姿を想像してみる。
一文一文から悩みぬいたり、色んな方に読んで貰ったり。
よく見ると紙の隅にインクがにじんでいますね……。
何度も書き直したか……。はたまたインクをこぼしたのか……。
かなりの苦労をされたようです。
「……お嬢様、お受けなさるおつもりですか?」
「お受けするしかないでしょう」
あの後、少しイザベラ様のことを考えてみました。
聞いた話では、せっかく婚約者であるハロルド様と踊りのするおつもりでしたが……。
ドレスの不手際、ハロルド様の約束の破棄、ジェニーによる粗相。
なにやら不幸なことがが立て続けに起きてしまいました。
それにイザベラ様は 気性の激しい方、と後でお聞きました。
リリアやローラとも違い、根っこの部分がドロドロしております。
一度負けた悔しさがどうしても拭えないといった印象です。
この手紙を送ってきた以上、戦いは避けられないものででしょう。
「……ところでテニスというのはどのようなものなのでしょうか?」
「!? お嬢様!?」
すみません、嘘つきました。
テニスは多少知ってます。網の付いたラケットでボールを打ち合うスポーツですよね。
しかしここで確認のため、とぼけて見せるのはここが異世界だから。
聞いたことも無いルールを適用されたら、いくら私でも対処が出来ません。
しかし……私の問いかけにばあやは沈黙してしまいます。
肩を震わせ、少しうつむいてしまいました。いったいどうしたのでしょうか?
「わかりました……お嬢様。どうかお覚悟をお決めください」
「え?」
「今度のことはイザベラ様が申し上げたように決闘! ですので、みっちりとテニスの何たるかをお教えしなくてはなりません」
「え? え? え!?」
「さあさ、お着替えをなさってください!」
メイドたちに担がれると瞬く間に着替えさせられる私。
白一色のテニスウェアとヘアバンド。軽く扱いやすそうなスポーツ用のシューズ。
そして着替えが完了するとそのまま馬車へと乗せられる私。
呆気に取られているうちにある場所へと連れて来られてしまいました。
「ここは……」
着いたのは街にあるテニスコートでした。
いつもでしたら馬車の中からコートの様子を見れるのですが今回は誰もいません。
「コートの管理人に事情を説明した所、今回は貸切にしていただきました。」
「それはそれは……」
貸切と言う強い言葉に思わずたじろぐ私。
なにやらよっぽど深い意味があるようです。
それにしてもちゃんとコートを見たのは初めてですね。
前世では茶色のコートでしたがここは全面、緑の芝。
足の感触から言って柔らかい。負担がかからないようになっています。
「ジェシカ」
「はい」
ばあやがメイドのジェシカに呼びかけると、彼女は勢いよくいつものメイド服を脱ぎ捨てる。
青いテニスウェア、使い込んだ茶色のラケット。傷だらけのテニスシューズ。
そこには一人の熟練テニスプレイヤーがいました。
「あの……」
「ジェシカは帝国のテニス大会で優勝経験がある実力者、少し齧った程度のお子様貴族ではジェシカの相手は務まらないでしょう」
「セルリア様……。お覚悟を!」
「へ?」
ラケットを突きつけられると同時にコートに引きずり出される私。
お互いにコートをはさんで対峙すると、ジェシカは顔を伏せて悲しそうな声で訴えかけてきました。
「お嬢様! テニスの道はとても険しく、辛く、そして厳しいのです……!」
「は、はい……」
「イザベラ様はなかなかの強敵、素人のお嬢様が勝てる要素は万に一つも無いでしょう」
「そうなのですか?」
「はい! イザベラ様が獅子とするならセルリアお嬢様は子猫!」
例えがなんとも可愛らしい感じなのは、ジェシカの思いやりでしょうか?
「その力量差を埋めるにはこの私、ジェシカの技をお嬢様に徹底的に仕込むしかありません!」
「はぁ……」
「そんな生ぬるい返事ではイザベラ様に負けてしまいます! もっと元気を出して!」
「は、はい!」
「よろしい! では行きましょう!」
ジェシカがボールを宙に上げるとそのまま大きくラケットが振るわれた。
「え?」
何かが弾ける音がした次の瞬間、ボールは私の隣を通り過ぎていく。
あの……? 今の……何だったのでしょうか?
