一、長男のカミングアウト
魔法やモンスターがいるファンタジーな世界に転生して十五年。所謂貴族というものに産まれた俺は王立学園の中等部を卒業する最後の年、帰宅する予定のなかったド田舎領地に帰還せよと父から命令を受けて舞い戻った。本来この夏期休暇を開ければ卒業式で、そしたらどうせ一時帰宅して父に進学の手続きを頼む予定でいたので二度手間である。
ものすごく面倒臭そうな顔で帰宅したら弟妹まで揃っていた。前世の基準では美しい、今生の感覚では少々悪人面な我々はみんな同じようなやる気のない表情だった。
挨拶も適当にして執事に指定された我が家のサロンにだらだらと詰め込まれ、まだ未就学の妹ナディアが入室、続いて母が知らない子供を抱いて現れ、最後に父が、そして使用人は茶を出すと全て下がって家族会議が始まった。
久しぶりに集まった家族の顔は、長らく王都ですごした俺には迫力満点に見える。全員が青白い肌に真っ黒な髪の毛と瞳、きつい目尻に薄い唇。家族会議ではなく秘密結社の集まりに見える圧力があった。びびってはいるが、多分俺も同じような悪役がはまる顔をしている。
「久しぶりに全員集まったな。まずはおかえり。去年帰還しなかった者に伝えるが、この子はアラン。お前たちの一番下の弟だ」
最初に口を開いたのは父であった。母が抱えた赤ちゃんを抱き上げ……誘拐犯かな? その子を兄弟たちに見せつけるように角度を変える。
知らない内に我が兄弟はまた増員していたようだ。そんな大事なこと黙ってるなよ、と思いつつも、三年も帰らない不義理をしていたのは自分だったよなと思い返す。手紙も業務的なものしか交わしていない。転生者だとばれないように我が家の教育に従順なふりをするのは疲れていたのだ。よって何かと理由をつけて帰らなかった。お陰さまで嫡男のくせに我が家の政敵だとかはさっぱりわからない。
なんかこう、ニュー弟について気のきいたこと言わなきゃかなと考えていたら俺のすぐ下の妹、長女マルガリータが先に口を出した。助かる、兄ちゃんなんも思い付かないから。マルガリータは一度椅子を立ち、淑女の礼をする。
「お父様、お母様、ただいま帰りました。そしてアラン、初めまして。あなたの姉よ。レオナルドの小さいときに似てるわね、きっとあなたも賢くなるわ」
レオナルドは三男で魔法塔の初等部に今年入学している。兄弟の中で一番賢く、貴族が義務で進学する王立学園ではなく、塔に招待された。前世の感覚でいくと王立学園は年頃の貴族全員に通知が来る公立小学校みたいなもんで、魔法塔は超エリート進学校。王立学園だって貴族の学校であるから、入学までに家庭教師をつけたりだので大概エリートな教育を受けているはず。しかし、毎年国内で10名しか受け入れない塔の初等部にレオナルドは入った。間違いなく頭脳明晰である。同年代で1%未満といえばわかるだろうか。
マルガリータがそんなことをいうものだから、アランの瞳が理知的に見えてきた。一歳児にそんなもんあってどうなるんだといえばそこまでなのだが。
次に口を開いたのはその三男のレオナルドだ。自分に似ていると言われたのが気になったのか少し身を乗り出してアランを見ている。
「瞳は確かに僕と似た色合いですね。けれど髪の色はマルガリータ姉様が一番近いし、額の形はお父様系でラルフ兄様とアンナ姉様です」
レオナルドはよく見ているなあ。俺からしたら髪色なんて黒・茶・金くらいしか識別できなかったが、濃い薄いとかなんかそんなもんで比較できるみたいだ。俺にとったら皆同じ瞳と髪。額の形もみんな額だとしかわからん。
しばらく兄弟でどこが誰と似ているなんて雑談になった。わからん俺はついていけず弟妹を微笑ましく見守る兄を演じながら、話をふるなよと内心焦りまくっている。正直なことを言おう。全員そっくり顔が怖い。
