第1章第4話 ~出会い~
一寸の先すら見えない真っ暗闇の中。その中でアルクは、自分の体がユラユラと漂っている感覚を覚えていた。
自分はどうしてここにいるのだろう?そう疑問に思いながら今に至るまでの経緯を思い出そうとするが、しかし頭の中がどこか薄ぼんやりとしているせいで上手く思い出す事ができない。
困惑し、半ば呆然としながら闇の中を漂っていると、何処かからゴポリッという音が聞こえて来た。
それは水の中で空気の泡が出来る時に出る音に似ていた。その音を耳にしたアルクは何処から聞こえて来た音だろうと思いながら辺りに視線を向け、そこで自身の足元から浮かび上がってくる大きな泡に気付いた。
大きな泡が近づくにつれ、次第に何人もの人間の話し声が聞こえて来るようになった。
誰の声だろうとアルクは首を傾げながら目の前で止まった大きな泡を見ていると、それは薄らとした輝きを放ち始め、何かの映像を映し始めた。
『どうしたの、アルク?ボーッとしちゃって・・・』
『アルク。きちんと食べないと大きくなれんぞ』
その泡の中には、自分をこの世に産み落とし、育ててくれた両親の姿が映っていた。
自身に向かって微笑み掛けて来る二人の姿を見たアルクは、思わず呆然としながら「父さん・・・母さん・・・」と呟く。
『さっさと来なさいよ、アルク!』
『早く遊ぼうぜ!』
再び、ゴポリッ、という音が響く。
次に浮かんできた泡に映っていたのは、村に住んでいた頃に一緒に遊んでいた自身の幼馴染達の姿。その姿を見たアルクは、村の中で彼等と共に追いかけっこをしたり、水辺で釣りなどをして遊んでいた頃を思い出し、その胸に懐かしさを感じ始めてきた。
『おお~い!みんな~!司教様が来てくださったぞぉ!』
アルクが幼馴染たちの姿を見て懐かしさを感じていると次第に泡に映る映像は変わっていき、今度は村の中にある教会で『祝福の儀』と呼ばれる儀式を行う司教の姿と、そしてとある理由で自身の後見人となったある貴族の姿が現れた。
『おお・・・!なんと素晴らしい・・・。この子供は、■■となれる資格を持っているぞ!』
『君がアルク君だね。これから私が君を立派な■■にしてあげよう。さあ、一緒に来なさい』
泡に映し出された光景が、今度は■■の修行のために村を出た頃の光景に変わる。
「そういえば、村を出てから一週間後にあの町に着いたんだっけ」と、アルクはその光景を見ながら自身の記憶を振り返る。
『ようこそ、冒険者ギルドへ。■■の修行の為に来たと事前に聞いてはいるが、一人前になるまではギルドの方針に従ってもらう形になる。精々がんばりなさい』
『・・・へっ!こんなガキが■■だと?冗談言うんじゃねぇよ。精々荷物持ち・・・いや、それすら熟せるかも分からねぇじゃないか!』
ゴポリッ、とまた音が鳴り、泡が浮かび上がる。
その泡の中には、ある町の冒険者ギルドで起きたやり取りの光景が流れており、それを見たアルクは連鎖的に思い出したくなかった記憶を次々と思い出していき、そしてこの後に映し出されるモノを予想して思わず顔を顰めた。
『・・・・・・また依頼を失敗したのかね?よろしい。ならばこれからは君が依頼を失敗するたびに報酬を減らしていこう。もちろん今後の報酬から何割かはこれまでの依頼失敗の補填として徴収させてもらうがね』
『よう、ゴミ屑小僧。お前まだ冒険者をやってんのかよ。テメェみたいな雑魚がどれだけ頑張ったって、■■になんかなれるわけがないだろうが。この似非■■が!』
『・・・我が主より貴方様に伝言です。今後あなたに対する資金援助は一切行わないことに決めたと。少なくとも■■としての功績を示すまでは、我が主は貴方のことを見限るとのことです』
後見人となっていた貴族からも見捨てられ、周囲からも■■として認められることなくバカにされ、見下され、冷遇され、侮辱され、最終的には死すら望まれていた絶望の日々。
その中で自分が冒険者としての報酬を満足に得ることが出来ず、食べられるモノを探してまるで浮浪者のようにゴミを漁ったり、森の中で食べられる野草や木の実を探して彷徨ったりもしていた時の光景が泡の中に現れては消えていく。
『『『『『ギャハハハハッ!』』』』』
そんな■■という名に相応しくない、無様としか言い様のない自分の姿を嘲笑う他の冒険者達。
その光景を目にしたアルクは「どうして自分はこんな場所で、こんな惨めな目に遭いながらも生きようとしていたのだろうか」と、自分自身に対してそう疑問を抱く。
『『『『『ギャハハハハハハハハッ!』』』』』
自問自答している間も聞こえて来る嘲笑う声。それに不快感を感じたアルクは、両手で自分の耳を塞いで聞こえないようにするのだが、しかしそれでも聞こえて来る笑い声に、悔しげに歯を食いしばる。
「うるさい!うるさいっ!?僕だって、僕だって必死に生きていたんだ!!それを笑うな!笑うなよぉ!?」
アルクは両耳を塞ぎながら、泣き、喚き、叫び続けるが、しかし笑い声は止みはしない。
『『『『『ギャハハハハハハハハハハッ!』』』』』
「うわああぁぁぁぁっ!?!?」
アルクはもうこんな笑い声なんて聞きたくないと頭を振り、天を仰いで一際大きな叫び声を上げる。
その瞬間、視線の先に突然目が眩みそうになるほどの大きな光が現れ、彼の体を包み込んでいった。
「・・・うわああぁぁぁぁっ!!?」
そこで僕は目を覚まして飛び起きた。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・ッ?」
