第二話 アカネと学園と……その2
時は流れ昼食。
三人は食堂ではなく、外にある学生向けカフェテリアで食事をしていた。
学校では地域の活性化のため、学生が外で買い食いすることを許可している。
その中でも量が多く、メニューが豊富なウェルネスカフェへとやってきた。
アカネは巨大ハンバーガーのセットを。
ローラはノーマルな激辛バーガーを。
イリアはミニサンドイッチセットをそれぞれ注文。
昼食時、女の子三人が集れば色々五月蠅いのは一種のお約束であった。
「次の授業なんだっけ?」
「剣術の実技ね」
「わたし、剣術苦手!」
「私も……」
アカネとイリアが深いため息を吐き出した。
そんな二人を見ながらローラは軽く微笑む。
「まあ魔術師志望のイリアはともかく、アカネはねぇ……」
「でもアカネちゃんはあれだけ武術が使えるんだから剣とかあんまり必要ないんじゃ……」
「バカ言わない! 装備できる武器が少ないと色々不便よ」
「例えば?」
「まず、攻撃手段が限定されるわ。あと剣への対抗策を最初から編み出さないといけないもの」
「なるほど……」
「あとドロドロしたのとか、ジュルジュルしたのとか、トゲトゲしたのとか、とあんた素手で戦うつもり?」
「……うーん」
「技に自信があるのは良い事だけど、こういうときに使えた方が色々便利なんだから、ね?」
「そうだよねぇ……はぁ」
再びため息を付く二人。ローラの言うことは尤もであったがどうにも気乗りがしない。
イリアは重い剣がどうしても受け付けない。
アカネに関して言えばそもそも剣を持つことに抵抗感があった。
気が付けば、テーブルの上のハンバーガーを平らげていた。
少し名残惜しさと口元についてるソースをちり紙でぬぐう。
「さて、そろそろ行きましょうか。ご馳走さまでした!」
「はいよ」
三人は店員に料金を支払うと学校へと戻っていった。
校舎へと続く道を歩く中、校庭では様々な生徒たちがいた。
隅っこのベンチで読書にいそしむ生徒。木の下や上で昼寝をする生徒。
体育館ではなにやらスポーツに講じる生徒たちがいた。
「どうする? 時間はまだあるけど……」
「おーい、アカネ! 一緒にサッカーやろうぜ!」
「うん!」
マーガスの呼びかけにアカネが応じ、そのままグラウンドへと走っていく。
そんな彼女の背中を二人は見送った。
「……こうしてみるとさ、不思議よね」
「何が?」
「ああやって男子と混じって遊ぶなんてさ、まるで子供みたいで……」
「……うん、凄く分かるよ」
イリアはローラの言葉に賛同する。
嫌味や皮肉と言う意味はない。むしろ真逆、憧れすら抱いている。
男子と一緒になってボールを追いかけるアカネはキラキラ輝いて見えた。
純粋で分け隔てが無いアカネの姿に二人はちょっとだけ羨ましさを感じる。
お互いにあの中に入れるかというとどうしても抵抗感がある。
イリアは自らの引っ込み思案のため、ローラは貴族の慎みのため。
理由としては大したことは無いのだがそれが二人に待ったをかけてきたのだった。
「さてと、あたしたちはどうする?」
「うーん、どうしようかな……」
「おや、誰かと思ったらローラ嬢ではないですか」
二人はこれからのことを決めようとした矢先、話しかけてくる人物がいた。
「げっ……」
声の人物を見やると反射的に顔を引き吊らせるローラ。
どうやら会いたくない相手らしい。
ギラギラと金の装飾と宝石が付いたサークレット。
黒と金と赤と高級な素材をふんだんに使ったマント。
髪は長くちゃんと手入れをされているのが妙に光っている。
しかしそれに反するかのように妙にねちっこく濃い顔の男が現れた。
彼の名前はガルマン。ローラと同じように貴族の一人である。
そばには下心がありありな腰巾着的な二人の男を連れていた。
ガルマンに対して腰を落とし、やたら揉み手をしている。
「それにお隣の女性もそこそこ可憐でいらっしゃる」
「は、はぁ……」
「おっと失礼! 女性を口説くのは我が家の血統ゆえ、申し訳ない! 許しておくれ!」
「……で、いったい何のようなの?」
「これは手厳しい。私はただローラ嬢と親交を深めようと思っただけで……」
「そうです。ガルマン様のお心遣い、どうかを悪くなさらぬように」
じりじりとお互いの距離を詰めてくるガルマンたち。
「さあ、共に語らいましょう! 貴族の未来について!」
「くっ……」
さらに近寄り、ローラたちに手を伸ばそうとするガルマン。
