第1章第3話 ~始まりは目覚めから・・・ 後編~
唐突に聞こえて来たガサリという草が擦れる音。それを耳にした私は一歩踏み出そうとした足を止め、耳を澄まして周囲の音を拾う事に意識を集中した。
「これは、草の擦れる音、か・・・?あちらから聞こえてくるみたいだが・・・・・・」
微かな音を捉えようと自身の頭頂部にある獣耳が音が聞こえた方向へと向けられる。
ほぼ同時に視線をそちらへと向ければ、そこには乱立する木々の間を縫う様に大股で闊歩する緑色の巨体の姿があった。
「・・・っ!・・・あれは、もしかして魔物か?」
その生物の姿に見覚えがあった私は驚いたように息を飲んだ。
豚に似た突き出た鼻に、垂れ下がったように付いている頭の耳。そして筋肉質な短い手足と、歩く度に揺れる大きな腹。
それは自身が持つ知識が正しければ、『カオスゲート・オンライン』でもよく見かけていた『オーク』という魔物種なのではないかと。
『オーク』とは『カオスゲート・オンライン』では最初期の頃から登場していた、知能は低いが相手の強弱に関係なく慎重な戦い方を好み、その堅実さから初心者プレイヤーの間では一人前の登竜門とも呼ばれていた有名な魔物種であった。
また、様々な場所に広範囲で生息している魔物種でもあり、同じファンタジーで有名どころのゴブリンと合わせて姿を現すことも多く、素早しっこい動きをするゴブリンに翻弄されている間にその隙を強靭な筋力を持つオークに突かれて一発KOされてしまう、というのが『カオスゲート・オンライン』を始めたばかりのプレイヤーの大半が通る通過儀礼だった。
そのオークが自身の視線の先におり、突き出た鼻をフゴフゴと鳴らしている。あちこちに視線を向けているのは、獲物でも探しているのだろうか?辺りを見回そうとしてグルリと首を巡らしたオークは、不意にこちらの方へと視線を向けた。
「・・・・・・ブヒィ!」
「・・・ッ!?」
私の姿を視界に捉えたオークはニタリと笑う。
それは探していた獲物が見つかったと言わんばかりの表情であった。
「ブヒィ、ブヒィアッ!」
自身の進行上に存在していた木々を邪魔だと言わんばかりに薙ぎ倒しながら、私の方へと接近してくるオーク。
そして私の目の前にまで近寄って来ると、腰に巻いている皮の腰巻に挟めていた太めの棍棒を抜き取り、それをこちらに向かって振り下ろして来た。
「くっ・・・!?まさか、問答無用で襲ってくるとはな・・・・・・!」
私は自身に向かって振り下ろされる棍棒を後ろに跳び退く事で回避するが、しかしその表情は驚きに染まっていた。
何故なら、目の前にいるオークの戦い方からは有名であった慎重さと堅実さがまるで感じられず、まるで考えなしに、力任せに攻撃を繰り出している様にしか見えなかったからだ。
「ブッヒィ!ブヒィィッ!」
「・・・!」
手に持つ棍棒を縦に横にと振り回すオーク。
ブォン、ブォォン!といった風切り音を鳴り響かせるその連続攻撃は、常人であれば一発当たるだけでも即死するのは間違いない威力があった。
だがその攻撃を、私は次々と回避していく。
初めは驚きによって動きが鈍く、避ける動作も結構もたついていたが、しかし何度もオークの攻撃を避けていくうちに己の意識が戦闘に適したそれへと移行していくのを感じていた。
そして冷静に物事を判断できるようにもなっていき、そのおかげでオークの攻撃を段々と余裕を持って躱せるようにもなっていった。
その動きはまるで体に羽でも生えたかの様な軽やかなものであり、ステップを踏む様は傍から見れば踊りを踊っているかの様に見えた事だろう。
「(この感じ・・・もしかしてステータスが反映されているのか?)」
私はオークの攻撃を躱し続けながら、どうして自分がそんな動きが出来るのかを考え、そしてある事に思い至った。
それは自身が作り育てたキャラである『フェルヌス・クディア』が持つ高いステータスが自身の身体能力に影響を与えているのではないかというものだ。
私こと『フェルヌス・クディア』の平均ステータスは約五万。更には装備の効果によってカンストしている。
