第二話 お嬢様、作法のお時間でございます その2
「さあさ、次はお茶会の作法でござあます」
「はい!」
マダムの指導が始まって早三日。
ここまで一人も脱落者を出すこともなく、本日という日と迎えることが出来ました。
今回はお茶の作法。質素なテーブルの上にお菓子とティーセットがおいてあります。
陶器と磁器の違いが分からない私ですが、白いポットはちょっと欲しいですね。
「さあ、お茶の飲み方はおわかりでござあますかね」
「えっと……」
テーブルの上おいてある無数の道具。一般家庭でもなじみがありません。
みんな何をどうしたら良いのか分からず、色々動かしております。
……一応、私もばあやからお茶の入れ方を習いました。
しかし一回で覚えるのは至難の技。正直、二度とやりたくありません。
「では、私がお茶を配しましょう。皆様方はお菓子をお召し上がりくださいな」
戸惑う皆を見かねて、マダムがそれぞれの席に立ち、カップにお茶を注ぎます。
白いカップに綺麗な茶色が注ぎ込まれると、湯気と共に香りが身体を包みます。
香りが良いお茶。見たことの無いお菓子。高級そうなティーセット。
テーブルの上に置かれている物は、どれをとっても庶民には手が出せないシロモノばかりです。
それを惜しげもなく振舞うマダム。私もこうありたいものですね。
「お茶は音を立てないで飲むこと、静かに口の中へ流し込むのです」
「は、はい!」
少しスプーンを回し、お皿の端っこに置く。こうすることで少し冷めるそうです。
飲み頃になったのを確認すると、ゆっくりとカップを口へと運びます。
……やや苦いのですが口の中には残りません。そのかわり匂いがとても良いです。
口の中に紅茶の香りが広がる心地の良い感じ。これはまた格別ですね。
ばあやには悪いのですか、お茶の入れ方はマダムの方が上かもしれません。
「……あっつ!」
「ホホホ、慌てて飲むからでござあます」
舌をやけどしたのか、大慌てしてる女性をマダムは上品に笑った。
そしてすぐさまお水を差し出し、女性を落ち着かせました。
気遣いというのはこういうところに現れるのですね。
「セルリア、次はあなたの番でござあます。今度はあなたがお茶を振舞ってござあなさい」
「はい」
早速、お茶の席についてみる。……見た事もない道具がずらりと並んでます。
ポットとカップとかは分かりますが、なんでしょう、これ……。
まず謎の白い器。筒状で見た感じ、陶器か磁器かのどちらかでしょう。
上のほうになにやらふたのような物が。しかしポットともまた違う気がします。
あっ、たしかマダムはこれにお茶の葉を入れてましたね。
【ティーサーバー、お茶を抽出するために使う道具】
なるほど、早速茶葉を入れてみましょう。ティーサーバーのふたを開けてみます。
ふたに金属の網のようなもの、これが茶漉しですね。
では、茶葉を……と危ない危ない、お茶は温度が命らしいのです。
お湯を少し入れてティーサーバーを暖めます。時間にして一分。
中のお湯は……ポットの横にある箱がお湯捨てのようです。
穴の開いたくぼみへと流せばよろしいのですね。
そして温まったティーサーバーに再びお湯と茶葉を入れます。
今度は紫色の缶。シナモンティーと書かれている茶葉を入れてみましょう。
蒸らすことが重要。なので一息ついて、焦らない、焦らない。
……ばあやもこうしてお茶を入れてくれたのでしょうか?
蒸れた事を感じ、サーバーのふたに付いている取っ手をゆっくりと上下に動かしてみます。
一つ動くたびに匂いが辺りに広がる。
「いいにおい……」
ええ、とっても。ふたを取って中を確認。大丈夫、色も良さそうです。
そして出来たお茶をティーポットへと移します。これで完成ですね。
こうすることで温度が少し下がり飲みやすくなるらしいのです。
それぞれの方にお茶を配ります。
動きは優雅に、こぼさないようにゆっくりと……。
「すごい」
「流石セルリア様」
褒めてくれるのは嬉しいのですが内心はドキドキしてます。
一応、ばあやに仕込まれた物ですが作法の違いという物をやはり実感しますね。
と、ここでマダムから少し意地悪なお言葉が。
「……お茶にお砂糖が少々欲しいでござあます」
「え!?」
突然の注文に思わず戸惑いつつも、すぐさま砂糖が入ったに手を伸ばします。
……これどうしたらよいのでしょうか?
