チョコは苦々し
狸塚月狂さんの企画に参加させて貰いました!
この日に関係する人も関係しない人も何処かドキドキしてしまう-まず不静脈を疑う事を忘れないようにしましょう-日である今日。私も絶賛ドキドキ……している筈もなかった。何せもう十数年も渡せずに居るのだ。もうドキドキしようもない。鞄の中一応作った幼馴染のアイツの好きなビターチョコ。柄でも無く夜中に悩んで作ったけど結局私が甘いジュースで口に流し込むんだろう。
いつもそうだ。私は、関係が壊れるのを恐れて常に同じところに足踏みする。それが安心だから。アイツは私の悩みを他所にクラスの中心で複数の女の子とじゃれあってる。この日はどうもマイナス思考でいけない。甘ったるい匂いに吐きそうになる。教室から出ようが何しようが何処でもその匂いは私をまとわりついて離れない。堪えきれずに保健室に行ったら、そこにも桃色の空気。最近では珍しい男の保健室の先生にキャーキャー黄色い声を上げる派手な女の子達。気づかれる前に思わず扉を閉じた。
バレンタインが休日だったら良いのに!そうすれば、二人っきりでイチャつきたいリア充も家に引きこもってたい陰キャもみんな喜ぶだろうに。ここんとこ毎回学校に行っている気がする。思い通りにならないものだ。まぁ、勝手に人間が暦を作って時間を区切って【今日は女の子が男の子にチョコレートを渡す日】なんて決めてるんだから-チョコレート会社の策略が疑われているが、本当なのか は定かではない。調べようとすら思わなかったからだけど-神様もどうしようもないんだろうなって思う。
相変わらず、動き出したら止まらない脳だな。私は嘆息する。友達と話なんて殆どしてないが、頭の中で自分と常に会話している。考えたくないことは考えなければ良いのに、そんな都合の良い脳では残念ながらなれていないらしい。考え事を始めたのがついさっきのような感じもするが、全然ついさっきではなかった。昼休憩もいい加減終わる。保健室入室を諦めた2時間目の後の休憩からずっと考えてるわけだから、3時間ちょいを思考に費やした訳か。無駄な事を……。こんな事考えてるくらいなら、【どうして争いが無くならないのか】とか、【この学校にテロリストがいきなり入って来たら私はどうするのか】とか考えてた方が絶対為になるだろうに。
どう考えても、3時間目から開いたまんまにしているんだなとしか判断出来ない参考書を今迄やってました感を物凄く出しながらしまう。どうせ誰も見てないだろうけど、誰かに見咎められたら面倒だ。こんな日に物思いに耽ってるなんてバレたら、一気にお茶の間の有名人だ。ラジオのワイドショー見たいに、色んな所で尾鰭腹鰭背鰭付いて語られて、面白いようにからかわれる事になる。それは、私にとって最も避けて通らなければならない物だった。これ以上ストレスを溜めたらいつプツンと切れてしまうか分からないから。
授業開始のベルが鳴る。空気の読めないことで有名な先生が入って来る。勿論その人のキャラ付けみたいな物で、実際は凄いいい人だ。所謂嫌われ役の先生であるこの人が私は嫌いではなかった。
『はい。こんにちはー。』
やけに間延びした声を出す。まぁ良いか。テキストとノートを素早く出して授業の準備をした。
『ってか授業前ぐらいしまえよー。俺は全然貰えんのだぞー!』
笑いを意識したんだろうが、全然取れてない。寧ろ「あーそーだよなー」みたいな感じになってる。まぁ仕方ないだろう。妙に弛緩した空気のまま授業が始まった。彼の授業は基本的に全く面白くない。いつもいつもプリントを少し解いてその後解説。【1つのテキストを完璧にする】ってのが彼の主義で複数の角度から何回も同じテキストを見ることになる。まぁー眠い。人間としては嫌いじゃない先生だけど、先生としては余り評価したくない。
結局寝てしまった。この先生は人としては良い人なので、偶に-それこそサイコロ5個降って全部1を出すくらいの確率で-面白い話をすることがあるので少し損した気分になった。今日は周りの奴等も完全にゾンビと化してるのでまぁ、今回はハズレの日だったんだろうなぁと思われる。人の事を言えないけど何か可哀想な気分になった。2時間連続の日だったので休憩も含めて寝たから変な風に身体が凝ってしまっている。寝て越したので無駄な事を考えずに済んだと考えれば、割と安い買い物かも知れない。その後の帰りのHRは、イベント毎に判を押すかのように言う『あんまりはしゃぎすぎんなよ』というコメントですぐ締められた。
やっと帰宅だ。露骨な嬉しさを頑張って隠し帰宅の途に着く。結局渡せなかったが仕方が無いだろう。もう渡すつもりなんて無かった。だってアイツの周りには常に誰かが居る。そんな奴に話しかけるなんて無理ゲーも良いところだ。後悔は人生で出来ればしたくないと思ってるし、それを減らそうとは努力しているが努力が結果に結びつくとは限らないのが人生である。誰もが好きな人の好きな人になりたい。でも、その人の枠は1個で可愛い子が持って行ってしまう。それこそ当然のように。だから、恋愛ってのは嫌いだ。私は絶対に報われることはない。この位置に甘んじている間にきっと誰かにかっさらわれる。もうとっくにされてるのかも知れない。蚊帳の外過ぎて伝わっていないのかも知れない。
『おーーい。小夜華!!』
とうとう幻聴が聴こえてきた。会いた過ぎだろ……私。
『おいおい。無視すんなって。』
これは……幻聴じゃない?そう思って振り替えるとやっぱり幼馴染のアイツだった。
「何よ……橙磨。」
嬉しい癖に小っ恥ずかしくてついついキツく当たってしまう。
『あー。聴いて驚け!チョコ5個も貰えた!』
人の気も知れずに良くもまぁ能天気に。
「そんな嬉しい物なの?」
思わずそう聴くと、
『そりゃあ、嬉しいさ。幾ら義理だろうが何だろうが。それは今迄仲良くして来た友情の証になるからな。形を貰うってのは嬉しいもんよ。』
割と真面目な返答が返ってきた。だったら、友情の証としてだったら、私の心を偽ってでも渡すべきだろうか……。
「そう……じゃあ……」
私は鞄の中に押し込まれたチョコレートを出そうとする。
『お?ひょっとしてくれるの?』
そう。そのまさかだよ。
「別に……。ちょっと気分で作ったのを半分あげるだけだよ。」
「はい。これ。」
私は衝動的に割ってしまったビターチョコの半分を橙磨にあげることにした。
『おう。サンキュ。』
目に見えて喜んでくれた。それなら今迄悩んできた甲斐があったものだ。
『そう言えばさ……俺はビターが好きだけど、お前嫌いじゃなかったっけか?』
全く無駄な事を覚えているものだ。そんな事に対しても、私の心は揺れ動いてしまうのだから、何か割に合わない。
『大丈夫だよ。最近好きになったんだ。』
またここで嘘をつく。まるであんたの為に作ってる訳ではないと言っているかのように……。
『あー。美味しいぞ。コレ。小夜華ってお菓子作り得意だったんだな。多分蓋空いてなかったから食べてないんだろ?食べなよ。マジで美味いから。』
こちとら何回も味を調節する為に味見してるんじゃい!と思って、多分本命チョコだって事を夢にも思ってないであろうコイツを睨みつけながらチョコを口に入れた。
やっぱり苦い。
最後の意地で、私は平気そうな素振りでそれを嚥下した。