対して、目の前にいるオークのステータスは自身よりも遥かに低く、一番高くて二桁台までしかない。
ちなみに、何故オークのステータスが分かったのかと言えば、それは攻撃を回避している最中に 《ステータス鑑定》―――”対象のステータスを確認する”という特技を発動してオークのステータスを確認していたからだ。
種族名:【魔物種:フォレストオーク】
名前:【―――】
性別:男性
状態:通常
『HP』:115/120
『MP』:31/31
『SP』:67/85
『STR』:58
『VIT』:52
『AGI』:24
『INT』:5
『MND』:6
『DEX』:15
『LUK』:5
これが目の前にいるオークのステータスであり、実を言えばその数値は自身の知識にある『カオスゲート・オンライン』のオークと殆ど同じであったりする。
そして、それ程までにステータスに差があるのであればオークの動きがゆっくりに見えるのは当然であり、どころか今では完全に止まっている様にすら私には見えていた。
「これは・・・慣れた感覚だな・・・・・・この際だ。コイツでちょっと技を試してみるか」
回避という動作を繰り返す事によって、自身の動きが『カオスゲート・オンライン』をプレイしていた頃のそれと変わりない事を再確認した私は、どこか安心感の様なモノを覚えた。
同時に目の前のオークを的代わりに自身が習得している戦技を試してみようと考えた私は、両足を前後に軽く開き、右拳をグッと握る。
「《パワーブロー》ッ!」
そして技の名前を口にした瞬間、自身の体から赤雷の如く迸る赤いエネルギー―――『SP』を変換して生み出される気が現れた。
それは自身の右腕へと移動し、握り込んだ右拳へと包み込む様に纏われていく。
私が今発動した技は《パワーブロー》という戦技であり、『カオスゲート・オンライン』ではゲーム開始時から取得している【徒手空拳】というスキルによって初めから習得している、”対象に向かって気を纏った拳を突き出す”という単純な技だ。
この世界でも戦技は問題なく発動出来る。そう理解した私は、そのまま目の前で棍棒を振り上げた体勢のオークに向かって気が纏われた拳を突き出した。
「プギィァ・・・・・・!?」
その結果は難しく考えるまでもなく明らかであった。
私の拳がオークの体に触れるか触れないか程度にまで近づいた瞬間、オークの体はまるで膨張し過ぎて割れる風船の様に突然パンッ!と爆発四散した。
「うわぁ・・・」
拳を振り抜いた体勢のまま、まるでスローモーションのようにオークの体だったものが飛び散っていく光景を目にした私は思わず頬を引き攣らせた。
自身の感覚的には、チョンッといった感じに軽く触れた程度だったのだが・・・しかしたったそれだけだったとしても、どうやらオークの体は私の攻撃の威力に耐え切れなかったらしい。
さらに言えばこの時、私が意図していなかった予想外の事態もまた同時進行で起こっていた。
驚くべき事に爆散したオークの背後に存在していた木々の多くが、私の放った 《パワーブロー》の余波を受けて粉微塵になりながら吹き飛んでいったのである。
「・・・・・・はっ?・・・え、なんで?」
その光景を目にした私は思わず呆けた様な声を出してしまった。
最初は直接攻撃を受けていない筈の木々がどうしてそうなったのかと困惑していたが、しかしそのすぐ後で、「いや、良く考えてみればこうなる事はある意味当然だったか」と気付いた。
私が放った 《パワーブロー》という戦技は、最初から習得している技という事もあってその威力は当然の様に高くない。だがそれを、装備品の効果によってステータスがバカみたいに高くなっている自身が放とうものなら、当然その威力は凄まじいものへと変わることになる。
であれば、オークの肉体では受け止めきれなかった技の余波が、その後ろにあった木々を砕きながら吹き飛ばしていくのも別段不思議ではないと言えた。
「これは、危ないな・・・下手に好き勝手に暴れたら周囲への被害が半端ないものになる・・・」
技を放ち終えた後で体勢を整えた私は、自身の拳に目を向けながら思わずそう呟く。
ガサッ・・・!