荒くなってしまった息を整えようと、吸っては吐いてを繰り返す。
そうしているうちに落ち着きを取り戻した僕は、キョロキョロと辺りを見回した。
「これは、ベッド・・・?どうして僕は、こんな所に寝ているんだ・・・?」
起き上がった拍子に自身の手で握り込んでいた掛け布を目にして、そして自分がベッドで眠っていたことに気付いて呆然とする。
さらに周囲を見回して、そこでようやく自分が大きなテントのような建物の中にいる事に気付いた。
テントの中は少し薄暗く、中央に吊るされているランプのような物が唯一の光源となっている様であり、ランプから零れる緑と白が合わさったような光がテント内を柔らかく照らしている。その下には四角い木のテーブルと四つの木椅子が置かれており、そこから左右に視線を動かせば左端には大きな宝箱の形をした箱が、右端には衣装棚と思われるタンスと簡易的な仕切りカーテンのような物が取り付けられた物干し台が置かれていた。
「確か僕は、魔物に追われて、逃げていて、それから崖下に落ちて怪我を・・・、―――――っ!?」
どうして自分はここに居るのか。その経緯を思い出そうとした僕は、自分が大怪我を負っていた事を思いだし、自分の体を触って確認する。
「折れた腕が治っている・・・?足も・・・?」
自らの体を触って怪我の有無を確認していた僕は、そこで驚きの声を上げた。
記憶が確かなら、自身の右腕は崖下へと落ちた時に折れていた筈だった。しかし、今の状態を見る限りではとてもそうは見えない。掛け布を捲って左足の方も確認してみればそちらも折れておらず、問題なく曲げ伸ばしが出来る状態だった。
何時の間にか身に着けていた自分の持ち物ではない着心地のいい服の裾を捲り、木の枝に貫かれていた筈の脇腹を確認してみても、そこには何も刺さっておらず、まるで初めから傷など負っていないように綺麗な肌をしていた。
「傷も、なくなっている・・・これはいったい・・・?」
そう簡単に治る筈のない重症であると言えた自身の怪我が、目を覚ましてみれば完全に治っている。軽く体を動かしてみても痛みは感じられず、それどころか今まで慢性的に感じていた体の怠さや節々の違和感、更には昔負った筈の古傷まで消え去っていることに驚く。
「・・・・・・あの後、僕にいったい何が起きたんだ?」
経験したことのない不思議な事態に僕は困惑する。
何がどうなっているんだと思いながら首を傾げていると、ふいに自分の耳にバサリという音が聞こえて来た。
何の音だろうと音が聞こえて来た方向へと視線を向ければ、そこには一人の人物が入口と思われる垂れ幕を捲ってテントの中に入ろうとしているところだった。
「・・・・・・・・・」
テントの垂れ幕を捲って中に入って来たのは見た目十代前半くらいの可愛らしく、美しい少女だった。
その少女の姿を見た僕は思わず見惚れてしまった。
体を動かす度にサラリサラリと揺れ、ランプの光を反射してキラキラと輝く銀髪。光の加減で色が濃くなったり薄くなったりして見える、扇情さを感じさせる日に焼けた様な褐色の肌。可愛らしいと言える顔立ちでありながら、前髪の隙間から覗かせる少し吊り上がった目元がどこか勝気そうな印象を感じ、こちらをまっすぐと見つめる紫色の瞳からは意志の強さを感じさせる。
首元には銀色のリングを付け、その下は肌にピッタリと張り付いていた白い布が少女の体を覆い、体のラインを浮き彫りにさせていた。また、両手足も同じ生地と思われる白い布に包まれていて、二の腕の辺りと太腿辺りにある銀色のリングで留められているのが分かった。
彼女の頭へと視線を向ければ、そこには獣武種の特徴である銀色の獣耳があり、ピコピコと動くそれが彼女の可愛らしさをより助長させている様に思えた。
この時点で少女が獣武種の女性だと思った僕は、しかし続いて視界に入った彼女の尻尾を見て内心困惑した。ユラユラと彼女の背後で揺れている尻尾は毛で覆われておらず、その見た目はどちらかと言えば鎧等から感じられるような硬質感が感じられたからだ。
さらに尾先に鋭い刃物のような突起が付いているのを目にしたことで、彼女は本当に獣武種なのかと疑問に思った。
「(・・・・・・綺麗な人だな)」
だがしかし、その歪さもまた彼女の魅力を引き出しているようだと僕は感じた。
その小柄な容姿はまるでおとぎ話に出てくるような妖精みたいであり、同時に人を堕落へと導く悪魔の様にも感じられて、僕は無意識の内に頬を赤く染めた。
「む?・・・よかった。目が覚めたんだな」
少女は僕が目を覚ましたことに気付くと、嬉しそうな笑顔を見せながら安堵の息を零した。
「眩暈はしないか?吐き気は?・・・あ、いや、そもそも言葉は通じているのだろうか?」
「・・・え、えっと。はい、大丈夫です言葉は通じています。眩暈とか吐き気とかも感じてないです・・・!」
「そうか!それなら良かった」
目の前に現れた少女に僕が見入っていると、彼女は「どこか体に異常はないか」と心配げに声を掛けてきた。
その問いに大丈夫だと答えると、彼女は再び嬉しそうに微笑み、その笑顔を目にした僕は自身の胸の内が何か暖かいモノに満たされていくような感覚を覚えた。
・・・・・・ただ、言葉が通じるのかという問いについては意味が分からなくて首を傾げてしまったが。
「まあとりあえず、お互いに一息ついてから、それぞれの事情を確認することにしようか」
少女はそう言うとこちらに向かって手招きを行い、テントの真ん中に置いてあったテーブル席に僕を誘った。
