第1章第5話 ~穏やかな朝~
森の中で出会った少年―――アルクと共に、テント内で一夜を過ごしてから翌日の朝。私はテントの前で自分とアルクの分の朝食を作っていた。
「ふんふんふふ~ん・・・♪」
私の今の格好は、昨夜もそうだったが料理の邪魔になりそうな鎧部分を脱いだインナーとアクセサリーのみの姿となっており、また今はそれに加えて黒いエプロンを身に付けた状態であった。
私はテントの中に置いてあったテーブルと椅子を外に運び出した後、テーブルの上にアイテムボックスから取り出した木造のまな板や包丁、料理に必要な各種食材を置いていく。
それは、傍から見れば穏やかでのんびりとしているような光景に見えるのかもしれないが、しかし私が今いる場所がどういう所なのかを知れば、無警戒過ぎないかとツッコミが入れられることだろう。
なにせ私は今、魔物が蔓延る『始まりの森』という名の大森林の、その奥に存在する四方を高い崖に囲まれた窪地の中、中心に近い場所にあったそこそこの大きさの池の近くにいたのだから。
そこは私がこの世界で最初に目を覚ました場所であった。何故その場所に戻って来たのかと言えば、それはアルクをゆっくりと休ませる為であった。
崖の上から落ちた際に負った怪我はポーションによって治す事が出来たものの、しかし流石に失った血までを取り戻す効果はなかった。治療した後も彼の顔色は悪い状態であった為、一度彼を休ませる必要があると判断した私は、丁度池という水辺が近くにあった自身が目覚めたあの場所が一時的な休息場所として最適だと判断し、彼を抱えて運んできたのである。
・・・まあ、それ以外にも落下地点に散らばった彼の血の匂いで、何時魔物とか野生動物が襲ってくるか分からなかったという理由もあったが。
一応池周辺の調査も行っており、その際に危険だと思われる存在はこの近辺には確認されなかった。当然池の水の中にもだ。
ついでに言えば、池の水には毒性その他が無いことも確認していた。《アイテム鑑定》―――〝対象物を詳しく調べる〝という特技を使ったので確かである。
それから池の近くに展開している大型テントについてだが、アレは私が所有している『キャンプセット』という野営を行うために必要な物が一通り揃って入っているアイテムであり、『カオスゲート・オンライン』では町に入れない時の簡易休息所としてプレイヤーに使用されていた代物だ。
この『キャンプセット』には様々な種類が存在しており、現在展開しているのは本来なら十数人規模で使用するタイプのそれなのだが、しかしその内装は私にとって使いやすいように弄られた、所謂改造品であったりする。
「ふふ~んふ~んふふ~ん・・・♪」
私は鼻歌を歌いながら、自身の横で宙に浮かぶ身の丈程もある水の球体へ包丁やまな板等の調理器具を突っ込んでジャブジャブ洗っていく。
なお、この水洗いの為に使用している水の球体だが、実はこれは《アクアボール》という魔技を発動して用意したものである。
本来であれば標準サイズである人の顔位の大きさの水球が現れる筈なのだが、ステータス値が反映されているのと、未だコントロールが上手く行えていないせいもあってか、このような規格外の大きさのモノが現れてしまったのだ。
ステータスをカンストまで上昇させる効果を持つ装備品を外してさえこの大きさなのだから、威力もその大きさに見合ったものであることは明白であり、オークの時の一件を思い返せば軽快に放つ事は躊躇われる。
まあ、今回のように日常生活で使用するのであれば意外と重宝するのだが、しかし戦闘面の事を考えると扱いづらくて仕方がない。
だからと言うか、内心では「後で時間が取れたら威力の調整ができるように練習をしよう」と考えていたり。
「さて・・・それじゃあ最初はコイツからやっていこうか」
