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追跡調査③

【前回までのあらすじ】

世界有数の実力を持つGHOST HUNTER冴月うららのアシスタントとしてアルバイトを始めた南野北斗。危険と(いつかは)ビッグマネーを狙う日々が続くが、ある日チャーリーゲームに関わる事件に遭遇する。そして解決後に起きた一家心中事件。その追跡調査で向かった安養山でさらなる事件が……。

 俺の意識を取り戻させたのは両頬の痛みだった。鋭い痛みが左右交互に襲ってくる。


「北斗君、しっかりしぃ! 早う起きて! 目ぇさましぃや!」

「あ、はぶ! 起きむぅ! たば! かりゃ!」


 こっちが喋る間にも叩かれ続けちゃまともに口がきけない!


「やっと起きたんね。さぁ早う! 逃げますえ!」


 こっちの返事も聞かずに駆け出し、うららちゃんに目配せした。そのうららちゃんは……何だあれは! 鎧武者? ぼんやりした姿は亡霊か? それに鎧はかなり古い、普通にイメージするよりも簡素な造りだ。良く分からないけど戦国時代以前って感じか? そいつらと戦ってる! いつもの変身スティックで右に左に鎧武者の霊を薙ぎ払っている。一体一体は物の数じゃないけど、とにかく数が多い。周囲一帯を囲まれてるぞ。それも十重二十重に、数限りなく!


「屍緒里さん、あれって? うららちゃんは何で?」

「説明は後で! まずは逃げる!」

「はい!」


 これ程説得力のある言葉もそうはあるまい。うららちゃんが一際強い一撃を繰り出し、閃光が彼女の前方を包み込んだ。鎧武者の一群が消滅。同時にこちらに風の様に疾走してきた。


「いくわよ!」


 再び閃光が走り、前方の鎧武者が一掃された! まるでモーゼの映画みたいだ! そこを一気に駆け抜け――られればよかったんだが。如何せん敵が多すぎる。瞬く間に新手の亡霊が雪崩れ込んでくる。くそ! うららちゃんが更に一撃。雪崩れ込む亡霊。また閃光。きりがない。


「うわ!」


 情けない悲鳴は(もちろん)俺だ。右肩を掴まれた。鎧武者に。冷たく乾いた感触。強く掴まれてもない筈なのに動けない。「霊体を掴まれた」ってやつか!?

 目の前を何かが突っ切った。同時に肩が軽くなった。目の前にあるのは屍緒里さんの白い手と、握られた紫水晶の横笛だ。


「さぁ早う!」


 笛を軽やかに回転させ、振り回し鎧武者を容易く打倒していく。やっぱりこの人も凄腕なんだなぁ。

 いや感心している場合じゃない! とにかく遅れないように走った。恐怖心も底なしだが、彼女達の活躍を目にしたら少しだけ考える事が出来るようになったのかもしれない。「情けない所は見せたくない」とか「迷惑はかけられない」とか。今更な気もするけど、だからってお荷物でいいわけもないからな。

 やっとの思いで待たせていたタクシーに辿り着き中に転がり込む。「お帰りなさい」

 呑気なセリフは日常の穏やかさを感じさせる――けど今はそれどころじゃない!


「出して! 早く!」

「はいはい、何方まで?」

「駅でええさかい! 急いで! 」

「はいわかりました……と」


 車を切り返して無線で連絡している。あの特有の喋りで。


「お願いだから早くしてくれぇ……」


 腹痛の時にトイレの個室を占領されている時の気分で頼んでいた。

 ようやく走り出した時、エンジンの音が祝福の鐘の音に思えた。ああ、これで一安心。そう思ったのは間違いない。タクシー特有のゆったりした走り――乗り心地重視・安全重視だからな――でも安心できた。あの鎧武者の動きじゃ追い付ける筈がない。現代文明の勝利だ。


「え!?」

「きゃ!」

「何だ!」

「どないしたの!?」


 それぞれの言葉で叫んだ。無理もない、突然車がガクンとつんのめり停止したのだ。徐々に傾き始めた。後ろが持ち上がり前方に追いやられる。


「ちょっと……これって……」


 後部座席のうららちゃんがシートの背もたれに両手を、運転席の背中に両足を置いて体を支えた時には車が垂直になっていた。屍緒里さんも同様の姿勢だ。俺の後ろで。俺と運ちゃんはフロントガラスにぶつかりそうになっていた。運ちゃんの大きな腹がクラクションを大音量で鳴らしている。こんな状況でも「すいません、すいません」と謝っているのは根っからの善人の証拠なんだろう。

 遂に垂直を超えて――グァッシャァァン! と盛大な破壊音をあげて車がひっくり返った。天井に背中がぶつかり鈍い痛みが走る。座席が頭に叩きつけられ視界が揺れる。後頭部をぶつけなかったのはラッキーだった。緊張状態で腹と首に力が入っていたからか?