それに戸惑いながらも、僕は彼女に促されるままにテーブルの傍に置かれていた椅子に腰掛ける。
そんな僕の様子を見た少女は満足げに頷くと、「ちょっと待っていろ。持ってくる物があるから」と言いながら一度テントの外に出て行き、そしてそう時間を経てずに再びテント内に戻って来た。
その両手にパンが入った籠やスープが入った鍋などの料理が乗せられたお盆を持ってだ。
「晩御飯用に作っていた物だ。お腹が減っていては落ち着くものも落ち着かないだろう」
「・・・・・・・・・」
彼女はそう言いながら僕の目の前に料理をコトリと置いていく。
それを目にした僕は無意識にゴクリと喉を鳴らし、目の前の料理に視線が釘付けとなった。
テーブルの中心に置かれたふんわりと甘い匂いを放つパンが入った籠。その横に置かれている鍋の中には濃厚な、しかしどこか優しそうな甘い匂いを漂わせている白いスープが入っており、それが掬われてトプトプと木皿へと注がれる光景が、僕にはとてもキラキラと輝いている様に見えた。
「さあ、一緒に食べようか」
「・・・えっと・・・・・・」
少女はテーブルの上に料理を全て並べ終えた後、僕の向かい側にある椅子に座り、一緒にご飯を食べようと声を掛けてきた。
だけど僕はその誘いに対し、どのような反応をすれば良いのか分からなくて困ってしまった。
彼女の行動がおそらく善意から来るモノであるということはなんとなく分かっていた。だが見ず知らずの、それこそ出会ったばかりの人物に対してこうも親切にされると、これまでの自分の経験則から何か裏があるのではないかとつい疑ってしまい、嬉しさよりも警戒心が先に出てきて手を出す事を躊躇ってしまったのだ。
・・・・・・まあ、自身の視線は目の前に並べられた料理に釘付けの状態となっていたのだが。
食欲と言う名の本能が、この美味しそうな料理を思う存分味わいたいと訴えてくる。涎が溢れ出てくるのを感じて思わずゴクリと喉を鳴らした。
「・・・ッ!」
「どうした?食べないのか?」
「いや、えっと、その・・・・・・」
「何か嫌いな物でもあったか?」
「いえ、そういうわけじゃ・・・・・!?」
警戒心と本能の板挟みの状態となって一向に料理に手を出そうとしない僕の姿を見て、不思議そうに首を傾げつつ少女の表情が少しずつ曇っていく。
それを目にした僕は、思わず否定の言葉を出そうとしたのだが、その瞬間自身のお腹から「グウゥゥ~」という大きな音が鳴った。
それはここしばらくまともな物を食べていなかった事で自分の意思とは関係なく鳴ってしまった腹の虫の音であった。
「ううぅ・・・・・・」
「なんだ、やっぱりお腹が空いていたんだな。大丈夫、君も食べていいんだ。元々その為に用意したんだから」
僕は自身のお腹を押さえて恥ずかしそうに俯く。
そんな僕の姿を見た少女は、苦笑を浮かべながら再び僕に料理を勧めてきた。
「え、えっとそれじゃ・・・頂きます」
最終的に警戒心よりも食欲が勝ってしまった僕は、それを切っ掛けに目の前の料理に手を伸ばした。
恥ずかしげに頬を赤く染めながら木皿の横に置いてあった木のスプーンを手に持ち、スープを一掬いして口に含む。
「・・・!?お、おいしい!!」
スープを口に入れた途端、僕は口の中一杯に広がる優しい甘さと、言葉では表現できない濃厚な味を感じて思わず大きな声が出してしまった。
それからはもう一心不乱にスープを口の中に掻き込み続け、自分自身でも驚くような速さで木皿に入っていたスープを完食してみせた。
「ふふ、気に入ってもらえて何よりだ。まだシチューのお代わりはあるからよそってあげよう」
少女はそう言ながら空っぽになった僕の木皿を手に取ると、テーブルの端に置いてあった鍋の蓋を開け、そこからお代わり分のスープをよそう。
あの中に先ほど食べたシチューというスープが大量に入っているのだろうと思った僕は、思わずゴクリと喉を鳴らした。
ついでに言えば自身のお腹も「まだまだ入るぞ」と自己主張するようにグゥ~と鳴るのを感じていた。
「はい、お代わりだ。それとスープだけでなくパンも食べるといい」
少女はそう言いながらスープの入った木皿を置き、その横にパンが乗せられた木皿を置く。
僕は再びシチューを食べる前に、彼女の言う通りにパンにも手を伸ばしてみた。
そして触ってみて驚いた。その感触が自分の知るどのパンよりもとても柔らかく感じられたからだ。
村にいた頃に食べていたパンは全然柔らかくなどなく、スープに浸すなどしないと硬すぎて噛み千切れない代物だったが、このパンは指先で簡単に千切れるし、軽く歯で噛むだけで簡単に噛み千切れる。また味も最高で、噛む度にほのかな甘みすら感じられていた。
「ハグッ、ハグング!ンム!ンッグ!?~~~ッ!?・・・プハァ・・・!ハグ、アグ!」
それ以降も僕は、一心不乱にパンとスープをお腹いっぱいになるまで食べ続けた。次第にそのお腹はポッコリと膨れ、ここ数年ずっと感じることの無かった満腹感を覚えた僕は満足げな笑みを浮かべた。
「も、もう、お腹一杯・・・!」
死に瀕していた筈の自分の目の前に美しい少女が現れ、美味しい食事をお腹一杯食べさせてくれるという状況に、僕は今自分がいる場所が到底現実とは思えなかった。
まるでおとぎ話にでも聞くような天国にいるようだと、そう思ったのだった。
食事を終えてしばらくした後、僕達は今更ながらにお互いの自己紹介を行った。
「では改めて。私の名前はフェルヌスという」
「ぼ、僕の名前はアルクと言います。お礼を言うのが遅くなりましたが、助けてくれてありがとうございます。フェルヌスさん」
