五話 オーダーメイドはとてもリッチに! その2
「さて、いくとしますか……」
自分を奮い立たせるかのように独り言を呟くと、闇世の中を歩いていくあたし。
手に持った小さなランプは、あたしの心を表すかのように小さく揺れ動いている。
夜の見回りもメイドの仕事。
しかしその前にこれはあたしの自主的な冒険といった方が正しい。
真夜中の校舎の中は静寂に包まれていた。
空には月の光が降り注ぎ、下手な電灯よりも明るく、そして綺麗だった。
風が優しく流れるとつい、感傷的な気分に浸ってしまう。
だがそれよりも見回りのほうが重要、と前を向いて再び廊下を歩いていく。
すると廊下の先で何かがうごめいてた。すぐさま影の姿を追ってみる。
正体はリックだった。なにやら壁に引っ付いて周囲を警戒している。
「こら、下着泥棒は現行犯逮捕よ!」
「リ、リリア!?」
あたしの登場に流石のリックも眼を丸くする。
うーん、毎回驚かされたり苦労させられたりしてるから、こうやってこっちが驚かす側というのも悪くないわね。
「何を驚いてるのよ……。まさか、本当に下着を……」
「ふっ、いくら俺でもそんなことはしないさ。どうせ下着を奪うのならベッドの……」
全てを言う前にあたしの蹴りがリックの股間にヒットした。
「いたたたたた……」
「あんまり下品なことを言うと、ここから追い出すわよ!」
「いくらなんでも蹴る場所を考えてくれ。使い物にならなくなったらどうするんだ!?」
「安心しなさい、あんたのはあたしの蹴り如きで使い物にならなくなったりしないわ」
「……本当に? ちゃんと責任とってくれるか?」
「いや、それは……」
リックは顔を勢い良く、ずい、と前に突き出してきた。
あまりのことにあたしも思わず後ずさる。
「保障してくれないとここで駄々をこねるぞ!」
「仮にも年上のあんたが駄々をこねてどうするのよ!?」
「男はな! だれもが駄々をこねたくなる日があるんだ!」
「どんな日よ!? っていうかとっとと部屋に戻りなさいよ!」
「ま、待ってくれ。せめて今日分の調査を……」
「……そんなことだろうと思ったわ」
調査という言葉を聴いて、あたしはため息をついた。
あたしはリックにこれまでの事を聞いてみる。
ミリィの言葉通り、メイドがステキなお仕事なら冒険者にクエストなんて出ないはずだ。
それなのに人手不足。これは何か裏があるに違いない。と、あたしは踏んでいた。
メイドの募集や就職を阻む何かの調査。それがリックが依頼された内容。
……にしてもここまで根深い物だとは思って無かったわ。
「で? どこまで調査は進んでるのよ?」
「実のことを言うとさっぱりだ。障害になってるジェニファー先生という単語はでてくるんだが……」
「あたしもあったことないのよね……来たばっかって言うのもあるけど」
昼間にとんでもない洗礼受けさせられたのよね。
”いじめられるのが仕事!”のせいでメイドさんが減ってるというのはなんとなく分かる。
あんなことされたらメイドなんてやってられるわけが無い。……一部のを除いて。
そしてそんな指導をするジェニファーという人物。いったいどんな人物なのかしら?