 ひしゃげかけたドアを蹴り開けて外に出た。うららちゃんと屍緒里さんが出られるようにドアを引っ張る。なんとか開いた。

 運ちゃんは自分で這い出たようだ。そう言えばタクシーのドアって客は自分じゃ開けられないんだよな。つまり運ちゃんはあの状況の中でロック解除してくれてたのか。大したもんだ。それよりも……


「一体何があったの?」

「まさかあの霊達の仕業とは思えへんけど」


 頷いたその時。耳慣れない声が響いた。


「ソノ通リ。私ガヤッタンデスヨ。オ嬢サンタチ……ト坊ヤ」


 妙に違和感のある喋り方。何というか錆を含んだ声。誰だ? と言うか他に誰かいたのか?

 声の方を振り返ると一人の男がいた。見事な銀髪を左手で撫でつけ、右手でネクタイを直している。濃いブラウンのスーツが良く似合う。そして端正な――ついでにワイルドな風貌は年齢不詳。何よりも銀髪と褐色の肌の対比が目を引く。顔だちはどうみてもヨーロッパ方面だ。

 

「やり過ぎないでくださいよ、デイビスさん」


 また違う声。反応したのはうららちゃんだった。


「本間先輩!」

「やぁ、冴月さん。こんな形で会いたくはなかったなぁ」

 

 妙に明るい喋り方。こういう時は心底腹が立つもんだな。

 

「どういう事よ、これは。何やってんのよ!」

「それはこっちのセリフだよ。どうしてこんな所に来てるんだい? そんな頼りなさそうな男とさぁ」

「余計な……」

「余計なお世話よ!」

 

 セリフを奪われてしまった。と言うか……女の子にフォローされるって、案外嬉しいもんだな。

 

 それよりもこいつは確か……。

 

「チャーリーゲーム事件の時に聞いた名前だな」

「そう、特二ーBの本間先輩。藤平紗弥香と山城遥にチャーリーゲームを勧めた張本人

 」


 そいつがここに……怪しさしかないな。加えてこの銀髪の男は何者なんだ?

 

「あの二人には気の毒な事をしたねぇ。僕が勧めたチャーリーゲームが原因でなければいいんだけどさぁ」

 

 こいつの喋り方はいちいち癇に障るな。原因が口調なのか表情なのか、それとも声の質なのかは分からないが。

 

「しらこいわね。その言葉には何の重みもあらへん。薄っぺらな言葉は自分の価値を落とすだけどすえ」

 

 屍緒里さんが柳眉を寄せて不機嫌な顔になってる。っていうか「しらこい」って何だ?


「京都弁で『しらじらしい』って事よ」

 

 おお、何も言わないのにうららちゃんが解説してくれた。これはもしかして……。

 

「表情で分かっただけよ」

 

 ああそうですか……。

 銀髪の男は本間の隣に立っているだけ――の筈がえらく存在感がある。スーツの上からでも鍛えていると分かる体格のせいか?

 

「美女に罵られるというのも悪くないけど、その眼で言われるとさすがに面白くないなぁ。あんまり人を見下すのは良くないって教わらなかったのかなぁ?」

「よう言うわね。いっぺん自分の眼を鏡でみてみたらどや?」

 

 屍緒里さんは汚物を見るような目。本間は蔑んだ目。軽蔑対決か……。本間もイケメンの範囲に入る感じだけど、屍緒里さんの美女っぷりと比べれば格落ち感は否めない。

 緊張感が高まっていくのが肌感覚で分かる。このままじゃヤバいんじゃないか……特にタクシーの運ちゃんが。振り向くと運ちゃんは腰を抜かしたのか、へたり込んで震えているだけだ。返って安全なのかも知れない。こういう時、無力な者は「余計な事をしない」に限る。

 

「仕方ないなぁ。躾の悪い女にはお仕置きが必要だねぇ。デイビスさん、軽くお仕置きしてあげてよ」

「分カッタ、本間」

 

 黒い手袋をはめながら銀髪の男がスッと前に出た。ゆっくりと歩み寄る――が、こいつ……足音がしないぞ!

