チャーリーさん①
うららの元に来た新たな依頼。それは「チャーリーさん」に関わる物だった。現代版コックリさんと言える危険な遊びだ。お手軽交霊術である遊びがもたらす危険。それは時として取り返しのつかない事態を引き起こすのだった。
何時の世でも変わらない物の一つに、「未知なる物への探求心」がある。単なる好奇心と言ってもいいだろう。それによって人類は発展してきたと言っても過言じゃない。きっと。「好奇心が猫を殺す」って諺もあるぐらいだし。ちょっと使い方が違うかもしれないが、たしかイギリスの諺だったかな?
とにかく、時としてそれが危険をもたらすとしてもだ。人類は好奇心がもたらす危険を乗り越えて発展して来たんだろう。単に「やっちまったものは仕方ない」だったのかも知れないが。
そんな好奇心が向けられる方向の一つに常にあるジャンル――オカルトはどんな世相でもネタにされる。代表的な物だけでもヨーロッパの降霊術ブーム、二十世紀末日本の終末予言ブーム、世界的に大流行した二千十二年終末予言とアセンション、スピリチュアルにパワースポット、都市伝説等々……枚挙にいとまがない。
社会的背景がどうであろうと、常に何らかの形で社会の裏側で影響を及ぼしている。ましてや霊能力が公式に認められたこの社会では猶更だ。年中幾つものオカルトコンテンツが流行している。中でも古くからあり、名を変え品を変えて生き残っているのが「チャーリーさん」だ「チャーリーゲーム」とも呼ばれてるらしい。
明治時代から「コックリさん」と呼ばれた物が今もなお生き残っているとは驚きだ。昭和には「キューピッドさん」や「エンジェルさん」と呼ばれていたらしい。起源はヨーロッパの「テーブルターニング」だそうだが、なんにしても素人向けのお手軽降霊術だ。
たいていの場合はトリックや自己暗示で硬貨やテーブルが動いているそうだが、極々稀に――本物が来ることがあるらしい。迂闊にやるべきじゃないぞ。本当に。うららちゃんが言ってたんだから間違いない。
「またこっくりさんモドキが流行りだしたみたいね」
「今年に入ってまた流行してるってネットで話題になってるな。『』チャーリーさん』だっけ」
「そう。今回のはメキシコ起源ね」
「またえらく遠い所の奴を引っ張ってきたもんだな」
「笑い事じゃないかもよ?」
ネットの普及で誰でも世界中の情報に触れる事が出来る世の中では、いつ誰がどんな情報を流すか分からない。それがインチキであっても見抜くにはそれなりの知識と知性が必要になる。それが出来なければ騙されるしかない。ならば本当に危険なものを気軽に試せる程度の様に偽った情報を流したら? そう言われてゾッとした。ヤバいなそれ……。
「特に降霊術なんてね、大抵はインチキだけど……本当に霊能力がある人がやれば簡単に呼び出せてしまうの。もしも素質はあるけど訓練されていない人がやったら……」
「非常に拙い事になりそうだな……」
「特にこのチャーリーさんの正体はね、一説にはアステカの邪神テスカトリポカとも言われてるの」
「それヤバすぎない……?」
「地球の裏側からホイホイ来てくれるとも思えないけどね。邪神って霊格もウルトラ高いから」
じゃぁ心配ないのか?