調理器具の水洗いを終えた後、それ等を食器拭き用の布巾で軽く拭いてテーブルの隅に置いておく。
次は食材を切り分けていくのだが、最初に手に取ったのは『ムーンベア』と呼ばれる熊型の魔物の肉だ。それをサイコロ状に切っていき、さらに様々な香草を磨り潰して粉状にした物を入れていた木皿に入れて、肉にしっかりと浸透するように揉み込んでいく。
そしてある程度揉み込んだ後に、今度は『キャンプセット』に付属されている『携帯用小型竈』という持ち運び可能な竈で火を通していたフライパンへ投入して焼いていく。
その瞬間、フライパンから「ジューッ!」という肉が焼ける音が響いて、香ばしい良い匂いが辺りに漂い始めた。
それから何度か裏返しつつ、しっかりと肉に熱が通ったのを確認した後、テーブルの上に用意していた二枚の木皿にそれぞれ移していく。
続いて、今度は香草粉と肉の脂が残っているフライパンの中に玉ねぎと人参を細かく切り刻み、砕いた物を入れて炒めていく。
炒めていくうちにそれ等は香草粉と肉の脂と混ざり合い、茶色に変色しながら食欲をそそる独特な匂いを発するようになっていく。
さらにそこへ調味料として鰹節で取った出汁を入れ、醤油を少量ずつ加えて味を整えれば、甘辛い野菜ソースの出来上がりだ。
そしてそれを先ほど木皿に移していたムーンベアの肉へと掛けていき、そこにアクセントとしてみじん切りで細く線状に切ったキャベツも木皿の端に盛っていく。
「よし、これで『ムーンベアのステーキ・野菜ソース掛け』の完成っと・・・!」
腰に手を当てながら、テーブルの上に並べられた完成した二人分の料理を見て満足気に頷いた私は、その他にもパンの入った籠と、この世界に来るより以前に作って仕舞っていたコーンスープの入った鍋をアイテムボックスから取り出して並べていく。
「・・・・・・ん?」
朝食の準備が出来た。そう思って満足気に胸を張っていると、ふと何処からか強い視線が送られている事に気付いた。
いったい何だ?と思いつつ、その視線が感じられた方へと目を向ければ、そこにはテントの入り口である垂れ幕の隙間から、涎を垂らしつつ呆然とこちらを見ているアルクの姿があった。
先程までテントの中のベッドでグッスリと眠っていた彼であったが、おそらく料理の匂いに釣られて起きてきたのだろう。その視線は私に―――というか、私の目の前にある料理に釘付けであり、そのお腹からはグウゥ~と音が鳴っていた。
そんなアルクの姿を見た私は思わず苦笑してしまった。
「そんなところに立っていないで、池で顔でも洗ってからこっちにおいで。それから朝ごはんを一緒に食べよう」
池を指差しつつ笑いを堪えるようにしながら私がそう声を掛けると、ハッ・・・!としたアルクは、恥ずかしそうにしながら急ぎ足で池へと向かって行った。
私はそんな彼の様子を微笑ましそうに目を細めながら見送った後、身に着けていたエプロンを外してアイテムボックスへと仕舞い、テーブルの側に置いてある椅子に座ってアルクが戻ってくるのを待った。
「本当に良い朝だなぁ・・・・・・天気も良いし、空気も美味しい。何よりこの状況で何がありがたいって言えば、食べるものに困らない事なんだよなぁ・・・」
のどかな雰囲気でつい忘れそうになるが、今の私達は現在進行形で遭難中だ。そして遭難中に行うのが難しい事と言えば、それは食べ物や水を食べたり飲んだりする事だ。人知の及ばない自然の中で人が食べられる物や飲み水を確保するのはそう簡単な事ではない。だからこそ、早期に飲用可能な池の水を自分達が確保できたのは運が良かった。
・・・いや、今回の場合はどちらかと言えば都合が良かったと言うべきだろうか?自身が目を覚ました時に水辺が近くにあるだなんて事は、なんとなく出来すぎだとさえ思える。・・・・・・まあ、気にしすぎなのかもしれないが。
