第二話 お嬢様、作法のお時間でございます その4
楽団の一座が会場の一部で陣を取ります。
ヴァイオリンを初めとする弦楽器。フルートやチューバなどの吹奏楽器。
ダンスの音楽の要にドラム。そして演奏をする指揮者。
小さなオーケストラがそこに作られました。かなり圧巻です。
「さあさ、今宵はどうか、彼女たちにお手を」
「うーむ、どうすべきかな?」
「それなら私が……失礼して」
戸惑う殿方を尻目にジュリオさまがジェニーの手を取られます。
そして一言。
「どうか一曲」
「よ、よろこんで!」
顔を真っ赤にしてうなずくジェニー。これは陥落させられましたね。
そのままホールの中央にに誘われるとステップを踏み始める二人。
緩やかな曲調の中、舞う姿はとても美しいです。
シンデレラの映画を昔、見たことがあるのですがアレを髣髴させますね。
ジェニーもリラックスしてるのか笑顔で踊っております。
「流石ですね」
「ええ、本当に」
あの二人に呼び寄せられるかのように一人、また一人と男性の誘いが。
ダンスホールはすぐに満員になってしまいました。
出遅れたことよりも、まだ出番が来ないことに安心をする自分がいます。
……こんなことではだめだと言うのに……。
あら? 何故このようなことを思ったのでしょうか?
せっかくですし、皆様の踊りを鑑賞しましょう。
同じ音楽で踊っているはずなのに。やはりここでも個性は見えますね。
老夫婦は流石、とても息がぴったりです。動作が洗礼されすぎて眩しいです。
ドナルド様はそこそこ場を踏まえているのか、初心者の相手でも難なく勤めています。
一番目を惹くのはやはりジュリオ様。
顔といい、仕草といい、完璧です。後光が差してます。
踊りの輪をただ呆然と眺めている私、完全に見惚れています。
曲の終わり、入れ替わりと共に誰かが手を差し出されました。
顔を上げて相手を確認すると、あのときの黒い方でした。
お互いに見つめあう形となり、思わず手の意味を聞いてしまいました。
「あの……」
「踊るのか、踊らんのか? 早く決めろ」
興味本位なのかどうかわかりません。ですが無意識に手を取ってしまいました。
そのまま促されるかのようにホールへと連れ出されます。
二人で踊ってみるのですが……その……。正直、あまり上手くありません。
ステップがどことなくぎこちなく、リードの仕方も少々乱暴。
動作もどこなく危うさが匂います。……あっ、隣の人にぶつかった。
あまりのひどさについ、こんな言葉を口に。
「もしかして、ダンスは初めてでしょうか?」
「バカにするな、初めてなものがあるものか。あと俺は踊りが苦手なのではない。嫌いなだけだ」
「それにしてはステップが……」
「ふん、今日は調子が悪いだけだ」
ちょっと不愉快そうな顔をしながら動作を切り替えなおしました。
見栄っ張りです。本当に。こちらからリードをしなくてはいけませんね。
しかし、一瞬の油断が命取りに。
「あっ……」
「おっと」
……お、男の人に抱きついてしまいました。
事故です。私の不注意です。足が軽くもつれただけです。
でもやっぱり違いますね、男の人の身体というのは……。
かつての私とは大違い。意外と筋肉質といいますか……がっしりしてます。
こういう身体だったら、ちゃんと女性からモテたかもしれませんね。
「ふっ、お前も踊りは苦手らしいな」
「……ごもっともで」
軽めに鼻で笑う彼。意外と笑顔が素敵でした。
こんなことではいけないと言うのに……。
あら? 何故こんなことを思ったのでしょうか?
曲の終わりと共に彼の手が私から離れます。
そしてお互いに礼をする。のですが、どうにも形が何か硬いです。
……名残惜しいのでしょうか、私?
「……これでいいか?」
「はい、ありがとうございました」
そのまま去ろうとする背中に、声をかけてしまいます。
「あっ、せめてお名前を」
「さっき名乗っ……てはいなかったな。すまん、俺の名は――」
「ハロルド様!」
黒い方、もといハロルド様が名乗ろうとした矢先に誰かが割って入ってきました。
現れたのはアレです。アレって言っても分かりませんよね、悪役令嬢です。
金髪の縦ロールと赤いドレス。私よりも露出が派手な上にスタイルも良いです。
胸元のスリットなんてきわどく開いてます。
……なのですがキツイ印象がどうもありません、一体何故でしょうか?
