第2話:僕と君の初めての事件(後編)
僕と多逗根さん、そして味美さんは再び法廷に足を踏み入れる。ここで決着をつけないと……。
「それでは審理を再開します。弁護側、検察側、準備は出来ていますか?」
よし!気合を入れて行こう!
「はい!出来ております!」
「……こちらも問題ありません」
「よろしい。ではまず、化学検査の結果をお願いします」
裁判長がそう言うと、係官の人が資料を配った。ここに答えが出てる筈だ。
「多逗根さん!これ……!」
「うん。やっぱりだったね」
裁判長が文屋さんに声をかける。
「証人、文屋千尋。証人席へ移動しなさい」
裁判長に指示されると、文屋さんはゆっくりと証人席へ移動した。だが、何だ?あの余裕は……?
「証人。万年筆から毒物が検出されています。これはどういう事ですか?」
文屋さんは静かに顔を上げた。その表情は余裕に満ち溢れていた。
「これはこれは。なるほどなるほど……そういう事ですか」
言い逃れするつもりだろうか?
「文屋さん!説明をお願いします!」
「ああ、弁護士さん。文屋、分かっちゃったんですよ。この事件の黒幕」
何だって……どういう事だ……?
「文屋は!嵌められたんですよ!文屋は色んな所に取材に行きました!それこそ!危険な場所にもね!この世の酸いも甘いも見てきたんですよ!文屋の事を邪魔だと思ってる人間は五万といるはずです!」
な、何を言ってるんだ……。
「ですが文屋は諦めません!今日も文屋はペンという名の剣を手に、圧制と戦うのです!文屋のフミは『踏みとどまらない』のフミなのです!!」
多逗根さんが僕に話しかける。
「守部クン、耳を傾ける必要は無いよ。大声を出して話題を逸らそうとしてるだけだ」
「え、ええ。しかし……あの自信は……」
僕が戸惑っていると、再び文屋さんが声を上げる。
「大体!どうやって文屋が毒を盛ったって言うんですか!?ただ!万年筆に入ってただけなのに!」
そう……ただ入ってただけ。これだけなら、勝手に学校から物を盗んだというだけだ。でも……。
「これは僕の推測なのですが、万年筆はインクを吸って使う物ですよね?でしたら、その逆も可能なのではないかと……」
「推測!?推測で人を犯人呼ばわりですか!?これはもう明日の学校新聞の見出しは決まりですね!『悪徳弁護士!勝手な妄想で人を犯人扱い!!』」
文屋さんが騒いでいると、琴割検事が割って入った。
「……証人。少し静かにしては頂けないだろうか?」
「おやおや検事さんもですか?やはり法曹界は腐ってますね!!」
何とか出来ないだろうか……この状況を突破する方法を……。
「それに!キングコブラの毒でどうやって清木さんを殺すんですか!?」
ん?今の……もしかして……。
「文屋さん。ちょっといいですか?」
「何です?新しいでっちあげでも思いつきました?」
「いえ。あなたはキングコブラの毒が、普通に服用しただけでは死に至らないと知っていたんですか?」
「……そうですよ?何かおかしいです?何でも知っておくのはブンヤの基本ですよ?」
やっぱり、知ってて盗んだんだな……。
「キングコブラの毒は服用しただけでは死なない。あの毒は傷口から血液中に入って初めて効果を発揮します。そうですね?」
「ええ。文屋のメモにもばっちり書いてあります!」
多逗根さんが話し始める。
「認めてくれたね?あの毒の事を知ってたって事」
「知ってたら何なんです?それが文屋と何か関係でも?」
「……文屋さん。キミさ、大正クリニック、行ったよね?」
その言葉を聞いた瞬間、文屋さんが体を乗り出す。
「ど、何でそんな……!?」
「ボクの事知らないわけじゃないでしょ?キミほどの子がさ」
「いいいいい、行ってません!そんな、歯医者なんて!」
「ボクは『歯医者』なんて一言も言ってないけどね。まあ、手間が省けて良かったよ」
多逗根さんは僕の方を見る。
「さ、後はキミがやって御覧?あの子にもう逃げ場は無いんだ」
「……はい!」
僕は頬を叩き、気合を入れる。ここが正念場だ。
「行ってない!行って無いんです!」
「文屋さん、清木さんの解剖記録を見ると、虫歯の治療痕があったそうです。それも神経を抜かなきゃいけないような」
「しら、知らないですよ!そんなの文屋には関係ないです!!」
「どうやら、その日に清木さんは味美亭に向かったようです。偶然ですかね?」
ここでどう答えてくるか……。
「偶然です!ふ、文屋が誘ったとでも!?」
「……残念ながらそうです。この仕事の依頼があってから、清木さんのその日のスケジュールを調べたんです。そうしたら、歯医者の後に、味美亭であなたと会うと書いてありました」
「……そんなのただ書いてあっただけじゃないですか」
