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第1章第1話 ~始まりの森~

8/26に主人公の一部デザインを変更し、文章表現を書き直しました。

2020年2/7に一部文章の構成を修正しました。

2020年5/13に文章の一部を修正しました。

2021年7/20にサブタイトルの変更と内容の大幅変更と修正を行いました。

2023年8/22に文章内容の大幅修正を行いました。




 始まりは、何だったのだろうか。

 この世に産まれ落ちた時だろうか?

 それとも、初めて名前を付けられた時だろうか?

 はたまた、己が己であると認識出来るようになった時だろうか?

 どれがそうかは今になっても分かりはしないが、それでもこの言葉だけは覚えている。

 『我思う故に我あり』。

 簡単に意味を説明すると、「自分は本当に存在しないのではないか?」と疑い、「自分はなぜここにあるのか」と考える事自体が、自分が存在する証明であるというもの。

 表現方法こそ違えど、色んな本等で出てくる事がある言葉であり、娯楽作品とかでも一つのテーマとして挙げられるそれ。

 初めてその言葉を知ったときにはよく理解出来なかったものだが、後にこの言葉が重要な意味を持つようになるとは、当時は欠片も思ってはいなかった。

 『我思う故に我あり』。

 それはある意味、真実を表す言葉なのだろう。








「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・!?」


 深い深い森の中、一人の少年が何度も荒い息を吐きながら木に寄り掛かって座り込んでいた。

 少年の名は『アルク』。今年で十歳になる一人の冒険者である。

 『冒険者』とは、冒険それ自体の為に危険な試みに敢えて挑戦する者達の総称であるが・・・・・・ここで言う冒険者は、護衛や用心棒、害獣の駆除、危険地帯への対策等々の様々な依頼を受けて、金銭などの報酬を得る者達の事である。

 そして、彼が今いる場所は『始まりの森』と呼ばれる大森林だ。沢山の動植物と無尽蔵と思える程の数多くの実りが存在している場所であり、その森に彼がいるのは、冒険者としてとある依頼を受けたからだ。

 しかし、この森の中に存在しているのはそれだけではなかった。


「ギィッ!ギギィッ!!」


「ギィギィギィッ!!」


「・・・ッ!!」


 それは『魔物』と呼ばれる存在であった。

 少年がいる世界を作り出した創造神が人々に試練の為に与えたとも、もしくは邪神が世界を征服するために生み出したとも言われている彼らは、種族ごと、個体ごとにその強さが変動し、一定していないことが特徴の生物だ。

 弱肉強食が掟の自然界の中で生きる生物の中でも酷く好戦的な存在が多い種族でもあり、基本的に自分達より弱い存在―――特に人間には積極的に襲い掛かって来る傾向がある。

 彼等がこの森の中で自分達より弱い存在を―――人間を見つけようものなら、獲物と見て即座に襲い掛かって来ることだろう。

 ・・・そして現に今、アルクが陥っている状況がまさにそれであった。

 彼は森の中を探索中に魔物達に見つかり、襲い掛かられ、しかしなんとか逃がれて大木の陰に身を隠していたのである。


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・!」


 アルクは荒い呼吸を繰り返す。

 汗で濡れた短い金髪が額や頬に張り付き、エメラルドグリーンの瞳は焦点が何処かおぼろげで、頬のこけた幼い顔は恐怖からかその色を真っ青に染めている。

 その短い手足は疲労と緊張でプルプルと震えており、必死になってその震えを落ち着かせようとしてか、彼は何度も縫い合わされた跡が目立つボロボロの皮の胸当てを身に着けた自身の体を己が両手で抱きしめていた。