椅子から立ち上がった僕は、目の前にいる少女―――フェルヌスさんに深々と頭を下げる。
それに対してフェルヌスさんはクスリと苦笑すると、片手を軽く上げて「気にしなくていい」と言いたげに横に振った。
「ふふっ・・・どういたしまして、だ。ほら、そんなに畏まらないで、椅子に座ってゆっくりするといい。そのままじゃ話がし辛いからな」
「あ・・・はい」
フェルヌスさんはそう言うと僕に椅子に座る事を促してきた。
僕は促されるままに椅子に座り、そしてその後で此処はいったい何処で、貴女は何者なのかと彼女に問い掛けた。
「あの、フェルヌスさん。ここはいったい何処なのか教えていただけますか?どうもテントの中にいるという事は分かるんですけど・・・それと、貴女が何者であるかも」
「いいぞ。順序立てて説明しよう」
僕の問い掛けにフェルヌスさんはそう言って頷くと、まずは自分についてと、そして僕を見つけるまでの経緯を話してくれた。
まず、フェルヌスさんは自身の事を僕と同じ冒険者だと語った。話を聞くに、これまで彼女は色々な土地を冒険したり、強敵と戦う日々を送っていたのだそうだ。
そんなフェルヌスさんがどうしてこの森にいるのかについてだが・・・どうも彼女自身もよく分かっていないらしい。
フェルヌスさんがこの森に来る前は依頼を一つ終わらせて町の中を散策していた時であったらしく、事故なのか、それとも故意なのかまでは不明だが、周囲を真っ白に染め上げるほどの光が瞬いた瞬間、気付いたら森の中で目を覚ましていたそうだ。
そんな訳の分からない事態に途方に暮れつつ、とりあえず人里へ向かおうと森の中の探索を始めようとした時に、崖の上から落ちて怪我をしていた僕を見つけたのだそうだ。そしてその時に、手持ちのポーションで僕が負っていた怪我を治してくれたらしい。
「ポ、ポーションを・・・!?えっと、その、ありがとうございます・・・!」
その話を聞いた僕は彼女にお礼の言葉を言うのだが、しかしその内心では素直に感謝し、喜ぶことはできなかった。
「・・・・・・でも、ごめんなさい。僕にはそのポーションの代金をお支払いするお金を持っていないんです」
それはポーションという物がとても高価な薬品であったからだ。
ポーションというアイテムは一言に言ってもその効果は品質によって異なっている。色と透明度によって品質が異なり、白くて不透明な白濁とした物を低品質とし、そこから段階的に緑、青と色が変わり、色合いが赤くなり透明度が高くなっていくと高品質とされている。
低品質の物であれば精々掠り傷を治す程度だが、高品質の物ならば骨折等の怪我を治す事など造作もなく、最高品質の物に至っては欠損した肉体の部位すらも再生させる効果を持っているらしい。
故にその値段は低品質の物であってもそれなりに高く、一番高い品質のものであれば一本で国家予算の半分もの値段がつけられたという話も噂で聞いた事がある程。
そして自身が負っていた大怪我を治す程の物となれば、それは必然的に高品質のポーションだ。その価値がどれ程のものなのかを知っている身からすれば、「そんな高価な物を僕に・・・!?」と驚きと戦慄の感情しか湧き上がらない。
「(低品質の物でさえ今の僕の懐事情ではどれだけ財布を逆さまに振ったとしても払う事なんて出来ないのに、それ以上の物だなんて無理だ・・・!?どうしよう・・・こうなったら奴隷商に身売りでもするしか・・・・・・いや、ダメだ。たぶん僕の価値はそう高くない。せいぜい端金程度だ。そんなんじゃ到底足りるわけがない・・・!)」
僕は顔色を青褪めさせながら、自身に使われたポーションの代金をどうすれば支払う事ができるだろうかと頭を悩ませた。
一瞬奴隷商に身売りでもすればとも考えたが、しかしすぐに自分にそれほどの価値はないだろうと首を横に振った。元農民の子供の冒険者の値段なんて高が知れているからだ。
「別にお金が欲しくて助けた訳じゃないから、無理に返そうとしなくても構わないんだが?」
「・・・え?・・・えぇ!?だ、だってポーションなんですよ!?」
次第に「どうしよう・・・!?」と顔を俯かせ、頭を抱えていく僕だったが、しかしその悩みはフェルヌスさんから発せられた言葉によって「そんな馬鹿な!?」という驚きに変わった。
この世界においてのポーションの価値とは、手元に一つあるだけで一財産に匹敵する物だ。中には『命の対価』とも呼んで扱う者もいる程で、相応の対価を払えなければ例え殺されたとしても文句を言えないのがこの世界の常識なのだ。
だというのに、フェルヌスさんは対価なんて求めていないと言う。そんな事を言うのはかなりの変わり者か、もしくは考えなしの馬鹿くらいなものだが、しかし目の前の彼女はそうは見えない。
ならば何故?と僕が首を傾げていると、フェルヌスさんはおもむろに立ち上がり、近くにあるテント内に置かれていた宝箱へと向かった。
「そもそもあの程度のポーションなんて私は腐るほど持っているし、それに材料さえあれば自分で調合することも出来るからな。その気になればいつでも作れるんだ」
フェルヌスさんはそう言うと、テント内に置かれていた宝箱の中から「ほら、この通り。まだまだ沢山あるから」と言いながら複数のポーションを取り出して見せた。
それを目にした僕は「嘘、でしょ・・・!?」と驚愕し、あんぐりと口を大きく開けた。まさかそんな理由で対価を求めないなんて全く予想していなかったからだ。
