第1章第6話 ~探索 前編~
キャンプ地でのやり取りから数十分後。私達は『始まりの森』の奥地、四方を高い崖に囲まれた窪地の探索を始めていた。
探索の間は先頭を私が、その後をアルクが追う形で隊列を組みながら歩いていた。
・・・のだが、その途中でアルクがどことなく落ち着かない様子を見せ始めていた。
その視線は足元を―――特に途中で通り過ぎていく木の根元辺りへ頻繁に向けられていて、そんな彼の様子に気付いた私は、ちょっと気になって声を掛けてみた。
「どうしたんだ?さっきから落ち着かない様子だけど?」
「え!?・・・あ、いや、その・・・・・・」
私に声を掛けられた瞬間、ビクッと体を震わせ、視線を彷徨わせるアルク。
彼のその挙動不審な動きは、何かを隠しているというのが丸分かりな反応であった。
「何か気になるモノでもあったのか?あれば言ってくれていいんだぞ?」
最初は答えるのを迷う様子を見せていたアルクであったが、そう再度問い掛けると、意を決したように口を開いた。
「え、えっと、その・・・実は、さっきから歩いている途中であちこちに薬草が生えているのを見かけていて、それで出来る事なら採取しておきたいなぁ、って思ってたんですけど・・・・・・」
「うん?そうだったのか?」
どうやらアルクが挙動不審になっていた原因は、所々で薬草が生えているのが視界に入っていたかららしい。
アルクの言う”あちこちに”という言葉が気になった私は、彼が視線を向けている野草に向けて《アイテム鑑定》を発動して確認してみた。
【アイテム】:『治癒草』
生命力がとても高く、比較的どこにでも生えている薬草。細長い草の間に青い線が走っており、この草を食べたり患部に当てたりすると負傷部分が癒えていく効果があり、またポーションの材料としても使える。ちなみに似たような形で紫の線が走っている草もあるが、それは似た姿の毒草である。
《アイテム鑑定》によって野草の詳しい情報を見る事が出来た。
それは『治癒草』という薬草であり、彼が言っていたように本当にあちこちに生えていた。
「(しかし、治癒草か・・・・・・まさかこの世界にもあるなんて、な)」
アルクから話は聞いていたが、実際にその存在を目にした私は内心で思わずそう呟いていた。
何故私がそう思ったのかといえば、それは『カオスゲート・オンライン』にもまったく同じ名前の同じ効果のある物が存在していたからだ。
『カオスゲート・オンライン』での治癒草は、生えている環境や品質によって回復量が劇的に変化する有名な回復アイテムであり、またポーションの材料としてもよく使われていたアイテムであったが、どうやらそれはこちらの世界でも同じであるらしい。
その事を知った私は、自分が今いるこの世界は本当に異世界なのか?と一瞬疑わしく思ったりしたが、どちらにせよ現状では情報が足りないせいで確証が持てないのでその考えは一旦保留にする事にした。
「ふむ・・・まあ、薬草を採るくらいの時間は待てるが、採って行くか?」
そんな事をつらつらと考えた後で、私はアルクに薬草を採取していくか?と聞いた。あって困る物でもなかったので、アルクがそれを採取するというのであれば止めるつもりはなかったし、それに彼の受けた依頼達成の為に必要な物であるのなら協力する事も吝かではなかったからだ。
「えっと・・・採取したくはあるんですけど、実はその、僕のカバンはあんまり物が入らなくて・・・」
そう言いながらアルクは眉尻を下げた目を自身の肩に掛けているカバンへと向ける。
それは然程大きくはなく、彼の言う通りあまり多くの物は入れられない。元々入れてある一束分の薬草に加えてあと二つか三つも薬草の束を入れてしまえば、それだけで満杯となってしまうだろう。
その事が分かっていたアルクは、目につく薬草を片っ端から採取するという事をしたくても出来なかったらしい。
彼の話を聞いた私は「ふむ・・・」と頷いた後で、それならばと一つの提案を出した。
「それなら私のアイテムボックスに入れればいい。テントを仕舞ったのは見ていただろう?まだまだ入る余地はあるから、薬草くらい入れるのは問題ない。それに、町についたら君の採取した物として提出すればいい。・・・・・・どうだろうか?」
「・・・・・・うぅん」
私がそう言うと、アルクは目線を伏せながら肩に掛けているカバンの革紐を握り締め、迷う様子を見せていた。