「でも、実際にあなたは現場にいました。それは、あの場で清木さんを殺害し、味美さんに罪を被せるためではありませんか?」
これで認めてくれる筈だ。そう信じよう。
「……あり得ません。文屋は、絶対にダブルブッキングはしないのです。……あり得ない!認めない!文屋が人を殺すなんて!一面にしますよ!?文屋のペンは何よりも鋭く!文屋の心は何よりも熱いのです!!」
くそ……認めてくれないか……いったい、どうすれば……。
「もう止めてっ!!」
突如、法廷に化生さんの声が響いた。
「もう……止めてよ……」
「け、化生さん……?」
「文屋さん……本当の事話してよ……。文屋さんは嘘をつく様な子じゃなかったでしょ……?」
これは……。
琴割検事が裁判長に進言する。
「裁判長。化生明子氏に証言をさせるべきかと……」
「分かりました。では化生明子。前へ」
化生さんが証人席へと歩いていく。文屋さんは戸惑っている様だ。
文屋さんの隣に化生さんが移動し、証言を始める。
「私が……全部悪いんです……」
「どういう事か詳しく話してください」
「実は……清木さんから頼まれていたんです……検査に引っ掛からない毒を作ってくれって……」
「化生さん!違います!こんなの……!」
「……証人。続けてください」
「あの人は、どこかで私の噂を聞いたのでしょう……生物の毒について独自に研究している高校生がいるって……」
化生さん、そんな事してたのか……。
「……断れませんでした。脅されたんです……作らないと家族に危害を加えるって……」
「すみませんが化生さん。警察に相談されなかったんですか?」
「……私が悪いんです。勇気を出せない私が……弁護士さんの言う様に、あの時、ちゃんと警察に相談するべきでした……」
琴割検事が話を続けるように催促する。
「……続けて下さい」
「……聞かれたんです。文屋さんに……」
そういえば、よく科学室に来てたって言ってたな。
「そしたら……文屋さん……『自分に任せて』って……」
「その時に毒を盗んだのですか?」
文屋さんは伏せていた顔を静かに上げる。
「……その時は盗んでないです。ふふふ……でも、化生さんは大きな勘違いをしてるようですね」
「え?」
「文屋はねぇ、あいつを殺したくて殺したんですよ!化生さんのためじゃない!自分のために!」
裁判長が尋ねる。
「どういう事ですか?」
「文屋は祖父に育てられました。文屋を捨てた親に代わって、大事に大事に育ててくれました。……祖父は新聞記者だった。いつでも真実を追い求めるその背中はそりゃあとてもカッコよかったですよ。でも、ある日祖父は命を落としました。燃料漏れによる車の爆発事故。文屋も、現場にいましたよ」
そういえば、2ヶ月前にニュースでやってた気がするな。
「皆さん分かりますか?最愛の肉親が目の前で命を落とすんですよ?文屋は……お祖父ちゃんの死に顔さえ拝めなかった……」
まさか……その事故って……。
「文屋は悲しみに暮れました。でも、クヨクヨしてはいられなかった。必ず、お祖父ちゃんの後を継いで、立派な新聞記者になろうって、そう思いました。でも、あの日……聞いてしまったんです……化生さんがあいつに脅されているのを」
「文屋は直感で気付きました。お祖父ちゃんを殺したのはあいつだと!あいつの差し金だと!もう我慢は出来ませんでした。文屋はあいつの住所を調べ上げて手紙を出しました。『文屋義広の死の件で話がある10月29日に味美亭に来い』とね」
「その手紙は残っていますか?」
「……さぁ?大方捨ててるんじゃないですか?少なくとも文屋はコピーとってませんし。……話を戻しますけど、文屋は手紙を出した後、学校の科学室に向かいました。あそこにあるキングコブラの毒を盗るために」
琴割検事が質問する。
「……それはその時に盗ると決めたのか?それとも、事前に計画していたのか?」
「事前にです。あいつが歯医者に行くのも、全部調べてましたからね。何度も何度も歯医者に足を運んで、あいつが虫歯治療をするチャンスを待ってましたよ」
恐ろしい執念だな……。
「……文屋は好機を逃すわけにはいかなかった。科学室に行った文屋は化生さんに言いました。『カメラを直して欲しい』と。すると化生さんは喜んで引き受けてくれました。本当、単純な人です」
「ふ、文屋さん……」
「ふっ、もしかして、勘違いしちゃいました?頼りにされて嬉しかったんですか?毒を盗むための時間稼ぎだとも知らずに?滑稽ですよね!……そんなんだから友達いないんですよ」
「ともかく、文屋はあの瓶に万年筆を突っ込んで毒を吸い上げました。インクは学校のトイレに事前に捨てておきましたよ」
ん?だとしたら、味美亭のトイレにあったシミは……?