しかも彼女が手に持っているポーション瓶の中身をよく見れば、その中にあったのは透き通るような透明度の高い赤い液体。いっそ美しささえ感じられるその液体の赤い色合いと透明度に、話しに聞いただけで実物を見た事がなかった最高品質と呼ばれているポーションではないかと思った。
同時に、それを無造作に且つ雑に扱うフェルヌスさんの姿を見た僕は心の底から震えあがった。
「ひ、ヒィィイイイ!?ちょっ!?ま、待って待って待って待って!?」
「うん?何をそんなにビクついているんだ?」
「だ、だって、僕の知るポーションの知識が正しかったら、フェルヌスさんの持っているそれは最高品質のポーションじゃないですか!?それ一個だけでも相当な値段になるんですよ!?」
「最高品質?これが・・・?」
僕の言葉を聞いたフェルヌスさんは何故か首を傾げて見せた。その反応はまるで、今自分の手に持っているポーションが最高品質の物ではないとでも言いたげなそれだ。
その様子を目にした僕は「何故そんな反応を・・・!?」と驚きと共に疑問を覚えたりしたが、しかしそれよりも先に自身の心の安定を優先しようと考えて、フェルヌスさんに「お願いですからそのポーションを早く仕舞ってください・・・!!」と頼み込んだ。
「・・・ふむ。まあ、いいか。分かったよ」
「ほっ・・・!」
不思議そうに首を傾げていたフェルヌスさんであったが、どうやら僕の頼みを聞き入れてくれたらしい。彼女はその手に持っている複数のポーションを、僕の目の前で元々入っていた宝箱の中へと戻してくれた。
「さて、話を変えるが。今度は君の事情を話してくれないかな?どうして幼い子供である君が、こんな危険な森の中で大怪我を負う事になったのか。その訳を、な?」
「は、はい。分かりました」
ポーション騒動?の一件が終わった後、僕はフェルヌスさんとの話を再開した。
フェルヌスさんからの問い掛けに僕は頷いて、どうして自分がこの森にいたのかを話し始めた。
自分は『エプーア』と呼ばれる町に所属する冒険者であり、『始まりの森』と呼ばれるこの森に来たのは冒険者ギルドから薬草採取の依頼を受けたからである事。その際に複数のゴブリン達に出くわしてしまって必死になって逃げ隠れしていたが、最終的には切り立った崖へと追い詰められてしまった事。そして、その時偶然現れたより強大な力を持つ魔物がゴブリン達を襲い始め、その戦闘の余波で自分がいた崖の一部が崩れて崖下へと落ちてしまった事など、これまでの経緯を話した。
「・・・なるほどな、冒険者ギルドの依頼を受けてか。だが、それでも君のような子供が一人でこんな場所に来るなんて危険にも程がある。薬草というと・・・たぶん『治癒草』の事なんだろう?であれば、森の外にも群生している所がある筈だ。アレは結構何処にでも生える薬草だからな。そこで採ろうとは思わなかったのか?」
僕の話を聞いたフェルヌスさんは、呆れたような、少し怒っている様な口調でそう言う。声音から、なんとなくだが僕の事を心配して言っているのではないだろうか。
ちなみに『治癒草』についてだが、名前の通り傷を治す効果のある薬草であり、これを食べたり患部に当てたりすると負傷した部分が治るのだ。また、この『治癒草』は生命力がとても強く、荒地だろうがなんだろうが比較的何処にでも生えていて、実際『始まりの森』の外にもその群生地はある。
・・・・・・いや、正確にはあったと言う方が今は正しいだろう。だからこそ僕はこの森に―――『始まりの森』の中に入ろうと思ったのだから。
「え~と、その・・・・・・最初はフェルヌスさんの言う通り、最初は森の外で薬草を採取しようとしていました。だけど、そうする事が出来なかったんです」
僕は一瞬言い淀んだ後で、どうして自身が森の中に入ったのかの理由を話し始めた。
事の始まりは、フェルヌスさんにも言ったように冒険者ギルドで薬草採取の依頼を受けた事から始まる。・・・ただし、その採取する目的の薬草はそん所其処らに生えているただの治癒草ではなく、『始まりの森』にだけ自生している”特別な治癒草”だった。
『始まりの森』に自生する治癒草は普通の治癒草よりも効果が高いことで有名であり、また商人達の間ではそれなりの高値で取引されている代物でもあった。
・・・が、しかし『始まりの森』には多種多様且つ大量の魔物が生息している為、戦う力を持たない者では採取することは難しい。だからこそ商人達は高額の報酬を出す事を条件に依頼と言う形で冒険者ギルドへと薬草採取を頼んでおり、そして僕もまたその報酬を目当てに依頼を受けたのだ。
だが、僕は別に考えなしにこの依頼を受けたわけではなかった。何故なら、件の治癒草が『始まりの森』の端と草原の境界線辺りにも自生している事を知っていたからだ。
最初はそこでなら安全に薬草採取をする事が出来るだろうと思っていた。・・・・・・のだがしかし、そこで思いもよらない誤算が生じてしまった。
自身が目的の場所へと着いた時には、その境界線に生えていた筈の治癒草が既に何者かによって根こそぎ刈り取られていたのだ。
しかも最悪だったのはその刈り取り方で、治癒草があったと思われる場所が根っこごと掘り返され、更にはその地面が多数の足跡によって踏み固められていたのだ。
治癒草は強い生命力持っている為、採取方法が多少拙かったとしても根っこが欠片だけでも地面に残っていれば大抵一日か二日で再び地面から生えてくる。・・・がしかし、流石に土壌となる地面が滅茶苦茶に掘り返され、更には踏み固められてしまえば、幾ら生命力の強い治癒草と言えど再び生えて来るというのは難しくなり、最悪そのまま地面の中で根腐れを起こして枯れてしまう。