 だが、そんな状態でもアルクは周囲への警戒をやめはしなかった。

 それは何故かと言えば、自らの命を脅かすであろう存在(魔物)が何時現れるのか気が気でなかったからだ。


「―――ッ!?」


 微かな音であっても拾おうと、自信の聴覚に意識を集中させるアルク。

 ・・・その時だった。ガサリッ・・・!という音を耳にしたのは。


「・・・ッ!」


 それは草や葉が何かと擦れることによって生じる音であった。

 アルクはビクリと体を震わせながらも、音が聞こえた方向へと視線を向ける。

 ・・・が、そこには何もいない。一瞬気のせいかなと思ったアルクだったが、しかしそのすぐ後に反対の方向から、ガサリッ・・・!という音が聞こえて来たことで、気のせいではなかったことを悟る。

 それだけではない。他にも右かと思ったら左。前かと思ったら後ろ。時には別々の方向から同時に、といった感じに様々な方向から次々と草の擦れる音が連続して響いていた。

 そんな状況の中で、アルクは周囲を警戒しながらも今か今かと意識を集中させていた。

 座り込んでいた体勢から両足の裏を地面に着けて、何時でも動き出せる体勢となる。

 そして、今まで鳴り響いていた音が唐突に止んで静かになったと思った次の瞬間、周囲の草むらから四つの影が飛び出して来た。


「「「「ギギャァァアアアアッ!!」」」」


「・・・くっ!?はっ!」


 木陰に隠れているアルクに向かって真上から襲い掛かろうとする四つの影。

 ・・・だがしかし、その襲撃は失敗した。アルクが四つの影が姿を現すと同時に前に飛び出して回避したからだ。

 四つの影の魔の手から逃れたアルクは地面に着地しながら肩越しに後ろへと振り向く。

 そこには人間の子供程度の大きさの、緑色の肌を持った人型の生物がいた。

 彼等は『ゴブリン』という魔物であり、この世界に幅広く、そして数多く生息しており、同時に魔物という種の中では最弱の地位に位置している存在だ。

 彼等一匹一匹の実力は、精々が成人した人間程度ではあるが、しかし彼等ゴブリンは様々な武器や道具を使ったり、罠を用意するなどの多少の知恵を持ち合わせてもいる。

 何より一番恐ろしいのは、ゴブリンは個ではなく群で戦う魔物であるという点だ。人間同様の集団戦法を用いる彼等は、時として自分達よりも強い存在を―――各上の存在を倒して見せる事もある為、例え最弱の地位に位置する魔物であっても油断は出来ない。


「「「「ギギギギギッ!」」」」


「くそっ!」


 そんなゴブリン達の奇襲を何とか回避したアルクは、すぐにその場から離れようと走り出す。

 そしてその背中を、当然とでも言うかの様にゴブリン達も追いかける。


「「「「ギギギッ!ギギギギギギッ!!」」」」


 彼らゴブリンにとって人間と言う存在は、自分達の腹を満たすための(えさ)であり、同時にその雌は繁殖のための道具という認識だ。

 故に、捕まってしまった後の末路を想像するのはそう難しい事ではなく、だからこそアルクは、ただただ死にたくない一心で走り続けていた。


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!?」


 木々の合間を縫うように走り、時には木の幹を蹴って跳び上がったり、枝に飛び乗りながら移動する等をしてゴブリン達の隙を突き、彼等の強襲を回避し続ける。

 しかし、この森の中はゴブリン達にとって有利な環境―――所謂ホームグラウンドの一つだ。そんな場所で彼の様な子供が逃げ切れるわけが無く、遂には森の奥、切り立った崖へとアルクは追い込まれてしまった。


「「「「ギッギッギッギッ!」」」」


「う、うぅ・・・!?」


 後ろにある崖は落ちたらまず助からない程の高さ。そして前には自らへと迫りくる四匹のゴブリン達。

 前門後門のなんとやら。現状のアルクには最早他に逃げる方法が思い付かず、かと言って助けを求めようとしても此処は魔物が蔓延る森の中、彼以外の人間などまずいる筈がない。

 ならば戦えばいいのでは?と思う者もいるかもしれないが、しかしアルクには魔物とまともに戦える力など持っていない。ハッキリ言って何かしらの抵抗をしたとしても、投げた小石程度の効果も無いだろう。

