二、長女は宙ぶらりん
先日、我が家は全員転生者という特大の暴露大会が行われました。今まで領地経営が安定しているのに発展させない父や、子どもを産んだら育児がなどといい中央社交界に伝を作らぬ母。あちこちに地雷がある我が家はなんて不良物件だと嘆いていたはずなのに。全員が転生者であれば、多少この世に合わないことをしても誤魔化せるんじゃない? と急に内政やろうよという空気になってしまいました。テンション上がりすぎてみんな今までのキャラクターが崩壊しています。
特にキャラクター崩壊が激しいのが一番上の長男ラルフお兄様。今までは寡黙で思慮深い、知的な貴族といった方でしたのに、急にバカっぽいことをいうようになりました。今までは転生者だとバレたら、敵が多い我が家の態度だと追い出されるかと思っていたそうです。実際は話についていけなかったり、理解できていないのを誤魔化していたんだとか。ガッカリしましたが、身内以外からみたらまだ知的な貴族に見えるでしょうからこのまま年季の入った寡黙キャラクターを継続していってもらわなければなりません。
逆に今までと変わらないなと思ったのはお母様。今回のことで、兄弟全員が成人した人格で母のお乳を吸っていたということがバレたわけなのですが、豪胆にも「私もお父様も通った道だから」と、気にとめない御様子。ありがたいような気にしなさいと叫びたいような複雑な気持ちです。
さて、そんな家族会議から一ヶ月。我が家の内政計画は既に決まり、父とラルフお兄様が色々始めたようなのですが、すっかり忘れていた話をしなければそろそろ私も学園に帰らなければならない時期が迫っています。母に相談したところ、あの日から遠慮がフリーになった我が家のサロン、通称会議室にノックもなしに乗り込んでくださいました。母は本当に貴族としての淑女教育を終えた人なのでしょうか。
「あなた、まだマルガリータの婚約者を決めていないってどういうことなの?」
サロンのなかには赤子のアランも含めて我が家の男性全員が揃っていました。広い机はガラクタで占拠されており、みんな地面に座り込んで一枚の紙に群がるように跪き、なんでしょう、秘密基地にいる男子小学生のようです。一斉にこちらを向いた男家族はみんなよく似ています。クローンみたい。
母の言葉を聞いた父は首を傾げます。
「あー、どうするかな? 」
「どうするかなってなんですかマルガリータの卒業式まで一年ですよ!」
夫婦喧嘩というより、母が一方的に怒っています。まあ、女性でなければわからないのかもしれません。私は自分の将来についてぼんやり思いを馳せて時間を潰しましょう。
ランバーク王国では十歳から指定教育機関で教育を受けることが義務付けられています。しかしその義務教育は十三歳まで。下級貴族や準貴族はそこで教育は終了です。その上にある中等教育は高校みたいなもので、卒業しなくても良いが大体の親が通わせようとする場所。我が家はそこそこひろめの領地を賜っている身なので私も中等部まで通わせてもらっています。ただ、この上の高等部や大学は上位貴族やインテリ貴族の場所であるので女の私が上がってしまうと嫁入り先がなくなります。ですので、来年卒業式を最後に、婚約者がいなければこの領地に引きこもるしかないわけです。
ついでに女の嫁入りにも色々な格があります。長女である私が我が家で一番格があり、次女、三女と落ちていきます。政治的に考えて、私が嫁ぐ家と三女が嫁ぐ家がもめた場合、あからさまであるとか他のしがらみがどうとかなければ、私の嫁入り先を優先することになります。将来的な火種を作らないためには、私が姉妹の中で一番家格が高い家に一番に結婚しなければなりません。妹たちの将来にも深く関わってしまうのです。
「あのさ、母様、それなんだけど本当に父さんすぐ決めるの無理なんだよね」
次男のポールが白熱し出した母を遠慮がちに止めました。三男レオナルドも激しく首を縦にふって肯定します。ラルフお兄様はやっぱりわかったふりをしています。何で弟たちのがしっかりしているのでしょうか。
ポールによると我が家は中立コウモリなつもりでも外からは亡国派だと見られているため代々中央貴族とは縁のない婚姻を繰り返してきたのだそうです。しかし、この度、我が家は内政を日本式じわじわ寄せていくつもりであまり他人に出入りされたくない状態。今までのように元セミスターカの貴族だと簡単に往き来ができてしまうのでなし。じゃあこの領地までこない中央貴族をとなると、宮仕えもしていないし、王都にタウンハウスもない我が家と誰が縁付きたいんだ? となってしまう。完全に詰んでしまったのだそう。
