第四話 ローラと剣帝と…… その1
校庭でアカネとローラが対峙している。
無手のアカネに対し、ローラは槍を手に持っていた。
足元には白線が引いてある。これから模擬戦を始めるつもりだった。
「行くわよ、アカネ!」
「うん! いいよ!」
「それじゃ……でええええや!」
勢いよく突進してくるローラ。それを横に動いて避けるアカネ。
突進の勢いのまま旋回をし、そのまま間合いを取りながら突きを繰り出す。
風を切る音が幾度となくするが、アカネは次々にかわしていった。
「よっ、おほっと、おおっと!」
当たらないことに苛立つローラ。突きも払いも軽くいなされる。
一方のアカネ。最初は左右で避ける程度であった。
しかし徐々に調子が出てきたのか、上下の回避も織り交ぜ始める。
まるでタコを相手にする漁師の様な構図になった。
その焦りを読み透かされたのか、ついに均衡が破られる。
「貰うよ!」
ローラの渾身の突きを屈んで避けると一気に間合いを詰めた。
斜め下から繰り出されるアカネの拳がローラの胸元スレスレを飛んでいく。
「あっぶなぁ!」
そのまま槍を立てて、柄で足を払う。見事に転倒する。
だが尻餅をつく前にバク転。そして大きく踏み込んだ。
「でりゃああああああああ!」
雄たけびと共に一気に距離を詰め、勢いを着けた回し蹴りが放たれる。
ローラはとっさに槍で防御をする。
甲高い音共に槍が大きく宙を舞い、そのまま地面を転がっていった。
「……私の勝ちだね!」
「ああああああああああ! もう! 悔しい! もう一回よ!」
「ずいぶんと楽しそうなことをしてるな、アカネ」
ふんぞり返るアカネ、頭を抱えて叫ぶローラ。
そんな二人の前に一人の初老の男が現れた。
白髪交じりの黒髪としわと堀が深い顔立ち。
銀をアクセントにした金色のを鎧はなんとも眩しかった。
「あっ、テオドールさんだ!」
「はは、お前は相変わらず元気だな」
「はい! テオドールさんもお元気そうで!」
挨拶をするアカネ、一方のローラはそんな彼の顔を不審そうに睨みつけている。
「……おや、お嬢さん。私の顔はそんなに珍しいかな?」
「……いえ、そうじゃなくて……テオドールさん、でしたっけ? どこかでお会いしたことありませんか?」
「いいや、お嬢さんとは初対面だが……」
「そうですか……。すみませんでした」
「いや、気にしてはいないよ。さて校長室に連れて行ってくれるか、アカネ」
「はい!」
アカネがテオドールの手を引いて、校長室へ行こうとする。
そのとき、ローラの脳裏に電流が走った。
「ああああああああ! 思い出した! アカネ、あんた……!?」
言葉が出てこないのか口をパクパクさせている。
「おう、何だよ。一体何の騒ぎ……っておいおい!?」
校舎から出てきたブレイクがテオドールを一目見て、校舎に向かって叫ぶ。
「お前ら! 剣帝テオドールが来てるぞ!」
「ええ!? あの剣帝が!?」
「王の懐刀と呼ばれるあの!?」
「け、剣帝様! 俺と一度手合わせを!」
「バカ! こういうときはご教授を賜るって言うんだよ!?」
「マジか……やべぇ、マジの剣帝だ……」
「従者も付けないっていうけど本当だな……」
みんなぞろぞろ集ってくるとテオドールを囲んだ。
困った顔をしているテオドールに、やむえないとアカネはテオドールを肩車した。
「みんな、ごめんね! テオドールさん! 校長室へ行くね!」
「ああ、そうだな」
一気に廊下を走りぬけ、アカネはそのまま学長室へと飛び込んだ。
「こらこら、学長室に入るときはノックを……」
「やあ、久しぶりだな。ジョーニアス」
「テオドール! いやぁ、まさかここに来るとは思ってなかったぞ!」
アカネはすぐさまテオドールを肩から下ろした。
「ははは、お前も相変わらず厳しい顔付きだな」
「何を言う、これでも丸くなった方だぞ!」
お互いに肩をたたきながら健勝であることを喜びあう。
「じゃあ、私はこれで!」
「ああ、アカネ。また後でな!」
「はい!」
廊下に出るとローラを初め、多くの戦士系学生が集っていた。
口火を切ったのは大先輩であるブレイク。
「おい、アカネ。聞かせてもらおうじゃねぇか?」
「何を?」
「あんたとテオドール様との関係!」