ちなみにだが、《アクアボール》のように魔技で水を出せるのだからそれを飲めば良いんじゃないか、と思う者もいるかもしれないが、実はそれは悪手であったりする。
これは『カオスゲート・オンライン』の設定なのだが、魔技で産み出したモノには大なり小なり魔力が含まれており、それを体内に取り込み過ぎると何らかの障害を引き起こす事になるのだ。
なお、何故そんな事を知っているのかといえば、それは『カオスゲート・オンライン』で冒険者として活動している時に、それに関係する依頼に関わったことがあるからだ。
そして、それはこの世界でも同様の事が起こる可能性がある。もしくは、その設定が『カオスゲート・オンライン』から来た私に反映されているかもしれない。
そう考えると、あまり飲まないほうがいいと私は思う。・・・実際、料理の前に試しに飲んでみたが吐き気のようなものを感じて戻してしまったし。
では逆に食べ物に関してはどうかと言えば、実は私はそちらに関してはあまり心配してはいなかった。
何故なら、私のアイテムボックスや倉庫の中には肉や野菜、その他様々な食材が大量に入っていたからである。
そもそも、どうしてそんなに大量の食材が入っていたのかと言えば、その理由は『カオスゲート・オンライン』にあった『空腹システム』というモノが関係していた。
元々『カオスゲート・オンライン』はリアル性を追及している事でも有名なゲームであったのだが、この空腹システムがそれにより拍車を掛けており、空腹状態になると時間経過で最大HPがどんどん減っていき、さらには状態異常にも掛かりやすくなるという仕様となっていた。
それにより、『カオスゲート・オンライン』のプレイヤー達はアイテムボックスの容量を圧迫することになるとしても、空腹状態にならない様にある程度の食料を所持しておく必要があった。
なお、最初このシステムに関してはプレイヤーの多くが「それ必要?」と首を傾げ、過去に一部のプレイヤーが「そのシステムは必要ないんじゃないか」と運営側に意見を言ってみた事もあった。
だが、返ってきたのは「仕様です」という言葉だけであり、システムそのものが無くなることはなかった。
・・・まあ、後に使用される材料や料理の完成度によって様々な付加効果が付与されることが判明したので、そういった声は治まっていったのだが。
また、プレイヤーの中には料理を作る事に拘っていた者達もおり、実を言えば私もその拘っていたプレイヤーの一人であった。
・・・とは言っても、私の場合は効果目的のそれではなく、ただ単に美味しいものを食べたかったからだったのだが。
まあ、そのおかげでこの異常事態の中で不自由なく食事ができるので、入れておいてよかった、と私は料理を作る事に拘っていた過去の自分に感謝した。
「お、お待たせしました、フェルヌスさん・・・!」
つらつらとそんな事を考えているうちにアルクが戻ってきた。
走ってきたからなのか若干息が荒く、頬も薄らと赤くなっている。
・・・まあ、頬の赤みの方は別の理由もありえそうだが、敢えてそれを口に出す事を私はしなかった。
「ハグッ、ハグハグッ・・・!ングッ・・・!はぁぁ・・・!昨日食べた『しちゅー』っていうスープも美味しかったけど、この『こーんすーぷ』もとっても甘くておいしい!それにこのお肉も最高!歯で簡単に噛みきれるくらい柔らかくて、甘かったりしょっぱかったりする味が口いっぱいに広がっていく・・・!こんな美味しい物、村にいた頃にも食べたことないです!」
それから私達は席に座り、一緒に朝食を食べ始めた。
私が用意した朝食を食べながら、まるでテレビのアナウンサーが行う食レポみたいな内容の感想を語っていくアルク。
そんな彼を微笑ましく見ながら、私もまた料理を食べ始める。
「うん、美味しい。美味しいんだけど・・・やっぱりこれ、美味しすぎる気がするな」
