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チャーリーさん②

「世間体」という鎖に縛られた父親を押しのけ、部屋に入ったうらら達。そこに居たのは被害者達だけではなかった。意外な存在がそこに……。

 薄暗い部屋に二人の女の子が座り込んでいる。一人は見事に黒いストレートロングヘアーが腰まで届いている。もう一人はやや明るいセミロング。だが髪も乱れて服もくたびれた印象だ。制服姿のままだが、よく見るとうららちゃんと同じじゃないか。その二人が白い紙と二本の鉛筆を挟んで向かい合っている。紙には互い違いになるよう、「yes」と「no」が書かれている。

 調べたところでは、この二本の鉛筆が紙の上を動いて答えてくれるらしい。つまり「yes/no」方式の予言という事だ。

 しかし――この有様はなんだ? 二人とも本来なら可愛いと男子に騒がれる方だろうに、頬はこけ髪はボサボサ。目の周りには隈が色濃く出来ている。部屋の空気自体もなにかこう――変だ。

 うららちゃんが歩み寄る。

「あんた達……特進コースの娘ね。見覚えがあるわ」

「霊能コースの……お願い、助けて……」

「お願いだから……」

 もう蚊の鳴くような声しか出ていない。一体どれだけの間こうしているんだ?

「お願いします……助けてやってください……」

 母親がドアの向こうから涙声で訴えている。ここまで来たら、もう懇願するしかないんだろう。いや、その前にだ。なんでこうなる前に助けを呼ばなかったんだ?

「主人に……止められて……」

「我が子よりも旦那が大事ってわけ?」

「いいえ……しかし……」

「もういいわ。二人とも、こうして何日になるの?」

「今日で……たぶん……五日目……」

「もう限界……助けて……」

 その時だ。鉛筆が激しく動きだした。皆が息を呑んで凝視する。カチカチとぶつかっていた鉛筆同士が空中に浮かんだ。動きは段々と激しくなり、鉛筆とは思えない打撃音に変わってきた。一際激しい音と共に鉛筆が砕け、破片が飛び散る。皆が防御態勢になる中、うららちゃんだけが平然と佇んでいた。さすがだな。

「一体何者なの? 正体を――見せなさい!」

 一喝と共に右手を振った。放たれた光が二人の背後に潜んでいた奴を浮かび上がらせた。おお、俺にも見えるぞ。いや、見ない方がよかったか。

 羊頭人身のその姿。正確には黒山羊の頭と下半身で人間の胴体を挟んでいるという感じだ。今や義務教育となった「心霊学の基礎」で習ったぞ。しかもテキストにはイラスト付きで載っていた。こいつはサバトの雄山羊――バフォメットじゃないか! 本物を目にして分かった。あのイラストは真実をまるで描けていないという事が。

 奴から感じるこの感覚はなんなんだ? 怖気? 瘴気? 何か分からないが、途轍もなく冒涜的な、地獄めいたものを感じる。奴の全身から腐汁が滴っていても不思議とは思わない。もしもだが……うららちゃんが居なかったとしたら――考えるのも恐ろしい。

 こんな有名な悪魔が何故こんなところに?

「あ、あの……うららちゃん、こいつって……」

「そう、学校で習うもんね。あ、指差さない方がいいわよ?」

 さらっと言われ、慌てて指を引っ込めた。こんな奴の怒りを買おうもんならどうなる事やら。

「本体じゃないとはいえ、北斗君はあいつを怒らせちゃダメだからね」

「へ?」

 どういう事だ? 素人目に分かるほどヤバい奴だぞ?

「それが素人目って事。こいつは本体じゃない。言ってみれば分霊ってとこね。性質は同じだけど、力の方は本体程じゃないの。このぐらいで怖気づいているようじゃ、日当十万は無理っぽいわね」

 流し眼っぽい笑顔。こんな状況でなんだが……正直ドキッとした。我ながら馬鹿だと思う。でも、だ。役に立たないのは仕方ないとしても、お荷物になるのは――いくら何でも情けなさ過ぎるってもんだ。

「お、シャンとしたわね。少し見直したわ」

「お、おうよ!」

「少しだけね」

「い、いや、もっと見直ししし……見直してくれてもいいんだぞ!」

「はいはい」

 お。クスクス笑ってる。そういや、ゴーストを目の前にして笑ったのは初めてじゃないか?