そうなってしまえば、新しい治癒草の根を植えるなどをしない限りは、その場所にはもう二度と薬草が生えてくることはない。
治癒草について基本的な知識を持っていれば起こりない、まずありえない事態に、最初は「いったい誰がこんな馬鹿げた真似を・・・っ!?」と思ったが、しかしその時の僕には犯人捜しを行う余裕など無かった。
なにせ、僕が知っている境界線の理輸送の群生地はその場所だけ。一応境界線となる所はその場所以外にもあるのだが、しかしその場所以外は水辺や沼地ばかり。土壌がしっかりしていない所では治癒草生えてこないので、その条件が満たされていない場所を探す意味などありはしなかった。
このままでは依頼を達成する事が出来ない。そう思った僕は打開策になりそうな事を考えに考え抜き―――最終的にある一つの結論に至った。
―――『始まりの森』に入ろう、と。
そもそも、自身が採取しようとしていた治癒草は『始まりの森』の中に自生している代物であり、境界線にあった群生地はそのおこぼれと言えるモノであった。
・・・であれば、『始まりの森』の中には当然、境界線の群生地とは比べ物にならない程の沢山の治癒草が自生している筈であり、そこでなら目的の物を手に入れることが出来る筈だと、その時の僕は思ったのだ。
だが、それが言う程簡単な事ではないという事も分かっていた。なにせ先に話していた通り、『始まりの森』には多種多様且つ大量の魔物が生息しているのだ。森の中で人を―――それも子供を見掛けようものなら、即座に襲い掛かって腹の足しにしてしまう事だろう。そうなれば一巻の終わりだ。
しかし、だからといって立ち止まっていても状況が変わるなんてことはない。それにこの依頼をどうしても達成しなければならない理由があった僕には、最早これ以外での方法を思いつく事が出来なかった。
そうして覚悟を決めて『始まりの森』の中に入ったわけなのだが、しかしそこで運が悪いと言うか間が悪いと言うか、入って早々に目的であった薬草を見つけることが出来たものの、同時に森の中を歩いていたゴブリン達にも遭遇してしまい、命がけの鬼ごっこをする羽目になってしまったのである。
「・・・・・・なるほど、そういうことか。・・・だが繰り返し言うが、君の様な五、六歳程の小さな子供が魔物が蔓延る森に入るだなんて無謀が過ぎるぞ」
どうして僕が『始まりの森』に入ったのかのその理由を聞いたフェルヌスさんは、「まったく・・・」と溜め息を吐きながらそう言った。その声音には先程の様な怒りは感じられず、どこか呆れと同情のようなものが感じられた。
・・・のだがしかし、フェルヌスさんの言葉の中で訂正しなければいけない部分がある事に気付いた僕は「あの・・・」と彼女に声を掛けた。
「・・・あの、僕はそんなに幼くないんですけど」
「むっ?」
「勘違いしているみたいだから言いますけど、僕の年齢は五、六歳じゃなくて、十歳です」
「え?・・・・・・嘘ぉ!?」
僕の年齢が十歳であるという事を聞いたフェルヌスさんは目を剥き、驚きの声を上げた。どうやら彼女には僕が十歳には見えなかったらしい。
・・・まあ、僕自身、自分の体が歳の割に小さいという事は理解しているので無理もないとは思うのだけれど。
「十歳?嘘だろう?こんなに小さいのに・・・・・・」
「あ、あはははは・・・ちょっとした事情があって、あんまりご飯を食べれてなくって・・・・・・」
呆然といった感じに呟くフェルヌスさんに、僕は自身の頬を指で掻きながらそう答える。
「・・・こう言うと失礼になるかもしれないが、もしかして君は孤児なのか?それで食べ物を手に入れるのが難しいとか、そういう・・・・・・」
「へ?い、いえいえ、僕は孤児ではないですよ!ちゃんと両親は健在です!生きてます!・・・・・・まあ、二人がいるのはエプーアの町では無くて、故郷の村なので一緒には暮らしていないんですけど・・・」
その後で彼女は、僕が孤児なのではないか?と聞いて来たが、僕はそれを否定した。
そう、僕の家族はちゃんと生きているのだ。しばらく顔を合わせてはいないが、おそらく今も故郷の村で畑を耕したりして暮らしているだろう。
そうフェルヌスさんに伝えると、彼女は「そうか」と呟いた後でまるで思考を切り替えるかのように一度息を吐き出した。
「ふぅ・・・まあ、君の事情は分かった。それで?君はこの後どうするつもりなんだ?」
「えっと、そのことなんですけど。ゴブリンに追いかけられる前に目的だった薬草を回収することは出来たので、これを届けるためにエプーアの町に戻るつもりです」
僕に今後はどうするつもりなのかとフェルヌスさんが尋ねてきた。
その問いに対する僕の答えは、一度エプーアの町に戻るというものだった。
どうしてそう答えたのかと言えば、それは僕が受けた薬草採取の依頼の納期が理由だ。今回僕が受けた依頼は受注してから一週間以内に依頼品を納品すれば達成したとされるのだが、しかし期日を過ぎてしまった場合には失敗扱いとなり、ペナルティが与えられるのだ。
最悪の場合は冒険者ギルドからの追放と出禁を言い渡され、二度と冒険者になる事が出来なくなる。
「依頼を受けたのが今日なので、あと六日以内に戻って納品すれば期日までには間に合います。だけど一つ問題がありまして・・・・・・」
僕はそう言うと、ベッドの下に置いてあった自分のカバンを持って来て、その中に入っていた紐でまとめられた草の束を取り出した。