ムーンベアのステーキとコーンスープを口にした私は笑みを浮かべ、しかしその内心では首を傾げていた。
昨夜に食べた料理でも感じていた事だが、どうにも自身の作った料理の完成度が高い―――いや、高すぎる気がしていた。
元々料理を作る事に拘っていた事もあって作れる料理のレパートリーは多かったのだが、しかし質そのものは精々家庭料理レベル程度であり、これほどの完成度の品を―――超一流とも思えそうな味の料理を作れる程ではなかった筈だと自身では記憶していた。
しかし、現にそのレベルの料理を自身が作れてしまっている事に、私はどうしてと疑問をより深めていた。
一応、その結果となる理由を二つくらいは思い付いている。
一つは【料理】という技能スキルだ。効果はそのまま分かりやすく、レベルに応じて自らが作った料理の完成度が上昇していくというものであり、また付与される付加効果も強力になっていくというものだ。
もう一つは『カオスゲート・オンライン』のシステムによる五感制限が完全に無くなっている事だ。つまり十全な味覚を得た事で本来の料理の味を認識出来る様になったから、記憶していたものよりも美味しく感じているのでは、というものだ。
とはいえ、それが本当にそうであるかは―――特に後者については確信を持って断言する事が出来なかった。
なにせ自身がリアルで食べていた筈の料理の味を思い出そうとしても、その部分の記憶がポッカリと穴が空いているように思い出す事ができなかったからだ。そんな記憶が穴だらけの状態では、自身の料理の出来を比較することなど難しいと言わざるを得ない。
「あ、あの・・・フェルヌスさん」
「・・・うん?」
そうして自身の作った料理について少し頭を悩ませていた時だった。ふとアルクに声を掛けられたのは。
内心でどうしたんだろう?と思いながらそちらへと視線を向ければ、そこにはコーンスープの入っていた木皿を両手に持ちながら、不安げに私の様子を伺うアルクの姿があった。
「その・・・厚かましいお願いだと分かっているんですけど、おかわりを貰う事は出来るでしょうか?」
「・・・・・・プッ・・・!ア、ハハハッ・・・!そっか。そんなにお腹が空いていたのか!じゃあ、ドンドンよそってあげるからジャンジャン食べるといい!」
上目遣いでこちらを見つめて来る彼のその可愛らしい姿に思わず吹き出してしまった私は、口元に笑みを浮かべながら彼の木皿へコーンスープをよそっていく。
そして、それを受け取ったアルクは嬉しそうな笑みを浮かべながら再びパクパクと食べ始めた。
「(今の段階で色々と考えても答えなんて出ない。なら、一旦考える事は保留にして、今は美味しいご飯を食べる事を楽しむとしよう)」
美味しそうに料理を食べていくアルクの姿を目にした私は、考えに耽っていた事で中断していた自身の食事を再開し、「うん、美味しい!」と舌鼓を打つのであった。
それからしばらくして、朝食を食べ終えた私達はそれぞれの出発の準備を始めていた。
「よいしょっ、と・・・」
料理の邪魔となるので今まで外していた装備品をアイテムボックスから取り出した私は、再びそれを身に着けていく。
所々鮮やかにい薄く発光する紫のラインが走る黒い装甲の鎧が体を動かす度にガチャガチャと音を鳴らし、また空から降り注ぐ太陽の光を反射して鈍く輝く。
キュッと鎧を体に固定させる紐を引っ張ってズレ等がないかの確認を行った私は、それから自身の主武装である『パニッシュメン・トハルバード』を右手に持ち、ブォンと軽く振るって使い心地を確かめる。
「・・・あの、準備が出来ました」
そこへ、テントの入口辺りからアルクの声が聞こえて来た。
そちらへと視線を向ければ、丁度入り口の垂れ幕を捲っていたところであったらしい。そこから姿を現したアルクは、今まで彼が来ていた装備品とは全く違う物を身に纏っていた。
