第一話 お嬢様、セルリア
【アバター03:起動します】
目を覚ますとそこは見知らぬ天井でした。
起き上がり、周囲を見渡してみても馴染みがあるものは何一つありません。
広々とした部屋にはベッドと棚と机のみ。
クローゼット類はなぜかどこにもありません。
ベッドに備え付けられている小物入れの中をそっと探し、手鏡を覗いてみる。
そこには空を思わせるような青く長い髪とあの二人とは違う立派な女性の身体。
これが……私。リリア、アカネに続く第三のアバター。セルリア。
確認のために彼女たちのことを思い出してみる。
リック様とミリィ様。ローラ様にイリア様。
……大丈夫、ちゃんと思い出せる。
しかし何故でしょうか?
リリアが持っている自由さ、アカネが持っている活発さが時々羨ましくなる。
同じ人間、同じ存在であるはずなのに……。
嫉妬と羨望、そして自分への落胆が心を支配する。
朝日が差し込む部屋で気分が落ち込んでいく中、誰かがドアをノックした。
「開いてますよ」
ドアが開くとメイド服を着た初老の女性が部屋へと入ってきた。
眉間のしわ、磨き上げられたモノクル。そして性格を現すかのようなワシ鼻。
顔付きから言ってかなり気難しい雰囲気をかもし出している。
「おはようございます、お嬢様。本日のお加減はいかがでしょうか?」
「ええ、今日も問題はありませんよ。ばあや」
自然とこんな言葉が出てきた。その言葉にばあやと呼ばれた女性は顔を少し緩ませる。
私は彼女を知っている。彼女は私のお世話人でありメイド長でもあるばあや。
幼い頃からばあやと呼んでいるので本名は知りません。
どこで何をしていたも、何故この屋敷にやってきたのかも全く知りません。
……意外と薄情かもしれませんね、私。
「さあ、ご支度をなさってくださいませ」
「ふふ、そうですね」
ベッドから立ち上がり、ばあやに誘われるかのように廊下を進む。
板張りの廊下には無数の絵画や彫刻、そして観葉植物が並んでました。
窓から見える風景は緑一色の綺麗な庭園。朝から庭師の方が頑張っておられます。
そんな光景を見ながら、ここはリリアのアパートでも無ければアカネの寮でもない。と再確認する。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようございます、本日はお日柄も良うございますよ」
「おはようございます、セルリアお嬢様」
廊下で出会う人々から次々に挨拶される。
私はただ頭を下げるしかできなかった。
「おはようございます」
使用人の方々に挨拶を交わしながら、目的の部屋の前へとたどり着いた。
扉が開くとそこは服や化粧品がやたらとある部屋。
いわゆるドレッサールームというところでしょうか?
そのまま促されるかのように、大判鏡が置いてある化粧台の前へと座らせられる私。
「さて、お嬢様。本日はいかがなさいますか?」
「そうですね……今日は少しシックにお願いいたします」
「かしこまりました」
ばあやが指を鳴らす。それを合図として突如として現れるメイドたち。
一体いつから準備をなさっていたのでしょうか?
おまけにメイドたちの目つきがかなり恐ろしいです。
よっぽど何かを背負わされているのでしょうか?
彼女たちは一斉に私の顔や髪へ、手を伸ばし始めました。
「ファンデーションは薄く塗りなさい、薄く!」
「は、はい!」
「そんな色の濃い口紅を持ってきてどうするのですか!? お嬢様の注文はシックですよ!」
「す、すみません!」
「髪の毛をすくときは激しくしない! 毛先から丁寧に!」
「わ、わかりました!」
ばあやの手厳しい言葉にメイドたちが上ずった声で返事をします。
目を血走らせて、鼻息がかなり荒い。息がこっちに吹き付けてきます。
こちらとしてもかえってプレッシャーを感じます、ばあや。
しかし手つきは流石、一流です。あっという間に身支度が完了しました。
「いかがですかな? お嬢様」
「ええ、結構です。ありがとうございます、皆様方」
私の言葉みんな胸をなでおろすメイドたち。
元男として言わせてください。
これ、毎日やる人は大変すぎませんか?
身だしなみを自分でしなくて良いというのはとても楽かもしれませんが。
メイクから始まって髪の毛をとかしたりと急がしすぎません?
