五、次女はステルス戦闘機
幼い頃からずっと自分を隠してきました。ほの暗い歴史からひっそりと存在する我が家。目立たず落ちぶれずを静かに保つ父に、実家すらあまり関わらず領地に引きこもりがちな母。冷たく静かな長男に、女性社会を強く歩む長女、騎士団訓練校に進み実家の呪縛から早くも脱出しはじめた次男、同じように魔法塔に進んだ三男、まだそれすら理解できない幼さの三女。そこに静かに溶けるように隠れていた私。
早く嫁に出たい。私の願いはただこの家を出て、偽ることなく自分を出せる場に出ることでした。
それらは、嫁に出ることなく、末弟アランの寝言により崩壊したのです。
私、十二年もステルス人生消化してたんですけどー。なんで全員転生者で隠してたんだー。
多分一番年長の父がもっともガックリきたでしょうね。結婚十七年七人もの子供を作ってきた伴侶が同族だったわけですから。これはきつい。マジでつらたん。
しかしです、我々一家は揃いも揃って転生者。親戚付き合いの悪い引きこもり一家だったのもあって、家族全員が前世の感覚で何かをしても何の問題もないんじゃないでしょうか、と思ったのでしょう。
まず父がはっちゃけました。おまるにした排泄物を使用人に肥溜めに捨てさせる習慣を廃止。ラルフ長兄と仲良くトイレを建築しました。
そのまま調子にのったラルフ長兄は井戸のポンプを作り上げ、下水道まで兄弟で掘り、水洗トイレを爆誕させてしまいます。
気をよくした男性陣はそこから家の改装をしたり、庭をいじったり、気がつけば領内を色々と日本式にしようとしはじめていました。
逆に女サイドはといいますと、男どもが領内で何か始めるのでその火消しに追われました。屋敷の改造程度であれば私たちも楽しめたんですが、彼らはすっかり目立たず静かな立ち位置ていうのを忘れてしまっていたのです。
ある日突然、庭にガラスの温室が建っていました。あきらかにオーバーテクノロジーです。商人が原因なのか一週間もしないうちに何を始めたのかと隣の領から手紙がきました。三男レオナルドの研究テーマで小難しくて説明できないが、そのうち論文になると適当を返しました。
またあるときは、真夏であるのに大量の透明な氷が森から家まで運ばれてきます。温室が騒ぎになるのですから氷が噂にならないわけがありません。洞窟から採取してきてかき氷やアイスクリーム作成していたと後からわかりました。私たちはお呼ばれしなかったのでフォローはしませんでした。
そんなことを繰り返していましたが、とうとう母はこのスカポンタンたちに説教をかましてくれます。もっと周囲へ目を向けなさい、と。
しかしこれはタイミングが悪かったのかもしれません。領内で奇抜なことをしているうちは、うちの男どもがすみません、で済んだのですが、急に私たちの生活にも手を出してきたのです。
「どうしてこうなったの?」
私が心の底から疑問を出せば、既にマルガリータお姉様に正座させられているラルフ長兄、ポール次兄、レオナルド。
ただ寮に帰って、新学期の勉強道具を準備して。それだけで王都の日常に戻るはずでしたのに、寮には既に私の部屋はなく、次兄の通う騎士団訓練校の側の一軒家に私の荷物が移されているといわれました。寮母に伝えられた言葉に仕方なくその家を訪ねて、玄関のベルをならし、マルガリータお姉様が中からドアを開けてくれたらこの光景です。
「相談なく決めたのは悪かったと思ってる。けどマルガリータはともかく、アンネは母様に説明されなかったのか?」
ポール次兄の言葉にそういえば手紙を渡されたなと思い出しました。自室で落ち着いてから読むつもりでしたが、そこに説明があるのかもしれません。がさごそと鞄をひっくり返して手紙を探していると私が散らかした荷物を正座解除させた兄弟たちが綺麗に畳んだり積んだりしてくれています。うまいこと逃げましたね。やっと見つけた手紙には、ここの住所と正座をさせて説明させよとだけ書きなぐられていました。