ああ、たれ目で少し高い声のせいでしょう。
「どうした、イザベラ? 今日のパーティーでは俺は自由にするといったはずだぞ」
「確かにそうですが……!」
イライラしてます。先ほどの行いに対して怒りが隠せないようです。
「ですが、最初は私と踊ると申されたではありませんか!」
「ならば、今の今までまごついていたのはどこの誰だ? 待たされる方の身にもなってみろ」
ハロルド様の言葉に半分涙を浮かべています。
自分の不備を責められ、スカートのをすそを思い切り握っています。
そして怒りの視線がこちらに向きました。
「だいたいこんな下賎な娘に!」
「よせ! 公衆の前でその様なことを言うな!」
「ですが!」
「……すまん、またな。イザベラ、こい!」
「はい、それでは……」
「ハロルド様!」
イザベラの肩に手を置き、頭を下げるハロルド様。
私は二人の後姿を見送るしか出来ませんでした。
……うーん、完全に取り残されてしまいましたね。
しかたがないと元の場所へと戻る私。はっきりと申し上げますが気分は台無しです。
「さて、最後はあなたかな?」
「え?」
突如、ジュリオ様が私に手を差し出しました。
「あ、あの……」
「知ってるさ、ハロルドにフラれたんだろ?」
「ご覧になられていたのですか?」
「まあね」
正直にもほどがあります! よりにもよってフラれたという暴力的なお言葉!
心の中で怒りと涙をこらえ、微笑を浮かべます。
「お心遣いは嬉しいのですが……」
「知っているよ、でもこれで終わりだなんて悲しいじゃないか」
「まあ、そうですが……」
「大丈夫さ、私に任せてくれ」
ぐずる私にジュリオ様が耳元で一言。
「あの二人のこと、ちょっと教えてあげるからさ」
「……わかりました」
私もミーハーなようです。
そのまま促されるかのように再びホールへ。
まず初めに言わせてください。ジュリオ様はダンスがお上手です。
ステップの足運び、リードの仕方。というか女性の扱いが本当に上手です。
なにより踊りが好き、というのが伝わってきます。
しなやか、という言葉がしっくり来ます。
先ほどのハロルド様とは大違い。非の打ち所がありません。
「流石だね。才女と噂をしていたけどなかなか筋が良いよ」
「ありがとうございます。ジュリオ様もなかなかお上手で」
「ふふ、それはお世辞かな?」
「さあ、どうでしょうか?」
……こう言っては何ですが私、ちょっと黒くなってます。
ジュリオ様にイライラぶつけてしまって……情けない話です。
「セルリア様ってあんなに綺麗に踊れたんだ……」
「ふむ、私の若い頃を思い出すな」
「ホホホ、眼福眼福」
二人で綺麗にターンを決めると踊りの終わりに礼をする。
相手が違うとこうも楽しいものだったんですね、ダンスとは。
「ありがとうございました」
「いえいえ、セルリア様もお上手でしたよ」
「勿体ない言葉です」
「さて、あちらで休憩を」
そのまま促されるかのように庭の片隅へ。
本当に疲れました。踊ることもありますがストレスでかなりフラフラです。
パーティーがここまで大変だったとは、私もまだ未熟です。
「飲み物を持ってきたよ。さあ、どうぞ」
ジュリオ様が飲み物を差し出してきました。
赤と緑のグラス。どちらを選びましょうか?
【赤はアルコール、緑は普通のジュースです】
「ではこちらを」
焦ることなくジュースを選びます。
その際、少しジュリオ様が一瞬ですが残念そうな顔をしました。
怖い! 危うくお持ち帰りをさせるところでした。
ダンスの音楽を後ろに静かな外の光景を眺める私たち。
「さて、何から話そうかな」
「ではハロルド様について少々。正直、あの方はこのパーティーに相応しくないと思います」
「それは俺の友人への侮辱かな?」
友人というフレーズに少し驚きが隠せません。
親しげな様子すら全くありませんでしたし。
「い、いえそういうわけでは! ただ……ハロルド様はこの手のパーティーが苦手な方にお見受けしたので」
「ああ、その通りさ。アイツは本来は武門の家柄でね。武術の大会なら出るけどこういうのはからっきし。それで父親に出ろ、って命令されたのさ」
「ふふ、槍を持ってきて広間で演舞をさせてあげた方が皆様喜ぶかもしれませんね」
「はは、それは面白いな。あいつもそっちの方が楽しいだろうしね」
「……あのイザベラという方は一体どなたなのでしょうか?」
「公爵家の娘さ。ハロルドとは旧知の仲でね。親同士が決めた許婚って奴。もちろんハロルドの答えはノー。でもイザベラは律儀にハロルドの奴を慕ってるって訳だ。」
「なんだか可愛そうです」
「おっ、セルリア様もそう思います? 俺もそう思うんだけど……ああ見えてイザベラは頑固だからねぇ」
「……ふふ、ジュリオ様も結構砕けた喋りなのですね」
「それははもちろん。顔を売るのが俺の仕事だからね」
「そうですか」
話が弾んだ所でホールの方でなにやら大声が聞こえてきました。
「ちょっと!? 何をなさるの!?」
「すみません……」
私たちもすぐさま声がするほうへ向かってみます。
声を張り上げているのはイザベラ様。そして隣にいるのはジェニー。
どうやらジェニーが不注意でイザベラ様のドレスを汚してしまったようです。
「あーあ、触らぬ神に……あら?」
傍観者を気取るジュリオ様を尻目に、思わず身体が動いていました。
そのままジェニーとイザベラ様の間に割って入ります。
「このたびは飛んだご無礼をしました」
私も一緒になって謝罪をします。ジェニー一人では心細いでしょうしね。
「セ、セルリア様! これは私の問題で……」
「いいえ、これは私が勝手に行っていること。ジェニーが気に病む必要はありません」
……今更ですが私は何をやっているのでしょうか?