「だろ? それで生徒……もといメイドさんに色々と聞きまわってみたんだが……」
「空振りの連続、で期限が迫ってどうしようか……。と思った矢先にあたしが来たって所かしら?」
「うむ、その通りだ。さすがリリア。俺の嫁だ」
「誰が嫁だ! お嫁さんが欲しかったらその性格を直しなさいよ!」
「いたたたたた! 乱暴はよくないぞ!」
「だったらあたしを怒らせるようなことするな!」
ひとしきりリックの奴を絞った後、再び見回りへと戻る。
窓の無い廊下に差し掛かると何かが聞こえてきた。
「……ねえ? 変な音しない?」
「変な音?」
「ほら……」
リックもあたしと同じように耳を立ててみる。
コト……コト……。なにかが歩いているような音だ。
それにしても間隔が広すぎる。リズム感が無いと言われたあたしでもこれは異常だ。
「いったいなんだ?」
「行って見ましょう」
あたしたちは早速、音のするほうへ向かってみる。
校舎の中でも特に深い場所だ。ランプぐらいしか明かりとなるものはない。
廊下には窓は無く、鹿の首とか熊の置物とか不気味な物が立ち並んでいる。
雰囲気から行って物置。いえ、お仕置き部屋、といった所か。
「……この辺りね」
「……音もしなくなったな」
早速、近くの部屋を探してみる。
ランプの明かりも役に立たないような黒一色がどこまでも広がっていた。
それに使われて無い教室なのかどうにも埃っぽい。
音の正体と思われるものは何一つとして見当たらなかった。
「参ったわね、結局なんだったのかしら?」
「うーむ、ここは学校だから七不思議のひとつだろう」
「七不思議?」
「しらんのか、学校に良くあるアレだ」
あたしも小学校の頃とかに聴いたことがあるけど、この世界でもこういうのはあるものね。
興味が湧いてきたのでリックに聞いてみる。
「で、メイド学校の七不思議ってどんなのよ?」
「……しらん! 今のテキトーな発言だったな、はっはっはっ!」
「知らんのなら勝手なことを言うな! 危うく納得しかけたじゃないのよ!」
「あらあら、お屋敷で大声を出すのは元気ですよ」
リックを締め上げようと手を伸ばそうとすると何者かが声をかけてきた。
現れたのは一人のメイド。あたしやリックよりも年上の人に見える。
白のメイド服を綺麗に着こなしており、こちらに対して穏やかな笑みを浮かべている。
だが、やや……っていうか凄い色白。おまけに金色の瞳がどうにも不気味だ。
「す、すみません。真夜中だっていうのに……」
「ご主人様が起きてしまわれますわ、ね?」
「は、はい……」
上品な言い回しにあたしも面を食らってしまう。
完全に出鼻をくじかれた。
一方のリックは美人に出会えたせいか、いつもの調子で口説きにかかる。
「初めまして、自分はリックと申します。不躾でありますがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あらあら、ご丁寧にどうも。私はジェニファーと申します」
「おお、名前に相応しい清楚でお上品なお名前ですね」
「ありがとうございます」
手を持ってニッコリ、と笑うリック。
相変わらず女って見ると見境無いわねぇ……
ってちょっと待って? ジェニファー?
「……もしかして、生徒たちが言ってたマダムエックスってあなた?」
「マダムエックス?」
「メイドの鬼! 厳しい指導で一流のメイドにする! 最強のメイド教官! ってよばれてるのよね?」
「まあ、そうかもしれませんねぇ」
うーん、なんとものんびりとした人だ。
おっとりとした雰囲気のせいで緊迫感が薄れる。
それにしても……何かしら、不気味な雰囲気があるわね。
D・Eで調べてみましょうか。
「D・E起動。目の前にいる女性について教えて」
ジェニファー。
種族:エルダーリッチ。
メイドの霊が何かしらの力を得て形になったもの。
その怨念は百年単位で積み重なっており、除霊はハイプリーストクラスの力が必要。
あっけに取られたのか、無意識に視線が下へいく。
あまりのことにあたしはすっ転ぶしかなかった。
「あ、あんた……リッチなの!?」
「リッチ……? お金はそれほど持ってませんが……」
「聞き方を変えるわね、あんた幽霊なの!?」
「おいおい、どうした? 彼女が美人だから混乱してるのか、リリィ」
「アホか! そんなわけないでしょうが! 足元を見てみなさい、足元を!」
人間ならば当然あるはずの足が無かった。
それを見たリックも唖然とする。足元と彼女の顔を何度も繰り返して見やった。
「……へ?」
「うふ」
「…………ひたまちゃん」
「なによ?」
「聖水とか十字架は持ってるか?」
「持ってる訳じゃないじゃないの」
「そうか……それなら……逃げる!」
一目散に逃げていくリック。まあ当然よね。
置いていかれる形になったがあたしはリッチことジェニファーに向き直る。
「あなたは逃げないの?」
「冗談! あんたがあたしを襲うつもりなら今のうちに襲ってるでしょ」
