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第二話 お嬢様、作法のお時間でございます その1

「お嬢様、本日のご予定は作法の修学でございます」

「そうですか」

「お嬢様ももう十六。社交会にご出席なされてもおかしくはないお歳なのですから」

「そうですね」


 食後のお茶を飲みながらばあやが本日の予定を述べます。

 作法……この言葉にどうしても体が難くなります。

 というのも貴族である以上、身に付けなくてはならないものです。

 それ以前に、私は作法という物を全く分かってません。

 前世が一般家庭であり、元男。これだけでも作法は全く意識をしません。

 食事の仕方もかなり下品でした。フォークやナイフも器用に扱えたことなど一度も……。


 ですがばあやはそんなことどうでも良い、と言わんばかりに深いため息をつきました。


「兄上様のことを思うと気が重くてなりません……」

「ばあや、それは仕方のない話ではないでしょうか?」

「お嬢様の仰るとおり、全ては過去、過ぎてしまったこと。しかし……」

「そんなことに気を揉んでは仕方がないと申し上げたはずです」

「ああ、申し訳ありません」


 頭を下げるばあや。気苦労の原因はお兄様が犯した行動のようです。

 私の記憶の中のお兄様は破天荒な振る舞いばかりしております。

 社交会でもおそらくは……。

 

「本日は作法の修学のために講師の方を御呼びいたしております」

「どなたでしょうか?」

「マダム・キャサリン。作法の第一人者です」


 マダム・キャサリン……一体何者なのでしょうか?

 あのばあやが鼻息を荒くしております。雰囲気から言ってただならぬ人物のようです。


「とにかく粗相の無いようにしないといけませんね」

「当然です、マダムが当家にいらっしゃる、というのは大変光栄なことなのですから」

「そうなのですか?」

「ええ、マダムは帝国随一の公爵家直属の教育係。皇子から始まり数多くの貴族の教育を請け負っておられます」

「その様な方が当家に……本当に光栄なことですね」

「その通りです。しかしマダムはとても手厳しいお方。お嬢様がとても耐えられるとは……」

「ばあや、何事も経験だと思います」

「そうですね、ではご支度を……」

「はい」

 

 ばあやが食堂から出て聞くのを見送ると、私は空になったカップをテーブルの上へと置く。

 それにしても手厳しい噂のマダム・キャサリン。

 一体どのようなお方なのでしょうか? 



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ここが……」


 ピアノのときとは違う綺麗な講堂。赤い屋根が特徴的です。

 中に入ってみると私以外にも人がいらっしゃいました。

 みなマダムの修学を受けられる方々のようです。

 面白い話で貴族ではない方も多数混ざっておりますね。

 手厳しいと聞かされておりましたが、マダムの門戸は意外と広いようです。


 しばらくすると一人の淑女がやってまいりました。

 シックな茶色のドレスに身を包みながらもどこか気品と厳しさがにじみ出ております。

 いえ、厳しいというより凛々しい。という言葉の方がお似合いでしょう。

 しかしそんな雰囲気も一発で吹き飛ばすのがマダムの髪型。

 まるで大きなタマネギを頭から被ったかのような独特の髪形をしておりました。


 みんなマダムの外見にあっけに取られてしまってます。

 仕方がありません、ここは私が……。


「お初にお目にかかります。私、セルリアと申します」

「ご丁寧にどうも。私の名前はマダム・キャサリン。今日、ああたたちに作法をお教えする者でござあます」

「わざわざこのような所にご足労頂き、ありがとうございます」


 ひたすら粗相の無いように頭を下げます。

 スカートのすそを引っ張ってよくやる淑女の挨拶。

 これくらいは貴族の作法として、幼い頃から習っております。


「ふむ、兄とは違ってかなり人は出来ていますね」

「お兄様をご存知なんですか?」

「ええ、あんな野蛮な男。思い出したくもないわね」


 一体お兄様は何をなさったのでしょうか?