上半身にはどこかふんわりとした印象を覚える白いシャツを身に着け、その上に黒を基調とした色合いの青み掛かった鱗のような物が所々貼り付けられたレザージャケットを羽織り、また両手には黒い革のグローブがはめられているのが見える。
下半身にはジャケットと同じような作りのズボンを履いており、その下の両足にはリアルで言うところのスポーツシューズに近い形の緑と白が入り混じった色合いの靴を履いていた。
それらの装備品を身に着けて来たアルクは、どこか恐縮でもしているような面持ちで私の下へ歩いて来た。
「あ、あの、フェルヌスさん!本当にこんな服を頂いて良かったんですか?」
「ああ。流石に君が元々身に着けていた物はかなりボロボロで使い物にならなくなっていたからな。その代わりとして用意した物だったんだが・・・・・・嫌だったか?」
そう。今彼が身に着けている衣服は私が用意した物であった。
元々アルクが持っていた荷物はとても少なく、所々縫い合わせて修復したようなボロボロの布の服に、これまたボロボロの防具、それから依頼の為に採取した薬草などが入ったカバンと、刃こぼれが目立つナイフが一本くらいしかなかった。
だが、それらの装備品のほとんどは私が彼を発見した時点で既に使い物にならない程に壊れていた。唯一無事だった物と言えばカバンくらいだったが・・・まあ、それも革紐が切れていたりしていたので、ある程度応急修理をしたが。
そんな最早装備品としての体裁を保っていない物では身を守ることは無理だと判断した私は、昔は使っていたが今では使わなくなった自身の装備品をアルクにあげる事にしたのだ。
なお、以下の物が現在アルクが身に纏っている装備品である。
【アウター】:『レザージャケット&パンツ』
『ブルーシャーク』と呼ばれる海の狂暴鮫の鱗と『バーサクウルフ』と呼ばれる狼の皮を使って作られたレザー装備。狂化と混乱に高い耐性を持ち、魔法攻撃を二割軽減する効果を持つ。
【インナー】:『白皇鳥のシャツ』
『ホワイトキングバード』と呼ばれる巨大鳥の皮で作られた白いシャツ。ふんわりと肌触りが良く、とても着心地の良い生地でありながら、その防御力は並大抵の防具を越えている。熱と冷気に対して強い耐性を持っている。
【アーム】:『ブラックミノグローブ』
『ミノタウロス』の変異種である『ブラックミノタウロス』の皮を使って作られた指まで覆うグローブ。頑強で大抵の刃物は通さない優れもの。・・・ただし燃えやすいので火には注意。
【レッグ】:『シルフの靴』
『STA』の消費を軽減する魔法の靴。纏っている風が足の負担を軽減する。
これらの装備品は『カオスゲート・オンライン』で私がまだ中堅クラスの実力者だった頃に使っていた代物であり、また数多くいるプレイヤーの中でも上位に食い込めるくらいに強くなった頃には記念品と言う名の倉庫の肥やしとなっていた代物でもあった。
アルクに似合いそうでもあったので、半ば在庫処分的な気持ち混じりにサイズ調整をして渡したのだが、これがまた予想以上に似合っていた。
「い、いえ・・・別に嫌という訳じゃないんですけど・・・・・・その、こんな高そうな服を僕なんかが頂いちゃって良いのかなって・・・」
ただ、それらの装備品を身に着けたアルク本人はどこか気まずげと言うか、気後れしているような表情を見せていた。
おそらくだが、今まで自身が身に着けていた物とは明らかに品質が違うからであろう。そんな彼の様子を目にした私はクスリと苦笑した。
「良いんだよ。君にあげたその服は色々と思い入れがある物ではあるが、今では使わなくなってずっと仕舞い込んでいた物でもあるからな。むしろ使ってくれた方が私の気持ち的にありがたい。・・・・・・それとも素っ裸のままの方が良かったか?別に私はそれでも構わないが?」