「あの、すみません。味美亭にあったあのシミは?」
「……文屋のミスです。下手にメッセージなんか残さなければよかった……」
「どういう事ですか?」
「……他の政治家に対する警告ですよ。裏で悪事を働いているとこうなるぞと。お祖父ちゃんの魂がこうしたんだぞ、とね」
分かりにくいメッセージだな……。
「後は、もう皆さん分かってるでしょう?味美亭に取材として入り込み、味美さんが料理を作ってちょっと目を離した隙に毒を入れる。これだけです」
「写真を撮ったのは何故ですか?」
「……分かります?人を殺すって、凄く怖いことなんですよ。最初はざまあみろって思っても、そのすぐ後に、凄まじい恐怖が襲ってくるんです」
「文屋は……それを忘れたくなかった。自分が犯した罪をしっかり記憶しておきたかった。だから、写真に残したんです。時間を永遠に切り取る写真にね」
法廷が静まり返る。彼女もまた被害者だったという事だろうか……。
「はい!文屋の証言はこれでお終い!以上です!」
文屋さんは最初にここで証言した時のような笑顔を見せる。でも僕には、彼女の笑顔はとても本物には見えなかった。
「文屋さん……」
化生さんが話しかける。
「何でしょう?」
「本当に……お祖父さんの復讐だけが目的だったの?あの時私にかけてくれた言葉は嘘、だったの……?」
「……あーあー!こーゆー人って本当にメンドクサイですよねぇ!ちょっと優しくされただけで、すーぐ勘違いする!」
「……文屋さんがくれた写真も?」
「写真?何のことですかねぇ?」
「文化祭があった時に、文屋さんが撮ってくれた写真。一人で回ってた時に、文屋さんが声をかけてくれたよね……?あの時に一緒に撮った写真……」
「記憶にないですね!捏造は止めてくれません?」
「私ね……いつも、大事に持ち歩いてるんだよ……」
そう言うと、化生さんは懐から一枚の写真を取り出した。
「……そんなもの……画像を加工すれば、いくらでも作れます……」
「……ううん。加工なんかじゃないよ。文屋さんが撮ってくれた、大事な思い出」
文屋さんが俯く。ここからでも、彼女の顔が濡れているのが見えた。
「…………何で……何で……そんなにしつこいんですか……?いつもは、引っ込み思案の癖に……!」
「何でだろうね……。私も、文屋さんに影響されちゃったかな?」
「…………うわぁああああああぁあああ!!!」
法廷に、文屋さんの泣き声が響き渡った。
文屋さんは化生さんと共に係官に連れて行かれた。後は、判決だな。
「それでは、被告人、味美薫に判決を言い渡す」
き、緊張するな……結果は分かってるけど……。
「……無罪!」
やった!何とかなったか!?
「や、やりました!弁護士さん!探偵さん!」
「はい!おめでとうございます!味美さん!」
「ま、何とかなったね」
僕達はお互いに喜びを噛み締めた。初めての裁判、上手くいって良かった!
裁判を終えた僕達は法廷を出て、控え室に戻っていた。
すると、琴割検事が僕の方に近寄ってきた。
「おい、新人」
「は、はい!?」
「……お前、あまりその探偵に頼るなよ?」
ど、どういう事だろうか……。
「そいつは、新人潰しだからな」
この人が……?
「いやだなぁ琴割検事。ボクはちゃんと仕事をやってるだけですよ?」
「……お前が助けてきた弁護士達がどうなってるか知ってるか?」
「さあ?」
「皆、辞めたよ。お前がいなけりゃ何も出来ない無能に成り下がったからな」
「……それはその人達の責任ですよね?ボクの仕事は、あくまで探偵なんで」
琴割検事はこちらを向く。
「……とにかく、お前一人でも戦える様になれ。このままじゃ、お前まで駄目になるぞ……」
そう言うと琴割検事は向こうへ行ってしまった。見た目は怖いけど、いい人なのかな……?
「彼には困ったもんだよ。ボクの事が余程目障りらしい」
「そ、そうみたいですね……」
多逗根さんは味美さんに話しかける。
「それじゃ味美さん。ボクはこの辺で失礼します。報酬は後で振り込んどいて下さい」
「はい!本当にありがとうございました!」
味美さんが頭を下げ、多逗根さんは去っていった。
「あの、弁護士さんも本当にありがとうございました!」
「いえ!僕もお力になれて嬉しいです!」
僕は味美さんと分かれると、拘置所へ向かった。多分、文屋さんはあそこに移送させられた筈だ。
拘置所に着いた僕は、係りの人にお願いし、文屋さんと会わせてもらう事になった。
扉の向こうから出てきた文屋さんはあまり元気が無かった。
「ああ、弁護士さん。文屋の事、笑いに来たんですか?」
「違いますよ。今回の被害者、清木さんの事です」
「……もう全部話しましたよ」
「あの時あなたは、他の政治家に対する警告と言っていましたが、他にもそういう事をしている政治家を知ってるんですか?」
「……細かい事を聞くんですね。あれはただ、文屋が自己満足でやっただけですよ」
「文屋さん。嘘はつかないで下さい。他にも知ってるんですね?」
すると、文屋さんは小さく震え始める。
「……弁護士さん。悪い事は言いません。この件は、もうここで終わりにして下さい……」
「……どういう事ですか?」
「も、もう文屋一人ではどうしようも無いんです!べ、弁護士さんでも……だ、だからお願いです……!この事はもう忘れて下さい!!」
そう言うと文屋さんは暴れる様に出口へ走り、係員に抑えつけられた。
いったい、どういう事だ……。彼女は、何を知ってしまったんだ……?
俺は頭の中にしこりが残りつつも、自分の家へと帰っていった。