「さて、セルリア。皆様方。そのお召し物を脱いであっちの服にお着替えなさあませ」

「は、はい!」


 私を先頭にみな奥のへと進む。

 呼び捨てされることから貴族だろうと何だろうと一介の生徒でしかない。ということですね。

 早速、指定された服に着替えてみる。これは……かなり安物の服ですね。

 粗末というには少々言いすぎですが、かなりもろい作りです。

 ですがドレスの構成ととても似ております。これで練習をしろ、ということなのでしょう。


「ふむ、よくお似合いでござあます」

「あ、ありがとうございます。ところで……これは一体?」

「簡単な話でござあます。多くの淑女は服に着られる者が多いこと。煌びやかな服を着る事でその動きが実に硬く! そして美しくない! からでござあます」

「は、はぁ……」

「平民だの貴族だの色々ござあますが真に美しい人は身分関係なくしぐさが美しい方、ではござあませんか?」

「た、たしかに」

「それにヒールの扱いなど身動きが取れない方も多いでしょうし、作法が上手くないせいで服を汚す方も大勢いらっしゃいます。そのための安物の服、存分に汚しなさい」

「は、はい!」


 作法の授業、始まりました……。

 これが地獄の始まりだったことに私は知るよしもありませんでした。


「さて、第一の作法! 歩き方!」


 私たちの前に木靴が差し出されました。

 ちゃんと申告したとおりのサイズ。穿いてみるとちゃんとフィットします。

 しかし何でしょう、何か違和感が……。


「その木靴でこちらまで歩きなさい。くれぐれも真っ直ぐ、線から外れないように!」

「は、はい!」

「まずはジェニーから!」


 床に貼られた白線の上を最初の方、ジェニーが歩いていきます。

 距離にしておおよそ二十歩程度、マダムのところまで歩くだけ。

 意外と簡単そうに見えますが……?

 しかしなにやら左右に揺れ動いてるご様子。一体どうしたのでしょうか?

 と、思った矢先、あっさりと転んでしまわれました。


「きゃぁ! いたたたたたた……」

「そこまで! 靴を脱いで元の場所に戻りなさい。」

「はい……」


 すぐさま転倒をしてしまった彼女の元へ駆け寄ってみます。


「大丈夫ですか?」

「ええ、ちょっと転んだだけですので……」


 口ではそうおっしゃられていますが、顔を少ししかめています。

 足をくじいた様子ではないので、シップなどの必要はないでしょう。

 しかし……一体この木靴は何なのでしょうか?


【ヒント:この木靴は普通の靴とは違い、重心が少しずれてます。歩くときはつま先を少し意識をして】


 ありがとうございます、D・E。他の方には卑怯だと思いますが……。


「次! セルリア!」

「は、はい!」


 ぼやぼやしているうちに順番が回ってきました。

 早速、木靴を履いて線の上へ足を踏み出す私。

 あっ……本当に違います! かかとが少しぐらついてます。

 だからつま先に力を入れないとバランスを崩しかねません。

 それだけじゃない、歩き方がぶれると身体全体が揺さぶられます。

 内心、恐怖と不安を奥底に秘めつつ、見事マダムのところへたどり着きました。


「い、いかがでしょうか?」

「もっと早く! こんな歩き方では日が暮れてござあます!」

「は、はい!」


 クリアできたことに一安心、とは行きませんでしたね。


「セルリア様ですらあんな感じなのにあたしたちに出来るかな?」

「かなり難しいよね、正直」


 ヒソヒソとなにやら話されている方がいらっしゃいます。

 どうやら不安なのは皆一緒のようです。おかげで肩の荷が下りました。


 ふと、スカートの方のすそに目をやる。やや糸がほつれてる……。

 そっと糸を引っ張ってみるとすその部分がやや縮むもよう。

 安手の生地だと思うので下手したらスカートが破れるのでは?

 ……いや、流石にそれは……ねぇ?

 不安を何とか胸の奥に押し留める。この手の不安は本当にならないはず!

 と奈度と考えているうちに次の段階へ進みました。


「さあ、次はダンスの授業でござあます!」

「ダンスかぁ……」

「難しそう……」

「ホホホ、ダンスは四つのステップをキチンと覚えることでござあます! まずはそこから!」

「は、はい!」


 マダムの教えたとおりステップを踏んでみます。

 初めは左足から。ゆっくりと曲に合わせてステップを踏んでみる。

 ……あら? 思った以上に体固いんでしょうか? 上手くステップが踏めません!

