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袖振り合うも

作者: ふぃり

ありそうでなさそう。


もし、ひらはの立場だったら、驚いて真っ白になるか、ドギマギするか…いや両方か笑


*駆け込み乗車は、危ないので絶対止めましょう。

時間に余裕のある行動を心掛けるように。


ジリリリー



『電車のドアが閉まります、ご注意…「駆け込み乗車はおやめ下さい、危ないですから、電車から離れて下さい」



ホームのアナウンスに被せて、駅員が口早に注意を呼びかける。



その言葉をよそに、女性三人組が急いで電車に乗り込んだ。

口々に「いやー、乗れたねー」、「少し急いだ甲斐があったね」と言いながら息を整えた。



次の駅でドアの前にいた人達がおり、奥のドアの手前が空いたため、そちらに三人共移動し、自分の好きなアニメ作品を語り始めた。



「この作品好きなんだー。この作品はね、ここの場面と ーーー 」



その向かいの十二人ほどが座れる座席の末端に深々と帽子を被って本を読む男の姿があった。



アニメの話が聞こえたと思うと、職業上、反応して耳が自然と声を捉えてしまう。



出演者の話に変わろうとしていた。



自分の名前が、聞こえると心臓が飛び跳ねた。

心なしか背中に変な汗が流れる。



「私、アニメ化される前から原作を読んでいて、そのときからこの"彼"というキャラは、ろくさんだと思ったの。



前の作品のキャラが茶髪でロングだったから同じキャラクターを連想したと思うんだけど。

あの若干声高めの感じで、からかうような台詞を言ったら、ものすごくぴったりだし。

決める場面で声が低くなるところはすごくかっこいいんだよ。

続編も是非やってほしいなー。


続編では、"彼"が大活躍する場面があるからさ。

あの声で"お嬢さん"って言ってもらいたいもの」



聞こえてくる声は、女性らしく、高めでよく通り、愉しげに踊っているのが感じ取れる。



おそらく、これは褒められているんだろう。

よかった。

ズタスダに批判されたていたら、次の現場までに立ち直れなかったかもしれない。


というか、役。

役の方が好きだって言っているんだって、

俺自体のことじゃねぇからな。



一緒にいる友人が

「ほんとひらはは、好きだよねー、そのキャラと六山」とか、

「うんうん、何回も聞いているからね、わかるよ、"彼"を演じるタッキー好きなんだねー」と飽きれた素振りされたり、簡単にあしらわれているも、話している女性は抗議の声を上げつつ、話を続けている。



男は、興味が湧いて、少し帽子の端を上にあげ、彼女達の様子を伺った。



"彼"について話す、ひらは、と呼ばれた女性は、大学生のように見える。

髪は高い位置で一つにまとめたポニーテールで、前髪は眉毛を少し隠し、つぶらな瞳をしている。



「ずっと応援するもの。

ろくさんが演じたら絶対かっこいいから」



そう言って彼女は、はにかんだ。



その光景を目の当たりにした男は息を呑んだ。


あまりにもその感想の純真さと笑顔に虚を突かれた。



顔に血がのぼるのがわかる。なんというか嬉しいような、恥ずかしいような、とてつもなく心の奥底がくすぐったい。口角が勝手に上がり、慌てて左手を覆う。


ふと、役者としてのサービス精神が顔を覗くのに気付いた。


帽子を少し深めにかぶり直し、少しばかり思案する。



次の駅への到着を告げるアナウンスが流れる。



男は本を閉じて鞄に仕舞うと、おもむろに立ち上がり、被っていた帽子を左手に持ち替え、乱れた髪の毛を軽く、空いた手で整える。

そのまま、女性がいる側のつり革につかまった。



電車がそろそろホームに近づき、ブレーキがかかった時、ドアの方へ向こうと身体の向きをかえると、左手に持っていた帽子が離れ、話していた女性の足元に落ちる。



彼女は気づき、膝を折ってその帽子を拾い、男に手渡した。



「あの、これ、落としましたよ」



「あ、拾っていただいてすみません、

… "ありがとう、お嬢さん"」



彼女にだけ聞こえるように、彼女が語っていた役の声で、笑顔でお礼を言う。



彼女は気がついたのか、大きく目を見開いた。



男は人差し指をそっと自分の唇の前に立て、すぐに離す。



その仕草に彼女は顔を赤くし、ただコクリと頷いた。



まるでその時だけ止まったかのような、一瞬の出来事だった。



電車がホームに到着し、乗客はドアの前に詰め寄り、開くのを待つ。



そして、ドアが開いた。


乗客は一斉に降りていく。


男もホームへと足を向けた。



彼女は降りようとする背中に声をかけた。



「あ、の、頑張って下さい。…ぼ、帽子、落とさないように」



その必死さから、伝わるようにとの気迫が伺える。



勇気を振り絞った、震えた声に笑みをこぼしながら、振り返り会釈をして、男は電車を降りた。



"あ、の、頑張って下さい。ぼ、帽子、落とさないように"



ホームに降り立つと男はさっきの女性の言葉を、思い返し、笑みをこぼした。



驚いたが、ああやって感想を言われること自体嬉しくないわけではない。


さて、良い作品に仕上がるようにこれからも"彼"とともに、走り抜けていかなくては。



男は決意を固めると、次の仕事場へと、足を向けた。



ドアが閉まり、電車は次の駅へと走り出す。



その頃、電車内ではーー



ああ、これはもしかしなくても、話を聞かれていたんだと、内心で思った。

結構、興奮して大声で話していた気がする…。


まさかあの場にあの人がいたなんて。



彼女の顔は興奮で真っ赤だった。

心臓がドクドクとうるさい。

しばらくは収まりそうにない。



「ひらはー?大丈夫、顔赤いけど」



「ははん、さっきの人に惚れたの?」


どうも、友人達は気づいていないらしい。

帽子を落とした男は、ひらはが、今さっきまで話していた役者であることを。


「ち、違う…、いや確かにかっこよかったけど…」



あの人に会ったのことは心にしまっておこう。



内心でそう呟くと、一緒にいた友人の心配やら、いじられながら、目的の駅まで電車に揺られるのだった。


読んで下さり、ありがとうございます!


アニメや声優さんが好きです。

作品はもちろん好きですが、設定や裏話にも興味があります。


場面にぴたりとはまるお芝居の技に惹かれるところ、物語の中に引き込まれるところ、

ラジオやイベントの時のやり取りが面白いところ、役への思いや収録時の裏話などを聞くと、より一層、"アニメ"への楽しみ方が増す気がしてます。

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