「もっと見直して欲しかったら、その二人を安全な所へ!」

「オッケイ!」

 もはや立つ力もない二人を両脇に抱えて部屋の外へ出た。母親に託し、部屋に戻ると丁度うららちゃんがいつもの変身スティックを構えたところだった。

「さぁ! 悪魔の欠片さん。この冴月うららの手で! 光に召されなさい!」

 踏み込んで下から掬いあげるいつもの一撃。黄金色の輝きが辺りを包む。そしていつもの光景が広がると思ったら――違った。バフォメット(分霊)の両手がうららちゃんのスティックを防いでる!

「へぇ。さすがにやるじゃない。でも!」

 左手のビンタが炸裂した。スパァァァン! という小気味いい音と黄金色の輝きが広がる。

「あたしをそこらのGHOST HUNTERと一緒にしないで欲しいわね! アイテム無しでも一向に構わないんだから!」

 横っ面を張り飛ばされたバフォメット(分霊)が空中でたたらを踏む。器用な奴だ。よほど効いたのか、張られた頬を押えてうららちゃんを睨みつけるその眼。鮮血を塗りたくったような赤光を放っている。これぞ悪魔と言わんばかりだ。俺は金縛りにあったかのように――いや、本当に金縛りにあっていたのかも知れない。両者が放つ霊気に圧倒されて動けないというのが現実なんだろう。

 不意に右手が動いた。左足もだ。何故だ? そんなつもりは全く――今度は反対側の手足だ。交互に……勝手に動いている! うららちゃんの真後ろで両手が上がった。これは……やめろ! 止まれ!

 しなやかな指先が俺の鼻先に突き付けられた。目が覚めるような清涼感が全身に流れ込んでくる。突然に体の自由が復活し、床に尻餅をついてしまった。痛てぇ。一体何なんだ……。

 指先の主――一人しかいない――がこちらを振り向いた。

「もう大丈夫。危ないからそっちの壁際に」

「あ、ああ……」

 一般人が何か出来る世界じゃない。それが痛い程に分かった。

「悪魔の欠片さん。あんた、ああやってサバトを主催してたってわけね。薄汚い見た目にお似合いだわ」

 黒山羊の口が不気味に歪み、胸が悪くなるような笑みを浮かべた。

つまり……俺は奴に操られていたってワケか。くそ。

 視界の右でうららちゃんの姿がブレた。目の前を「何か」が横切った。野球で鍛えた動体視力が追い付かない!

 今度はバフォメット(分霊)の姿がぼやけた。うららちゃんらしき姿が繰り出す一撃が空を切る。同時に鋭角にターンしてまた目の前を横切る。それが目まぐるしく何度も、あらゆる方向から繰り返された。まるで忍者漫画だ。何度目かも分からないターン。その向かう先に現れたバフォメット(分霊)が壁にぶつかり――「横から」の一撃で吹っ飛んだ。

 あれ? 後ろから追っていたんじゃ……?

「残念でした。あたしはずっとここにいたの」

「はぁ? じゃ……『あれ』はなんだったんだ?」

「ふふん♪ あれはね……ただ念を飛ばしただけ。目くらましの一種ね。実際にあんなスピードで動けるわけないじゃない」

「はぁ……」

 そんな事まで出来るのかよ……。いやそれも凄いんだけど。なんでバフォメット(分霊)は壁にぶつかって止まったんだ? 悪魔なんだからすり抜けられるだろうに。

「それが出来なかったのよ。あたしが即席の結界を張っておいたおいたから」

「んな……いつの間に……?」

「奴が姿を現してすぐ。北斗君が戻る前に完了してたの」

「でも俺は入れたぞ?」

「そりゃぁあたしが許可したから。融通の利かないお札と違って、あたしが念だけで張った結界だからね。自由が利くのよ」

「それはそれは……」

 もう何が起きてもGHOST HUNTERだからで片付く気がした。バフォメット(分霊)を引きずり起こした時も納得と言うか、「ああ、そうなるだろうな」としか思わなかった。