 先ほどとは違い普通の靴だというのにどうにも動きが硬い。

 膝の使い方が硬いのでしょうか? それとも足首の方?

 そんな私を見かねてマダムが声をあげた。


「セルリア!」

「は、はい! なんでしょうか?」

「ああた……何故自分がステップを踏めないかご存じないでしょう?」

「は、はい……」

「それは形にとらわれているからでござあます」

「し、しかし形を覚えなくては、踊りをきちんと踊ることが出来ないのでは?」

「カーツ!」

「ひっ!?」

「形を覚えるのは必須でござあますが、その前に体が踊りに馴染んでござあません!」

「な、馴染んでいないとは?」

「音に合わせるだけが踊りではござあません! 心が躍るからこそ舞踊と呼ばれる物になるのでござあます!」

「はぁ……」

「だいたいああたは失敗をどこか恐れてござあますわね」


 マダムの発言に心が少し痛みます。

 いえ、いくらなんでもそれはないでしょう。

 初めてやることなのにですから失敗は付き物の……はず。


「そ、そのようなことは……」

「転んだらどうする? リズムを外してしまったら? 相手方に迷惑をかけてしまったら? それが動きを硬くする原因でござあます」


 マダムの発言に私は何も言い返すことが出来ませんでした。

 心のどこかでそう思っている、と見抜かれてしまったせいかもしれません。 


「セルリア、ああたはかなり賢いご様子。勉学という意味ではなく観察眼。相手の言葉や仕草で相手が何を考えているかを察する能力に長けてござあます」

「あ、ありがとうございます」

「しかし……そのせいで失敗を恐れ、周囲の目ばかりを気にする始末。これでは踊りが綺麗になるとは思えません」

「う……」

「その服は煌びやかなドレスではござあません! その服を着てる以上、お嬢様ではなくただの女でござあます!」

「ただの女……」

「さあ、もう一度! 今度は身体を大きくお使いなさあませ!」

「は、はい!」


 再び指導されたステップをやってみる。

 今度は大きく身体を使って……。足を大きく……。

 しかし……。それを待っていたかのように布が悲鳴を上げた。


「セ、セルリア様! スカートが!」

「きゃああああああああああああ!」


 そう、スカートが綺麗に破けお尻を公衆の人々にさらけ出す形になりました。

 予期していたことが本当になってしまいましたね……。

 これにはマダムも苦笑い。


「ふほほほほほほほ! どうやら動きが硬かったのはスカートが小さかったからでござあますわね!」

「ひぃぃぃぃぃ! ぜ、是非とも! お、お着替えを」

「あらあら、申し訳ない。代えはあちらにござあますから」

「あ、ありがとうございます!」 


 私はマダムに頭を下げるとすぐさま奥へと引っ込むしかできませんでした。

 ……予感が的中しました。お兄様。


   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「お嬢様、お帰りなさいませ」

「た、ただいま戻りました」


 フラフラの身体を何とか立たせ、入り口で待っていてくれたばあやに挨拶を交わした。

 今日は散々な日でしたね。あの後も徹底的にマダムに搾られました。

 一応、そこそこ形になっていると思うのですが、マダムの目から逃れられません。

 

「そのご様子ではマダムに徹底的に搾られたご様子で」

「はい……」

「だから申し上げたはずではないですか、お嬢様ではマダムのお相手は難しいと」

「そ、そのようなことは……」

「意地を張るのは結構。しかしこのようにフラフラになるご様子ではまだまだですよ」

「分かってます」

「マダムに見出された方は貴族の嫁になる方も多いですからね」

「そうなのですか?」

「ええ、血統を尊ぶ貴族もいらっしゃいますがどちらかと言えば能力がある女性を好む方が多いのです」

「そうですか……意外です」

「ささ、お嬢様。お夕食の準備が終えるまでお部屋でおくつろぎください」

「はい……」


 疲れた身体を何とか部屋まで運ぶと、そのままはしたなくベッドへ身体を投げ出した。

 明日も明日で大変そうです。はぁ……。


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