「(・・・まあ、当然の反応だろうな。知り合ってそう時間が経っていない人間に”目的地に着くまで荷物を預かっていよう”なんて言われたところで、そう簡単に信じられるものじゃない。もしその通りに任せてみたら持ち逃げされてしまうのでは、と考えて警戒するのが普通だ。例えそれが善意であったとしても、だ)」
そんなアルクの様子を見た私は、内心でそう不思議な反応でもないなと納得していた。
・・・まあ、頭の中で考えていたような事をするつもりは微塵もなかったが。というか、こんな小さな子供相手にそんなことをするだなんて、そんなの大人気ないどころか非道とさえ言える所業であり、なにより私自身が掲げる信条的にもそれはしたくもない事であった。
「う~ん・・・・・・」
フェルヌスさんからの提案を聞いた僕は、正直どうしようかと迷っていた。
この提案を出したのがもし自身の知る荒くれ者の冒険者達であれば、一も二も無く即座に断っていた。なにせ彼等はほぼ毎日のように自身の事を邪魔者扱いやゴミ虫呼ばわりしていたし、そのまま罵倒や暴力を振るってきたりもしていたからだ。
しかし、このフェルヌスと言う人物はそんな彼等とはどこか違うのではないかと僕は感じ始めていた。
高価な薬品であるポーションを使って自身が負った怪我を治療してくれて、しかもその対価を求めようとせず、さらには暖かくて美味しい料理まで食べさせてくれた。そんな、これまで久しく感じていなかった温かさと優しさを与えてくれた彼女に、僕は言葉には出さなかったものの嬉しく思い、感謝すらしていた。
なにより彼女から感じられる雰囲気は、まるで故郷の村で父と母と暮らしていた頃を思い起こさせるような、どこか安心感を覚えるモノであった。
だが、それでも信用できるかと問われれば、つい首を傾げて悩んでしまう。
実を言えば、僕はフェルヌスさんと出会う前にも何人か僕の事を気遣ってくれる冒険者達に出会った事があった。その冒険者達とは良好な関係を築く事が出来た時は、「この人たちなら信用することが出来そうだ」と思ったりもした。
しかし、その彼等は数日経った後に、唐突に僕の前から姿を消してしまった。急な依頼を受けて急いで別の町に向かう事になったり、共に依頼を受けている最中に突然姿を消して町を去っていくなどして、次々と僕の下から離れて行ったのだ。
どうして自分に一言も言わずに去ってしまったのか。自分にどこか悪いところがあったからなのか。今となっては問い掛ける事すら出来はしない。
その時に僕が感じていたのは「裏切られた」や「置いて行かれた」という寂しい気持ちと、「どうせなら自分も一緒に連れて行ってほしかった」という悲しい気持ちだった。
「・・・・・・・・・」
その時の事を思い出した僕は、今目の前にいる彼女もまた、突然消えた彼等の様に自分の前からいなくなってしまうのではないかと思った。
道案内以外では全然役に立たず、それどころか迷惑を掛けている筈の僕に、彼女は暴力を振るうことなく優しく接してくれる。それは果たして生来の性格から来るものなのか、それとも僕を騙す為にそういう風に見える様にしているのか。これまで生きてきた人生の半分をあの地獄とも思える街の中で過ごし、人の悪意に晒され続けてきた今の僕では、それを判別する事は出来なくなってしまっていた。
「―――決めた」
それからしばらくして、随分と悩み続けた僕は一つの決断を出した。
もしも、自身に優しく接してくれている彼女までもが自分の前で消えるようなことがあれば、もう誰であろうと一切信用しないようにしようと。
そして、もし彼女が自分の事を殺そうとしてきたならば、その時は逆に彼女のことを殺してでも何とかして生き延びてやろうと。
「・・・それじゃあお願いします、フェルヌスさん。町に辿り着くまでの間、僕が採取した薬草を預かっていてください」
そう考えた僕はフェルヌスさんが出した提案に頷く事にした。その胸の内に一つの覚悟を決めながら。
「・・・分かった。それじゃあ採取したら私に渡してくれ。それから、採取するのは私達が通る道にある物だけだぞ?道から逸れると方向が分からなくなってしまうからな」
私が出した提案に了承する様に頷くアルク。
しかし、彼の身に漂うどこか悲壮感を感じさせる雰囲気を感じた私は、ほんの少しだけ顔を顰めてしまった。