高速で自動車がすれ違うかのような感覚、と言いますが……。
一瞬、何が起こっているのか全く分かりません。
「これがサーブです。これを打ち返しなさい!」
「はぁ……」
「返事は大声で!」
「は、はい!」
「よろしい、ではもう一度!」
再び、先ほどと同じようにボールを打つジェシカ。
それに反応するためにラケットを音がする方に出すのですが、全く当たりません。
それ以前に見えないんです、ボールが。
速いなんてものじゃありません。突然、現れるといった表現が正しいでしょう。
そんな私にジェシカが怒りの声をあげます。
「お嬢様! 闇雲にラケットを振るだけではボールには当たりません! ボールの動きを見るのです」
「はい!」
「握りも甘いとラケットが弾き飛ばされてしまいます、しっかりと握ってください!」
「こうでしょうか?」
「いえ、これだと握りが甘いですね。もっと強く握ってください」
「はい!」
「ではもう一度行きますよ!」
再びボールが飛んでくる。軌道を予測してラケットを振るってみる。
しかしラケットは空を切った。ボールが力なく地面の上を跳ね回っています。
見えない物を相手にするというのはこういうことなのでしょうか?
「おしい! もうちょっとだったのに!」
「お嬢様! ちゃんとラケットが動いてますよー!」
メイドたちが気楽な口調で応援をしてきます。
応援していただいてるのですからもっと頑張らないと!
……他人事だからとは思ってはいないと信じてますけど……。
「お嬢様! 気落ちをしてる暇はございません! 決闘で敗れるのはお嬢様のお名前が汚されるのも同じ! さあ、もう一度です!」
「はい……」
「返事は大きく!」
「は、はい!」
ばあやもばあやで完全にジェシカの勢いに飲まれてしまいました。
これは打つまで終わることは無いでしょう。
そしてボールが何度も私の後ろを素通りすること三十分。
「参ります!」
ジェシカがボールを放つ。風を切り、飛んでくるボールを何度も空振りをする。
しかし、軌道が見切れるようになったのか、徐々にその差を詰められるようになりました。
「はぁ!」
まるで風に乗るかのようにラケットを振るう。
そのとき、やや固めの感触が腕に伝わってきた。これは……?
弾けるかのような快音を放ちながら、ネットの向こう側へ飛び込んでいった。
「や、やりました!」
「お見事です、お嬢様!」
メイドたちの拍手と共に笑みがこぼれる。
この一球を帰すのに百を超えるサーブを打ち込まれました……。
当のジェシカも微笑を浮かべています。
「第一段階はクリアされました! 次はこれをどんどん打ち返していきましょう!」
「は、はい!」
「良い言葉です! 続けていきますよ!」
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と、調子の良い事を言って一時間後。コートの端でへばっている私がいました。
ラリーを長時間続けたせいか、足がフラフラです。
そしてついにその場に座り込んでしまいました。
「その程度でへばってどうするのですか!」
「そ、その様なことを仰られても……」
「立ちなさい! セルリア! お願い、立って!」
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃ……」
ほとんど悲鳴に近い返事をしながら立ち上がります。
足が完全に悲鳴を上げ、お尻から鈍い痛みが感じます。
リリアやアカネだったら簡単にこなすと思うのですが……。
この体が貧弱の極みなのか、もう頭が回ってません。
「なんと、おいたわしいや。お嬢様……。このばあやはこの木の陰から見守ることしか出来ません!」
木の陰でばあやがハンカチを手に涙を拭っております。
……軽々しくお受けするといった自分に後悔してます。
「さあ、次はこのボレーを打ち返しなさい!」
「は、はい!」
ジェシカが再びボールを放つ。
悲鳴を上げている身体に力を入れてすぐさま打ち返す。
しかし、打ち返した物をすぐさまあっさりと逆方向に持っていかれてた。
「お嬢様! そんなバレバレの打ち方ではイザベラ様には勝てませんよ!」
「す、すみません」
ジェシカの叱咤を受けながらひたすらボールを打ち返す。
上下左右に飛び回るボールは動物か何かのように感じられました。
打ち返すのをミスするとジェシカが叫びます。
「判断が遅い!」
「はいぃ!」
私の脇をボールが通り過ぎる。
「もっと早く!」
「わ、わかりました!」
またも空振り。
「腕で打たず腰を使うのです!」
「は、はい!?」
返事だけは立派、というなんとも情けない中、ひたすらボールを追いかける私。
「お嬢様、頑張って!」
「ファイト!」
「大丈夫、タイミング会ってますよ!」
みなの声援を受けながらひたすらラケットを振るう。
よく見ると皆椅子に座って観戦状態でした。
何故こんなことにと嘆く暇も無いまま、来る日も来る日もテニスコートへと行き、ボールを打つ日々。
そしてついに試合の日となりました。




