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檻の中の黒い手  作者: 紫李鳥
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手紙

 



 急に亜希子に会いたくなった桐生は、サプライズも兼ねて〈満珍楼〉に行った。


 ところが、亜希子の姿は無く、代りに小太りの女が料理を運んでいた。


 昨日で辞めた事を店主から聞かされた桐生は、その足で亜希子のアパートに向かった。


 事件解決を祝って亜希子と飲む心算だった桐生は車を署に置いていた。


 タクシーが信号で停まる度、“足の付いた気持”だけが韋駄天のように猛スピードで走っていた。




 窓には明かりが無かった。


 桐生は不安の中で合鍵を鍵穴に入れた。


 窓から洩れる街灯が広くなった部屋を教えていた。


 電気のスイッチを押すと、街灯が教えた通りの結果がそこにあった。


 塵一つ無い畳には、箪笥とベッドの位置を示す跡があった。


 肩を落とした桐生は玄関先に腰を下ろすと、歯軋りをしながら自分を責めた。


 ……亜希子を容疑者扱いしてから、この数日、会いもしなければ連絡もしなかった。


 勘のいい亜希子は俺が疑いを持った事に気付いたのだろ……。刑事と容疑者が付き合ってはいけない。そんな思いで俺から逃げたのだろ……。だが、真犯人は亜希子ではなかった。なのにどうして?


 ……そうか、レイプの件か……その事件の事は、捜査が進むに連れて明るみになってしまう。俺に知られるのが嫌だったからか?……やはり、その少女は亜希子だと言う事か。


 亜希子の引越先を知るには大家に聞くしかない。だが、この時間だ、明日また、出直すか……。


 その日も署に泊まると、亜希子の行方を推測してみた。だが、付き合ってまだ、日の浅い亜希子の事をよく知らない桐生には打つ手が無かった。



 翌朝、いの一番で大家を訪ねると、亜希子の事を聞いた。が、日割計算で家賃を全額支払うと、家財道具は全て処分した為、行き先は判らないとの事だった。

……ここで、足取りが途切れてしまうのか。




 意気消沈して署に戻ると、親展と書かれた、意想外の亜希子からの分厚い手紙があった。


 興奮からか、桐生は開封する指を震わせた。


 消印を見て、桐生は思った。


 ……居場所を知られない為に、新宿を出る時に投函したのだろう、と。


《――隆史さん、こんな別れ方をしてごめんなさい。あなたが刑事である限り、私の過去は露呈する。それは時間の問題だという事も始めから知れた事でした。でも、敢て、あなたの気持ちに応えました。あなたの事が好きだったから――》


 ……亜希子。


《――でも、あなたが連絡を寄越さなかった日、到頭、別れる時が来た事を知りました。別れを決めた今、全てを打ち明ける事が出来ます。


 満珍楼で、飯田に遇った時、私は震えました。と同時に三十年前のあの忌まわしい事件が甦った。歳を重ねて、皮膚は弛んでいたが、特徴のある一字眉とギョロ目は変わってなかった。目が合ったのに飯田は私の顔を覚えてなかった。その瞬間、“復讐”という文字が頭に浮かびました。


 レジに向くと背中で二人の話を聞いていました。


『富山でのあの事は誰にも言っとらんで、なーんも心配せんでいいちゃよ。しかし、飯田、お前も出世したもんやがぁ』


 板倉の口から、富山、が出た瞬間、飯田があの時の看守である事を確実にした。


 私は、耳にした二人の話を組み立ててみました。


 出世した現在東京に住んでいる飯田を、今夜Kホテルに泊まる富山から訪ねて来た板倉がゆすっている。


 飯田の現住所を知るにはそれらの情報だけでは足りなかった。どうするか考えていると、二人は帰り支度を始めた。ああ、もう駄目だ、飯田を見失ってしまう。


 私は仕事を放棄して飯田を尾行したい衝動に駆られました。ところが、復讐を諦めるな、と言わんばかりに、コートのポケットから落ちたらしい文庫本が板倉の席にあったのです。


 これがあれば、板倉に会うきっかけが出来、飯田の居場所を聞き出す事が出来る。まさしく、その板倉の忘れ物は飯田の事を教えてくれる“情報源”でした。


 仕事を終えて店を出た私はKホテルに電話すると板倉と話しました。


『あ、先程、いらして頂きました中華料理店の者ですが、ご本をお忘れになりましたよ。通り道ですので、部屋までお届けしましょうか?』


 電話の相手が女だと言う事で安心したのか、泥酔していた板倉は、滞在しているホテルを知ってる相手に何の疑問も抱かず、安易に私の訪問を歓迎しました。


 急ぎ足でホテルに行くと、電話で入手した部屋番号をノックしました。ところが、中からは何の応答もありませんでした。酔っ払ってたから、寝たのかもしれないと思い、早朝に電話する事にして帰宅しました。


 ところが翌朝、寝過ごしてしまい、電話する事が出来ませんでした。結局、テレビのニュースで板倉が殺されたを知りました。


 私が訪ねたあの時には、もう既に殺されていたとしたら、犯人は言わずと知れた。飯田だ。


 そして、聞き込みに来たあなたに出会った。私は脚色をしながらも真実を述べました。


 あなたと富山に行った時、飯田の居場所を知りたくて、私は公衆電話から片っ端に、飯田の姓に電話をしていました。


『恩人を探しています。そちらに、三十年前に警察官をしていた知り合いの方は居ませんか?』


 結局、飯田の居場所を知る事は出来ませんでした。


 隆史さん、私みたいな女と付き合ってくれて、有難うございました。あなたと出会えて良かった。私の人生で一番幸せな日々でした。


 でも、私の過去が発覚した今、あなたから逃げる事でしか解決方法を見出せません。


 私はいつも逃げてばかり。酒乱の父から、忌まわしい記憶の富山から。


 過去のある女は堕落の一途しかありませんでした。


 男を恨み、世間を恨み、国家権力を恨み、全てのものを恨みました。


 どうして私ばかりがこんな酷い目に遭うんだろう、親が違えば、環境が違えば、もっと違う人生があったのにって。


 私がバーで働いたのだって、酒乱の父から離れて自立する為の資金稼ぎじゃないか!どうして、法律は私の邪魔をするのよ、私には幸せになる権利がないの?世の中に不平不満をぶつけながらの味気無い人生でした。


 両親が揃った裕福な家庭で生まれ育っていたら美大にも行けたし、好きな絵を続ける事も出来たのにって。


 責任転嫁でしか、強く生きる道はなかった。


 そして、恋愛を諦め、結婚を諦め、人生を諦めていました。


 そんな時、あなたと出会った。あなたとの出会いで、私のそれまでの不幸は相殺された。ううん、“幸せ+α”でした。


 隆史さん、ありがとう 。そして、さようなら。 桐生隆史様へ 林亜希子》


 ――読み終えた桐生は脱力感の中で茫然としていた。

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