「・・・・・・ん?」
その時、ふと己の視界の端で何かが複数動いているのが目に入った。
そちらへと視線を向けるのと、その複数の何かが森の中から姿を現すのはほぼ同時であった。
「・・・・・・ィ、ブヒブヒィッ!」
「・・・ブヒッ、ブッヒィ!?」
「ブヒャァァ・・・・・・!?」
現れたのは、慌てふためいているように感じられる鳴き声を発する三匹のオークであった。緑色の体色から考えるに、どうやら先程爆散させたオークと同じフォレストオークの様であるらしい。先頭に立っているオークが部下と思われる背後のオークに向かって「ブッヒャァアアアッ!!」と喚き散らしながら指示を出している様子を見るに、おそらく彼等は徒党を組んで行動しているものと思われる。
そしておそらくだが、先程自身が対峙していたオークは彼等から逸れてしまった個体だったのではないかと私は推測した。
「・・・・・・ブヒッ?ブヒッ、プギャギャッ!」
「ブフゥ?」
「ブヒィア!ブヒィブヒィ!」
そんなことを私が考えている間にオーク達はこちらの存在に気付いたようで、鬨の声のような鳴き声を発しながらこちらに向かって突撃してきた。
「おいおい・・・・・・」
そのあまりにも考えなしの特攻に思わず呆れの声が出てしまった。「あの慎重が取り柄だったオークはどこに行った・・・?」と。
「一々相手にするのも面倒だし、丁度良い機会だから戦技だけじゃなく魔技の方も試してみるか・・・」
複数でやって来るオーク達を相手にすることに面倒臭さを感じた私は、まだ試していなかった魔技を使ってみようと考えた。
正直、先程の《パワーブロー》の件もあって内心では使う事に躊躇う気持ちもあった。だが、何時か何処かで使わなければならなくなる事も考えれば試せる内に試した方がいい。そう判断した私は、一瞬躊躇した後に魔技を発動する事を決め、詠唱を始めた。
「”炎よ。弾となりて、我が敵を撃て”!」
属性は火。
弾は一発。
使うのは威力そのものは最弱でありながらも一番扱いやすい技であり、《パワーブロー》と同じく【火属性魔法】というスキルの中で一番最初に覚える事が出来る魔技だ。
【無詠唱】―――”魔技の発動に必要な詠唱を全て省略し、技名を言わなくても魔技が発動可能になるが、その代り『MP』消費が二倍になる”という任意発動型スキルを持つ私ならば別に詠唱しないでも発動する事ができるのだが、今回は試しという事でわざわざ詠唱を行う事にした。
「《ファイアーボール》ッ!・・・・・・えっ!?」
片手を頭上に伸ばしながら魔技を発動する。その瞬間、私の体から炎の様に噴出する海の色よりも深い色合いの青いエネルギー―――『MP』を変換して生み出される魔力が立ち上り、それが伸ばした腕を経由して掌の先に収束し、物理現象へと変換され、直径二メートル級の赤い火球となった。
「な、なにこの大きさ・・・!?」
自身の予想では『カオスゲート・オンライン』で何度も目にした掌に収まる程度の大きさの 《ファイアーボール》が現れると思っていた。だがしかし、実際に出現したのはそれよりも何倍も大きい火球であり、それを目にした私は思わず驚きの声を上げた。
しかも、その 《ファイアーボール》が放つ熱はまさに灼熱の業火と言っても過言ではないものがあり、その熱によって自身の周囲に存在していた草木などは一瞬の内に燃え上がり、灰と化していた。
ついでに言えば、こちらに向かって突撃して来ようとしていたオーク達もその光景を目にして驚きを顕わにし、必死になって自分達の足に急ブレーキを掛けて止まろうとしていた。
「と、とりあえず・・・そりゃ!」
このまま頭上に掲げていてもどうしようもないと思った私は、当初の予定通りに 《ファイアーボール》そのままオーク達に向けて投げる様に放った。