気が付けば退路を腰ぎんちゃく的な男たちに塞がれていた。
このままじゃ……と不安がるイリア。しかし――。
「あぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
どこからか飛んできたボールがガルマンの顔に思い切り当たった。
あまりの衝撃に彼の顔には赤々とボールの跡が付き、そのままひっくり返った。
ボールの方はというとお役ごめんと言わんばかりにそのままあさっての方へ飛んでいく。
「が、ガルマン様!」
「しっかりしてくだせぇ!」
「ごめんなさーい!」
アカネとマーガスがローラの方へと小走りでやってきた。
当のガルマンは顔を抑えながら立ち上がる。
「くっ……こ、この私に顔にこんな汚いボールを!」
「って、何だよ。ガルマンじゃねぇか」
「マーガス! 貴様! この私にわざとボールを当てたな!」
「んなわけ無いだろ。何でお前に俺がボールを当てなきゃいけないんだよ」
「決まっている、それは貴様と私が不倶戴天の敵だからだ!」
マーガスに食って掛かろうといわんばかりのガルマン。
それに対し、マーガスはガルマンを取るに足らんとあしらっている。
「フグタイテン? フグとタイのテンプラ?」
「違うわよ、言い換えれば宿命のライバルってこと」
「そうなんだ」
すっとぼけたアカネの発言にローラがすぐさまフォローを入れる。
マーガスも一応は貴族の出ではある。
軽薄そうな見た目に対し、学問や礼節といったものは一通り弁えている。
しかし煌びやかな物を好むガルマンに対し、マーガスは質素な庶民派だった。
そしてマーガスとガルマンの実家は仲が悪く、戦争こそしないものの何年も領土争いをしていた。
「とにかく! マーガス! 貴様の顔は二度と見たくなかった!」
「それはお気の毒にな、俺もお前の顔は見たくなかったぜ」
「それにボールをぶつけてきたのは誰だ!?」
ガルマンの言葉に視線が一斉に一人の人物へと向かう。すなわち、アカネへ。
「貴様か! 平民の分際でよくも私に恥をかかせてくれたな」
「うー、ごめんなさい」
「いーや! ゆるさん! この屈辱、どう晴らしてやるか……」
頭を下げるアカネにローラが横からフォローをする。
「ちょっと、故意じゃないんだから許してあげなさいよ。貴族たるもの、寛容精神を持たないと」
「何を言うか! 不正を瞑れば百害催すと我が祖先も言っている!」
「でも謝ってる奴を必要以上に攻め立てるのも違うと思うぜ」
「五月蠅いぞ! マーガス!」
騒ぎ立てる貴族三人につられて他の生徒たちもやってきた。
校舎への通り道で大騒ぎをしていれば集るのは必然である。
「それに見るからに教養が無いこの野猿に、教育という尊い事を行うのも貴族の役目!」
「野猿!?」
何かの琴線に触れたのか、アカネもやや声を荒げて非難をする。
「私、猿じゃないもん!」
「いいや、猿だ! しかもパワーが有り余ってる、まさにパワーコングだ!」
「ちょっと! 女の子に向かってパワーコングは無いじゃないの!」
ローラも友人を非難された怒りで横から口を出す。
ガルマンのいうパワーコングとは大型の猿の魔物である。
力はドラゴンにやや迫るが知能が極端に低く、からめ手に弱い。
その為、単細胞や力だけの戦士を転じてコングという悪口が広がっているのだった。
「わかった、パワーコングはやめておこう。ではチンパンジーだな。はっはっはっ!」
「ふーんだ! 頭にチューリップが咲いてるパッパラ貴族に言われても悔しくないもん!」
「ぱ、パッパラ貴族……」
イリアの脳裏に子供の落書きのようなキラキラしたガルマンが作り出された。
そして頭にチューリップを咲かせ「君の瞳に乾杯」とキザったらしい言葉を吐いている。
そのことにイリアは思わず噴出しそうになった。
他のみんなも同じ想像をしたのか噴出すのをこらえている。
「ふ、ふん、見るからに小汚い平民に言われても腹は立たないな」
「ボンボン! パープリン! ついでにマザコンにロリコン!」
「やだぁ、あの坊ちゃまったらマザコンでロリコンらしいわよ……」
「見るからに金で幼い奴隷とか買ってそうだぜ……」
「ふ、ふん……! 平民の僻みだ!」
アカネの言葉に周囲の人々もつい悪乗りをする。
それだけガルマンの評価は悪かった。
列への割り込み、強い香水などに匂い、小さなことへをねちっこい批判中傷。
などなど、例をあればキリがない。