「問題はね、そんな高次存在を呼び出す為の技法なら……素人がやってもある程度の効果はありそうって事」
いかにも何か起こりそうな気がする。霊能力ゼロの俺でもそう思うわ……。何事もない事を祈るしかない。
でもそんな祈りほど儚く粉砕されてしまうのが世の常なんだろう。この日受ける事になった依頼は、子供がチャーリーさんをやっていたら帰ってくれなくなってしまったというものだった。
例によってタクシー代を依頼主に現金払いしてもらう事にして、少し離れた町に向かう道中でうららちゃんが何か見つけた。
「ねぇ、あれはなに?」
指さしたのは建造中の大規模な施設だ。えらく古風な石造りの柱が何本も屹立している。
「ああ、たしか最近日本にやって来た宗教団体の施設だよ。え~と……ナントカのナントカ教団とかいう連中だ」
「ふーん……。まぁ情報としての価値はゼロだけど、とりあえず分かったわ」
「そりゃどういたしまして!」
この時は笑い話で済んだ。この時は。
しばらくタクシーで走り、着いたのは高級マンション――昭和なら億ションと呼ばれていたであろう、いかにも家賃が高そうなタワーマンションだ。依頼主はその最上階に住んでおいでだった。つまり「タワマンカースト」のトップなわけだ。
出迎えてくれたご両親はいかにもな感じだ。絵に描いたような裕福な家庭を営んでいるであろう、柔和な人相をシルクの服で包んでいた。何処となく見下されているように感じたのは俺の偏見かもしれない。
「娘と遥ちゃん――友達なんですが、チャーリーゲームをやっていて……それが終われなくなってしまったんです……」
ハンカチで涙を抑える母親の肩を父親が抱いている。無言なのは心配だからなのか。
「分かりました。まず、その二人に合わせてください」
「あの……ここでお願いできないでしょうか?」
「はぁ?」
俺とうららちゃんが同時に返した。本人達に会うなだなんて、人を何だと思ってるんだ?
「お母さん、直接見ないと正確な霊視ができなんですよ。お嬢さんを助けたいなら合わせてください。事情もきかないといけませんし」
うららちゃんの言葉にも渋っている。一体なんなんだ?
「お嬢さんを助けたいなら協力してください! まずは自己暗示なのか、それとも本当に霊が来ているのかを見極めないと! 直接見ないと分からないんです!」
「…………」
「お母さん!」
ここで初めて父親が口を開いた。
「いい加減にしてくれ!」
どっちがだよ。
「最高の霊能者なんだろう! だったらここででも出来る筈だろう!」
どこから「筈」が出て来るんだ? 何も知らないくせに。いや、俺も知らないが、うららちゃんがそう言ってるじゃないか。
「お父さん、霊能者は都合のいい便利屋でも魔法使いでもないんです。出来る事と出来ない事があるんです。幾ら有能な選手でも試合場に行かなきゃ試合は出来ない、そういう事なんです」
「そんな言い訳を……」
「ただの事実です。というより、何故そこまで合わせたくないんですか? 何か不都合でもあるんですか?」
「……っ!」
明らかに不審な態度だ。これは……。
「うららちゃん」
「そっちの左のドアね。ずっと妙な気配がしてる」
「OK!」
俺が腕まくりしてドアに向かうと父親が立ちはだかった。何か喚いているが無視してドアノブに手をかけた。その時――
「あなた、もう諦めましょう。紗弥香の命が大事でしょう」
「しかし……こんな事が世間に知られては……」
その瞬間。父親の頬が乾いた音を立てた。
「あんた! 娘の命と世間体と! どっちが大事なの!」
左の頬を押えた父親が驚いた表情でうららちゃんを見ている確かにいきなり引っ叩かれるとは思わないだろう。こっちはスッキリしたがな。
「しかし……」
「しかしも案山子もない!」
おお、うららちゃんが床を踏み鳴らして怒っている。よっぽどだな、こりゃ。と言うか、正直俺も気圧されてる。まさに怒髪天を衝く勢いだ。
「あのね、親が子供を守ってやれなくてどうすんの! 子供は親しか縋るものがないの! 親が我が子を守ってやるからこそ、人間が地上の覇者になれたのよ、知ってる? 逆に言えばね、子供を守れない親なんか……人間の資格がないのよ! それが分からない?」
まだ葛藤している。上流階級の皆さんってのも因果なもんだな。そこまで世間体に縛られてるなんて、生きててしんどいだろうに。
俺が父親をどかせて――ほとんど無抵抗だった――ドアノブを回した。いかにも高級そうな、中身がぎっしりとつまった感触。うちとは大違いだ。
ドアを開けてうららちゃんを促した。頷いて歩み寄る時、顔を伏せ気味に呟いた。
「……あたしの親はね。あんたに言わせれば負け組だろうけど……最期まであたしの事を心配してくれてた。なりふり構わずにね。それだけは勝ち組のあんたにも自慢できる」
顔をそむけた父親に目もくれず部屋に入った。
部屋に入ったうららが何を目撃するのか?
そして何と対峙する事になるのか?
次回にご期待ください。