 まさしく最悪とも、絶望的とも言える状況だが―――しかし、金色の前髪の隙間から覗かせるアルクの瞳は諦めの色に染まってはいなかった。

 何故なら、こんな生死が危ぶまれる状況なんてものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「「「「ギギギッ・・・!」」」」


 未だに諦める様子を見せないアルクの姿を目にしたゴブリン達は、「なんという諦めの悪い獲物だ。ならば死ぬまで徹底的にいたぶってやろう!」とでも言いたげに、下卑た笑みを浮かべながら彼の元へにじり寄っていく。


「・・・・・・・・・!」


 徐々に近づいてくるゴブリン達の姿を視界に納めつつ、周囲を確認して再び何時でも走れる様に身構えるアルク。

 そして、互いの距離があと十数歩分まで(せば)まった時―――ゴブリン達から見て右側の草むらが突然ガサリッ!!と大きく揺れた。


「―――ガァァアアアーーーッ!!!」


「「「「ギッ、ギキィイイイ!?」」」」


「ッ!?」


 次の瞬間、草むらの向こうから咆哮と共に一匹の大熊が姿を現した。

 全身が血の色の様に真っ赤に染まり、五mもの巨体を誇るその熊の名前は『ブラッドグリズリー』。『始まりの森』の奥地に住まう大型の魔物であり、『始まりの森』近隣に存在する町や村の住人の間では森の主と呼ばれる程に有名な魔物だ。

 普段は森の奥深くにある自身の縄張り内かその近辺でしか姿を見せる事がない筈なのだが、何故か今ここに、アルクと四匹のゴブリン達の前にその姿を現していた。


「グオォォォッ・・・!」


 咆哮と共に振るわれる前足。その強靭な筋力から発揮される力は凄まじいの一言であり、その一撃によって近くにあった大木が易々と圧し折れ、上空へ高々と舞い上がる。


「ギキャァァアアアアッ!?!?」


 ついでに言えば、その一撃の余波に四匹いるゴブリンの内の一匹が巻き込まれていた。

 そのゴブリンの体は吹き飛ばされた大木と共に上空へ高々と舞い、そして頭から地面に落ちて即死した。


「「「ギィ、ギギィイイ・・・!?」」」


 偶々被害を免れた他のゴブリン達は、突然の森の主の登場に驚き、そして死んだ仲間の姿を見て恐怖の悲鳴を上げる。

 その驚き様はまるで「まさかこんな所でこんな奴に出会うだなんて!?」と言っているかの様だ。


「ガァアアアア!」


 自身の進路上の障害となりそうな木々を粗方(あらかた)吹き飛ばしたブラッドグリズリーは、丁度目の前にいたゴブリン達の姿を視界に捉えると、獲物を狩るという意思を乗せた咆哮を発しながら彼等に襲い掛かった。

 自分達の身の危険を察したゴブリン達は、その咆哮を耳にした瞬間に身を竦ませながら逃げだそうとするがしかし、その動きはブラッドグリズリーの感覚では牛の歩みと同じくらいに遅く、たった一歩だけですぐに追いつける程度の速さでしかなかった。


「ガルゥッ!」


「ギャッ・・・!?」


「グフゥ!!」


「ギブゥ!?」


 背を向けて今にも走り出そうとしていたゴブリンの一匹に狙いを定め、背後からその頭に齧り付くブラッドグリズリー。

 さらにその横にいたもう一匹のゴブリンも、続けざまに振り下ろした右腕で叩き潰した。


「ギ、ギギィ・・・・・・!?」


 瞬く間に仲間が殺され、最後の一匹となってしまったゴブリン。

ブラッドグリズリーに殺された仲間の惨状を目にしたかの魔物は、その身を恐怖に震わせてその場に足踏みする。


「今だ・・・!」


 そしてその瞬間を好機と判断したアルクは、ブラッドグリズリーのいる位置とは反対側の方向へと走り出した。

 突然の状況変化に動じることなく逃走を開始するその姿からは、まるでこうなることを予想していた様に感じられる。

 それはある意味では正解であった。彼は経験則で知っていたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 どうしてそうなるのかという理由までは彼自身にも分からない。しかし、五歳の頃から今に至るまで何度も似たような展開や状況に見舞われ、その度に悪運とでも言えそうな誰にとっても予想外の事態が起きる事によって九死に一生を得て生き残ってきた。