「ではマルガリータは嫁にいかずとも良いというのですか? 時間がたてばなんとかなるとでも?」
恐らく時間は悪化する材料でしょう。私はもう諦めても良いのだけれども妹たちを思うと嫁に出ないわけにもいきません。
「マルガリータは好きな人とか希望とかはないのか?」
四方八方相手が選べない話をしているのにラルフお兄様は全く聞いてなかったかのように聞いてきました。
「お兄様、贅沢をいっている場合ではないのですよ?」
最近の母が父に怒りっぽくなったように、私もラルフお兄様にはイライラをぶつけ出している気がします。我が家の惣領息子、今までの価値観では噛みついてはならない相手なのはかわらないのですが、冷酷貴族風な見た目に反してポンコツで、日本人としてもぼんやり気味な面を知るにつれて遠慮が無くなっているようです。レオナルドの困った顔に目を移してクールダウンをはかっていると、低いところからかわいらしい声がしました。
「お姉様、特に希望がないのであれば進学しませんか? 侮辱ではなく転生者だからの選択肢なのですが、領内で職業婦人をして平民の男性と事実婚を狙うのです。政治バランスを考えずに好みから選べますし何より僕たち凄く助かります」
一番実のある意見を述べたのはまだ一歳のアランでした。中身は一歳ではないとわかっていても一歳の子に負けてる感覚は凄まじく襲ってきます。それを聞いてもう馴れているのか、十一才になったばかりのレオナルドがどうして助かるのかとたずねました。うちの男性陣は下になればなるほど賢いのでしょうか。
アランは小さな手を広げて舌ったらずの口調で指折り話始めました。
アランの考えによれば、ラルフお兄様は新学期から王立学園の高等部よりも魔道具の専門学部がある職業訓練校に行った方が良いのだそうです。領地もちの嫡男がいくにはおかしなところではありますが、転生をカミングアウトして家族仲が良くなってから、お兄様自身があまり家を継ぎたくないと言い出したんだとか。おバカな自分の中等部での経営の成績表と下に行くほど賢い弟を見て、領地から追い出さないでくれるのであれば後継を譲りたいと思ってしまったのだそうです。加えて、本人は手先が器用で、日本では技師として働いていたのでモノ作りで食べていく自信があるとまでいいます。
次に次男のポール。ポールは初等部は王立学園に入りましたが、中等部は騎士団の訓練校に進みました。次男なので本来長男の予備として経営などを学ぶために王立学園に進むのが定石ではあるのですが、なんと現役騎士団員からの推薦状をいただいてしまって断りきれずに訓練校に。遊ぶ金欲しさに休日は郊外の森で狩りをしていたのが目をつけられた原因だったとか。卒業後は騎士団で規定年数働くか、訓練校の幹部候補生として持ち上がるかしかできません。
そして三男のレオナルド。この子はもう魔法塔のエリートコースに乗ってしまっています。高等部まで進み、エリート魔法使いになるか、大学部まで進んでこの国最高峰のインテリな研究者になるか。
最後に四男アランはまだ一歳。王立学園高等部を卒業するという領主の安泰ルートに乗ったとしてもあと十七年も先の話です。平均寿命とお父様の年齢を考えれば中継ぎは必須でしょう。
「ですので、お姉様に十年くらい中継ぎ領主をしていただけたらみんなで仲良く領地引きこもりで内政ができます。ラルフお兄様を後継者から外したら女性中継ぎとして進学するのはある程度柔らかい目になるでしょうし。
お姉様が普通の貴族として普通に結婚したいのであれば、ラルフお兄様に職人な人生は諦めてもらうか、次女であるアンナマリー姉様に中継ぎになってもらうか、お父様に平均寿命を無視してもらうかという感じになります。三女のナディア姉様は僕と近すぎるので普通にお嫁にでた方がいいですね」
なるほど、現実的に考えてラルフお兄様が家を継がないと面倒なことになっていたらしいです。けれどラルフお兄様は継ぐのに躊躇いがあると。先ほど女性の嫁入りの格について考えましたが、領地を中継ぎとして継ぐ優先順位といいますか、誰も婚約や結婚をしていなければ長女がというのも普通です。
しかし、なんといいますか。男の子上三人が家を継がないとは呪われた家のように見えますね。普通は継ぎたがっての方向で揉めるものなのですが。
「ねぇ、みんなが領地に戻ってくるように話しているけれど、具体的にどうするの?