「とりあえずもう一度正座からですね」
手紙をぴらりと広げて見せれば、三人は大人しく定位置に戻ります。この中で一番頭がいいのはレオナルドですが、絶対に誤魔化しをしない正直者のラルフ長兄を指名して説明をさせました。
今回の兄弟同居計画はラルフ長兄が言い出したことのようです。一番の理由は三男レオナルドの安全確保。魔法塔の寮生は大体がレオナルドの敵派閥なのでレオナルドのお師匠様たちからもレオナルドが地方出向できるまで別住まいに隠れるようにと父宛に手紙が出されていたそうです。
魔法塔の寮以外だと生活面にもセキュリティ的な面でもまともな下宿は埋まっている季節。ラルフ長兄は専門学校に進むために王立学園の寮を退寮する予定であったので二人で部屋を借りたらどうだろうと思ったそうです。
父にラルフ長兄が相談すると珍しく父はそれに賛同しませんでした。曰く、「お前武道成績もよくないだろ? 弟守れるのか?」と。ラルフ長兄は素直に思いました。「あ、俺には無理だわ」と。
そこで単純に我が家の武力、ポール次兄に白羽の矢がたちます。男三人が住める家、二部屋以上の居室がある借家となるとアパートタイプはなく、一軒家に。一軒家の賃料は三人分の単身寮の値段より高くつきます。そして素直なラルフ長兄は思いました。マルガリータもきたら費用面は問題ないんじゃないかなあと。そこまできたら私も含めて、ポール次兄とレオナルドが自領に帰っても来年なら入れ替わりで三女ナディアがくるので継続して借りれます。私の中等部卒業とマルガリータお姉様の高等部卒業時、ナディアが学園寮に入る予約を入れていればうまいこと回るという感じです。
なんだか現金なはなしで決まったのだなと思っているとポール次兄が挙手しました。よくわからないけれどどうぞと促します。
「ラルフ兄が思い付いて、アランが組み立てて、母様を説得するという手紙をもらった。それでラルフ兄が来る前にレオナルドを連れて寝床を確保しなくちゃならなくなったんだ。だから騎士団訓練校に連れていった。セキュリティはピカイチだし」
我々一家は教育以外に王都に滞在しないので知りませんでしたが、騎士団訓練校や魔法塔の学生寮にはゲストルームがあるんだそうです。大体が地方からきた親が泊まるための施設なのですが、最大三日しか泊まれません。三日のうちになんとかしないとなとポール次兄が考えていたら、珍しい初等部年齢の子どもに寮生がかまいだし、すぐに教官に噂が飛びました。ポール次兄は教官に一連の流れを説明して一軒家を借りる方法と退寮の手続きを相談したそうです。
結果、ポール次兄は訓練校所属中は退寮できない規則をしりました。しかし、魔法塔でのレオナルドの立場を聞いてこんな提案をしてくれます。
退寮できないが騎士団には何も独身寮だけしかないわけではない。訓練校所属中に入るのは前代未聞だが、家族寮がある。騎士団関係の建物がある区画の一軒家は大体家族寮だ。ちょっとかけあってみよう。
レオナルドはただの子どもではありません。久しぶりに騎士団に魔法教導をつける予定の魔法塔の人間です。レオナルドを保護して何年も魔法教導を受けられるかもしれない。そんな理由からポールは騎士団家族寮であれば兄弟で住めるとわかったので即決しました。ちなみに家賃は格安です。ついでにポール次兄が自領に帰っても、家族の安全面から数年兄弟が住んでいても構わないと特別あつかいになりました。
そんなこんなで今日からここで生活をすることになります。レオナルドの通学にはラルフ長兄を除いた全員がシフトを組んで送り迎えをすることになりました。目立たない私ですが、武道系の成績は常に三番以内なのです。役に立つこつができそうでほっとしました。まずはその武力を兄弟三人に振り下ろすことからはじめましょう。