第18話:この暗い暗い闇の中で僕らは輝いて…… その①
傍聴人達は法廷内に漂う普通では無い雰囲気を感じ取っているのか、ざわめいていた。
「さて、裁判長? 覚えていますよね? 5年前、法律が大きく変えられる事になったあの事件の事を?」
「何を……言っているのですか?」
裁判長は今まで見た事も無い様な表情をしており、その額には汗が滲んでいた。
「しらばっくれるのならボクから説明しましょうか?」
そう言うと多逗根さんは近くに居た係官を呼ぶと何やら耳打ちをし、タブレットを手渡した。タブレットを受け取った係官は急いで映写機へと駆けていった。
「5年前、ある事件が起きました。それは法曹界を大きく揺るがす大事件となりました」
文屋さんはそれに続く様に、手帳を見ながら話し始める。
「文屋も忘れてません! 新聞の一面記事にもなったんですからね!」
「そう。恐らく皆が覚えてるであろう事件……『法廷爆破事件』だ」
それは僕も覚えている。あの時、法廷内では裁判が行われてる最中だった。当然、多くの傍聴人だって居た。そんな中、突然炸裂音と共に法廷内は煙と爆炎に包まれた。幸いな事に怪我人は一人しか居なかった。係官達の正確な避難誘導によって。しかし……。
「あの事件では、一人だけ被害者が出た。ボクの……父親だ」
「文屋の記録にもありますよ! 亡くなったのは多逗根司さん! そちらの探偵さんと同じ苗字の探偵さんでした!」
そうだ……多逗根司、あの時証人として法廷に呼ばれていた人物、彼だけが被害者となった。頭部に致命的な一撃を負って……。
「流石文屋さんだね。その通り、父は探偵だった。今ボクが使ってる事務所は元々父の物さ」
係官の手によってモニターに司法解剖の結果と思われるものが映し出された。
「探偵、これは……?」
「ボクの父の検死結果ですよ琴割検事。頭部を鈍器で殴られて即死。頭蓋骨が砕かれていたそうです」
「ま、待ってください多逗根殿! ま、まさかこの私が犯人だとでも言うつもりですか!?」
「それはこれからハッキリさせます。法廷では、証拠が全てですから」
裁判長は語気を荒くしながら立ち上がる。
「あの時私も被害にあったんですぞ!」
確か裁判長が言っている事に違いは無い。現に彼はあの事件で崩壊した天井の一部が当たって頭部を負傷している。
「そうですね」
多逗根さんは僕の方を見ると肩を叩く。
「ねぇ守部クン。君はどう思うかな?」
「裁判長が言ってる事に異議はありません。実際に怪我をしていた筈です」
「だね。ボクもそれはそう思うよ」
「でも……僕はどうにも裁判長が何か隠してる様な気がするんです」
多逗根さんは僕から目線を外すと裁判長の方を凝視した。裁判長は自分が置かれている立場のせいもあってか、かなり警戒している様だった。
「……なるほどね。ここは君と凛華さんに頼もうかな?」
「えっ!?」
「僕と……凛華さんに?」
凛華さんはもう自分の役目は終わったと油断していたのか目をパチクリさせて混乱している様だった。
「うん。ボクはあくまで探偵だ。弁護や異議を唱えるのは君の仕事だろ?」
「まあそれはそうですが、何故凛華さんも?」
「彼の嘘を暴くのには凛華さんの証言が一番説得力があるからさ」
「な、何の事かよく分かりませんが、やってみます!」
凛華さんは困惑しつつも、気合を入れたらしく目に力が宿っていた。
「さて係官クン、次の資料に移ってもらえるかな?」
多逗根さんがそう言うとスクリーンに映っていた映像が変わり、一枚のカルテが映し出された。
「……探偵、これをどこで手に入れた?」
「いえちょっと病院の先生と個人的に仲良くなった時に見せてもらっただけですよ」
「それは犯罪だぞ?」
「……ボクはね琴割検事。真実のためなら、どんな手段だって使うんだよ? 言ったでしょ? ボクを舐めない方がいい」
多逗根さんはスクリーンを指差しながら凛華さんを見る。
「さて、君なら分かる筈だよ?」
「えっと……?」
「まあじっくり見てておくれよ」
そう言うと多逗根さんは僕の方へと視線を移す。
「ヒントを言うよ守部クン。よく聞いててくれ」
「ひ、ヒントですか?」
「うん。と言っても、多分すぐに分かると思うよ」
僕がノートを取り出そうとすると、多逗根さんは腕を掴み、その動きを止めた。
「メモは要らないよ。覚えてる筈だから」
「いったい何が……」
「黄泉川さんの事を思い出して御覧?」
何……? 黄泉川さんの事? 確か、ハイランダー症候群っていう体が成長しない病気だった。彼女は自らを小学生と偽って、10歳の少女、賽ちゃんと友達になった。そして、いじめられていた彼女を守るために、黄泉川さんは殺人を犯した……。
僕が思考を巡らせていると、突然凛華さんが声を上げた。
「あっ!」
「おや、気付いたね?」
「……はい。そういう事ですか」