放たれた 《ファイアーボール》はその動きに沿う様に周囲の空間をその業火で熱しつつ、轟音を発しながらオーク達に向かって飛んで行く。
「「「ブ、ブヒィィイイイイイッ!?!?」」」
「・・・え?」
そして着弾した瞬間、大きな地響きと共に巨大な火柱が現れた。
着弾地点を中心として出現したそれは半径十mの範囲を瞬く間に飲み込んでいき、そして当然と言うべきか、そんな威力の 《ファイアーボール》を放った当人である私もまたその範囲内に入っていた為、巨大な火柱が立ち昇る光景を目にした時には、既に自身もそれに飲まれてしまっていた。
それから数秒の間、巨大な火柱は何もかもを燃やし尽くす勢いで立ち昇っていたが、その後には先程までの勢いが嘘の様に治まり、最後には風に吹かれる様にして鎮火していった。
跡に残されていたのは、赤熱して溶岩化した大地と多少の煤が付いてはいるものの無傷の状態で立っていた私だけであり、着弾地点にいた筈のオーク達はその存在を証明する痕跡すら一切残すことなく焼失していた。
「ケホッ・・・!ケホッ・・・!―――なに、これ?」
咳き込みつつ、自身の放った 《ファイアーボール》が起こした結果を見た私は思わず呆然とし、同時に「・・・これはヤバいな」と内心で戦慄していた。
「おかしい・・・《ファイアーボール》は、数ある魔技の中でも下級のそれだった筈・・・だけど、先程の威力と効果範囲を見る限りではとてもそうは思えない。どちらかと言えば、より上位の技に近いように思える」
しかし、自身が放ったのは確かに《ファイアーボール》であった。であれば、考えられることは一つ。これも最初のはぐれ個体のオークとの戦闘でも確認されていた、ステータス情報の反映がなされた結果というやつなのだろう。
「これは考えなしに上位の技を使おうものなら、攻撃の余波で周囲を無差別に破壊してしまう可能性が高いな・・・・・・」
それを察した私はタラリと冷や汗を流す。
出力調整が可能であれば大丈夫なのだろうが、しかし自分はこの地に来てからそう時間が経っていない状態だ。思い立った所ですぐにそれが出来るわけがない。下手をしたら―――というか下手をしなくても、先程の《ファイアーボール》の時の二の舞になることは想像に難くないだろう。
「うーん・・・調整が出来るようになるまで魔技の使用は避けるべきか・・・?」
「自分の技に自分が巻き込まれるとか、滑稽すぎるな・・・」と疲れた様な溜め息を吐きながら私は天を仰ぐ。
そうして青く広がる大空を眺めていた時だった。唐突に、ガコォン!という音が周囲に響き渡ったのは。
「な、なんだ!?」
続けてヒュゥゥーン!という何かが落ちて来る様な音が響いてくる。
その音を自身の獣耳で捉えた私は、いったい何処から聞こえて来るのだろうと思い、音の発生源を探して周囲に視線を巡らせた。
そしてそれが自身の背後にある切り立った崖から聞こえて来ているのだと理解した私は、そちらへと視線を向け―――驚愕した。
なんと、崖上から巨大な岩がこちらに向かって落ちてこようとしていたのだ。
「な、なぁっ!?」
それを目にした私は驚きつつも、反射的にその場から大きく跳んで回避する。
タイミング的には間一髪だったのだろう。次の瞬間には、先程まで自身がいた場所に巨大な岩が大きな衝撃音を響かせながら落石した。
「あ、危なかったぁ・・・!」
その光景を目にした私は己の背筋に大量の冷や汗が流れるのを感じ、驚きで高鳴る心臓を押さえようと胸に手を当てた。
「どうして上から岩が・・・?」
半ば呆然としつつ、崖の上から落ちて来た巨大な岩を見ながら私はそう呟く。