「これがその納品する薬草なんですけど、これは一度摘み取ってしまうと、三日後には枯れてしまって薬草としては使いものにならなくなってしまうんです。他に薬草を見つけられるかも分からないですし・・・なので、出来るなら三日以内に町に戻りたいと思っているんですけど・・・・・・」
『始まりの森』の治癒草は普通の治癒草に比べて効果が高い分、使い物にならなくなるのも早い。普通の治癒草が採取してから二週間くらいは持つところを、『始まりの森』の治癒草は三日で枯れて効果を失ってしまうのだ。
だからこそ出来るだけ早くエプーアの町に戻りたいと口にしたのだが、そこでフェルヌスさんは「待った」と声を掛けて来た。
「戻るとは言うが、こんなモンスターが蔓延っている森の中を一人で無事に帰れると思っているのか?戦う力を持っていない君だけでは、町に戻る途中で魔物に発見されて、そのまま奴らの餌食になる可能性の方が高いぞ?それに、どうやら私達が今いるこの場所は四方を高い崖に囲まれた窪地のような所であるらしくてな。そこから君の言う冒険者ギルドがあるエプーアの町という所に行く為には、おそらくその崖を登れる道を探す事から始めないといけないだろう。・・・ハッキリ言わせてもらうが、君一人だけでこの森から出るなんてことは、私には不可能だとしか思えないんだが」
「うっ・・・!?」
フェルヌスさんに呆れと心配混じりの声音でそう言われた僕は、呻くだけでそれに反論する事が出来なかった。
内心では分かっていたのだ。もしまた魔物と遭遇してしまえば、彼女の言う通りに戦う力を持たない自分だけでは即座に挽き肉にされて食べられてしまうのがオチだということを。
例の悪運が働く可能性も考えてはみたものの、所詮悪運は悪運。九死に一生を得ることは出来るだろうが、五体満足で且つ依頼を達成出来るかという事については確信を持って頷けない。
「うぅ・・・!?そ、それは、その・・・!」
「・・・ふむ。じゃあ、こうしよう。私と一緒に行動しないか?」
「・・・・・・え?」
思わず黙り込んでしまった僕を見たフェルヌスさんは「やれやれ・・・」と溜息を一つ零しながら僕にある提案をしてきた。
「どうも君は一人で行動することを前提に考えているようだが、こんな危険な森の中に君一人を放り出すのは寝覚めが悪いし、何よりせっかく助けたのにすぐ死なれてしまっては助けた意味がないからな」
テーブルに頬杖を着き、僕のことを見つめながらフェルヌスさんはそう言った。
彼女の話を聞いた僕は驚き、何故そんな提案をするのかと狼狽えた。
「で、でも、これ以上迷惑を掛けるわけには・・・!そ、それに、冒険者の間では暗黙の了解で助けてくれた相手には謝礼金を払う必要があります。だけど、さっきも言いましたけど僕はあまりお金を持っていないんです。ポーションを使って僕の体を治してくれた事もありますし、それ以上のことを求めるなんて・・・・・・」
「あのなぁ・・・誰が子供から金を巻き上げるなんてバカみたいなことをするか。・・・そもそも私としては、君がいなければ困ってしまう立場なのだが?」
「えっと、それはどういう・・・?」
「はぁ・・・」と溜息を吐きながらそう言う彼女の言葉に思い当たる節が無かった僕は、どういうことだろう?と首を傾げた。
「最初に君に話した通り、今の私は右も左も分からない迷子の状態。見覚えもなく、現在地も分からない森の中で、行き先も分からないまま行動するのと案内人に誘導されていくのとでは、どちらが安全だと思う?」
「えっと、案内人がいた方が迷うことはないと思いますが・・・」
僕の答えに、フェルヌスさんは「だろう?」と頷く。
「今の私達は森の中で迷子、つまりは遭難状態にある。なので、最優先となるのはこの森を出ることなわけなんだが、私はこの辺りの地理に疎いから森を出たとしても町に着くことなく迷い続けてしまう確率の方が高い。だけど君は違う。君は森を出た後の町へと向かう道を知っているだろう?だから私には君が必要なんだよ」
「・・・えーと・・・・・・」
全く誇れないことだというのに何故かわざわざ胸を張って言うフェルヌスさんの姿に、僕は困った様な表情を浮かべながらどうしようかと考えていた。
確かに彼女と共に行動すれば、自分一人で行動するよりも安全に森の中を抜けられる可能性の方が高いだろう。しかし、僕はその提案に乗ることに躊躇していた。
その理由は、自身が被ることになるデメリットが未知数だったからだ。
今まで僕が出会ってきた冒険者達は、その大半が乱暴者ばかりであった。僕の事を馬鹿にし、見下して、道具の様に扱ったりしてくることが多く、彼等と関わった事による良い思い出なんて僕には一つも無かった。
合同で依頼を受ければ僕のことを散々に扱き使うくせに、「お前の失敗のせいで報酬額が下がったんだから、お前に渡す分け前は無い!」と言って達成報酬の殆どを自分達の懐に入れる者や、依頼品を冒険者ギルドに納品しようとした時に「お前の邪魔が入ったせいで以来の報酬が下がっただろうが・・・!その分をお前の持つ金で払え!」とぶん殴って来て、その依頼品を奪い取って自分の成果として提出する者もいた。
更には依頼された物の採取を行っている所に複数の魔物に追いかけられた状態でやって来て、その魔物を僕に押し付けて逃げて行った、なんてこともあったりした。・・・その時はなんとか逃げ切ることができたが、一歩間違えれば死んでいたことは間違いないだろうと今でも思う。