とにかく、砂糖が欲しいと仰るのでお茶にお砂糖を……少々。
スプーンで砂糖を一回入れたところででマダムが待ったをかけました。
「そこまで! セルリア! あなたもまだまだあまぁござあますねぇ」
「……すみません」
「謝る必要はござあません。皆様方も覚えておくとよろしいかと」
そういってマダムは砂糖のスプーンと手にとると、軽くゆすりながらお茶へ入れていきました。
「砂糖を入れるときは少しずつ入れるとよいでござあます。一気に入れると解け辛い上に見苦しいからでござあます」
流石にお皿からはみ出ることはなく、ゆっくりとしつつも手際のよさに見ほれてしまいます。
そして砂糖が満遍なくお茶へと入るとそのまま自前のスプーンでかき混ぜました。
「早くにやれば次の人には迷惑がかからない。というのは庶民の考えでござあます。そして相手をせかすのもまた違うものでござあます。お互いを敬うからこそお茶というのはもてなしになったのでござあますよ」
「はい」
「返事は結構、ささ、もう一度」
私も再びやってみます。こんどは自分のに、ですが。
底にそのまま入れるのではなく、振ることで均等にするという目的があるみたいですね。
入れるのではなく振り掛けるというイメージで……。
あっ、せっかくなのでミルクを入れてみましょう。
ここでも円を描くように均一に入れてみます。お茶の色とミルクの色が混じってなかなかですね。
「お見事でござあます、セルリア。では……」
「頂きます」
マダムに一例をするとそのまま席へ座る。
早速、頂いてみましょう。……あっ、意外とあっさりしてますね。
紅茶やコーヒーはミルクを入れると甘さが増すのですが不快は感じは何一つしません。
一息ついたらじっくりと周囲を見渡してみる。みんな、ゆっくりとお茶を楽しんでます。
自然とリラックスしたムードになるのは、完全にマダムのお力添えのおかげですね。
「ほほほ、みな形だけは立派になりましたね」
「ありがとうございます」
「それではいよいよ日取りを決めるでござあます」
「日取り? 何かなさるんですか?」
「ええ、あなたたちにはパーティーに出席してもらあます!」
「ええええええええええええええええ!?」
皆が驚きを声をあげる中、私の方はただ呆然とするだけでした。
頭が入ってこない。パーティー?
「ほほほほ! その驚きの顔。今まで隠しておいて正解だったでござあます」
「で、でも私たち、平民ですよ」
「ドレスなんて持ってません」
「大丈夫、そのために本日は色々施工をなさあました」
マダムの背後に大きなカーテンが。それが引かれると……。
赤、青、黄色、と色とりどりのドレス一式が山のようにありました。
「このドレスを着て、社交会に入ってみるとよろしいかと」
微笑みながら言うマダムにみな、口を閉ざしてしまいました。
お兄様。どうやら私が思っている以上にマダムは強烈なお方です。
完全に退路をたたれました……。
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「それでそのパーティーにご出席なさるおつもりですか?」
「引くに引けなくなってしまいましたので……」
屋敷に帰ってばあやに事情を話します。
まさか私がパーティーに出席するなど前代未聞です。
私の言葉を聴いてか、やたらと肩をならしております。
「ふむ、それならば……こちらもそれ相応の準備が必要ですね」
「ばあや、そんな闘いへ向かうわけではないのですから」
「何を仰います! お嬢様までそのようなことを! 社交会とは戦場なのですよ!」
あまりの事に仰け反ってしまいました。
「よろしいですか、あのマダムが御呼びするお相手ですよ!」
「ええ、知ってます」
「マダムの伝手は半端ではありません。呼ばれる貴族はみな一流の方!」
「それはなんとなく察しがつきますけど……」
「場合によっては爵位を持つ方々がお見えになります」
「まあ……そうでしょうね」
「……お嬢様、緊迫感がないので結論を言わせて貰いますが……我が家の名を轟かせることも、傷をつけるのもお嬢様次第でございます」
「そ、それほど重いお話だったのですか?」
「当然です!」
目を見開いたばあや、血走った目玉がギョロリとこちらを向いております。
「あまりのことにショックを受けるのは理解できます。しかし……」
「しかし?」
「今のお嬢様はこの家の一人娘。並の男ではお相手は務まらないのでしょう!」
「ばあや……少し落ち着いて……」
「……ごほん、それだけ社交会というのは戦場なのです。お気をつけて!」
「は、はい!」
「くれぐれも! 小僧っ子みたいな貴族にたぶらかされぬように!」
「分かってます」
どうやら凄い話になってきました……。
この家の名誉は私の肩にかかっているようです。
というか一体どんな方がいらっしゃるのでしょうか?
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「1・2・3・4! 1・2・3・4!」
最初は不慣れであった踊りも気が付けばみんなそこそこ形になっております。
自慢ではありませんが私もそこそこ踊れるようになりました。
これもマダムのご指導のおかげでしょう。
……流石にスカートが破けるというハプニングはありませんでしたが。
「ふむ、いい形でござあますわね」
「ありがとうございます、マダム」
「お礼を言うのはパーティーを終えてからにしてくださあませ。みんなまだまだ作法を完璧に身につけているわけではござあませんから」
「は、はい!」
「ささ、今度は木靴を履いて踊ってもらあます!」
「はい!」
みんな気靴を穿いて踊りを踊り始めました。
最初はフラフラと歩くことすらおぼつかない状態でした。
しかし気が付けばこの靴でも十分に踊れるようになってます。
私も身体が踊りになれたせいか、少し動きにアレンジを加えたくなりました。
でもここでそれをするのはとても勇気がいることです。
それにまずは基本を身につけなくては。
そんなことを考えながら、曲の終わりと共に静かに相手に礼を返す。
「……ふふ、これはパーティーが楽しみでござあますね」
そして無事パーティーの日を迎えることになりました。