 故にこそ、今回もまたそれが起こると思ったアルクは、自身が生き残る為の行動を取ったのだ。

 ・・・しかし、今回の事態は何時ものそれとは様子が違うようであった。


「グォォッ・・・・・・グルゥア!!」


「ギィ、キキィイイイ!?」


「グフゥ・・・!?」


 最後の一匹となったゴブリンへと視線を向け、余裕あり気に腕を振り上げて見せるブラッドグリズリー。

 その腕を勢いよく振り落そうとした、その時だった。ブラッドグリズリーにとっても、そしてアルクにとっても予想外の事態が起こったのは。

 なんと驚くべき事に、先程まで体を震わせていただけだったゴブリンが、「こうなりゃ自棄だ!?」と言わんばかりにブラッドグリズリーの顔面に飛び掛かったのである。


「グルッ・・・!?グルゥ、グガァァ・・・!!」


「ギキィィィィッ・・・!?」


 まさか飛び掛かって来るとは思ってもいなかったブラッドグリズリーは驚き、自身の顔に取り付いたゴブリンを引き剥がそうと頭を左右に振ったり、腕を使って引き剥がそうとする。

 しかし、ゴブリンの方も「捕まって堪るか・・・!」と言わんばかりに、吹き飛ばされない様にブラッドグリズリーの頭にしっかりとしがみ付いたり、その体の上を器用に飛び移るなどして振るわれる腕を回避していく。


「ギッ・・・!キキィ、キキキィ・・・!!」


「グォォォッ・・・!?」


 予想外の事態によるパニックと、これまた予想以上に軽快に動くゴブリンの動きによって翻弄されるブラッドグリズリー。

 かの魔物は顔以外にも背中や腹部、前足や後ろ足と言った場所へと移動し続けるゴブリンを引き剥がそうと、ドスンドスンと地響きを立てながら手足を振るう。


「う、うわぁ!?ちょ、ちょっと・・・!?」


 これに困ったのはアルクである。

 ブラッドグリズリーが暴れる度に引き起こされる地響きで地面が揺らされ、それによって走るどころか立つことすら儘ならなくなってしまった彼は、片膝を地面に着いて自身の体が倒れない様にするのが精一杯の状態になってしまっていた。


「グゥッ!グルフゥ!!」


「ギキ!?ギキャ・・・!?」


 そしてようやっとと言うべきか、それとも流石に捕まり続ける体力が尽きてしまったのか、何度目かのブラッドグリズリーの手足の振り回しの際に、かの魔物の体にしがみ付いていたゴブリンの手が離れた。


