四、三男も人間
マルガリータ姉様が実家によこした手紙はポール兄様にあてたものだけではなく、母宛のものもあった。なんだか最近怒鳴ってばかりで遅れてきた肝っ玉母さんといった感じになってきた母は、我々男全員をなんと正座させてお叱りになった。
婚姻をなんと思っている、マルガリータの人生をどう思っている、内政楽しいはいいが貴族社会で生き残る気がないのかとまでいわれた。
確かに我々は男だけで集まってポンプを作ろうとかマヨネーズにいたるまでの殺菌についてだとかそんな話をしていた。
そんな我々を置いて、母を筆頭に未就学児の三女まで合わせた女性陣は元セミスターカ貴族の小さな社交界でちょっとした社会実験をする予定だから中央の目につかないよう暫く今まで以上にステルスしたいのだと根回ししてくれていたのである。
ああ、それは怒って当然だよなあと理解した。ステルス宣言していてお姉様の中継ぎ当主、および婚約が元セミスターカ貴族以外で進められるなんて周囲に警戒されるに決まっている。最後に母は「報告! 連絡! 相談! ホウレンソウ! 復唱!」と叫び、全員で復唱して解散となった。その後、王都に戻る準備をしだしたポールお兄様を見かけたので「母にホウレンソウはしたのですか?」ときいたらそのまま引きずられて、僕も早めの王都帰還が決まってしまったのである。放っておけば良かった。
そういうわけで、王都。嫌だなあと思いつつも帰ってきてしまったのだからまずは先生に挨拶にいかねばならない。今度は僕がポールお兄様を引きずりながら「関係者なのだから父の名代もかねてお礼くらいいってくださいよ」と連れていく。
魔法塔は実は俗称だ。正式名称の話になると建物自体はバヴェルという崩壊しそうな名前がついていて、教育機関である組織の名前は魔法省研究・教育施設バヴェル教育課程初等部クラスという。
王立学園やら騎士団にも教育過程があり、初等部というのは義務教育の年齢が入学対象であることを表している。しかし、年齢のみが初等部なのだ。やってることは各々違い、魔法塔の初等部は日本的な価値観でいう大学院に近く、授業はなく研究者の弟子として研究室に所属しながらひたすらレポートをあげていく。大学で学びながら入りたい研究室を決めて院に進学する地球式と違い、入学して半年以内に教授格である魔法使いに師弟関係を結んでもらい分け与えられる知識や研究費で功績を積まねばならない。
僕はこの最初の師弟関係を結ぶところで躓いた。エリート官僚コースと言われるだけあって、入学前にコネなり金なり積んで弟子入り先を決めておくのが常識な世界に、入学して暫くしてからやっと気付いたのだ。当然、まともな研究費を持つ官僚型の先生は全てお断りをされる。
そこで研究費を錬金する方法をレポートとして金回りの悪い先生を回りだした。師弟関係を結んでくれたのがダインカーン先生である。
ダインカーン先生は僕のレポートを他の先生たちにも見せて回った。師弟関係は別に一対一である必要はないので、ここで僕を気に入ってくれた先生たちは十人もが弟子にしてくれてただでさえ少ない研究費を分担して支えてくれたのだ。お陰様で僕は官僚系でも研究系でもまともな成績を残せている。
「といった感じで、先生たちは皆さん僕の恩師です。国家から降りてくる予算以外を研究費にできるようになったら絶対にお礼をしなければなりません。現状、愚兄の頭しか下げれませんが、本当に本当にいつもありがとうございます!」
あまりよくわかってなかったポールお兄様も、先生たちを前にこの一年の僕の話をきいて直角に頭を下げてくれる。こういうとこ、兄たちは実直な好人物だ。ありがたく兄とならんで頭を下げているとまあまあとやっと必要な話にダインカーン先生がすすめてくれる。
「それでいつから申請するおつもりですか? 手紙はざっとしか拝見できていませんが、お父上はポール殿とご長女の婚約者を筆頭に申請するつもりだとありますが」
これについては正直、手紙以上に中身のある話ができていない。マルガリータお姉様はまだ婚約者も決めていないわけで、そうなるとポールお兄様も訓練校の卒業がだせない。ポールお兄様が騎士団に本所属しないと、僕の出向事由をうめられないので僕は王都から避難できないのである。
困った顔をしていたら、ポールお兄様は父にそっくりな仕草で「あっ」と呟いた。もう一通手紙を持参していたようでその場で広げる。
ポールお兄様へ
お兄様が王都に行かれると聞き、慌ててラルフお兄様に代筆していただいています。
恐らく、レオナルドお兄様の先生と話を詰めるでしょうから簡単にメモしておきます。
マルガリータお姉様は王立学園を今年一年中等部、来年から高等部に進学予定。中等部在学中に見合いとデートをしてもらわねばならないので(元セミスターカ貴族向けに恋愛結婚を装います)、レオナルドお兄様の地方出向も一年は遅らせる形になるでしょう。
ただ、命の危険があるレオナルドお兄様を魔法塔の寮には置いておけないのでもう王都組の兄弟全員、一緒に住んでもらおうという話になりました。今からお母様の許可を貰ってから一軒家を借りる資金を送ることになると思います。詳細はそちらで。
一先ず魔法塔の先生とポールお兄様の教官に「寮を出て兄弟で家を借りる方法」を聞いておいてください。成人男性、騎士団関係者、高等部に進む次期当主が住まう家であればある程度手は出しづらいのではないかというラルフお兄様の思い付きです。ではお母様と戦ってきます。
アランより
なんというか、また母大爆発が起きそうな話である。そもそも兄弟バラバラに各学校の寮に入ったのはさまざまな面倒事を避けるためであった。タウンハウスなんか持つと使用人は雇わないといけないし、女兄弟がいるから茶会なんかを開くなんて話もでる。亡国派閥のたまり場にしないためにも王都で家は買わない借りないが代々のお約束であった。アランはそんな話は知らないのか、いや、話さなくてもわかる聡い子だよなと考えるとどうなるのかわからなくなってきた。
なんと報告したらいいものか悩んでいるとポールお兄様は何の躊躇いもなく齢一歳児が代筆させた手紙を先生に提出する。ダインカーン先生は大体我が家の事情(転生ではなく中立コウモリ)を知っていらっしゃるのでうーんと首をかしげられた。
「確かにレオナルド君の安全面だけでいえば家を借りるのは悪くないでしょう。ただ、政治的にご家族が不便になるのではないかなあ」
無難に聞いてくれる先生に対して何故か自信満々のポールお兄様は言ってのける。
「まあ、その辺はアランが考えてくれるでしょう。マルガリータの次に当主になる男です」
こうしてまた、母にホウレンソウが届く前に我が家はまた突っ走り始めた。いつも通り、マルガリータお姉様は何も知らずに巻き込まれている。ついでに今回は次女のアンネマリーもだ。頭がいたい。