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鍛練①

デイビスに手も足も出なかった二人は、遠からず来るであろう再戦に向けて自らを鍛え直す事に決めた。それを聞いた北斗も二人の力になる為、同行するのだった。

 翌日、昼過ぎまでアルバイトだった。うららちゃんと働くと決めた時にコンビニのアルバイトを止めたが、何もしないのでは正直やっていけない。なのでセルフ式ガソリンスタンドのスタッフをやっている。セルフとは言っても、何かあった時の為に必ず何人か常駐しているのだ。それに割と時間に融通が利くし、車が好きな方なので楽しくやっている。バッテリーやオイルの交換作業も教えてもらっているし、危険物取扱者の資格を取れば時給も上がる。ああ、なんて普通の時間なんだ……。

 仲間と賑やかに働いていると、特徴的なエンブレムをつけた黒塗りの車が入ってきた。これは……アレだ。見た事がある。もちろん実物は初めてだ。翼を広げ、中央にBがシンボライズされたエンブレム。ベントレーだ。恐らくコンチネンタルGT。こんなお高い車がなんでセルフに? 場違い感も甚だしいぞ。

 運転手が降りて後部座席のドアを開けた。降り立ったのは白い和服の目の覚めるような美女――屍緒里さんじゃないか! 俺の方を見てニッコリと笑顔を作った。「笑顔を作った」がポイントだ。「笑った」じゃ似合わない美人ってのがこの世にはいるんだ。

 運転手がハイオクを給油する間、屍緒里さんと立ち話をする事になった。同僚達の視線が痛い……。

 お客さん用の休憩室に行かなかったのは、別に俺の気が利かないからじゃない。屍緒里さんがそれでいいといったからだ。


「かんにんな、仕事中に」

「いや、いいよ接客業だし。所詮はアルバイトだし」

 

 ああ、仕事意識がバレてしまった。プロ中のプロの前でこんな……。うららちゃんのアシスタントもアルバイトじゃないか。こんな意識でやってると思われたら……。


「昨夜とは大違いね。ここの店長はんに怒られるわぁ」

「まぁそれはほら……分かる筈も無いって事で」

「私言うかも」

「いい!?」

「冗談やで。それよりも……」


真剣な眼差しで口にしたのは――うららちゃんと二人で修行のやり直しをするという計画だった。あのデイビスという男に全く歯が立たなかった事が悔しいのではない。いや悔しいのは悔しいが、それ以上にデイビスに勝てなくてはこれ以上どうしようもない。完全に手詰まりになるのだ。

 デイビスが出てくる度に逃げる訳にもいかない。何処かで必ず決着をつけなければならないのは明白だ。ヤツが敵側である以上は。ならば早いうちに鍛え直すのが最善だ――という訳だ。


「なるほど……じゃ、俺も準備しないと」

「え? ついて来るん?」

「え?」


 屍緒里さんが口元を覆って笑顔を作った。


「冗談やで。一緒に来てくれる思うとったわ」


 いや冗談キツイよ……。とにかくその日のシフトが終わると旅の準備を始めた。目指すは山陰地方にある霊山。日本でも有数の霊山として知られる伯耆大山だ。登山客も多いがどこで修行するのか……そこは行ってからのお楽しみ(?)だろう。

 旅行と言うよりも登山装備をメインにしておいた。プラス修行用のジャージ。俺も少しでも強くなって力にならないとな。運動神経や体力には自信がある。霊能力はともかくとして、格闘戦なら少しは役に立つ筈だ。

 バイト先の店長には暫くの間休ませてもらう事にした。嫌がられるかと思ったが、屍緒里さんのベントレーのおかげなんだろう、すんなり了承してくれた。少し余所余所しかったが気にしないでおく。


 翌日早朝。うららちゃんの事務所に行くと、もう準備完了した雇い主が待っていた。学校指定のジャージ姿で。まぁ納得だ。スポーティな私服姿を期待していた俺がバカなんだ。そんなもん買うお金があろう筈もないのは分かり切っていたのに。荷物も女の子が自分で背負えそうなリュック一つ。


「当たり前でしょ。遊びに行くんじゃないんだから」


 そりゃそうなんだけど、年頃の女の子がそれでいいのか? 仕方ないのは分かるけど……。言いたい事は多々あるが、無駄どころか揉めそうなんで止めておいた。

 やがて屍緒里さんがドアを開けて入って来た。その姿たるや……目も覚めるとはこの事か。

 最近はやりのスポーツタイツの上下。白地に薄い色合いで蝶の模様が入っている。それだけならまだしも、アウターボトムを履いていないのでシルエットがくっきりと……。加えて上はスポーツブラタイプなので引き締まった白い腹筋が丸見えになっている。ウエストのくびれも「お見事」と言いたくなる。その上に同じ柄の長袖ジャージを羽織っているが、前を閉じていないので目のやり場に困ってしまうのだ。

 屍緒里さんはまたもや口元を隠して笑顔。うららちゃんは刺すような視線をそれぞれ俺に。もしかして俺……屍緒里さんにからかわれてる?