「へっ、そんなに凄いことを知ってるわけじゃないよ」
「ふーん……じゃあテオドール様の剣を見たことある?」
「うん、見たことあるよ。ドラゴンの柄が付いた奴でしょ?」
「……マジでか、帯剣してる所なんて俺、見たこと無いぞ」
「っていうかそれってあの伝説のアレだろ?」
「アレだよな……」
アレこと通称、ドラゴンブリンガー。テオドールが持つ最強の魔法剣である。
王曰く、その剣を持って鉄より硬いドラゴンの肉体を切り裂いた。
兵士曰く、万の兵を一振りににて壊滅させた。
村人曰く、邪悪なる悪魔の魔法をかき消した。
さまざまな伝説がある剣だが、当のアカネには何のことかさっぱり理解していない。
「アレって何?」
「アカネ、何も知らないの?」
「ここじゃ校長も話が出来ねぇだろ? 体育館の方でで話をしようぜ」
「うん、わかった!」
体育館は壇上のアカネを取り囲む形になった。
「で、まずあんたとテオドール様との関係は?」
「んーとね、テオドールさんはお世話になった人だよ」
「あのテオドール様にお世話になった!?」
「うん」
「一体どんな縁よ!?」
「縁って言われてもよくわかんない」
「よくわかんない……って」
「まずは順を追って話してくれ、そうじゃないとこっちもこんがらがる」
「うん、わかった。えっとね、テオドールさんとはここに来る前の大きな町で知り合ったんだよ。テオドールさんが何か凄く強い魔物に困ってたから、その退治を助けてあげたの。それが始まり」
「凄く強い魔物……ブレイク先輩、知ってる?」
「いや……あの頃は俺も俺で忙しかったからな」
「もしかして、ネブラゴースト事件かな?」
「ああ、そうそう! お師匠と一緒になんか凄い幽霊を倒したんだよ。ウネウネしててなんかとぐろを巻いてたの」
「間違いないわね……」
ネブラゴースト。ゴーストの変異種。ゆがんだ輪廻に囚われた悪霊である
魂の輝きが星雲のように見えるのでそう名づけられた。
近隣の死者の魂をも地獄へと導き、生者を傷一つ付けず殺すという最悪の魔物。
しかしテオドールと旅の武道家が力をあわせ、魔物を退治した。という話だけは巷に流れていた。
「その後も何度も一緒に魔物退治をしたんだよ。あのときのお師匠とテオドールさん、やっぱ強かったな」
「へぇ、そうなんだ」
「けどテオドールさん、ここに来るなんて何かあったのかな?」
「なら、聞いてみるか? テオドール様によ」
「ダメ、テオドールさんは凄く耳が良いんだよ! 私の動きなんて簡単に見切られちゃったんだから」
「アカネの動きを見切るなんてどれだけなんだよ……」
「それに人の話を立ち聞きするのはあんまりよくないってお師匠も言ってた」
「その辺りは妙に真面目だよな、お前……」
「とにかく、テオドールさんについて知ってるのはこれくらいだよ」
「いや、それならもっと話すことがあるだろ? 例えば――」
「私の剣技がどれほどのものか、とかかな?」
突然の来訪者に皆アタフタしている。
声の主はテオドールだった。
「テオドールさん! 校長先生とのお話は終わったの?」
「ああ、終わったよ」
「て、テオドール様! もしよろしければ……」
「はは、構わないよ。ここでは少し狭いから校庭でやってみよう」
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「さて、どうすべきかな……」
「ならあの技をお願いします! あの技! 風のあの技!」
目を輝かせて要望をする男子生徒。
彼の要望に皆大きく同意する。
「そうか、ならアカネ。アレを持ってきてくれ」
「わかりました!」
しばらくして持ってきたのは小さな苗木だった。
テオドールから少し離れた場所に苗木を置く。
「それじゃ……」
苗木に水を降りかけると巨大な大樹へと変貌した。
修練の大樹。
水を振り掛けると実力に対応した樹がその場に作られる魔法の道具だった。
また薪としても使えるため、学校側としても重宝している。
しかしこのような大樹になることはほとんどない。
それだけテオドールの実力が優れている証であった。
「ふむ、いい樹だな。これならば技も出せるだろう。アカネ、離れてなさい」
