六、三女はお留守番
衝撃の転生者祭から三ヶ月が経ちます。毎日面白おかしく騒いでいましたが、アランを除く兄弟たちは、みんな王都の学校に帰ってしまいました。お兄様たちのように体も育ってなければ、お姉様たちのように社交の相手もおりません。ただ毎日を両親と弟、四人で仲良く過ごす毎日です。
そんな贅沢な時間を過ごしておりましたが、いつも兄弟たちが送ってくる適当な手紙ではなくなんだか高そうな封筒が我が家に届きました。ナニコレー?
「これヤバイ」
お父様の言語がヤバくなっています。
「ああ、だからあの子達には節制を覚えさせなければならなかったのよ」
お母様は最近何でもお兄様たちのせいにします。かねがね間違ってはいませんが。
リアクションだけではわからないのでアランがその手紙を見せてくれと指先でジェスチャーします。これには慣れっこなのでその手紙を掴んでアランと一緒に覗きこみます。
「ん? ボルボ伯爵家ってどういう派閥の何の繋がりの家?」
それは小難しい言葉だらけで、聞いたこともないお家からの手紙でした。
「ナディア姉さん、ボルボ伯爵家は生粋の王国貴族だよ。領地はうちから一ヶ月レベルの超遠方だけど基本王宮政治を代々してる」
アランは貴族名鑑を暗記する趣味を最近はじめています。何が楽しいのかわかりませんが、中身を含めて両親は使い物にならないのでアランにといてもらいましょう。
手紙の中身は伯爵家らしい季節や階級の挨拶が散りばめられたとても教養高い、わかりやすくいえば我が家に敬意を払った丁寧なものなのだそうです。
内容としては、あまり知らない人間が突然連絡して申し訳ない、ただお宅のラルフ君とうちのレイチェルはとても親しくしている。アンネマリーちゃんとうちのフレッドもだ。もしよければどちらかを婚約させてみませんか? とりあえずは互いの家をよく知るために親同士の会合がしたいです。お返事待ってます。こんな感じ。
ついでにアランが貴族名鑑を読みといた感想として、ボルボ伯爵家は貴族同士の婚姻だけでなく、商家や職人に嫁を出したりもしていて長男当主は純血ランバーク貴族であるが親族は多国籍他業種に富んでいるのだそう。
「これって会うのは断れないし、恋愛感情あるかないかをまずお兄様たちに聞かなきゃはじまらないわよね?」
「うん、目的もわからないしどういう知り合いなのかもわからないね。まずはボルボ伯爵に時間と場所を確認する手紙を出して、お兄様たちの事情聴取だね」
両親が再起動する前に兄たちに向けて適当な紙に雑に質問状を作成していきましょう。伯爵様へのお手紙はお父様が書くしかないし仕方ないです。
こうして王都に手紙は送られ、ボルボ伯爵家より早くお兄様たちからの解答が返ってきました。
ラルフお兄様は希望通り、職業専門学校の魔道具学部に進学しました。周囲は大体似たような家格でも三男以降。たまに長男という方もいますがそれは魔道具職人として準貴族位を得ているような職人の名家で、お兄様のような領地もち貴族の長男なんて他にはいません。お兄様は大変浮いておられたそうです。二人組作ってーと言われたら選択肢なしに相手が決まってしまうくらいの浮きようです。同じように学校ではもう一人浮いてる方がいて、大概一緒にさせられています。それが件のレイチェルさんでした。彼女は女性で浮いていたそうです。職人学校に進む女性は貴族ではいないでしょうからね。そして平民と貴族はクラスが同じになることはないです。ぼっち決定です。
お兄様とレイチェルさんはまあ、話ができるクラスメイトではありますが、親しく付き合っているわけではないとハッキリ書かれています。雑談も授業に関しては話すがご飯のおかずについて話したこともないくらいプライベートは知らないとのこと。ボルボ伯爵の先走りなのかしら? とりあえずラルフお兄様自身、いきなりふってわいた話で全く恋愛感情はないそうです。