それに……メイドたちはよっぽどばあやにしごかれたご様子です。
ですが、ばあやのモノクルが光っていることに気が付いてるのは、私だけのようです。
あとでみっちりと反省会を行われそうですね。
「では、次にお召し物を」
「そうですね」
奥のドレッサーから服を用意されるのですが、かなり肌触りが良い物ばかり。
冒険者学校の制服もそこそこ良い物でしたけど、それとはまた違った感じです。
素材がとても滑らか、それでいて重さも感じない。しかし……やや着にくい。
服が小さいのでしょうか? メイドたちの手を借りながら着付けていく。
突如、何かを射抜くかのようにばあやの目が何かを光った。
「……ふむ、お嬢様。また胸が大きくなりましたか?」
「い、いえ、そのようなことは……」
「隠しても無駄です! また新しくしなくてはいけませんね」
ため息をつくばあや。どうやら着にくい原因は私の身体のせいでした。
リリアやアカネとは違って私の胸はやたらと大きいのです。
感覚的にはなりますが両腕を真横に交差させるとそれが上に乗ります。しかもちょっとはみ出してる……。
「すみません、またお手数をおかけします」
「これはメイド長であるあたくしの仕事、お嬢様がお気になさることではありません」
「お嬢様、また大きくなったらしいわ」
「うん、メロンみたいにずっしりと重そうよね」
後ろのメイドたちがヒソヒソと話をしております。
気恥ずかしさと後ろめたさが……。
「聞こえてますよ」
「す、すみません!」
「口が過ぎました!」
「これだから若い娘は……! お嬢様もお気になさらぬように」
「ええ、大丈夫です……」
事実である以上覆すことは出来ませんから……。
そんなことを思っているうちに着付けが終了。
白のブラウスと紺のスカート、オシャレとしては妥当ですね。
でもやっぱちょっと胸の部分がみっちりとしてしていて少し不安です。
「ふむ、本日もとても美しゅうございますよ、お嬢様」
「ええ、とても」
みな口々にそういってくれるのは嬉しいのですが。
やはり褒められると言う好意になれてないせいかこそばゆい感じです。
お世辞かもしれませんがこの言葉を返すのが礼儀と言うものでしょう。
「ありがとうございます、皆様方」
「勿体無いお言葉でございます」
身支度を終えると食堂へと向かう私たち。
……あら? なぜ食堂に向かうと分かったのでしょうか?
きっと意識と精神がこの身体に馴染んできたのかおかげかもしれません。
食堂の扉が開かれるとそこには一人の男性が窓の外を眺めていらっしゃいました。
「セルリアか……」
「お父様、おはようございます」
「うむ……」
黒々としたオールバック。濃い目の口ひげ。黒を貴重とした紳士服。
四十代前半という年齢でありながら筋肉質で引き締まっている。
このいかつい男性が私のお父様です。
おかしなことかもしれませんが、頭がきちんと目の前の男性を父親として認識しています。
これもこれで恐ろしい話ですね。過去が全くないというのに。
「さて、朝食にしよう」
「そうですね」
私たちが席に着くと料理が並べられます。小綺麗なのですが量があまり多くありません。
少ないことに落胆をしつつ料理を頂きます。
……美味しい。素材自体が良い物を使っているのは分かりますが、調理の仕方もかなりの手間がかかってます。
少ない量なのにお腹が満たされました。かなり新鮮です。
本当にリリアともアカネとも違いますね。特にアカネならおかわりを要求するでしょう。
食事を終え、食後のお茶を飲みながらばあやに今日の予定を聞きます。
「ばあや、今日の予定は?」
「はっ、本日は午前にクラウス様の講義は入っております。午後はレミア嬢の演習会です」
「ありがとう、ばあや」
「いえ、この程度のこと……私めの仕事ですから」
何かとつけて、お礼を言うのは私の癖なのかもしれません。
ゆったりとお茶を飲みながら出かける時間になるまで待ちます。
朝が慌しい時間の後、こういうゆっくりとした時間は必要なようです。
中央の柱時計が鳴ると席から立ち上がる。出発の時間です。
「それでは行って参ります」
「うむ、気をつけてな」
「はい」
ステップに足をかけて馬車へと乗り込む。座席に座ると鞭の音と共に馬車が走り始めた。
馬車の中から流れ行く外の景色を眺めてみる。
小高い丘の上からやや近代的な石でできた町並みへ。
空の青と重なるかのようにその奥に海が見えた。
「いつも同じ風景で退屈ではありませんかな?」
「いいえ、そのようなことはありませんよ」
御者のハンスさんとたわいのないやり取りをする。
ハンスさんはときどき気遣ってくれるので私も気が楽にお話しができます。
しばらくすると郊外にある小さなお屋敷の前に止まりました。
もしかして、これが学校なのでしょうか?