ある程度兄弟比較が終わったところで、父が話を止めた。場もあたたまったので本題にはいるようだ。
「兄弟仲が良いのは嬉しく思うが、今日は我が家の今後について話をしたい。と、その前に最近発覚した前提を話そう」
少し雲行きが怪しくなってきたなあ。なんか父の話が最近どころか王国史になってるような……。まだ幼い弟妹のためかもしれないのでつっこまずに聞いておこう。
父の話をわかりやすくするとこうである。
我が領土は元々セミスターカという国の領土であり、ご先祖様はセミスターカ王国の男爵であった。領主はそのセミスターカの侯爵様であったが、侯爵様は王城で役席があったので隣り合って遠縁の親戚である小領の我が家は一部地域の治世を代行して領土や爵位の割には食っていけてる程度の貴族だったんだとか。
ある時、別の国、ランバーク王国がちょっとイケイケだった隣国に王妹を嫁がせた。だが王妹は蔑ろにされたらしく怒ったランバーク王国はその隣国に戦争を仕掛ける。当時のランバーク王国は田舎の小国も小国で、勝てるわけはないとみんな思うようなカードだったらしい。しかし、まあ、ランバーク王国は勝った。それも圧倒的に勝った。ついでに侵略した先での評判も良かった。あちこちでランバーク王国に併合されたいと内乱が起きた。結果、セミスターカを含む大陸中の国はランバークに負けて侵略されるという構図になってしまう。
我が家はその戦争で華麗な活躍……はできなかった。何故なら戦にでた侯爵、侯爵の腰巾着らの代わりに留守番をさせられたからである。
戦争が終わり、ランバーク王国は田舎の小国から大陸の覇者になった。元からランバークの貴族という人材だけで国を回すには足りない。仕方ないので亡国の元貴族を使わざるおえなかった。でも反乱は怖い。そんなわけでランバーク王国の全ての貴族は十歳から王都にある学校に通う義務ができたのである。人質だ。参勤交代に近い。
という流れにより、我々の一族はランバーク王国の貴族として真面目に勤勉、勤労をしめさないといけない。ランバーク王国に国を潰されたと恨みを持ってるぽい家には裏切り者と思われず、さりとて共謀せずを貫かなければならない。生粋のランバーク王国人と亡国人の間で目立たないようにひっそり生きるしかなかったのである。
「ここまでがつい数ヶ月前までの我らの立ち位置であった。しかし、来月からは大転換をする要素ができた。転生者だ」
父の演説が急に斜め上にぶっとんだ。いつばれたんだ。というか、この世に転生という概念があるのか? 俺が何故わかったと口を開こうとしたら、またマルガリータが俺より先にぶっこんでくる。
「何故わかったのです! 私が転生者だと!」
ん? 私? え、マルガリータも転生者なのか? 俺の話じゃないのか? 頭の中を整理したいが、事態は加速度的にすすんでいく。
「マルガリータお姉様もなのですか? ああ! 私たちだけではなかったのね!」
「そう、マルガリータもなのね。あなたは一人ではありませんよ」
ついに母まで参戦してきた。
「あの、この流れだから僕も。僕も転生者です」
「ああ……なんということだ。家族の半数以上がずっと隠してきていたのか……」
「お父様、私もです」
「俺もです」
「つまりラルフ以外全員?」
気づけば俺以外みんながカミングアウトをしおえていた。
「俺も、転生者です……」
十五年、必死に隠してきた。受けた教育から整合性のとれた人物を演じて。しかし、まあ、それは揃いも揃ってだったのである。なんという無駄。なんという家族。全員日本人な記憶があったのに、元セミスターカ貴族として暗く静かに怖い顔をして隠していたのだった。
ちなみにこの一連の転生者バレの発端は、一歳になるアランの寝言「やっぱ豚骨が一番」に反射的に「塩よ」「味噌よ」と母とナディアが返して、更に父が「醤油がスタンダードでは?」と口を出したことだった。俺は豚骨醤油をおす。