こんな小さな子供が知り合って間もない人物に警戒するという事は理解できる。理解できるがしかし、それでもここまで悩むものなのかとつい思ってしまう。
いったいどんな境遇で過ごしたらこんな風になるのかと、目の前の少年が過ごしてきたであろう環境を思わず聞いてみたくなった。
だが、それを出会ったばかりの関係である他人が聞き出すのはどうかと考えた私は、敢えて聞かずに頷いて見せるだけに留めた。
「う~ん、参ったなぁ・・・出口が見当たらない・・・」
「グルッと一周してきましたけど、ここって本当に崖に囲まれた場所なんですね・・・」
そんな話をアルクとしてからさらに一時間が経った頃、探索を続けていた私達であったが、しかし未だに四方を高い崖に囲まれている窪地から出る事が出来ないでいた。
窪地を囲む崖に沿うように探索を行ったのだが、崖壁に存在すると思われる窪地の外へと通じる道を見つけることが出来ないでいたからだ。
どうにも道らしいモノが見当たらない。一度キャンプ地として使っていたあの池の辺りから流れているであろう筈の小川か何かを探して辿ってみようかとも考えたが、しかしこれもまた難航してしまっていた。
どうやらあの池は地下から湧き上がって来た水が溜まった事で出来上がった場所であるらしく、また水が溢れ返らないのも余剰分が再び地下へと戻っているからであるらしいのだ。
何故それが分かったのかと言えば、それは池の底の方に複数の穴があるのを見つけたからであり、そこから水の流れが隆起しているのを目にしたからである。
「一通り見て回りましたけど、出口らしきモノは見当たりませんねぇ・・・」
「おかしいなぁ・・・本当に出口が無いのか・・・?」
まさに八方塞りと言ってもいい状況ではあるが、しかしその事に私は疑問を覚えていた。
「あの、どうしてフェルヌスさんはそんなに出口が無い事を疑問に思っているんですか?」
「・・・うん?ああ。私が出口があると考えているのは、この窪地の環境が理由なんだ」
一向に窪地の外に出る出口が見つけられない事に、最初私は此処を閉じられた環境なのかもしれないと考えていた。
だがしかし、そうなると一つの矛盾が出て来る。
それはこの森に生息しているであろう筈の魔物達の事だ。
あの池で私が目を覚ました時、この窪地の中にいたのは私と崖の上から落ちて来たアルクの他にも魔物であるオーク達がいた。それも複数だ。その事を思い返せば、この窪地に生き物が全くいないというわけではない事は明らかなのだ。
しかし今日、私がアルクと共にこの窪地の探索を始めてから結構な時間が経っているというのにその魔物に出会う事はただの一度も無く、その気配すらも感じられないでいた。いや、彼等だけではない。野ウサギやリスなどの小動物の姿すらもだ。その事に気付いた私は戸惑いを覚えていた。
「どうします?フェルヌスさん。今日もここで野宿しますか?」
「いや、少し待て。ちょっと確認してみたいことがある」
長い時間探して回っても一向に出口と思われるものが見つからない事に疲れてしまったのか、アルクはキャンプ地にしていたあの池の近くに戻りますか?と尋ねて来た。
それに対して私は「少し待ってほしい」と答えた。実を言うと、今私の頭の中ではこれまでの探索の結果からある一つの予想が思い浮かんできていたからだ。”もしかしたら隠された抜け穴的な道が存在するのかもしれない”という、そんな予想を。
もしそれが正しければ、私達が出口を見つけられないのも、普段この窪地に動物や魔物の姿が無い事にも一通りの説明が付く。
そう考えた私は、アルクと共に周囲に存在すると思われる魔物や動物の痕跡を探し始める。それを見つけることが出来れば、隠された出口を見つける切っ掛けになるかもしれなかったからだ。
「おっ?これは・・・・・・!」
地面を注意深く観察したり、木の幹についた傷などを確認していた私達は、その内に何かの動物の痕跡と思われるモノを見つけた。
それは地面に残された人間の素足に似た形の足跡をしており、大きさ的に子供のそれと同等のだと思えるモノであった。
「あっ!これはゴブリンの足跡ですね!」
私と共にその足跡を見たアルクは、それがゴブリンが地面に残す足跡であると判断したらしく、その言葉に私も同意した。
「ああ、どうやらその様だな。・・・と言うかよく知っているな?」