「おはようございます、本日は神教学の成り立ちから始めましょうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
出迎えてくれたクラウス先生に頭を下げる。そのまま屋敷の中の広間へと通された。
どうやらこの街には学校の概念がないのか私専用の家庭教師のようです。
そして神教学。いわゆる宗教をベースにした倫理と歴史ですね。
「――年頃に神教を学問にする流れがありました。なぜ宗教を学問へと転換したのかと――」
「なるほど、では神教団と貴族院が対立の構造を作ったのは――」
「それは民衆の安寧を損なわぬようにということです。宗教を絶対視する危険性と――」
はっきり言います。頭に自然と入ってきてちゃんと分かってる、凄く怖い!
同じ話をアカネにしたら三秒でおまんじゅうでしょう。
それ以上にクラウス先生の話は退屈な話ではないことがすごい。
言い回しもさることながらちゃんと会話をすることで覚えやすいのです。
授業で当てられるとは違う感覚、雑談的なやりとりでとても楽しい。
気が付けばあっという間に予定していた時間に。
「では、セルリアお嬢様。授業はここまでにいたしましょう」
「はい、先生。本日もわざわざご教授頂きありがとうございました」
「いえいえ、あなたのような麗しい女性にお教え出来て光栄です」
クラウス先生に頭を下げ、かばんに授業で使った物をしまう。
再び馬車へと乗り込み、流行く景色へ視線を向けた。
それにしても本当に町並みが違いますね。リリアの街ともアカネの街とも似てません。
もっとじっくり見ようと遠くまで目を凝らしてみる。
石畳とコンクリートで作られた町並みは二十世紀初頭を思わせます。
街灯もとてもオシャレです、それが通りに沿って綺麗に整列していますね。
あら、町の中心部にはなにやら鉄塔が建っていますね。
「ははは、お嬢様もやはりラジオ塔が気になりますか」
ラジオ? ここではラジオ放送があるのでしょうか?
「ええ、一体どんな方々がラジオ放送を作っておられるのでしょうか?」
「聞いた話では一部の貴族たちが集って番組を作っているらしいですよ、冒険者たちから聞いた面白おかしな話なんかもときどき流れますからね」
「そうですか」
冒険者と言うフレーズを聞いて、この世界がちゃんと二人と同じ世界であることに安心する。
それにしてもラジオがあるなんてここはとても文明が発達してますね。
もしもお暇を頂けるのならラジオでも聞きながらのんびりとしたいものです。
その思いに喚起されたのか、脳裏に何かが浮かび上がってきました。
…………思い出しました。何故私が生まれたのか……。
それはあの二人のせいです!
冒険者家業に疲れたリリアが貴族の暮らしをして楽したいと思い。
ローラに貴族の話を聞いたアカネが貴族の暮らしに興味を持ったことが発端です。
しかし、だからと言ってアバターシステムを使って私を誕生させたとは思えません。
……もしかしてシステムが勝手に暴走をし始めているのでは!?
だとするなら私の存在自体が世界のエラーなのでは!?
不安を口にしたい衝動に駆られつつも言葉が出なくなる。
「お嬢様、もうすぐレミア様の邸宅へ付きます」
「す、すみません。ハンスさん」
意識が飛躍しすぎて準備を怠っていました。
馬車が止まると目の前の建物をじっくり眺めてみる。
ここがピアノ教室……というかただの大きなホールですね。
早速扉を開けて中へと入ってく。するとレミア様が鍵盤の調整を行っておりました。
私に気が付く明るい声で名前を呼びます。
「セリー!」
「レミア様、よろしくお願いいたします」
教室の奥からアリサとマーガレットの二人が顔を出してきました。
元気そうなのがアリサ、ちょっと気難しそうなのがマーガレットです。
「セリーさん!」
「こら、セルリア様って呼びなさいよ」
「ふふっ、いいですよ。歳も近いですし」
「ありがとう、セリーさん!」
「な、なら私もセリー様とお呼びしてもよろしいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます! セリー様」
結局、様は取れないのですね。
「じゃあ早速で悪いけど昨日の復習。やって頂戴」
「では、失礼しますね」
ピアノの前に少し緊張します。
前世でも、リリアやアカネの時でも、一度たりとも楽器など演奏したことがありません。
記憶の中ではピアニカやリコーダーといった、そんな物ばかりです。
この手をピアノを弾くのはだいたいクラスのお高めな女子が担当することが多かった。
しかしピアノの椅子に座ると身体が急に力が抜けました。