 自分とうららちゃんの荷物を担いでベントレーに向かい、荷物をトランクに納めて――見た目よりも広いぞ――締めた時の音が違う。密閉度が高い「ドムッ」って感じだ。金属同士がぶつかる様な音は微塵もしない。流石は高級車。

 俺が助手席、女性陣二人は後部座席に乗り込んだ。後ろにも三人座れるのだが(特に女性二人は細いし)うららちゃんに「北斗君は前!」と厳命されたのだ。

 背後から刺すような視線と、この状況を楽しんでいる笑顔の気配を感じながらの高速道中だったが、車好きとしては一生乗れないであろう筈の超高級車での快適走行は夢のような時間だった。リビングの中にいるのかと思うような快適性と静粛性は二度と味わう事はないんだろうな、俺は。なにしろ路面の感触が全然伝わってこないんだから。

 優に半日を超えるドライブの中、運転手さん(さすがに「運ちゃん」とは言えない)に昨日はなんで屍緒里さんがタクシーだったのかを尋ねると、「ディーラーに持って行って点検してもらっていた」そうだ。

 それは仕方ない。「超」が付く高級車と言えど、こと信頼性にかけては日本の大衆車が上回る。ト○タのミニバンが一回故障する間にアウ○ィあたりなら五回は故障する。それもしょうもない事で。 常日頃から点検を欠かさない事がこういう車に乗る為の条件なんだろう。その費用を出せる事も。

 給油と休憩を挟んで登山口に辿り着いたのは、すでに夕暮れ前だった。

 

「今夜は何処かの宿に泊まるの?」

「なに言うてんねん。これから登るんやで」

「いい!? 危ないんじゃないか?」

「大丈夫よ。目指すのはそこまで上じゃないし、それに……あんまり人目につかない方がいいし……ね」

 

 屍緒里さんが頷く。一体何が始まるんだ……? まさか怪しい儀式とか? 俺が生贄にされたり……いやまさか。

 トイレを済ませ、ヘッドランプを装着すると運転手さんに恭しく見送られて出発した。荷物は当然俺がまとめて背負っている。少しはいいところを見せないとな。実はうららちゃんのところで働くようになってから、筋トレと早朝のランニングを始めた。それしか取り柄がないからな。鈍っていたいた体も段々と目を覚ましてきているのが分かる。このぐらいはへっちゃらだ。


「じゃ、行きましょ。ちょっと違う場所に行くわよ」


 そう言われて出発。何処に行くんだろうな。登山道の入り口が見えた。入るんだろうと思いきや、スッと通り過ぎた。 え? 此処じゃないのか?

  

「そこは普通の人が登る場所。あたし達が登るのは別の道よ。言ったでしょ?」

「はぁ……」

 

 間抜けな返事しか出来ない。何も分からないから当然だが。目的地だけじゃなく道自体が違うのかよ。暫く歩いて、やっと山の方を向いたと思ったら……いやコレ、獣道ってんじゃないか? 


「じゃ、行くわよ」

「マジかよ……」

「マジやで。まさか……怖じ気付いたん?」

「そ、そんなワケないって! さ、行こう!」


 うららちゃんの何か言いたげな視線が痛い。屍緒里さんの弄うような微笑みもだ。先頭を行って雰囲気を変えようとしてみたが、「何処へ行けばいいか分からないでしょ」と最後尾をついていく事になった。先頭が屍緒里さんだ。いやまぁいいんだけど……上り坂で女性の後ろを行くのって、眼のやり場にこまるんだよなぁ……。ほら、上を向いたら変態扱いされそうでさ。

 仕方ないんで、うららちゃんの足元を見ながら一時間ほど登り続けた。皆片手に持ったミネラルウォーターのペットボトルで水分を補給しながら、一度休憩も入れて。


「北斗君、意外と頑張るわね」

「意外とってなんだよ、基礎体力なら俺がぶっちぎりの筈だぞ」

「そやな、一応は野球のエリートやさかいなぁ」

「一応はって……そりゃまぁ甲子園出場は逃したけど……キツイなぁ」


 ささやかな笑い声。空を仰ぐと灌木の間から驚く程に鮮やかな星が見えた。星ってこんなにあったのか。地方都市出身の俺には初めての光景だ。地上の豪華なイルミネーションが陳腐な物に思えてしまう。漆黒の夜空を背景にキラキラと輝く光は人生初の感動を与えてくれた。


「どう? これだけでも来た甲斐があったでしょ」

「ああ……」


 誇らし気なうららちゃんの言葉に何も返せなかった。

 そして何となく分かった気がした。霊能力者が地上の華やかさに批判的な理由が。どんなにイルミネーションやけばけばしい飾り立てをしても、大自然の美しさの前では「吹けば飛ぶような存在」でしかないのを知っている――いや、実感しているからなんだと。

 別に文明を否定しているワケじゃない。ただ過剰な部分に批判的なだけなんだろう。


「さぁ、そろそろ行きまひょ。もうすぐの筈やで」


 俺が納得した頃合いを見て屍緒里さんが告げた。もうすぐ……何処に着くんだろう。

 ちなみにヘッドランプは赤色の光だ。見え具合はイマイチに思えるが、普通の白色光だと瞳孔が開いてしまい、光のすぐ外側さえも見えなくなってしまう。アウトドアでそれは危険なので、瞳孔が反応しにくい赤色光なのだ。なので天文観測などでも赤色のヘッドランプが使われる。

 動物除けの鈴と他愛のないお喋りを頼りに、更に登り続ける事三十分くらいか。小さな――そして相当な年月を閲したと一目で分かる祠の前に辿り着いた。


年内の更新はこれがラストになります。新年も出来るだけ早く更新するつもりではありますが……。


とにかく皆さん、今年もお世話になりました。よいお年をお迎えください。

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