どうやら凛華さんはあのカルテに書かれている矛盾を見つけたらしい。僕にはまだ分からないが、今僕がやるべき事は分かっている。
「凛華さん、証人として話してくれて大丈夫ですからね。僕がサポートしますから」
「はい。お願いします」
そう言うと凛華さんは証言台へと歩き始めた。
「ま、まだ私は指示を出して……!」
「まあ待ってくださいよ裁判長。疚しい事が無いのなら、何も問題は無い筈ですよ?」
凛華さんが証言台に立つと共に、文屋さんは入れ替わる様にして弁護士席に来た。この事件の依頼を受けた時はまさかこんな展開になるとは思ってもみなかったが、かつて戦った文屋さんが味方に付いてくれるのは何だか心強かった。
証言台に立った凛華さんは裁判長を睨む。
「裁判長さん……私の目は誤魔化せませんよ」
「な、何を……」
「あのカルテには明らかなミスがあります」
凛華さんは自分の頭を指差す。
「カルテによれば、頭部に崩壊した天井の欠片が当たったと書いてあります。ですが、だとしたらおかしいのです」
「な、何がおかしいと……!」
「もしこの法廷の天井が今崩れてあなたの頭部に当たったとしたら、こんな怪我では済まない筈です」
そうだ……言われてみればその通りだ。この高さから物が落ちてきたら、例えそれが小さい物だったとしても重傷を負う筈だ。もしそうだったら、間違いなくあの時ニュースで報道された筈。なのにあの時放送されたのは、法廷が爆破され、多逗根司さんが死亡したという内容だけだった。
その時、僕の脳に電流が走った。
そうか……多逗根さんはそういう意味であのヒントを言ったのか……! 黄泉川さんは自分の身分を偽っていた。本当は大人なのに小学生だと嘘をついていた。それなら裁判長は……。
「裁判長」
「何ですか……?」
「そのカルテは、本当に病院で書かれたものですか?」
「なっ、何を言うのですか!」
「凛華さんの言う通り、あの高さから崩れた天井が当たったらただの怪我では済まない筈です。それこそ、多逗根司さんの様に命を落とす可能性が高い……」
裁判長は小槌を振り下ろし、無理矢理僕の発言を止めようとしてきた。
「その様なものは、ただの憶測に過ぎませんぞ!」
「いいえ、私が保証します」
凛華さんは突き刺さるような目で裁判長を睨む。
「先程の審理でも話に挙がった通り、私は元殺し屋です。人間のどこをどうすれば死に至るのかは分かっています」
「だ、だから何だと……」
「……あなたはあの時怪我などしていない。もしあの場所に瓦礫が当たったのなら、あなたはとっくに死んでいます」
この件に関しては証拠が無い。証拠が全ての法廷において、これ程不利な事は無い。でも、今の僕には凛華さんを信じるしか道が無い。殺し屋としての知識を持つ凛華さんしか……。
「……証人よ、悪いが証拠はあるのか?」
琴割検事は腕を組みながら僕らを一瞥する。
「……ありません。ですが調べれば分かる筈です。お医者様なら、こんなおかしいカルテは書かない筈です」
「ボクもそう思うな。もし本当に裁判長がこのカルテの通りに怪我をしたっていうなら、どこで診察を受けたのか教えてもらいたいですね。とんだ藪医者ですよこれは?」
裁判長は今まで僕らに見せた事が無い様な怒りに満ちた表情で震えていたが、突然何事も無かったかの様に冷静な表情に戻った。
「ふむ……では聞きますが、もし仮にこれが偽装されたカルテだとして、それが何か関係あるんですかな?」
「……裁判長?」
「多逗根殿、あなたは私が父君を殺したのだと思っている様ですが、それはあなたの言い掛かりですよ?」
「ではカルテの偽装は認めると?」
「ええ認めましょう。怪我でもしたとなれば、幾らか休暇が貰えると思いましてね。それで少しばかり……」
琴割検事の顔に焦りが見える。
「裁判長……! あなたは何を言って!」
「ですが……私は人を殺した事など一度も無いのですよ。天地天命に誓ってね」
何なんだこの余裕は……? それに何で偽装されたものだと認めた? もし事実ならそれも立派な犯罪の筈だ。この余裕はどこから生まれてる……?
「……分かりました裁判長。では次の証言に参りましょうか?」
「ほう? 文屋さんに頼むのですかな?」
そう言われると、鼻息を荒くして席を立とうとした文屋さんを制すと、多逗根さんは弁護士席から離れた。
「いいえ。ボクが証言します」
先程から裁判長が被告人の様な立場になっている状況に傍聴人達はどよめき続けている。琴割検事もどうしたらいいのか分からず困惑している様に見える。
「後はお願いします」
そう言うと凛華さんは多逗根さんに頭を下げ、傍聴人席に居る姉の治美さんに少しだけ視線を送ると、再び弁護士席へと戻ってきた。
僕は裁判長の代わりに口を開く。
「では証人、証言をお願いします」
「ああ、任せてよ」
僕はあの事件の真相を掴むため、多逗根さんの証言に全神経を集中させる事にした。




