第六話 アカネと試験と…… その2
試合が終わり、宿舎へと帰るアカネ。
このままコロシアムに残り、観戦しても良かったのだが体調を整えることを優先にした。
午後の半ばを過ぎた食堂はいつもより人は少なかったが、それでも席はぼちぼち埋まっている。
おやつに配布されているクッキーを何個か取ると手ごろな席を探す。
ローラたちが談笑しているのを見つけると隣に座った。
「ただいま!」
「お帰り、アカネ」
「二人とも、どうだった!?」
「あたしは準備不足だったわ、ポーションとか薬草とかが足りなくて……」
ローラが挑むダンジョンはかなり難易度が高いのか、疲れ果てた顔をしていた。
よく見ると頬の隅にちょっと泥が付いている。
それをアカネはこっそりハンカチで拭いてあげた。
「私はド忘れしちゃって、でも結構空欄は埋められたよ、アカネちゃんは?」
「私? バッチリ!」
「でしょうねぇ」
「うん、すごいよアカネちゃん」
三人はクッキーを頬張りながらたわいのない話をする。
時が幾ばくか過ぎたころ、ローラが席を立った。
「とにかく、明日の準備! あたしは明日の準備と補給、イリアは勉強、アカネは修行ってことね」
「明日はどうなるんだろ? 楽しみだね」
「私は不安、かな」
「大丈夫! こういう時に弱気は禁物よ! とにかく、勝っていい長期休みを迎えるわよ!」
「おー!」
三人は声を合わせて掛け声を上げたのだった。
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トーナメント二日目。
アカネも隣のアインも思わず呆然となった。
いや、観客を含めた全員が目の前の光景を信じられずにいた。
「だ、第二試合で大波乱!」
「まさか……こんな奴がいたなんてな……」
「ブレイク選手! 惜しくも敗れる! 勝者は……謎の参加者。グレン選手!」
ブレイクはそのまま前のめりで倒れる。ハルバートが手から離れ、力なく乾いた音を立てた。
対戦相手はブレイクに軽く一瞥するとそのまま武舞台を降りた。
試合内容は圧倒的と言わざる得ないものだった。
ゴングが鳴り、わずか数瞬。目の前から消えた。
ブレイクがグレンを見失っているうちに彼の懐に現れる。
そしてそのまま蹴りを一発。その巨体を大きく吹き飛ばした。
しかしフルプレートの鎧を貫けなかったのか、ブレイクはそれに耐えた。
一瞬信じられないといった表情をするグレン、すぐさま反撃として思い切りハルバートを振り回すブレイク。
しかしそれをグレンはまるで見切っているかのように最小限の動きでかわしていく。
そして止めとばかりに炎を纏った拳がブレイクの鎧ごと大きくめり込んだのだった。
「あんな冒険者みたことねぇぞ」
「いや、冒険者なのか? 武術家なのはわかるが……」
騒然とする観客たち。アカネもアインもすぐさまブレイクのもとへと駆け寄る。
運ばれてきた担架車に乗せられるブレイク。
かなり深手を負ったらしく、歩くことすらできないようだった。
担架の上でアインとアカネの二人に詫びた。
「わりぃ、アイン……。それにアカネ……」
「ブレイク先輩!」
「らしくないぞ、ブレイク」
「ああ、すまねぇ。だがこれだけは言える。俺は油断はしてねぇ」
喋ることすら厳しいのか、声を出すたびに顔を歪めている。
そのことにアインもまた沈痛な面持ちになる。
「ブレイク……」
「みっともねぇ負け惜しみなのは十分承知してる。けどあいつは強かった。掛け値なしにな」
「先輩……」
「決勝でおまらえのどっちかと当たるはずだ。気を抜くんじゃねぇぞ」
「当然だ」
「わかりました!」
二人に伝言を残すとブレイクはそのまま気を失った。
アカネもアインも穏やかじゃないのか手が震えている。
「アイン選手! 時間ですのでコロシアムへ!」
「わかった」
アインはアカネの方を見やると小さくつぶやいた。
「あの冒険者、お前の技と似ていたな」
「ええ!?」
アインの発言にアカネは驚くしかなかった。
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そしてアカネの試合になった。
ブレイク先輩やアイン先輩のことは気になるけど、今は目の前のことに集中する!