「ギギィッ・・・!」


 ゴロゴロと勢いよく地面の上を転がって行くゴブリン。

 転がり落ちた先ですぐさま体を起こそうとしたがしかし、その時には既に目の前でブラッドグリズリーが振り上げた腕を落とさんとするところであった。


「グゥゥァアアアアアーーーッ!!」


「ギ、ギキョ・・・!?」


 「よくも苛立たせてくれたな・・・!」とでも言いたげに、ブラッドグリズリーがゴブリンに向かって腕を振り下ろす。

 当然、その一撃にゴブリンの体が耐えられる筈もなく、地面に大きな(ひび)を入れる程の威力のそれを受けた上半身は見事に潰れ、爆散し、紫色の血肉を周囲に飛び散らせた。

 ―――だが、事はそれだけでは終わらなかった。


「・・・えっ!?」


 突如崖下の森の中から何の前触れもなく巨大な火柱が立ち昇ったのだ。

 そして、それに連動するかの様に大きな地響きも発生した。


「え、ええぇええっ!?」


 更にアルクにとっては災難だったのは、その地震のせいで先程のブラッドグリズリーの一撃によって出来た地面の(ひび)割れがどんどん広がって行ったことだ。

 アルクの下にまで広がったそれは彼の周囲で円を描き、最終的にその足元の地面を抉る様にガコッ!と崩れ落とした。


「あ、ああぁぁあああ!?」


 驚きと恐怖が入り混じった悲鳴を上げながら、崩れ落ちた地面と共に崖下へと落ちていくアルク。

 このまま真っ逆さまに落ちて死ぬ―――というのが、普通に考えた場合の彼が迎える筈の結末だったのだろう。

 ・・・だがしかし、どうやら()()()()()()()()()が働いたらしい。彼の体は地面が崩れた際に出来上がった斜面に()()()()落ち、そしてそのまま急斜面をゴロゴロと転がり落ちて行くこととなった。


「う、うわぁぁぁあああああーーーっ!?!?」


 転がり落ちていくアルクの体は崖の途中に存在する斜め上向きに突き出た出っ張り部分にまで辿り着くと、その形状に沿って弧を描く様にして転がっていき―――そして、まるでジャンプ台から飛び出すスキー選手の如く、勢いよくポーンと飛んだ。

 それからしばらくの間宙を舞い、滑空した彼の体は、当然の様に眼下に広がっている森の中へと落ちていく。


「痛っ!?うがっ!ぎゃっ!ハグゥ!?」


 そして、ここでもまた悪運が働いたらしい。

 アルクが落ちた場所は森の木々が特に密集する地点であったらしく、そこにあった数々の枝葉にぶつかり、引っ掛かる事で落下の勢いが殺された。


「―――ッ!?・・・あ・・・は・・・・・・」


 ドシャリッ・・・!と地面に到達ならぬ落着をしたアルク。

 奇跡的に生き残ることが出来た彼であったがしかし、それは()()()()()()()、と言う言葉が先に出てくる状態であった。

 彼の体は先程の枝葉にぶつかり続けた事により、片手片足はねじ曲がるように折れ、全身には細かい切り傷が付き、そして脇腹には木の枝が一本貫通するように突き刺さっていた。しかも怪我を負った部分からは血が大量に流れ出しており、このままでは後数分もしないうちに失血死してしまう。


「・・・・・・う・・・あ・・・・・・」


 アルクは自身が負っている怪我の状態に気付いて顔を(しか)める。

 このままでは死ぬ。そう思った彼は無意識に助けを求めようとした。

 だが、こんな森の中に都合よく人なんている筈もない。そう思った彼は開きかけていた口を閉じた。


「(僕は、死ぬの、かな・・・誰にも知られず・・・誰の記憶にも残らず・・・誰にも見送られずに・・・たった、一人ぼっち、で・・・・・・)」


 アルクは己の胸の内に寂しさと悲しさが、恐怖と絶望が湧き上がるのを感じた。

 そしてそのまま、ゆっくりとその瞼を閉じようとして―――


「・・・?・・・あ、れ・・・・・・?」


 その最中、閉じゆくアルクの瞳が何かを捉えた。

 それは草むらの向こうから現れる小柄な人影だった。

 視界が霞んでいて細かい部分までは分からなかったが、しかしそれが人であるとはアルクには到底思えなかった。

 ここは数多くのモンスターが蔓延る『始まりの森』の中。しかも自分がいる今場所は、おそらく熟練の冒険者でも入る事を躊躇う奥地に近い場所だ。

 結果的とはいえ到着してしまったそんな場所に人などいる筈がない。そう思ったアルクは、その人影の正体はおそらく魔物なのではないかと考えた。


「・・・そっ、か・・・僕は、ここ、で・・・・・・」


 逃げようと思いはすれど、しかし現在の彼の体は満身創痍の状態であり、最早立ち上がる事すらできはしない。

 この人影に自分は止めを刺されて死ぬのだろう。そう内心で思ったアルクは「ここまで、か・・・」と呟きながら瞳を閉じていき、まるで深い深い水底へと沈んで行く様にその意識を闇の中へと落としていくのであった。





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