 俺に分かる事だけに彼女達はとっくに分かっていたんだろう、緊張感全開で身構えている。

 

「北斗君! 運転手さんを!」

「了解!」

 

 運ちゃんを抱えてひっくり返った車の後ろに回り込む。

 

「まったく……偉そうな事を言うても他人の力を当てにして。しょうもあらへん男だこと」

「それは誤解さぁ。『これも』僕の力のうちなんだよぉ」

「これも?」

「どういう意味よ!」

「君達が知る必要はないよ……今のところはねぇ。さぁデイビスさん、やってださい」

 

 無言で振り下ろされた拳がタクシーを直撃した。重く硬質な衝突音が響き、衝撃でタクシーがシーソーの様に揺れた。

 

「あわわ!」

 

 悲鳴と共に後ずさったのは俺だ。ここじゃまだ危険だ! 運ちゃんを引きずってさらに距離をとる。

 タクシーの向こうでデイビスの連続攻撃が二人を襲う。一発でもくらったらお陀仏レベルのパンチを二人は躱し続ける。うららちゃんは飛ぶように、屍緒里さんは舞うように。よく見ればうららちゃん達は挟み撃ちを狙っているようだ。何方かが狙われるともう一方がデイビスの背後を狙って迫る。だがすぐさま反応され、カウンターを取られている。

 デイビス自身は二人を同方向に捉えるべく回り込もうとしている。まとめて倒そうという事か。よくあれだけ動き回れるものだ。あれじゃ無酸素運動の筈だから、普通は一分と保たないぞ。鍛えていても三分も保つ人は珍しい。アスリートでもだ。ましてやあのペースで、しかもフットワークと左右の連続パンチ。全身運動だぞ……それを五分近くも続けている。信じられない。

 よく考えればうららちゃん達もそろそろスタミナがヤバいんじゃないのか!? デイビス程じゃないにしても動きっぱなしだぞ。よく見れば彼女達の額には汗が浮かんで、月明かりに輝いている。くそ! 何で俺はこんなに無力なんだ……。

 歯噛みしていると、屍緒里さんが後ろに吹っ飛ばされた! ドム! と言う鈍い音と共に。今度はうららちゃんが! 同じ方向に! 考える前に飛び出していた。

 

「大丈夫か!? しっかり!」

 

 うららちゃんを右手で抱えて上体を起こし、隣に横たわっている屍緒里さんを左手で抱き起こす。何方もうめき声をあげるだけだ。完全に戦闘不能。ヤバい。ヤバ過ぎる。この二人が揃って一撃で負けるなんて……。

 

「これで躾は出来たかなぁ? お疲れ様、デイビスさん」

「オカゲデイイ運動ニナッタ。礼ヲ言ウ」

 

 くそ、こんな時に何も言い返せないなんて……正直な話、自分がこんなに頼りないなんて思いもしなかった。子供の頃から野球を続けてきてフィジカルエリートのつもりだった。少々の殴り合いだって経験はあるし、怖くもなかった。体を鍛えるってのは痛みや苦しさに勝つって事だから、多少の痛みなんか耐えられる。

 それがどうだ、この無力感。この恐怖感。鍛えて自信があった筈の筋肉も空っぽの風船みたいに弱弱しい。なんなんだよ、この虚しさは……。

 

「さて、君達には二つの道を用意してあげよう。まず一つはこれに懲りて二度と此処に近付かず、僕達の邪魔をしないという選択。あ、僕達ってのは『黄金の夕日教団』と同義だからそのつもりでねぇ」

 

 それって……あの襲撃してきたイケメンロン毛の組織か!