そう思い、顔を叩いて気合を入れ直す。
「第二試合はアカネ選手対マーガス選手!」
対戦相手は同じクラスのマーガスだった。
二人とも格闘術や剣術の授業でぶつかり合ったが、お互いの得意とするもので戦うのはこれが初めてだった。
マーガスの手にはかなり使い込まれた短剣が握られている。
軽く左右に振って具合を確かめると切っ先をアカネに突き付けた。
アカネの方も拳を突き付ける。
「アカネ、手加減は無用だぜ!」
「OK! そっちこそ手加減はいらないからね!」
試合が始まった。お互いに構えたまま動かない。
どうやらこちらが攻撃するのを待っているのを感じ取ったアカネ。
一気に間合いを詰めて思い切り殴りつける。アカネが得意とする戦法だった。
「よっと!」
迫る右拳を体を仰け反らせ、攻撃を避けるマーガス。
カウンター気味に膝を飛び込んできたアカネにぶつけようとする。
だがアカネはそれを空いた左手でそれを弾いた。
それならば、と今度は短剣で切りつけようとする。
だがその前にアカネの蹴りがマーガスに迫った。
とっさに攻撃に使うはずだった短剣を蹴りに合わせて相殺させる。
そしてマーガスはすぐさま体を潜り込ませ、アカネから距離を取り直した。
わずかな時間で行われた攻防にマーガスは思わず大きく息を噴出した。
「ふぅー、マジかよ、攻撃が当たらねぇ!」
「あー、びっくりした」
アカネはこの連撃の組み立てを見て、マーガスがかなりの訓練を積んできたことを理解した。
マーガスのほうも楽しいのか汗をかきながらも笑みを浮かべている。
「さすがはうちのクラス最強だな。けど俺だって何もしてこなかったわけじゃないぜ!」
マーガスは何やら小さくつぶやき始めた。
アカネは何やら危険を察知し、攻撃をしようと高速で近づいていく。
だが……。突如黒煙が辺りを包んだ。
「おおっと、マーガス選手。ここで煙球だぁ!」
そう、懐から煙球を取り出し、アカネへとぶつけたのだった。
このトーナメントでは物品を使うことは別段反則ではない。
規定を守り、申請をすれば先ほどのような煙球を使うこともできる。
だがマーガス使ったのはただの煙球ではない。
「わりぃな、お前がこういうのに弱いのは知ってたからな」
煙が晴れるとそこにいたのは立ったまま寝ているアカネの姿があった。
気持ち良さそうに寝息を立てていた。首が安定しないのか左右に揺れている。
勝ちを確信したのか大きく息をついて、ゆっくりとアカネの方へと歩いていく。
このまま場外にアカネを突飛ばせば、場外となり試合は終わる。
しかし……。突如、目の前に蹴りが飛び込んできた。
「うそだろ!?」
突然のことにマーガスも驚くしかなかった。
なんとアカネは眠りながら戦っていた。しかも無意識の状態でだ。
信じられない、といった顔を一瞬するがマーガスは攻撃に移った。
だがアカネは風に舞う柳のごとく、攻撃をしなやかに避けていく。
切羽詰まった攻撃を続けたマーガスにもう飽きたといわんばかりに体を掴まれた。
そしてそのまま場外に思い切り投げ飛ばされる。受け身は取ったが釈然としない顔で座り込んだ。
「勝者、アカネ選手!」
審判の勝利宣言とともにマーガスは大声を上げた。
アカネも目が覚めたのかぼけた頭で周りを見渡している。
歓声を受けて試合が終わったことを理解した。
「くっそぉ、そんなの反則じゃねぇか!」
「あはは、ごめんね! 大丈夫?」
「ったく、次の試合も頑張れよ!」
「うん!」
二人は握手をして試合を終えるのだった。
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トーナメント三日目。
試合数も少なくなってきたのか、トーナメントを終えた選手たちはダンジョン組に合流している。
ダンジョンは途中参加でもそれなりに評価が貰える。
一方のコロシアムでは昨日と変わらない盛況見せていた。
「準々決勝はアカネ選手対エリザベート選手!」
アカネと対戦相手のエリザベートが武舞台に降り立つ。
情熱的な赤い髪とやや露出が激しいライトアーマー。
そして何やら紋様が彫られた長い槍を肩に担いでいる。
対戦相手をじっと見ながら アカネは思わず首をかしげてしまった。
「……だれ?」
というのも今の今まで何の接点もない選手だからだ。