「い、いえいえいえっ!?これで良いです!これが良いです!!素っ裸は勘弁してください!?」
「うむ、分かればよろしい!」
私が意地悪くそう質問すれば、アルクは顔を真っ赤にして「素っ裸はご勘弁を!?」という感じに首を勢いよく横に振った。
それはある種の上下関係が出来ている事が分かる光景であった。
ちなみに、この時点で私はアルクのステータスを確認しており、彼の能力がどれ程なのかを把握していた。
種族名:【人間種:普人族】
名前:【アルク・■■■■■】
性別:男性
年齢:10歳
称号:■■■■、■■■■■、
状態:通常
『HP』:17/17
『MP』:8/8
『SP』:96/96
『STR』:14(50)
『VIT』:23(525)
『AGI』:51(143)
『INT』:11(55)
『MND』:10(322)
『DEX』:35
『LUK』:1(5000)
アルクのステータスは、運動したり戦技などを発動する際にも消費されるスタミナを表す『SP』や俊敏性を表す『AGI』、器用さを表す『DEX』が特に高い構成となっていた。
このようなステータス構成になっているのは、おそらくアルクのこれまで過ごしてきた生活環境によるものが原因だと思われるが、しかしこんなステータスでは精々ゴブリン一匹と戦えるかどうかであり、正直言ってこの程度で魔物が蔓延る森の中に入り込むなんて自殺行為にも等しいという感想を私は抱いていた。
だが、それ以上に私が不思議に思った事は幸運値を表す『LUK』の値であった。これだけが何故かたった一と、異様なほど低かったからだ。
現状はカッコ内の数値が適用されているようだが、しかし私が渡した装備品の中には『LUK』を上下させる効果の物はない。その為、おそらく彼の持つスキルが何かしらの達成条件を満たしたが故にそれが表れているのだと思われるのだが、しかしそれが何なのかは今の私には分からない。
何となく、黒塗りとなっているアルクの称号が関係しているのではないか?とも私は考えたが、現状では詳しく調べる事は難しいと感じたので、この件は一旦後回しにすることにした。
「さて、それじゃあそろそろ出発するとしようか!準備はいいか、アルク?」
「は、はい。大丈夫です!」
思考を切り替えた私は「さあ、出発しよう!」とアルクに声を掛ける。
それに追従するように返事をする彼であったが、しかしその後に不思議そうに首を傾げながら「あれ?そう言えば・・・」と呟いた。
「・・・・・・あの、フェルヌスさん。そういえばこの大きなテントはどうするんですか?」
そう語るアルクの目の前には昨夜自分達が寝泊まりする為に使った大型テントがあり、彼はそれを見上げながら「こんな大きな物、持ち運ぶだけでもかなり大変そうなんですけど」と呟く。
「ああ、それについては問題ないよ。すぐに片付けるから」
そんなアルクの疑問に、私は問題ないと言いながら垂れ幕が掛かっているテントの入り口の、その上にある赤色の正四角形の模様に手を当てる。
それを軽く力を入れて押し込んだ瞬間、正四角形の模様の部分が軽く凹む様に動き、瞬く間に萎むように小さくなっていき、最後には上部に赤色の正四角形の模様が付いた両手で持てる程度の大きさの箱に変化した。
そして、元は大型テントだったその箱を両手で抱えた私は、それを空中に出現させたアイテムボックスの出入り口の穴の中へと放り込んだ。
「・・・・・・え、ええぇ!?」
その光景を目にしたアルクは驚きの声を上げた。
『カオスゲート・オンライン』では当たり前として知られていた、”持ち運び形態”となる『キャンプセット』の機能ではあったが、しかしこの世界の住人である彼からすれば、私が触れた途端に大型テントが見る見るうちに小さくなっていくのは理解不能の現象だったのだろう。