正直に申せば恐怖で身体が堅くなってます。
しかし……それ以上に彼女を見捨てることが出来ませんでした。
「あなた、何を言ってるのか分かっていらっしゃるの!?」
「ええ、お怒りはごもっとも。しかし、ここは私に免じて彼女をお許しください」
「出禁の妹の分際で! 公爵家の娘に指図をするおつもり!?」
「私への侮辱は重ね重ね承知してます。どうしてもお怒りをお静めになれないというのでしたら私のドレスを汚してください」
「なっ!? セ、セルリア様!?」
「それでイザベラ様の気が済むのでしたら私のドレスなど安いものです」
「ドレスを汚せ? そんな安物のドレスを汚しても何の足しにもならないわ!」
「では、どのようなことをすれば謝罪の意を、表すことが出来るのでしょうか?」
「それはあなたが考えなさい! 私はこの娘を許さないわ! 即刻手打ちにするべきよ」
「それはあまりも御無体な。どうかお慈悲を」
「ふん、乱暴者の血族は卑しい者をかばうものね! 流石、社交会を台無しにした者! 妹が妹なら兄も兄で飛んだ野蛮人だわ!」
自分のことならまだしもお兄様まで侮辱を……。
正直、凄く悔しいです。腹が立ちます。
でも……ここで怒りをぶつけたらジェニーに被害が及びます。
思わずドレスのすそを力の限り握ります。
全ては自分のやったこと。言い返すことも出来ません。
そんなときマダムの平手がイザベラの頬を引っ叩いた。
突然のことに私もジェニーも目を白黒させてます。
「ああた! ここは社交の場! 人をないがしろにする場ではござあません!」
「わ、私は……」
「公爵の娘、と仰るのでしたらまず気品と礼節。そして寛容を身につけなさい! 人を見下し、喚くのは貴族でもないただの下衆!」
「くっ……」
「そんな顔ではパーティに不似合いでござあます! お引取りを!」
「お、覚えてらっしゃい!」
イザベラは悔しそうに顔をしかめる。
置き土産といわんばかりに最後に私の方を睨みつけ、会場を後にしました。
思わずマダムに気の抜けた声をあげます。
「マダム……」
「よぐぞ、辛抱をなさあましたね」
「いいえ、本当なら私が彼女の顔を叩くべきだったのでは……?」
「ふほほほほ! やはり、あの兄に対してこの妹あり。でござあますわね」
「え?」
「あなたのお兄様も同じようにああやって他者のために前に出たのでござあます」
「お兄様……」
「まあ、あの後誰もとめることが出来ず、両者とも大暴れ。パーティーが台無しになってしまあました」
「そんなことが……」
「セルリア、例えどのようなことがあっても凛としていなさい。いいですね」
「はい!」
パーティーを終え、自分の部屋の机でまたいつもの通り、手紙を書いてます。
拝啓、お兄様。いかがお過ごしでしょうか?
パーティーでは様々な人と出会い、目が回りそうでした。
ダンスを始め、作法の基礎すらおぼつかない私でしたが、何とかこなせそうです。
そしてマダム・キャサリンはとてもすばらしいお方でした。
お兄様もお帰りの際にはパーティーをやりませんか?
きっとお兄様にお会いしたい方が大勢いらっしゃると思います。
そのときはきちんとした格好でいらしてくださいね。
かしこ。
手紙を書き終えるとそのまま引き出しへと入れる。
ふと、空を見ると月が輝いていました
そのまま風の音に耳をすませる。今宵は良い夢が見られそうです。