それ等の事は今でも自身の心にトラウマとして刻まれており、その胸中に深い影を落としていた。そして、それらの事を思い出した僕は、そこでふとある考えが脳裏に浮かんだ。
「もしかしたら彼女も、あの冒険者達の様に何かあった時に自分を囮にして、その間に一人だけ逃げるつもりではないだろうか・・・?」と。
怪我を負っていた僕を助けてくれて、更には美味しい食べ物も与えてくれたフェルヌスさんの事を、僕は命の恩人だと思っているし、当然その事に対する感謝の気持ちもあった。・・・だが、これまでの自身の経験則から来る不安と疑いが、彼女もまた自身が知る乱暴者の冒険者達と同じ様な事をするのではないかと思ってしまうのだ。
一度そう考えてしまうと、中々その考えを払拭することができなかった。しかし、だからといってフェルヌスさんの提案を断るという選択肢もまた持ち合わせていなかった。
彼女が言っていたように、自分一人だけでは町に辿り着く前に魔物達に殺される可能性が高いという事を、僕自身よく分かっていたからだ。
「・・・分かりました。よろしくお願いします。フェルヌスさん」
結局僕は彼女の提案に乗ることにした。例え裏切られるリスクがあったとしても、彼女と共に行動した方が生き残れる可能性が高かったからだ。
「ああ、こちらこそよろしく。森から出た後の案内は任せたぞ」
僕の返事を受けたフェルヌスさんは、笑みを浮かべながら握手をしようと右手を差し伸ばして来る。
それを見た僕は同じように自身の右手を伸ばし、その手を握り返した。
「ええ、任せておいて下さい、フェルヌスさん」
その手を握りながら彼女に笑みを見せた僕だったが、しかしその心の内では浮かべている表情とは全く逆の事を考えていた。
「(・・・だけど、もしも貴女が裏切るような事があれば、その時は・・・・・・)」
利用出来るものは何でも利用して生き残る。
そんな打算と腹黒ささえ感じさせる覚悟を胸に抱いたまま、僕はそれを一切表に出すことなく笑みを浮かべ続けた。
「それじゃあ、明日に備えて今日はもう休もう。アルクもさっきまで自分が寝ていたベッドで寝るといい」
「分かりました。でも、フェルヌスさんは何処で寝るんですか?ここにあるベッドは一つしかないようですけど・・・」
握りあっていた手を互いに離した後、フェルヌスさんは僕に休む様に進めて来る。
それに頷こうとした僕だったが、しかしふとそこでフェルヌスさんは何処で寝るつもりなのだろうかと思い、彼女に問い掛けてみた。
「問題ない。私はソファで休ませてもらうから、気にしないでベッドで寝るといい。・・・というか病み上がりなんだから遠慮せずにベッドで寝なさい」
フェルヌスさんは「子供且つ怪我人なのだから!」と、幼子にメッ!とするような感じで僕をベッドへと寝かせようとする。
そんな彼女の対応に、内心で警戒心と気恥ずかしさの様な気持ちを感じながらも無理に拒否して今後の関係性に罅を入れるよりはと考えた僕は、彼女に勧められるがままにベッドに横になろうとした。
・・・が、そこで冒険者であれば当然のすべき事を思い出した僕はその事を彼女に質問した。
「あの、こんな森の中で野営をするのであれば夜間の警戒も必要ですよね?交代する時は起こしてください。戦うことは出来ませんけど、魔物が来たら知らせることくらいは出来るので・・・・・・」
普通、冒険者が野営をしようとする時は夜間の襲撃を警戒して一人、もしくは複数人の見張りを交代しながら立てる。その事を冒険者である僕も当然その事を知っていたし、このまま何もしないでいるというのも何となく後味が悪かったので、それくらいはしようと思ったのだ。
・・・・・・まあ他にも、裏切られてしまった場合に備えてすぐ動ける様に、というのも提案しようと思った理由の一つなのだが。
しかしそんな僕の提案にフェルヌスさんは、必要ないと言いたげに自身の顔の前で片手を横に振った。
「いらん、いらん。このテントは並大抵のモンスターの攻撃じゃあビクともしないし、一応モンスター避けの魔技を敷いてあるから、少なくても朝までは奴らは襲ってこないよ」
「えっ!?フェルヌスさん、魔技が使えたんですか・・・?獣武種なのに?」
フェルヌスさんが魔技を使えるという事を知った僕は驚いた。何故なら自身が知る限り獣武種という種族は、強靭な肉体を持ち、身体能力に優れてはいるが、その反面魔法関係は苦手としており、その為か彼等の中で魔技を覚えようとする者はまずいないからだ。
「私にも色々とあるからな。―――というか、とっとと寝る!後の質問はまた明日。今はしっかりと体を休めなさい」
「何時までも寝ないようであれば、睡眠魔法を食らわせるけど?」と言いながら薄ら笑いを浮かべるフェルヌスさん。
流石にそんなものを食らったら堪らないと思った僕は「ヒェッ・・・!?」と小さな悲鳴を上げながら急いでベッドに横になり、体の上に掛け布を掛けた。
それを見たフェルヌスさんは「やっと寝る気になったか」と苦笑した後、近くにあったソファへに横になり、先に宝箱から取り出していた布で体を包んで寝始めた。
「(・・・あ、可愛い)」
ソファに横になって目を瞑るフェルヌスさんの姿を掛け布の隙間から覗いていた僕は、穏やかな表情で寝息を立て始める彼女の可愛らしい顔を見て思わず見惚れた。
その後目覚めた当初は気付けなかったベッドの柔らかさに心地良さを感じ始めた僕は、急激に襲い掛かって来た眠気に抗う事が出来ずに瞼をゆっくりと閉じて行き、そして深い眠りへ落ちていくのであった。