アンネマリーお姉様は今年初等部の最終学年です。基本的にお姉様は地味に目立たずステルス性に優れた生き方を好んでいますが、何故か武道系の学科だけは全力投球してるのだろうなと思わせるほど好成績を残していました。今回の解答では、日頃のストレスを解消するにはスポーツが一番であると思ったと書いています。ストレス解消で男子連続ノックダウンはやりすぎじゃないでしょうか? そしてそのノックダウン男子の中にボルボ家の方がいたのだそうです。ちなみに今回の手紙で初めて名前を知ったとか。名前を知らない人を昏睡させるの? 疑問はつきませんが、知人に入るかすらあやしく、お嫁にいくのはなんかいやだとまでありました。
さて、本人たちの手紙では全くの無罪なのですが、ここにマルガリータお姉様とレオナルドお兄様からの手紙がついています。急いで解答する手紙に便乗して書くほどお姉様は筆まめでもありません。読む前から嫌な予感しかしませんが、とりあえず読んでみましょう。
ナディアとアランへ
多分だけどラルフお兄様もアンネも全く相手にしていないって手紙を書いてると思う。けど、相手側はそうではないのよ。レイチェルさんもフレッド君も二人にぞっこん状態で両方が婚姻できるような家でもないから、どっちが諦めるかで喧嘩しまくってるわ。つまりどっちか片方だけなら絶対断られないって思ってるってこと。ボルボ伯爵家はとりあえず一件婚約するって思っているみたい。
ちなみに伯爵様御本人が往来で喧嘩する二人を回収したりってしていて、遠目に目が合うと申し訳なさそうに会釈をされるわ。朴念人二人にこっちも申し訳ないって私とレオナルドも会釈をしている関係よ。ポールは知らん。だからとりあえず顔見たら謝っといて。
マルガリータより
アランと顔を見合わせます。まだこの地獄の報告書は一枚残っているのに既にお腹いっぱいです。そんな熱心に愛されていてなんでわからないのだろう。ついでに断りようがない縁談に見えました。諦めて次にいこうと、アランが悲しげにジェスチャーをします。仕方あるまい、レオナルドの報告を読みましょうか。
親愛なるナディアとアランへ
マルガリータお姉様の手紙に付け加えておこうと慌てて書いています。筆が乱れるのは許してくれると嬉しいです。
レイチェル嬢がラルフお兄様に惚れた理由なんだけども……。
ラルフお兄様は暇潰し程度の時間と理由で写真をこの世に送り出してしまいました。ピンホールカメラと印画紙。自宅内でこれくらいの実験をするくらいはいいんだけれども、なんかこりはじめてガラス板に焼き付けたものを着色して飾り始めました。最初は自室、次に階段とか居間とか。家に飾るスペースがなくなった後、僕らが知らない内になんと学校の自分の作業場にも飾ってしまったらしいです。前に温室でオーバーテクノロジーだと言われていたから、あ、これヤバイって思ってはいたのだけれど、ラルフお兄様は歪みなく透明なガラス板に写真を写すことに特にひっかからなかったみたいなんです。
当然それを見たレイチェル嬢はお兄様を天才だと勘違いします。そこから段々アタックが始まったようですが、手紙の通りラルフお兄様は鈍感です。激しいアタックの末、作業場の写真をねだり、あっさり金銭でそれを売ったといいます。ボルボ伯爵家には、現在我が家のオーバーテクノロジーがあります。もうラルフお兄様自身を売り飛ばすしかないかなと僕は思っています。
平和に暮らしたいレオナルドより
確かにもうラルフお兄様はどうにもならなそうだし仕方ないかもしれない。もう私は考えることを放棄しようと両親に手紙を渡しにいくために一旦たたむことにしました。するとマルガリータお姉様の手紙の裏に走り書きがしてあります。なんだと思いながら汚い字を解読したら、どっと疲れがでてきました。頑張れ、両親。私はお家に引きこもります。
「二人だけじゃなく俺以外全員やらかしてるよ。マルガリータ姉は婚約者候補から奪い合いみたいに求婚されて決まるどころか血を見そうだし、レオナルドはお師匠様方の孫娘たちに大人気だ。多分そこから決めなきゃならないと思う。俺だけ何もない。虚しい。ポール」