更には、それに加えて突如現れた黒い穴に放り込まれて跡形もなく消えてしまったのも拍車を掛けたのだろう。何が起こったのかよく分からないと言いたげに目を白黒させた彼はどういうことかと私に質問をしてきた。
「フ、フェルヌスさん!今の何!?いったい何をしたんですか!?」
「落ち着け、アルク。君の質問にはちゃんと答えるから」
その行動を半ば予想していた私は彼に落ち着く様に声を掛けながらあらかじめ用意していた説明を始めた。
「まずここにあった大型テントだけど、アレは『キャンプセット』と呼ばれるアイテムなんだ」
「『キャンプセット』?」
私はアルクに『キャンプセット』についての説明を一通り行った。野外でキャンプを行うために必要な物がセットとして一通り揃っている便利グッズである事。基本的に薄茶色い箱の見た目をしているが、使用時にはあの赤色の四角いボタンを押すことで大型テントへと変形する機能がある事などだ。
私の説明を聞いたアルクは、『キャンプセット』がどういうアイテムなのかを完全に理解する事は出来なかった様だが、それでも漠然と”特殊なアイテムである”という事は理解した様子であった。
「う、うぅん・・・な、なんとなく分かったような、分からないような・・・・・・じゃ、じゃあそれを投げ入れた黒い穴はいったい何なんですか?」
続いてアルクが疑問に思ったのは先程『キャンプセット』を仕舞う時に空中に出現させた黒い穴―――アイテムボックスについてであった。
「あの黒い穴は、私の持っているアイテムボックスというモノの入口なんだ」
「あ、あいて・・・何?」
「アイテムボックスな。アイテムボックスと言うのは・・・そうだな、なんて説明すべきか。こう、アイテムをデータに変換して仕舞い込むシステムみたいなもので・・・・・・」
「・・・??で、でーた?しすてむ?」
アイテムボックスとは何か?というアルクの質問に答えようとした私であったが、しかしそこで自分でもよく分かっていないモノを詳しく説明しようとしても難しい事に気付いた。
加えて、そもそもゲームというモノの事前知識を持っていないアルクでは理解する事は出来ないだろうという事も察した私は「あ、これは無理だ」と途中で口を閉じた。
それから、どう説明すれば彼が理解できるだろうか?と頭を悩ませた私は、敢えてファンタジー的な説明をすることにした。
「うーん・・・まあ、とりあえずこれを見て」
「・・・?・・・うえぇ!?ふぇ、フェルヌスさんの腕が黒い穴の中に消えちゃった!?」
「別に腕が消えたわけじゃないんだよ。アイテムボックスという普通じゃ見えない魔法の袋があって、この黒い穴はその入り口なんだ。さっきの箱になったテントも消えたわけじゃなくて、この中に入れただけなんだよ」
実際に見せながらであれば理解しやすいだろうと考えた私は、自身の真横にアイテムボックスの出入口である黒い穴を出現させ、その中に腕を突っ込んで見せながら”アイテムボックスとは、とっても不思議な見えない魔法の袋なのだ”という感じに、あえて暈した説明を行った。
出入口の黒い穴に何度も腕を抜き差ししたり、そこから食べ物などを取り出して見せると、アルクは驚きに目を見張りながら「そんな物があるんだぁ・・・!」と呟いたり、「つまりマジックアイテムという事なんですね!凄いなぁ・・・」と目をキラキラさせて納得する様子を見せていた。
「理解してくれたようで何よりだが・・・なんだろう。こう、純真な子供を騙しているような、そんな感覚を覚えてしまうな」
そんな子供特有の純真さを見せるアルクを目にした私は、ついつい己の胸の内に罪悪感のようなモノを感じてしまうのだが、しかしその後で「延々と理解不能の説明を聞かされるよりはマシだろう」と開き直るのであった。