第二話 アカネと学園と……その1
今日も今日とて朝日が昇る。それと同じように街も動き出す。
だが冒険者学校の朝は朝日より早い。ただし一部の生徒に限るが。
「おかえりー」
「ただいまぁ……」
校門から数人の生徒が疲れた顔をして宿舎の中に入っていく。
袖口やズボン、靴は泥だらけ。目にはクマが出来ている。
みんなボロボロの格好で足元もおぼつかない様子だった。
彼らはクエストを終えたばかりの上級生である。
長丁場の依頼を終えてようやく学園に帰還したのだった。
「こ、今回は俺の勝ちだな」
「く、くそ、次は負けないからな!」
グラウンドに倒れこむ二人の男子生徒。木剣が音を立てて地面を転がる。
どちらも身体中は完全にあざだらけ、衣服は完全に乱れている。
二人は夜間から今朝にかけて徹夜で模擬戦を行っていた。そのせいかグラウンドが荒れに荒れている。
これから教師が彼らにグラウンドの整備を言いつけるだろうが、二人は一行に立ち上がる気配は無かった。
ちなみに二人の勝敗結果は同等である。
そしてアカネもまた例外ではない。宿舎へと続く道をひたすら走っている。
額には汗が浮かんでおり、顔も少し赤くなっていた。
「えっほ、えっほ」
日課のロードワークだった。片道にして二十キロは軽く超えている。
師の教えに沿って、よっぽどなことが無い限り毎日こうやって自主訓練を行っていた。
元々、アカネは走ることが嫌いではなかった。師との修行でこの三倍を走ったことはある。
しかしそのうち、走るだけでは勿体無いので牛乳配達も請け負うことにした。
あっという間に配り終えるため、結果は上場。気が付けばアカネの懐はそこそこ暖かった。
現在、牛乳配達を終え、朝食の時間になったので宿舎へと戻ってきた。
「ふぅ……」
「アカネちゃん、お疲れ様」
宿舎の前にたどり着くと一息を付く。待っていてくれたのかイリアがタオルを差し出す。
「ありがとう!」
アカネはそれを受け取ると乱雑に顔や身体を拭き始めた。
朝日が顔に当たり、彼女の顔を輝かせる。
「流石、前衛職希望だね。朝早くに走るなんて私には無理かなぁ」
「えへへ……イリアちゃんも少しずつやればきっと走れるようになれると思うよ」
「そうかな? じゃあシャワー浴びて朝ごはんにしようよ」
「うん!」
二人は宿舎の中へと入っていく。
シャワーを浴びて制服に着替えると身だしなみを整え、食堂へと向かう。
食堂の中は生徒でごった返していた。学生の激戦区といっても過言ではない。
学食の職員からトレーに乗った朝食を受け取る。周囲を見渡すとローラが手を振っていた。
「あっ、こっちこっち!」
「ローラ!」
「席取っておいて正解だったわ」
「ありがとう!」
三人は早速食事を始める。食事の仕方も三者三様だった。
まずはアカネ、無造作に次々と食べ物を口から胃へと送り込んでいく。
実に乱暴という言葉が似合う食べ方であった。
次にローラ。育ちは良いらしく食事の仕方は上品だった。
ただし調味料の使い方がとても独特であり、サラダに砂糖をかけていた。
最後にイリア、とにもかくにもゆっくりといった感じである。
味わって食べるということに特化しているがとにもかくにも量が減らない。
「ぷはー!」
「なに? もう食べちゃったの?」
アカネのお皿を見てローラが呆れる。
自分のお皿はまだ半分も残っているのにもう食べてしまったのだ。
しかし物足りないのかそのままお皿を手に再び配給口へと向かう。
「おかわり貰ってくる! すみませーん!」
「悪いけど今日の分はもう無いよ、ごめんね」
「ええ!? そんな!」
食堂の職員の言葉にアカネは思わず落胆と批判の声を上げる。
そんなアカネに背後から何者かが肩に手を置いた。
「はは、悪いな。今日の分は俺が貰っちまったぜ!」
「あっ、ブレイク先輩!」
彼の名前はブレイク。この学園の三年生である。
またの名を突進のブレイクとも呼ばれる重装戦士である。
高身長と筋肉質の身体、ハリネズミのような刺々しい髪型からとても目立った。
また小さなことを気にしないザックバランな性格でアカネを初め、多くの生徒から尊敬の念を抱かれている。
「うー、そう言われるとすっごく食べたくなる!」
「ははっ、世の中は厳しいのさ。後輩!」
「じゃあ僕のを上げるよ」
ブレイクの横からおっとりとした優男が現れた。
優男の名前はニコル、ブレイクの学友である。
いかにも戦士といった風貌のブレイクに対し、ニコルは温厚な魔術師とした感じであった。
ややくたびれ気味の髪型と人が良さそうな顔付きから彼の苦労がうかがい知れた。
「本当!?」
「おいおい、ニコル、お前は減らしすぎだ!」
「だって僕、最近みんなから太ったって言われてるんだもの」
そういってアカネのお皿に自らの料理を分け与える。
その光景にアカネは目を輝かせていた。
「ったく、クエストの途中で倒れても俺はしらねぇぞ」
「そのときはブレイクが食料を探してきてくれるんだよね?」
「え? そうなんですか?」
「うん、ブレイクはああ見えて……」
「ニコル! おしゃべりはそれくらいにしてくれ!」
気恥ずかしいのか顔を掻いてそっぽを向くブレイク。
そんなニコルもブレイクの思いを知ってか、優しい笑みを浮かべている。
お互いが旧知の仲のようだった。
「ふふ、わかったよ。それじゃ僕はコレで」
「くれぐれも、他の奴らを困らせるなよ。暴走娘」
「はーい!」