いったい何故と思いながら首を傾げていると、そこへ再びヒュゥゥーン!と何かが落ちて来る様な音が聞こえて来た。
「・・・ん?・・・ま、まさか!?」
「まさかの第二陣か・・・!?」と思った私は再度の落石を警戒し、確認の為にもう一度頭上を見上げた。
「・・・・・・・・・・・ぁぁぁ」
「・・・・・・ん?」
「・・・・・・ぁぁぁぁぁあああああーーーッ!?!?」
「・・・・・・・えぇっ!?」
しかし、私が目にしたモノは落石ではなかった。細かな所は遠すぎて良く分からなかったが、そのシルエットと聞こえて来る声からして、それが”人”であるという事に私は気付いた。
「ぁぁぁああああーーーっ!?うわぁぁあああーーーっ!?」
「っ!?しまった・・・!」
人が落ちて来るという予想外の光景に思わず呆然と見てしまっていたが、その人影が近くの木々の間に落ちて姿を消したのを見て正気を取り戻した私は、急いでその人影が落ちた場所へと向かう。
落ちて来た人物の安否を確認する為というのもあったが、同時にその落ちて来た人物から何かしらの情報を手に入れられるかもしれないと思ったからだ。
かの人物が落ちた所は自身のいる場所からそう遠くはなかった。数分もせずにその場所に辿り着く事が出来た私は、草木を掻き分けた先でその件の落ちてきた人物が全身傷だらけの状態で倒れているのを見つけ―――そして、その容姿を確認して思わず絶句した。
「・・・これは!な、なんで子供がこんな所に・・・・・・!?」
地面に倒れ伏していたのは、驚くべきことに見た目が十歳にも満たない金髪の子供であったのだ。それを理解した私は思わず息を飲み、目を見開いて固まってしまう。
「・・・う、うぅ・・・・・・」
「・・・ッ!待っていろ、今助けてやるからな・・・!」
だが、その状態でいたのは倒れ伏している子供が呻き声を発するまでであった。
その声を耳にした途端、ハッと正気を取り戻した私は、急いで重傷を負っている子供の下へと駆け寄り、その容体を確認していく。
「右腕と左足が捻じれるように折れている。出血が多いのは木の枝が刺さっている腹と体中の小さな切り傷が原因か・・・!」
子供が負っている怪我の具合を確認した私は、チッ・・・!と舌打ちをする。その後で子供の体に突き刺さり、貫通して背中側に飛び出ている木の枝を手甲の爪でスパッと切り落として短くした後、その体をゆっくりと仰向けにした。
子供は意識が無い様子であり、どうやら先程発せられた呻き声も痛みによって無意識に出たものであったらしい。
「治療にはポーションを使うべきだろうな。今の力を上手く調整できない私が回復系の技を使えばどんな結果を及ぼす事になるか分からないし・・・」
種族的な問題で回復系の魔技を使う事は出来ない私だが、しかしそれは魔技に限った話であり、それ以外の回復系の技については問題なく扱える。
だがしかし、今の力を上手く調整できない自分がそれを行えばどんな事態が起こるか分からない。下手をしたら回復するのではなく、逆に悪化してしまうかもしれない。
その可能性を考えた私は、敢えて回復アイテムであるポーションを使う事にした。
宙に黒い穴が出来るイメージをしてアイテムボックスの出入口を開き、そこに片手を突っ込む。そして物を掴んだ感触を覚えて引き抜けば、その手には一本の透き通るような透明度の赤い液体が入った小瓶―――ポーションが存在していた。
「治療する前に、まずはこの枝を抜かないとな。回復ポーションの効果が発動しても、これが刺さっている部分は治らないからな」
私は自身が手に持つポーションを一度地面に置くと、子供の腹部に突き刺さっている木の枝を途中で折らないように気を付けながら引き抜く。そしてすぐさまポーションを子供に飲ませようとしたのだが、しかしそこで問題が生じた。