しかしそれに対し当の本人は毅然とした態度で返す。
ただしこめかみが震えているのをローラたちは見逃さなかったが。
「お前たち、何をやってる! とっくに昼休みは終わっているんだぞ!」
一人の女性教師が現れた。
美人だがキツメの顔立ち。赤いバラを髣髴させる長く赤い髪。
胸と尻の激しい自己主張、端から見れば教師とは思えないレザースーツに身を包んでいた。
それでも冒険者や軍人を育てる学校の教師らしく、鞭ではなく剣を腰に携えていた。
突然の来訪者にマーガスが目を白黒させている。
「げっ、カレン先生! いや、それは……」
「先生、私は本日の昼休みにそこの野猿のような女子にボールをぶつけられました。何とぞ厳しい罰を所存することであります」
「ちょっと! ちゃんとアカネは謝ったじゃないの!」
レザースーツの教師ことカレン先生に少しへりくだるかのように話すガルマン。
それに対しヒステリックにローラが弁護をする。
だがガルマンは怒りが収まらないのかさらに熱弁を振るう。
「謝ってすむ問題だと思っているのか!?」
「謝ってすむ問題でしょうが!」
「何を言う! あの野猿娘は――」
「何言ってるのよ! だいたい――」
ガルマンとローラが何度も舌戦を繰り返してる。お互いに一歩も引かない。
そのことに対し、傍観を決めていたカレン先生だったが、長々と続く光景に怒りも最高潮になった。
「ええい、そこまで喧嘩をするならおあつらえ向きのを用意してやる!」
ドンと、地面をたたき蹴ると突如黒い空間が目の前に広がった。
アカネやガルマンなど一部の生徒がその穴の中へと吸い込まれていく。
そして穴が小さくなるとカレン先生は一言。
「お前たちも教室に戻れ! こいつらの仕置きは私がしておく!」
「は、はい!」
周りの生徒たちは思わず敬礼をしながらカレン先生を見送った。
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「きゃあああああああああああああ!」
何もない空間に突然放り出され、イリアは悲鳴を上げている。
このまま地面に衝突……するかに見えたが何者かが自分を抱き上げた。
何者かとともにイリアは地面へと着地をする。
「イリアちゃん、大丈夫だよ」
「え?」
目を開くとそこはアカネの顔があった。先ほどは助けてくれたらしい。
彼女の手を借りて立ち上がり、ゆっくりと周囲を見渡してみる。
そこは石で出来た巨大な建造物のようだった。
中心には石で出来た舞台場のような物が居座っている。
周囲には観客席のような座席がいくつも並んでおり、クラスのみんながいた。
イリアもアカネも何が起こったのか分からず目を白黒させている。
「……なにここ?」
「ここは学園コロシアム! 強いて言えば決闘場だ!」
ローラが思わずつぶやくと上の方から声が聞こえてきた。
視線を上げていくとコロシアムの一番高い所にカレン先生がいた。
いかにも紹鴎様といった雰囲気で、堂々と生徒たちを見下ろしている。
「いや、決闘場をコロシアムって呼ぶんじゃないかしら?」
「違う、コロシアムの歴史は――」
「とにかく! お前たち二人は一回ガチンコで殴りあえ!」
誰かがコロシアムと決闘場の違いを説明しようとするが、カレン先生の声でかき消された。
あまりの乱暴さにイリアも思わずつぶやく。
「もう、どうしてこうなっちゃったんだろう……」
「ふん、私は軟弱者が嫌いだ! それに勝った負けたが一番しこりが少ない!」
しこりは無くなるかもしれないけど、恨みつらみは残るんじゃ……。
とローラは言いたくなったがその言葉を胸の奥へしまいこむ。
ガルマンの方はというと不敵……というより不気味な笑い声を上げた。
「くっくっくっ、いいだろう……! 平民、そしてマーガス! 貴様らに貴族の何たるかを教えてやろうう!」
「そっちこそ、開いた口が塞がらないようにしてあげる!」
「おいおい、喧嘩を売られたのは俺とアカネなんだがなぁ……」
売り言葉に買い言葉、お互いに火花を散らすガルマンとマーガス……ではなくローラだった。
完全に蚊帳の外に出されてしまったマーガスは頭をかいて気まずさを紛らわす。
「せっかくだ、チーム戦と行こうか」
「ルールは?」
「勝負は三回戦! 先に二本取った方が勝ちだ!」
「上等!」
再び火花を散らすローラとガルマン。
置いてけぼりのアカネとイリアがそこにいたのだった。