「森の中などに人間に似た足跡を残すモノは結構限られていて、子供程度の大きさのモノとなれば大抵はゴブリンだという事は有名ですから。それに、実際に何度も見たことがあるので」
アルクのその答えに、私はなるほどと頷いた。
・・・まあ、それと同時に「その年でいったいどれほどの経験を積んで来たのだろうか」と疑問に思ったりもしたのだが。
「このゴブリンの足跡があるという事は、窪地の中を魔物が徘徊していることは間違いない。コイツの出所を追って行けば、隠された出口に辿りつけそうだな」
兎にも角にも、ようやく出口への手がかりを掴んだ事に私は笑みを浮かべる。
その後も、他にも魔物の痕跡がないかとその周辺を探していけば、次から次へと結構な数の痕跡を見つけることが出来た。
「これは、さっきのモノより大きいな。オークかオーガのモノか?」
「こっちの足跡にはコボルトのモノも混ざっていますよ。途中からバラバラの方向に別れていますけど、全部同じ方向から来ているみたいですね」
痕跡を調べていく内に見つけた無数の魔物の足跡が全て同じ方向から来ていることに気付いた私達は、それらの足跡を辿って出所を探すのだが、そこでやはりというべきか、行き止まりである崖の壁に突き当たることとなった。
「うぅ・・・やっぱり行き止まり・・・!」
「・・・・・・ん?・・・いや、どうやらそうでもないみたいだぞ」
「・・・えっ?どういう事ですか、フェルヌスさん?」
崖の壁に行きついてしまったことにガックリと肩を落とすアルクであったが、しかしそこで、私が「上を見ろ」と頭上を指差した。
そこには地面から高さ五m程の場所で、八~十m位は優にありそうな大きさの洞窟がポッカリと口を開けているのが見えた。
「ああ・・・!?あれは、もしかして・・・!」
「おそらく私達が探していた、外に通じる出口だろうな」
「やっぱり・・・!?でも、どうしてさっき回った時には見つけることが出来なかったんでしょうか?」
「どうやら、傍に生えている木々が目隠しの役割を果たしていて、正面や横からは見えないようになっていたらしいな。・・・これは位置的に、真下から見上げないと見つかり辛い形になっていたようだ」
洞窟のある場所を見上げていた私達は、「なんて分かり辛いんだ」と揃って溜め息を吐いた。
「まあ、出口を見つけることは出来たんだ。とりあえずこの崖を上って、あの洞窟に入ってみよう」
「それは良いんですけど、この崖をどうやって上るんですか?僕には登れそうにないんですけど・・・」
そう零しながら洞窟のある場所をアルクは見上げる。
おそらく自身の身体能力ではこの崖を上る事は難しいと判断し、例え登ろうとしても途中で落ちてしまうのがオチだろうとでも考えていたのだろう。少しだけ気分を沈ませる様子を見せていた
「それについては問題ない。ちょっと失礼するぞ、アルク」
「えっ?うわっ・・・!?」
そんなアルクに私は声を掛けながら彼の近くで少ししゃがむと、両腕でその体を抱き上げた。
「フェ、フェルヌスさん!?」
「口を閉じてしっかり捕まっていろよ、アルク。下を噛むからな・・・!―――よっと!」
「い、いったい何を、ぉぉぉおおおっ!?」
アルクを胸元に抱き抱えた私はその場から大きく跳び上がると、崖の壁に存在する大小の出っ張りを足場にピョンピョンピョンと飛び跳ねる様に軽々と崖を駆け登って行く。
そして最後の足場を蹴って高々と跳び上がると、洞窟の入り口前にスタッと着地した。
「はい、到着っと・・・!」
「ふぎゅぅっ!?」
「・・・ん?」
その時、一瞬だがアルクの悲鳴が聞こえた。
どうしたんだ?と思いながら視線を下に向ければ、そこには何時の間にか赤くなっている鼻を押さえている彼の姿があった。
どうやら着地の際に私の胸元に顔をぶつけてしまったらしい。俗に言うラッキースケベ的な展開ではなく、丁度胸当ての部分でゴツンッ!というとても痛そうな音を響かせる感じで。
「・・・・・・大丈夫か、アルク?」
「・・・りゃ、りゃいりょうぶでひゅ・・・!」
私の胸元から下ろされた後、両手で自身の顔面を押さえて蹲るアルク。
そんな彼の姿を見た私は、意図してやった事ではないのだが、それでもまさかそんな事になるとは思っていなかったので、思わず大丈夫かと声を掛けるのであった。
本日分の投稿終了です。
次回からは、一日おきに朝の7時に投稿していきます。