子供の意識が戻っていない為、ポーションを飲ませる事が出来なかったのだ。
ポーションはその仕様上肉体に掛けるだけでも効果は発揮されるが、しかしそれはポーション液が掛かった表面的な傷に対してのみにであり、内臓的な部分にまでは発揮されない。内臓部分の損傷に関しては直接ポーションを体内に取り込む必要があり、その方法は幾つか存在するが一番手っ取り早いのはポーション液を飲む事だ。
しかし、現在の少年には意識がないので自力で飲み込む事は難しい。無理に飲ませようとしても、下手をすれば逆に喉に詰まらせて窒息させてしまう可能性の方が高いだろう。
「・・・・・・となれば、残る手段は一つだな」
緊急措置であり人命救助の為と判断した私は、一度自分の口にポーション液を含んだ後、両手で子供の頭を押さえて固定して自身と子供の唇を重ねた。
「・・・んぅ・・・んん・・・・・・」
「う、むぅ・・・・・・・・・ゴクッ・・・」
そして口移しで子供にポーション液を飲ませていく。
ポーション液を口内に流し込まれた子供は最初は苦しそうにしていたが、次第にゆっくりとポーションを飲み込み始めた。
「ふぅ・・・よし、なんとか飲め・・・!?」
子供がポーション液を飲み込んだ事を確認した私は触れていた唇を離す。
その瞬間、ポーションの効果が発揮されて子供が負っていた怪我はどんどんと治り始めていった。・・・・・・のだがしかし、その光景を目にした私は思わず驚きと恐怖を感じてドン引きしてしまった。
まるで逆再生されるような感じで折れていた手足が元に戻り、全身に負っていた傷がグチュグチュと音を立てながら治っていくその様が、ある意味ホラーに感じられたからだ。
「ふぅ・・・呼吸も安定し始めた。山場は超えたかな」
私は先程目にした光景に戦慄しつつも、ポーションの効果で一分もしないうちに完全に怪我が治った子供の体を見てホッと安堵の息を零す。
そして場が落ち着いて余裕が出来たことで、私の中にはようやく一つの疑問が浮かんできた。
「しかし、どうしてこんな所に子供がいるんだ?」
状況が状況であったので今まで後回しにしていたが、魔物種が生息している危険な森の中に子供が一人でいるというのは普通に考えてもおかしな話だ。
それに、この子供の着ている服装もおかしかった。一目見ただけでは血や土などで汚れていたので判別が難しかったが、実際に触ってみると多少固い感触が感じられる。
その感触と形状から考えるに、おそらくは胸当て鎧の類ではないかと思われるが、しかしその状態は酷くボロボロでとても防具としての活躍が期待できる程の品ではない。
折れていない方の手足には、手甲のような物や足当てのような物も確認できたが、こちらも胸当て鎧と同様にボロボロで、体に固定するためと思われる紐も何時千切れてもおかしくない状態であった。
「色々と情報を聞きたいところだけど体が治ったばかりだし、それに今は眠ってしまっているしな。無理に起こさない方が良いか。・・・それにこの子の血の匂いで何時魔物とか野生動物が襲ってくるか分からないし、一度この場を離れるべきだろうな」
子供の状態を一通り確認した私はそう独り言ちながら子供の体を横抱きにして抱え上げると、安全だと思われる場所を探して歩き始めた。
「とりあえずは、そうだな・・・私が目覚めた、あのそこそこの大きさの池がある広場に行くか。あそこならスペースもあるし、休む場所を作ることも出来るだろう」
その後で私は、とりあえず自身が目を覚ましたあの場所なら休むのに丁度良いだろうと判断して、子供を抱え上げながら森の中を歩いていくのであった。