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君の名はアリス  作者: 雅
2/3

夢から覚めない

「君が今度のアリスだよ」


首から上は真っ白な白ウサギ、体は人間の低学年の様に小さくて小柄。

燕尾服のような服は顔と同じように真っ白で、光沢があり反射して煌めいていた。

真っ赤な瞳と同じ色をした蝶ネクタイの下には、細長いチェーンにぶら下がる銀時計が白ウサギの動きに合わせて揺れている。


奇妙な登場人物にアリスと呼ばれて思いつくのは、あの児童小説の主人公。

小学生の頃に図書室で読んだ事がある。

白ウサギを追いかけ不思議な国へと迷い込み、不思議な体験をして最後は夢から覚めて終わり。

細かい描写は忘れたが、子供に向けられた物語であった事は断言できる。


しかし、何故わたしがその“アリス”として呼ばれているのか。

あの物語の主人公であれば金髪で、青いドレスに白色のエプロン。

年齢だってわたしよりも幼いはず。

立ち上がったついでに自分の身の回りを確認したが、名前に似合うような服装ではなく見慣れた制服姿だった。

体がそれを覚えているかの様に、自然と私は短く切ったスカートのポケットを弄る(まさぐる)。何も入っていなかった。

何故かは分からないが、ホッと胸を撫でおろした。


「どうしてわたしをアリスと呼ぶの」


「ここに来たって事が、君をアリスという証明になる。だから僕は君をアリスと呼ぶだけだよ」


「さっき君は“今度のアリス”ってわたしに言ったけど、わたし以外にも人間はいるの?」


「ニンゲン?よく分からないけど。ここに居るのは僕たち住人とアリス、君1人だけだよ。

 アリスという存在はたった一人しかこの世界には存在できないんだ」


意思疎通がとれる事に少し安心感を持てたが、質問をしても理解できない回答で返ってくる。

だんだんとあの物語の様にわたしは夢を見ているのではないかと思ってきた。

夢の世界なら、奇妙な生き物とのこのやりとりも全て夢のせいに出来る。


そうだ。これは夢だ。

起きなければ。


「無駄だよ」


真っ赤な瞳がわたしを捕らえる。

丸くて大きな2つ瞳に体を強張らせたわたしが映っていた。


「そうやって逃げたって起きないよ。アリス。君はもうここの住人なんだから」


「ど、どうゆうこと」


心を読まれてから心臓が早鐘を打つ。

この音でさえあの大きな2本の耳には届いているのではないかと思ってしまう。


「言葉通りだよ。君はこの世界に住み続けるしかないんだ、みんなのアリスとなってね」


「そんな勝手な事言わないで!嫌よ、元の世界に返しなさいよ!」


―――どこに帰るの?


「わたしは帰らなきゃいけないの!」


―――ほんとうに?


「わたしは・・・!」


―――ほんとうに、かえりたいの?


「・・・っ」


言葉が詰まって何も出てこない。胸が苦しい。

ぜぇぜぇと荒い呼吸しか出来なくて、上手く酸素を肺へ送り込めない。

あれから白ウサギは何も言わず、ただ真っ直ぐわたしを見ているだけ。

わたし一人が声を荒げ、口から出したその言葉に反応して頭の中でわたしの声が響く。



自分の気持ちなのに分からない。



苦しい。まずは呼吸を整えないと。

頭に酸素がいかないと何も考えられない。

ひとまず瞼を閉じ、非現実を目に入れないようにして3回深呼吸をした。

「アリス、大丈夫かい?」ゆっくり目を開けた時には白ウサギに顔を覗かれていた。

垂直に伸びていた耳が少し垂れ下がり、心配している様に見えた。

ウサギの表情や感情なんて分からないから、そうゆう風に見えているだけだと思うけれど。


「アリス、元の世界に帰りたい?」


「ええ、帰りたい、帰らせて!」


「そっか。じゃあ思い出してごらん」


「なにを思い出すのよ」


「君のほんとうの“名前”だよ」



わたしの、名前。


わたしの名前は―――



――思い出せない



どくんっと胸が鳴った。

今度こそ白ウサギの大きな耳に拾われたかもしれない。

耳をぴくぴく動かしながら「名前だよ」と含み笑いとしてわたしを見続ける。

背中にじわっと嫌な汗をかいた。

生唾を飲み込むが喉の奥になにかつっかえていて声が出ない。


「思い出せないよね」


この白ウサギはわたしが自分の名前を言えない、それが分かっていたのだった。

人間の様に目を細め、嫌でも笑っている表情が読み取れた。

細めて赤い瞳は淀んだ血の色になり、零れ落ちてきそうで不気味だった。

顔を強張らせるわたしとは相反する楽し気な声で「だってね」と白ウサギは続ける。


「君は自らの手で本当の名前を捨てちゃったんだもん。だから君がアリスとしてこの世界にやってきたんだよ」


子供の体を大きく見せる様に手を広げる。と、突如向かい風が襲い掛かってきた。

その風は目が開けられない程強く、踏ん張らないと飛ばされそうなぐらいの強風だった。

必死に体を前に傾け、手で顔を覆い直接目に風が当たらないよう遮る。

白ウサギの後ろから強風は吹いているのに、わたしより小柄な体なのにビクともせずにただ普通に立っていた。

またわたしに向かって人差し指を向けると、更に一段と強い風が襲ってきた。

反射で目を瞑ってしまい、恐怖で開けられなくなってしまった。


風の音と共に、白ウサギの無邪気な声が聞こえる。



「帰りたいというなら探してごらん。この世界のどこかに君の本当の名前があるはずだよ。

 みんなアリスの事が大好きだからきっと協力してくれるよ。

 僕もそう、アリスの事が大好きだよ、だから・・・」



声が聞こえなくなった途端、さっきまでの強風が嘘のようにぴたっとやんだ。

恐る恐る目を開けると薄い靄は無くなり、緑で生い茂った森の中にいてる事を初めて知った。

白ウサギはいつの間にか居なくなり、代わりに一本道が深い森の奥まで真っ直ぐ延びていた。

道に逸れると迷う事は確実。

ここは道に沿って歩くしかない。


白ウサギは本当の名前を探せとわたしに教えた。

自分の名前なのに思い出せないからこそ、そこに帰るヒントはあるはずだ。

帰る為にこの道を進むしかない。


「・・・わたしは帰らなきゃいけないんだ」



―――だから気を付けてね


―――本当の自分を見つけた時、絶望しないように



囁かれた言葉が耳から離れないまま、見知らぬ道を歩き始めた。

更新が亀なりの理由は、仕事の合間に作成しているからです。

1話毎に新しい登場人物が出せればいいなと思っております。

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