「その通りです」
「まあ、みんなの言う怖い先生って言うイメージはやっぱ作り上げられた物だったわね」
「ええ、もちろんです」
「それじゃ、あたしは見回りに戻るわね」
「ええ、それでは……」
ジェニファーに背を向けて再び見回りにもどるあたし。
それにしてもあんな人がリッチになるまでこんな所にいるなんて前代未聞だわ。
今は害は無さそうだけど……もし相手にするなら非常に厄介だ。
相手はあのエルダーリッチ。しっかりと下準備が必要な相手。
ダメージを与えることができると言っても、せいぜいナイフで指先を切った程度のダメージしか与えられない。
リックの言ってた聖水や十字架程度では焼け石に水だろう。
こうなったら授業を休んで対策を練るしかない。
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いつものセーラー服に着替えると学園の近くの村へと向かう。
情報の整理は冒険者の基本である。
まずは酒場にいって見ましょう。ただの雑談もあたしにとっては有益だしね。
酒場の扉を開けてみる。昼間という時間帯もあり、客は誰もいなかった。
「おや、いらっしゃい」
「どうも……マスター。少しお話聞いても良いかしら?」
「ああ、かまわないよ」
流石に何も注文しない、というのも不義理だと思い、ミルクセーキを注文。
小さなジョッキを手にマスターにメイド学校の評判を聞いてみる。
「ねえ、マスター。あそこのメイド学校ってやっぱ人が集まらないの?」
「ああ、校長も資金繰りに苦労してるみたいでね」
「そんなに厳しいんですか、経営」
「経営というより人が集まらないほうが問題らしい。なんでも元生徒曰く……奉仕することがないと生きていけなくなるかららしい。それが不気味に映るらしくてなぁ……」
「なにかの依存症ってコトですか?」
「ああ、そうらしい」
話だけ聞いてると麻薬か何かがばら撒かれてるんだろうか?
「元生徒さんと言いましたけどここにも元生徒がいたりするんですか?」
「ああ、金物屋の奥さんが元生徒だったな」
「わかりました、早速聞いてみます」
あたしは早速金物屋さんに行って見る。
「ごめんくださーい!」
「はーい!」
あたしの呼びかけで出てきたのは一回り年上の女性だった。
見た感じ、気の良さそうな奥さん。旦那とは結婚したばかりといった雰囲気だった。
「あの、何をお探しですか?」
「いえ、お話をお聞きしたくて……メイド学校の件について……」
「メイド学校! 懐かしい……」
ほろりと涙を流す奥さん。いったい何があったのかしら?
ジェニファーの話を要約するとこんな感じだ。
まずジェニファー先生の授業がとてつもなく厳しかったこと。
そしてメイド業界の事を憂いていたこと。
最後にエルダーリッチとなって学園を支配していること。
それにしても深夜に出会った彼女と、目の前の人の言う厳しそうな人物がどうにもすりあわない。
おまけに奥さんの反応を見た感じ、ジェニファー先生にそう悪い感情を持っていないようだった。
いったいどういうことなんだろうか?
「とにかくジェニファー先生について知ってることあります?」
「そうですね、ジェニファー先生はご主人様をとても愛しておりました」
「そうですか……」
どうやらご主人様、というのを探した方が手っ取り早そうだ。
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学校に戻ると再びいちごカラーのメイド服に着替える。
ジェニファー先生に付いてはある程度分かったけど……結局打開策は見当たらなかったわね。
午後からは授業を受けると先生たちに言っておいたから、サボりにはならずに済んだけど。
うん? あれは……アイリンとフラメウだ。夢遊病者の如く、フラフラと歩いている。
にしてもなんだか様子がおかしい。顔に生気がないというかなんと言うか……。
「アイリン! フラメウ!」
「待て、リリア! 今はまずい」
声をかけて近付こうとするがリックが横からあたしの体を掴んで引き止める。
あたしはリックの事の次第を問いただす。
「ちょっと、いったい何があったのよ?」
「いやね、ちょっとやらかしちまったみたいでな…」
「やらかしちまった……?」
「ああ、そうだ。あの二人は普通に掃除をしてたんだが……なんか花瓶を割っちまったみたいでな……。呼び出したのはなんとあのジェニファーさん」
「あのリッチが?」
「ああ」
なるほど、その罰を与えなくてはならない。ということか。
それにしても花瓶を割ったぐらいで呼び付けるとは……。
ちょっとやりすぎな気がしないでもない。
「くぅー、リッチじゃなければ口説いてたはずなのに……」
「リッチ以外にも問題はあるでしょうが! とにかく、後を追うわよ」
「おう!」
あたしとリックはフラメウとアイリンの後を追いかけるのだった。