「さぁ、贖罪の時間よ。ここはあんたが居ていい場所じゃないし、あの二人は魔女じゃないの。大人しく光に――召されなさい!」

 改めて炸裂する下からの一撃。バフォメット(分霊)が光に飲み込まれ、天に向かって立ち上る黄金の輝きの中を上昇していく。きっと外から見たら荘厳な光景なんだろうな。なんせタワーマンションの最上階から伸びる光の柱なんだからな。マンションの中からじゃ分からないのが残念だ。

 全てが終わり部屋から出ると、腰まである黒髪のロングストレートの娘が母親に抱かれていた。もう一人のセミロングの娘は床に手をついてへたり込んでいる。そして、父親以外は皆泣いている。まぁ何と言うか……面倒くさい生き物なんだな、ご立派なお方ってのは。

 うららちゃんもそれを察しているのか、父親を無視して話を進めている。

「お母さん、二人に栄養ドリンクを飲ませてあげてください。それと胃に優しいスープか何かを。その後は休んで、病院に」

「待て! 病院で何を言われるか……ぷぉっ!」

 父親の頬がバフォメット(分霊)を同じ音をたてた。当然だな。俺もアシスタントの立場を忘れて手が出そうになったぐらいだし。

「あんたね……実の娘の前でよく言えるわね。自分がどう思われるのか、そんな事も想像出来ないの?」

「し、しかし……お、大人にはな、子供には分からん事があるんだ!」

「自分の娘からどう思われても? それ以上に大事な事なの? それって」

 父親が娘の方を見た。娘は涙顔のままだ。きっとその涙は新しいものなんだろう。

「紗弥香……」

「お父さん……」

 父親が肩を落とした。さっき迄とは別人だ。

「そうだな……そうだ……。私は……大事な事を忘れていたようだ……。栄養ドリンクは、私が買ってこよう」

 母親と娘――紗弥香ちゃんが顔を見合わせた。どうやら普段はそんな事さえしないみたいだな。威張る事がそれほど大事だったのか。

「これで一件落着ね」

 うららちゃんが腰に手を当てて大きく息を吐いた。全く騒々しい事件だったな。

「とにかくね、二人とも二度と交霊術モドキに手を出しちゃダメよ。絶対に。どれだけ流行っていてもね」

「うん、もうしない」

「誰に勧められても、もうしない」

 え? それって……。

「誰かに勧められたの?」

 二人が頷いた。

「誰?」

「特2ーBの本間君」

「……分かった。後できつく言っとくから。もう心配しないで」

 ウィンクを一つ決めてマンションを後にした。もちろん振り込みを忘れないよう念を押して。

「ああ、やっと終わったな」

「まだよ。まだ終わってない」

 エレベーターの中が重い空気に包まれた。

「え……ああ、と、振り込みが終わるまではっていう……」

「それも否定しない」

「しないのか……」

 うららちゃんがこっちを見た。

「おかしいのよ。素人が交霊術モドキをやったところで、何も呼べないのが普通だし、仮に呼べてもせいぜい浮遊霊くらいよ。普通は」

「彼女達に素質があったとか……?」

 甲高い音が響き、エレベーターが一階に着いた。ドアが開き、ホールに出ると、入れ違いに神父姿の男が乗り込んだ。

 うららちゃんが横目でそいつを見送りながら話を続ける。

「たとえ素質があったとしても、あんなの呼べっこないわ。よほどの本格的な条件が揃うか、誰かが送り込みでもしない限りは……ね。そしてあの部屋にそんな条件は見当たらなかった」

 となると……。

「勧めた奴が?」

「可能性はあるわね。断定は出来ないけど。それに……本間って言ってたわね。聞いた事がない名前なの。特進コースと霊能コースは基本的に皆揃って有名人なのよ。どっちも特別だからね。なのに……」

 何時になく厳しい顔でタクシーに乗り込み、事務所に向かう道中でもその顔が晴れる事はなかった。

 そして翌日、厳しい顔が険しい顔に変わる事を、この時はまだ知らなかった。


いよいよ原稿のストックが尽きてしまいました。週一更新は難しくなりそうです。抱え込んでいる厄介事が片付けば執筆に時間を割けるんですが……どうなる事やら。

気長にお付き合いいただけたら幸いです。

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