そんなアカネに後方から怒声が飛び込んでくる。
「おいおい! お前の先輩だろうが! 槍術にエリザベートあり、って言われるほど学校一の槍使いなんだよ、そいつは!」
「ブレイク先輩!」
治癒魔法が効いたのか、最前列にその姿があった。
ボンクラ気味のアカネに檄を飛ばすその姿はとても怪我をしている人間とは思えなかった。
「ブレイク、解説どうもありがとう」
ひらひらとブレイクに向かって手を振るエリザベート。
本人もかなり軽い性格のようだ。
「はじめ!」
試合が始まるとエリザベートはすぐさま武舞台の床に切っ先で何やら線を引いた。
「これで良しっと」
アカネはその行いを何かわからない様子で見ていた。
だがすぐさま迷いを払い、攻撃に移る。
しかし線の内側に入れない。正確に言えば身体が線の内側に入ることを拒絶してるのだ。
迂闊に飛び込めば彼女の槍の餌食になることをアカネは感じ取った。
「!? この人……強い!」
槍と戦うのは何も初めてではない。ローラをはじめ、多くの人と戦ってきた。
しかしそれらと比べても目の前の才女、エリザベートは強いと感じ取った。
「来てくれないの?」
優しい微笑みとおっとりとした口ぶりで誘うが、アカネはどうしても動くことができずにいた。
「それなら……こっちから行くわね」
線の外に彼女が出た。それと同時にアカネが動く。
だがその前に鋭い槍の一撃、目の前に銀の閃光が走ると槍の切っ先が頬をかすめた。
しかしそれでも、と風の刃を受けながら攻撃をしようとする。
だが、エリザベートはそれを読んでいたを言わんばかりに近づいてきたアカネに槍の柄を回転させ、攻撃を封じる。
槍の弱点は懐に飛び込むことではあるが、そう楽々と懐へ飛び込ませてくれない。
やむえずエリザベートの槍を掴み、力任せに投げつけた。
彼女はきれいに前宙返りをしながら着地をする。
「ふぅ、まだまだひよっこね」
彼女がウインクをすると同時に観客も盛り上がる。
「すげぇ! さすがエリザベート!」
「まさに槍の貴婦人! 動きもテクニックも他のものに追随を許さない!」
「どうする? アカネー!」
あまりの強さにアカネは少し構えを解いた。普通の構えでは勝てない、そう踏んだからだった。
頭の中には柔よく剛を制すという言葉が浮かんでくる。それを今実感している。
深呼吸をして頭をすっきりさせる。体をしっかりと準備運動をしてほぐす。
「行きます!」
思い切り大地を踏み込んで超スピードで向かっていく。
それに応えるかのようにえりざべーどの槍がアカネを捉えようとする。
鋭い突きの雨の中を臆さず進んでいく。ひとたび突かれれば身体を捻って攻撃をかわす。
まるで蛇のごとく、間隙を縫って間合いを縮めていく。身体が柔らかいアカネだから出来る戦闘方法だった。
近づくことをひたすら意識する。焦る心を無理矢理抑え込み、狙うは一点。起死回生の一手。
「ここだ!」
相手の下段から大きく飛び上がるかのような綺麗なアッパーが放たれた。
とっさに槍で防ぐがもう遅い。破裂音とともに体が大きく弾かれ、槍が場外へと飛んで行った。
「アカネ選手の勝利!」
「やったぁ!」
「あーあ、負けたわ。まさか後輩に負けるなんて思わなかったわ」
「ありがとうございます!」
飛び上がって喜ぶアカネに対し、握手を求めるエリザベート。
それに応えて、握手をするアカネだった。
「次の相手はアインよ。女の意地を見せてやりなさい!」
「はい!」
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トーナメント四日目。
「続いて準決勝! アカネ選手対アイン選手!」
ついに準決勝が始まった。相手はやはりアインだった。
アカネはふと、観客席を見てみる。ブレイク先輩は今日も観客席にいた。
隣には先日戦ったエリザベートが座っていた。
さらによく見ると物陰越しにグレンがいた。なぜだかわからないが刺すような視線をぶつけてくる。
とにかく試合に集中するために目の前の相手、アインの方に視線を移した。
彼もまた、出会ったころとは違った。
簡素なライトアーマーはしっかりとしたミドルアーマーになっている。
この日のために作った特殊なアーマーなのはアカネの目にも分かった。
「ふふ、ブレイクと戦えなかったのは残念だが……目をかけているおまえを倒すことで満足することにしましょう」