アカネは料理を乗ったお皿を手に再び席へと着く。
その様子を見てローラも思わず微笑んだ。
「運がよかったわね、アカネ」
「うん!」
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朝のホームルームも終わり、授業が始まる。
今は技能の授業。初老の男性教師が指差し棒を手にスキルの解説を行っていた。
みなノートを手元に置き、一心不乱に机へと向かっている。
「さて、皆さんもご存知のスキルについてのお話です。テキストの二三ページを開いてください」
この世界ではスキルと呼ばれる力がある。
冒険者ギルドで冒険者として認められるとその証として特別な力を与えられる。
リリアが使った”加速”スケベゴブリンが使った”物品奪取”など実に様々だ。
しかしスキルには限度があった。
「人間には……いえ、全ての生き物にはスキルリミットと呼ばれる限界があります」
スキルリミット。通称、才能限界。
言葉の通りスキルはいくらでも付けられるものではない。
限界を無視し不用意にいくつも付ければ肉体が崩壊し、死に至る。
「ではローラさん、スキルはどこで貰えますか」
「冒険者ギルドや訓練所、もしくは王城です」
「はい、よく出来ました」
教師の言葉にローラは胸をなでおろすと再び座った。
スキルは一般的に冒険者ギルド、訓練所、王城の三箇所で貰える。
これはスキルを管理する目的があるからだ。
冒険者が無作為に強いスキルを付けることを防ぐため。
そしてスキルを用いた犯罪を防ぐためでもあった。
「またスキルは自然習得をしたりします。あなた方の経験が新しいスキルを生み出すかもしれませんねぇ」
「先日のダンジョン実習でスキルを習得したかもしれないってことですか?」
「中にはそういう人もいるでしょうね」
教室内がざわつく。自分が知らないうちにスキルを習得したとなれば一種の騒動になる。
自然修得した技能はレア物が多く、強力なものが多かった。
例えば”達人”のスキルを持つ人間は複数のスキルを得たも同然だった。
”加速”のような高速移動、岩を断ち切る”強力”、そして敵の動きを読み取る”見切り”など。
これらがいっぺんに習得できるため、レアスキルを特別視している。
また上級の冒険者や軍人となるとレアスキルのみで構成されている者もいた。
ローラはペンを止めると隣の席の男子、フランツがヒソヒソと囁いてきた。
「おい、ローラ。アレ……」
「アレ?」
ローラこっそりと教室の後ろにいるアカネを見やる。
目はうつろ。頭に旗が立っているかのような呆けた顔。
「おいおい……」
「アカネちゃん、お饅頭になってない?」
「え?」
通称、お饅頭と呼ばれる状態だった。
眠っているわけではない。ただアカネの脳がフリーズを引き起こしているだけである。
小難しい話がどうしても苦手なアカネは、専門用語的な単語が一斉に出てくると頭が一時停止をするという困った癖があった。
「どうする?」
「どうするって正気に戻すしかないでしょうが……」
「だよなぁ……」
フランツが目配せをして、隣にいる二人に指示を送る。
二人は小さくうなずくとアカネの太ももの部分をぺちん、と軽く引っ張ったいた。
「うっひゃぁ!?」
「どうしました? アカネさん」
「な、なんでもありません!」
先生の言葉にアカネはすこし上ずった声で謝ると再び教科書へと向かう。
その光景を見ていたローラとフランツは胸をなでおろした。
「やれやれ、危なかったぜ……」
「ええ、本当に……」
もしアカネがあのままだったらクラスの評価が少し落ちるのは確定だった。
ただでさえこのクラスは他のクラスに比べ、問題児が多いと言われている。
そのため、どうしても教師に目の敵にされやすく、宿題が多く出されることも多かった。
無論、横暴だと抗議する生徒もいるし、そこまでしなくても、と一部の教師陣からのフォローも入る。
それでも学校ではこのクラスは危険視をされている。
その理由は……アカネを初めとする一部の生徒の存在だった。
教師よりも力を持つ彼女たちは教師にとって驚異であった。
下手に暴れまわられたら止めるのに手を焼くのは必須である。
「せっかくですのでアカネさんにも答えていただきましょうかね」
「え? え? え?」
突然の指摘にアカネはしどろもどろになる。
すぐさま教科書を見るがどこをやっているのかさっぱりわからない。
「アカネさん、現在確認されているスキルの数はご存知ですか?」
「わかりません!」
堂々と答えるアカネにクラスメイト全員がため息を漏らす。
しかし――。
「はい、正解です」
「ええええええええええ!?」
教師の言葉に全員が思わず声を上げる。
ちゃんとした答えが無いことにみんな不平と驚きの顔を露にしていた。
「ははは、少々意地悪な答えかもしれませんがスキルの数は現在、爆発的に増えています。昨日だけでも新種が百以上発見されました」
「それじゃあ管理する側も大変ってことですか?」
「その通りです。この間、王城へ行ったらみんなてんてこ舞いでしたよ」
教師の笑い声とともに全員が釈然としない様子で話を聞いている。
それと同時に終わりの鐘がなり響いた。
「おやおや、今日はここまでにしておきましょうか」
「起立! 礼! ありがとうございました」
「次回の授業は一般的なスキルの解説です。名前ぐらい知っておく程度で良いので予習をお願いしますよ」
「はい!」