まるで何かに操られているかのような感覚でピアノを演奏する。
音がするたびに心も弾み、指の動きも滑らかになっていきます。
でもこんな考え事をしながら弾いてごめんなさい。
そしてピアノの演奏が終わった。すこし緊張したのか額に汗が。
「お見事!」
「流石です、セリー様」
「いいえ、ちょっと手癖で弾く部分がありました」
違いが分かる、ような事をいってみます。
本当は自分では何も分かっていないというのに……。
「うーん、そろそろ演奏会に出しても良いと思うのだけどねぇ」
「お気持ちは嬉しいのですが、私の技術では演奏会を潰してしまいますので……」
「そんな弱気じゃダメ! 才能が無いなんていったらピアノへの侮辱でしょうが!」
「は、はぁ……」
「セリーさんはもっと自信を持って良いとおもうんだけどなぁ」
「あれだけ出来るのに自信がないのは嫌味にとる人もいますからね」
「そうですね」
自信がない……、前世ではこの言葉は色んな人に言われましたからね。
「セリー様、また後日!」
「ええ、ごきげんよう。皆様方」
皆様に頭を下げると馬車に乗り込む。
予定を半数終えただけなのに体が凄く重いです。
「お疲れ様でした」
「いえ」
馬車の中で一息をつく。ふと外を眺める。
街では私と同じ少女たちがお菓子を手にお喋りをしています。
友達が無い、というのもありますがやはり隔たりと言うものがありますね。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま戻りました」
「お夕食にはしばらくお時間がかかるのでまずはお部屋に」
「では、失礼しますね」
私はそのまま部屋へと向かいます。でも途中で足を止めてしまいました。
目の前にあるのは一枚の絵画、そこには家族の肖像が描かれています。
男女四人、微笑を携えております。
「……やはりお母様が恋しいのですかな?」
「ばあや……そのようなことはありませんよ」
突如現れたばあやに驚きつつ、再び絵画へと目を向ける。
私のお母様は幼い頃に死別をしてしまいました。
思い出と言えば、せいぜいベッドの上で思い切り抱きしめられた程度。
「それは失礼しました。ですがお嬢様はこの家の一人娘なのですからね」
「ふふ、お兄様が聞いたら怒りそう」
「良いではありませんか、兄上様は自由を選んだお方なのですからね」
「お兄様は今頃何をなさっているのでしょうか?」
「さあ、あのお方は自由人ですからねぇ……。今頃は、見たことの無い魔物に追いかけられているかもしれません」
「ふふ、それでも何とかするのがお兄様でしょうね」
「ええ、ですからお嬢様もそのような淋しげな顔をなさらぬようにしてくださいませ」
「ありがとう、ばあや」
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夕食を終え、既に外は真っ暗。安眠効果のあるハーブティーを手に星を眺める。
棚を見やるとなにやら機械が。これがラジオのようです。
そっとラジオの電源を入れてみる。
流れてくるクラシック風味の音楽を聴きながら引き出しの中の便箋を取り出す。
そして、気が付けばそのままペンを走らせていた。
拝啓、お兄様。いかがお過ごしでしょうが?
こちらは夏が近付き、木々が青々としてきました。
本日はレミア様からピアノの発表会に出ないかとというお誘いをいただきました。
申し出は嬉しいのですが戸惑いを隠せません。
いえ、戸惑いではありませんね。正直に申し上げれば、私はとても不安なのです。
失敗することへの不安。人様からの侮蔑。そして何より自分のことに自信を持てません。
ですがお兄様は、お兄様だったらやることを選択するでしょう。
飛行船に乗って世界を飛び回ると言い出したお兄様。
言い訳もしない、ただ自分を信じている。新しい世界へご自分で行かれる。
私にはその勇気がありません。情けないお話です。
今、お兄様はどんな景色をご覧になっていらっしゃるのでしょうか?
空から見る世界はどのような光景なのでしょうか?
雲を飛び越えた先にある楽園を目指しているそうですが発展はいかがですか?
積もる話を聞かせに、ときどきで良いのでたまにはお帰りください。
ばあやも私も心よりお帰りをお待ちしております。
かしこ。
手紙を書き終えると私は封をし、引き出しの奥へとそっと閉まった。
相手がどこにいるのか分からない、それでも書かずにいはいられない手紙。
お兄様もときどきお手紙を出してくれれば良いのですが……。
ラジオから音楽が途切れると眠気が肩を叩いてくる。
「おやすみなさい、お兄様」
小さく呟くとそのまま床へと付くのだった