「そんなことさせない! 私、ブレイク先輩の分も勝って優勝するんだ!」
「そうはいきません、ブレイクの代わりに優勝するのはこの私です!」
武舞台の上で言い争う二人。それを見ながらブレイクは頭を抱えた。
「あいつら、こんなところで言い争いをするなよ……」
「モテモテねぇ、ブレイク」
「全然うれしくねぇ」
肩を落とすブレイクの隣にいるエリザベートは楽しいのかニコニコしている。
「初め!」
試合が始まった。先手必勝といつも通り相手の懐に飛び込もうとする。
だが、突然目の前に閃光が広がった。
「え?」
突然のことにうろたえるアカネ。その隙にアインに足を払われる。
店頭するがすぐさま受け身を取る。だが目が戻っていないのかやみくもに攻撃をするアカネ。
しかしアインは焦ることなく、次の手を打っていた。
「はぁ!」
今度は思い切りひっくり返るアカネ。足元に油がまかれたのだった。
「うわわわわ!」
すぐさま立ち上がろうとするが炎の魔法が放たれる。
とっさに大きくジャンプをして事なきを得る。そのまま空中で両手を前に突き出す。
「フラッシュ・バスター!」
手のひらから閃光をアインに向けて放つが、アインの方が消える。偽者だったのだ。
「うっそぉ!?」
驚くアカネ。次の瞬間、両側面から火の玉が飛んでくる。
すぐさま飛んできた火の玉を蹴り飛ばし、アインから距離を取り直す。
再び向かっていくが完全にアカネはアインにあしらわれている。
「あーあ、完全に踊らされてやがる……」
「私も彼のとの戦いは苦手なのよねぇ……」
訳の分からないまま攻撃を続けるアカネにブレイクは頭を抱えた。
隣のエリザベートも頬杖を突きながら見守っている。
攻撃を続けるアカネに、わずかな隙が生まれたのかアインが急接近してきた。
「これで……チェックメイトです!」
止めを刺しに来た、と思い身構える。
だが彼女の目の前に広がったのは黄色の粉末だった。
「ゴホゴホ!」
口元を抑えるとその場で体が動かなくなる。痺れ粉だった。
手足が自由に動かなくなり、その場に立ち尽くすアカネ。
万事休すかと思いきや……。
「でやぁりゃぁ!」
一喝、気合で痺れを直した。そしてついていた痺れ粉も一緒に吹き払う。
「一つだけお聞きしましょう、その技はいったい?」
「お師匠の技の一つ! 龍胆全基! これで体の調子を元に戻す!」
「ふふっ、面白い! それならこれはどうですか!?」
ミドルアーマーが分離し、大きな盾となった。
その盾を見てまた何かをしだすと思ったアカネ。
警戒をするがこれ以上罠には引っ掛かりたくない、というのはアカネの本音。
「そうだ!」
アカネは身体をかがませ、クラウチングスタートの形をとる。
そしてまっすぐ相手を見据えると次の瞬間、足跡だけ残して姿が消えたのだった。
「何!?」
突然消えたことに驚くアイン。
そして次の瞬間、彼の体は大きく吹き飛ばされていた。
天を仰ぎ見るアイン。何かに当たったのかを確認するために自分の体を見てみる。
そこには茶色の毛が付いていた。起き上がり武舞台の上を見るとアカネが立っていた。
「どういうことなのでしょうか?」
「体当たりを食らったんだよ、超高速のな」
観客席のブレイクが解説をし始める。
彼女がやったのは自分の力をすべて脚力に集め、地面を蹴った。
その勢いのまま、体当たりをするというシンプルな攻撃。
だがただの体当たりではなく、見ているものには一瞬消えたように映るため、対応が遅れた。
以上がこの戦いの顛末であった。
「さすがに超高速で来る奴にはさすがの準備もなかったみたいだな、アイン」
「ふふ、まったくその通りですね。やはり力に対抗するのもここまでということ、ですね」
視線を武舞台にある盾に移す。すると縦からピンクの煙を噴出した。
どうやら最後まで何らかの仕掛けを施していたらしい。
「勝者、アカネ!」
「やったぁ!」
場外にいるアインに手を差し伸べるアカネ、それを受けるアイン。
「また戦いたいものですね」
「ええ!? 私は嫌!」
アカネは思わず本音を叫ぶ。それだけアインは強かったし、いやらしい相手だったのだから。
「さて、最後の試合は……あいつか」
ブレイクは腕を組みながら眉間にしわを寄せる。
決勝はアカネとグレンの試合となった。