普通後継指名から外れたら領地には帰れないわよ? なんの庇護もないラルフが指名を外される不名誉な理由もいるし、ポールはあと三年から十年は騎士団に所属義務があるわ。それにレオナルドは塔に入ったのよ? 田舎に帰れないのではないかしら?」
お母様は全員で領地に引きこもることに魅力を感じたようで落ち着きながらも問題点を指摘します。するとそこのところは考えていたのかお父様が入ってきました。
「ラルフはまだ手付かずだが、他はレオナルドが良い話を持ってきた。多分これでいけるはずだ」
レオナルドの案件はこれもまた意外性にとんだ話でありました。
前世で開発職であったレオナルドは、この世に生を受けたことで、魔法という一番慣れ親しむのに難しい分野を研究して育ちます。それは魔法の構成というある意味科学的な研究もですが、伝説や噂話など風俗学的なものも含みます。つまり、政治的な意味や社会的なステータスだとかの構造ではさっぱりポンコツであったのです。
お伽噺のような魔法使いが鈴なりに魔法塔に集まる、理系大学なようなものだと思い込んでいたようで、レオナルドは家族が驚き、王都でその権威をもつ魔法塔の存在を見てその誤解を理解しました。研究職を選んだつもりだったのにエリート官僚コースがある名門大学付属校にきちゃったんだ、と。魔法塔は研究機関のトップであるのは変わりないのですが、周囲は少々選民意識が高いわかりやすい貴族の巣窟。入門して早々に人間関係に嫌気がさしてしまったんだそう。
しかし、レオナルドはそれでも成人して、研究というか開発者をしていた中身を持つ人間です。完全にレールを反れずに、さりとて交わらずに済むように、新たな道を模索しました。
「共同開発ですか?」
レオナルドは国の機関として国家予算から研究費を奪い合う今の魔法塔に「予算無限計画」という官僚よりのレポートを提出したのだそうです。私にはあまり細かくはわかりませんが、日本というか地球では珍しくなかった、企業に出資をしてもらい大学研究室が共同開発して商品を作る仕組みを持ち込んだのだそう。これが受け入れられれば研究費を奪い合う塔の内向的な政治は外交体質になり、外部の者も魔法塔を出入りしだし、風通しが良くなって体質も官僚型から研究型になるだろうという見込みです。
さて、まだ初等部の一年生ながら立派な、派手すぎる改革案をだしたレオナルド。このレポートは物議を醸し出し、レオナルドはいきなり派閥闘争に飛び込んでしまいました。
現行通り権威を保ちたい保守派は官僚型、研究費がもっと欲しい改革派は研究者型。レオナルドは研究者型の改革派の一人です。発案者だからそうでしょうとも。なんとなく身の危険を感じだした頃、改革派のえらい先生が提案してくれたのだそうです。
「地方出向ですか? はじめて聞きました」
魔法塔は国の中心で魔法省といわれる文武の公機関の建物で、文よりの研究・教育の象徴です。文部科学省と魔法分野に切り分けられた防衛庁の複合省庁なわけですが、文よりに近いだけあって王都からはそう離れる分野も下部組織もありません。
「なんでも環境差による素材採取や騎士団への魔法分野の教導で一定数の人間が地方に送られるのだそうだ。エリートコースにから外れた人間が送られることが多いから滅多に表にはでないが、行方を眩ますのには効果的だ。また中央に戻すつもりか、このまま出向状態にする気か、その先生の思惑はわからんが、大体希望地にいけるのだそうだよ。人数が少ないのもあってな」
この休暇の間に父は件の先生と手紙で話し合い、レオナルドを飛び級させて中等部所属にして地方出向の準備を調えていたのだそうです。まだ十一にしかならないレオナルドですが、公務員として領地に帰る算段がつきはじめたのでした。
「レオナルドが帰郷するにあたり、教導する騎士団員を選出しなければならない。そこでまた飛び級だ。ポールも中等部を卒業させて、この領地に赴任させる」
魔法塔の教導を騎士団が受けるにはある程度のコネがいるようです。今回、実力はえらい先生が認めているとしてもまだ初等部一・二年生の年頃のレオナルドの教導を素直に聞けるという条件をつければ、引きこもり体質の我が家にコネがある人物は身内であるポールくらいになります。
「まあ、まだ見習いにしかなれないので騎士団の上司も連れてこなければならないがな」
まだ学生のポールは騎士団の見習いとしてこの仕事というか教導を受けます。魔法塔の教導なんてコネが必須のエリート教育になるので、ポールは現在おこぼれ教導を受けられる指導騎士になりたいと未来の上司たちからラブコールが送られていて、領地の話を外部にもらさない人間選びに四苦八苦しているのだとか。
そんな話をしていると何故か再びお母様の怒りに火がつきました。ぷるぷるしています。少し離れましょう。
「そこまで派手に動いていながら、マルガリータの婚約はなし? 嫁入りは諦めろ? どうして私やマルガリータに話さなかったのですか!」
男性陣の調整だけしていたことにご立腹の御様子。話の大きさからしてレオナルドとポールから片付けなければならないのは私も理解できました。しかし、まあ、来週にはラルフお兄様は卒業式に、私は新学期の準備のために王都に戻ります。指針がわからないのはかなり困り者です。
母の怒りをぼんやりみていたら、肩にぽんとなにかが乗りました。ラルフお兄様の手です。
「上二人宙ぶらりんだよな、どうする?」
あなたのせいで私も宙ぶらりんなのですよ、と、とうとう私もお母様のようにラルフ兄様に怒鳴ってしまいました。
一週間後、王都に向かわなければならない私とラルフ兄様の前で、何故かポールに「姉様、婚約者選んだから高等部に進学して仲を深めてきてよ」と爆弾を落とされて、この問題には決着がついたかのように見えたのでした。