 

「警察が調べればすぐに僕と藤平紗弥香がそれぞれ家族ぐるみで入団していた事が分かるからね。隠しておくメリットはないから先に言っておくだけさぁ」

 

 この余裕の態度。ムカつくが……何も出来ない自分が恨めしい。いや、怯えか? この感情は……。

 

「そしてもう一つの選択肢。それは大人しく僕達の仲間になる事だ。悪くないと思うよぉ? 多額の契約金を支払う準備はあるらしいし、何よりも世界中から様々なオカルティズムの秘宝が集まり、多様な秘儀が共有される。一人で黙々と修行に励むよりも遥かに成果が上がる筈だよぉ」

 

 これは……正直、彼女達は魅かれるんじゃないか? その道を極めんと歩む者ならば秘儀・秘宝の類は垂涎の的の筈だ。加えて多額の契約金。うららちゃんは一度袖にしているがこんな敗戦の後じゃ……。


「……どっちも……お断り……よ……」

「そうどすえ……あんたみたいな……大物気取りの小物と慣れあうなんて……真っ平やわ……」

「大丈夫か!? 二人とも!」

 

 驚いた、二人とももう立ち上がろうとしている。まだ戦うつもりなんだ!

 

「ふ~ん、まだそんな口が叩けるなんてね……少しお仕置きが足りなかったかなぁ?」

 

 本間がデイビスに目配せすると、再び銀髪がスッと前に出てきた。

 どうする?

 迷う間にうららちゃん達が立ち上がり、二人が構えた。うららちゃんはいつもの変身スティック、屍緒里さんは紫水晶の横笛を。

 

「北斗君!」

「逃げなさい!」

「でも!」

「デモもストもないの!」

「このまま此処に居たら死ぬで!」

 

 だからって! 女二人残して逃げるなんて出来るわけがないじゃないか!


「逃げるんなら皆でだろ! 正直、勝ち目なんか無いだろう。あんな化け物相手に!」

 

 唇を噛む二人。容赦なく迫るデイビス。その時地面が揺れた。足元の土がアスファルトを砕いて盛り上がり、大きな手の形になって俺を持ち上げた。うららちゃんと屍緒里さんもだ。あ、運ちゃんも。手が俺達を放り投げた。

 

「うわわぁ!」

 

 情けない悲鳴を上げたのは俺と運ちゃんだけだ。が、これは一体……?

『我が地で狼藉は赦さぬ。双方とも引けい』

 

 これは……地霊か?

 

「助かった……の?」

「おおきに、地霊はん」

 

 本間達の方を見ると、同じように放り投げられていた。ガクンと衝撃を受けた。別の手でキャッチされている! また投げられた。また別の手がキャッチ。次々と繰り返されていく。麓へと向かって。地霊が気をきかせてくれたのか……?

 

「ああ、車が……私の商売道具が……」

 

 助かったと分かって我に返ったのか、運ちゃんが頭を抱えて嘆いている。気の毒だけど……俺にはどうする事も……。

 

「心配要りまへんよ、私が弁償する。おんなじ車を新車でご用意するさかい。後で連絡先を教えとくれやっしゃ」

「ほ、本当に!?」

 

 屍緒里さんが笑顔で頷く。これが「はんなり」ってやつか。いやこれが「金持ち」ってやつか。

 感心してる場合じゃない。本間とデイビスはどうなった? 追いかけて来てはいないのか? 向こうを見ると、どうやら同じように投げ飛ばされている最中のようだ。ただし山頂にむかって。反対方向へと分断されているなら、当面は何とかなりそうだな。

 奇妙極まりないエスカレーターで(罰があたるか?)麓に辿り着いた俺たちは、Gフォンで近くのGHOST HUNTERと連絡を取り、迎えを要請した。もちろんボケっと待っている筈はなく、街へと向かって足早に移動しつつだ。いつ追撃が来るか分からないからな。その間に屍緒里さんは運ちゃんと連絡先を交換し――くそ、まだ俺も知らないのに――車種やグレード、装備を確認していた。

 うららちゃんは終始無言だった。事務所につくまで。その後の様子は分からない。俺はスグに帰らされたから。きっと――あくまで推測だが――泣き顔を見られたくなかったんじゃないかな。こういう時どうすればいいのか。例えば実力のあるイケメンなら自分の胸で泣かせてやるんだろうな。無力でフツメンの俺には無理だ。引っ叩かれるのがオチだろう。一人になれる時間を作ってあげるくらいしか出来ないのが歯がゆい。俺にもっと力があれば……。



かなり間が開いてしまいましたが更新です。

ちゃんと完結させるつもりですので、よろしければお付き合いください。

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