「はい!」
アカネもローラたちの場所へいく。
それを見送ると腰に携えた剣に手を伸ばし、引き抜く。
剣自体はどこの武器屋にも売っている安物だった。
しかし引き抜けば刃こぼれやサビといったものは何一つない見事な剣だった。
辺りが静寂に包まれる。辺りには鳥の声しか聞こえなくなった。
そして……深い呼吸とともに構えを取るテオドール。
「ブレード・テンペスト!」
雄たけびと共にテオドールの剣が振るわれた。
辺りに突風が吹いたと思ったら木々の枝葉がハラハラと落ちていく。
大したことが無かったのでは、と思った次の瞬間、大樹が綺麗に真っ二つになった。
そのまま幾多の亀裂と共に、ものの見事な薪となった。
「すげぇ……」
「ほとんど何も見えなかったわよ……」
一人の生徒が散らばった枝を拾う。
「おいおい、ここまで綺麗に切れるモンなのかよ?」
切り口は鋭く、綺麗だった。
繊維という言葉を知らない生徒たちだったが、どこにも不自然なものが無かった。
先ほどまで生きてたのか、断面からはまだ湿った木の匂いが立ち上っている。
「ふぅ、お粗末だったかな?」
「いいえ、凄いです! テオドールさん!」
「はは、剣だけは誰にも負けたくは無いからな」
そういって笑うテオドールはまるで好々爺といった顔であった。
アカネの頭に手を置く。
「さて、私はこれで去ることにしよう。アカネ、お前もしっかり勉強するんだぞ」
「はい!」
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「何か眠れないな……」
夜、ベッドから立ち上がり、窓の外を眺める。
すると人影があった。アカネは目を凝らして正体を見極めようとする。
人影の正体はローラだった。
「ローラちゃーん! そんな事したら風邪引くよー!」
「アカネ!?」
窓から直接飛び降り、ローラのところへ歩いていく。
ローラのほうももう十分なのか、槍を肩にかけていた。
「練習なら朝にやったほうが良いよ、明るい方が身体にはいいんだから」
「そんなこと言っても仕方ないじゃない。昼間にあんなの見ちゃったら皆興奮して眠れないわよ」
「そうなの?」
「そうよ! まあ、あんたには分かんないでしょうけど」
「分かるよ」
「え?」
「私も、テオドールさんの技を見たら凄いっていっぱい思ったよ」
「いっぱいねぇ……」
アカネの発言にローラはなぜか視線を背けてしまう。
「……どうしたの?」
「別に……ただ、このままで良いのかなって思っただけよ」
「え?」
「いや、テオドール様ほどの技量を持つなんてあたしには出来ないわよ。でもさ、アカネやイリアがそれぞれ自分の力で頑張ってるのに、あたしは一体なんだろうって思っちゃって……」
「そうなの?」
「そうよ!」
「ふーん、でもローラちゃんがいるから出来たことだっていっぱいあると思うよ」
「ポジティブねぇ、あんた……」
「それにテオドールさんこうも言ったもの。違ってるから良い事もあるって」
「違ってるから良い事もある……」
「こういうのもなんだけど……私、実はお師匠の技。何一つ習得してないんだよ」
「ええ!?」
「お師匠から習ったのは武術の心得と学び方。それ以外は全部自分で考えろっていわれた」
「放任主義ねぇ……」
「そうかもしれないけどお師匠と私は全く違う、腕の長さも足の速さも考え方も。だから同じ技を真似したとしてもすぐに破られてしまう。だから自分で考えて自分で編み出せって言われた」
「……誰も教えてくれないのって苦しくない?」
「苦しいよ、だから色んなものを見て考えて作らなきゃダメなんだと思う」
「そうよねぇ……」
「私、ローラみたいに色んなことが出来ないからローラが羨ましい。魔法もうまく使えないし、勉強だって上手く行かないもの」
「あたしはアカネやイリアみたいに専門特化の方が良いかな。分かり易いし、実感も湧くでしょうしね」
「世の中ままならないね」
「そうね」
思わずお互いに笑いあう。
「あー、何か弱音を吐いたらスッキリしたわ。お休み、アカネ」
「おやすみ!」
ローラに手を振るアカネ。そのまま自分の部屋へと戻っていく。
しかし背後のローラの顔は少し曇り気味であった。




