第13話:家族になってもいいですか? その③
額に汗を浮かべながら永井さんが口を開く。
「あの、弁護士さん……これってオフレコですよね? ここ以外の場所で発表されたりしませんよね?」
「はい。余程事件に関係していない限りは公表されません」
いったい彼女は何を隠そうとしていたんだ……。
「なら……話します」
永井さんはつばを飲み込む。
「……硝ちゃんは、うちの大学の伊吹君と……付き合ってるんです」
「え? あ、あの……失礼ですが、それってそんなに隠す様な事なんですか?」
「はい……伊吹君は言うなれば王子様、憧れの的なんです。彼を狙ってる女子はいくらでもいます」
伊吹……確か貝塚さんの遺体が見つかった墓に刻まれていた名前も伊吹だった。しかし、いくらモテるといっても、そんな交際を隠さなくちゃいけない様な事なんだろうか?
「それを知っていたのは他に誰か居ましたか?」
「いえ、私だけです」
「永井さん、本当にですか? 這頭さんと伊吹さんが交際していたのなら、デートとかもしてる筈ですよね? 普通バレませんか?」
「それは私が上手くやってました。勿論伊吹君を狙っている全員を止める事は出来ていないと思いますけど、少なくとも知り合いは上手く誘導して鉢合わせしない様にしてました」
そこまで上手く行くものなんだろうか? それに、何か変だ。いくら何でも慎重過ぎる気がする。
「永井さん、それは……他の人を欺くためですか?」
「そうですよ? 他に何があるんです?」
何があるだろう……考えられるのは誰か一人の目を欺くためとかだけど……。
僕が考えていると、多逗根さんが口を開いた。
「ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「キミ……今回の被害者の貝塚さんの事、どう思ってる?」
「どうって……何がですか?」
何だ……? 多逗根さん、何でそんな事を今聞くんだ?
「質問そのままの意味だよ。貝塚さんの印象とかだよ」
「……知りませんよ。話した事とかありませんし、会った事もありませんよ」
「つまらない嘘はやめなよ。忘れたの? キミは今、貝塚さんと這頭さんが口論してた時の事を話すためにここに呼ばれてるんだよ?」
そうだ。何故今彼女はあんなすぐにバレる様な嘘をついたんだ……? そこを突かれると困る事でもあるのか?
永井さんが嘘をついた事もあってか、琴割検事も永井さんに尋ね始める。
「証人、今あなたがしようとした事は偽証罪に該当する」
「っ……」
「私からもう一度聞こう。あなたは、被害者と被告人の口論を見て、被害者の事を知っていたんだな?」
ここからでも永井さんの瞳が震えているのが見える。やはり彼女にとってはかなり都合が悪い事なのだろう。だが、ここで言わなければ偽証罪になるのは事実だ。
永井さんは呼吸を乱しながら口を開く。
「み、見ました……貝塚、さんも知ってます……」
「だろうね。それで? キミは彼女の事をどう思ったのかな?」
「……危ない人……硝ちゃんにも伊吹君にも、近付けちゃいけない人……」
ようやく話してくれた。しかし、貝塚さんが危ない人というのはどういう事だろう? 口論していたという証言に関係してそうだけど……。
「永井さん。口論の内容、話してくれますか?」
「分かり、ました……」
永井さんは僕達から視線を逸らし、俯き気味に話し始めた。
「貝塚さん……いえ、貝塚……あの女はヤバイ人だったんです。思い込みの激しい奴で、伊吹君と付き合ってると思い込んでる奴でした……」
……そういう人間がいるというのは聞いた事があったが、まさか貝塚さんがそうだとは……。
「私はあいつがヤバイ奴だって事に気付いて、なるべく硝ちゃんと伊吹君から引き離そうとしたんです。本当はあんな奴好きでも何でもないけど、遊びに誘ったりして引き離そうと……」
「ではあなたの目的は他の人を誘導する事ではなく、貝塚さんを誘導する事だったんですね?」
「はい……でも、結局は上手くいかなかった。私も所詮は一学生です。あいつの全部の行動までは把握出来なかった」
これは……見つかったという事か。
「なるべく引き離すために遠くまで連れて行った事があったんです。あれだけ離れていれば安全だと思った……。でもあいつはトイレに行くって言ったきり、戻ってこなかったんです」
「そこで逃げられたと?」
「次の日に口論を見たんで、そうだと思います」
なるほど……貝塚さんは思い込みが激しくて、伊吹さんと付き合ってると思ってた。そこに本当に付き合ってる這頭さんを見れば、そうなるだろうな……。
しかし疑問はある。いったい誰が貝塚さんを殺したのかという事だ。
「証人、以上か?」
「はい。私から話せるのはこれ位です」
「……弁護士、何かあるか?」
琴割検事が僕を見る。
何か……何かないか? 今の証言だと這頭さんの無実を証明出来ない。それどころか、見方によっては危険視した這頭さんが殺した様にも聞こえる。
「えっと……」
「弁護側、何も無いのであれば、判決に移りますが?」
まずい……今回の事件、証言も証拠も無さ過ぎる……。これじゃあ下手に議論を引き伸ばせない……。
何も浮かばず焦る僕の横でタブレットを見ていた多逗根さんが口を開く。
「ボクからいいかな?」
「……何だ探偵」
「被害者の貝塚さんの死因は睡眠薬中毒死だよね?」
「そうだが?」
「その睡眠薬の箱って見つかってないの?」
「それは最初にも言った筈だ。まだ見つかっていない」
「じゃあどんな種類かは分かってるかな? そろそろ司法解剖の結果が出る筈だけど」
「……ああ。そうだな」
琴割検事は裁判長の方に向く。
「裁判長。少々お待ち頂きたい。詳しい薬品名が分かれば何か新事実が分かるかもしれません」
「ふむ……分かりました。ではそれまで一時休廷とします」
何とか首は繋がったか……。後は細かい薬の名前と空き箱だ。どちらかが分かれば、もしかしたら這頭さんの無実を証明出来るかもしれない。
僕達は裁判長の指示通り、一旦控え室へと戻っていった。
控え室に戻った僕の肩に多逗根さんが手を置く。
「守部クン。ちょっといいかな?」
「はい? 何ですか?」
「ちょっとこっちに来てくれ」
そう言うと多逗根さんは椅子に座って休んでいる這頭さんから離れる様に僕を移動させた。
「どうしたんですか?」
「守部クン……ひょっとしたらボクらはとんでもない思い違いをしているんじゃないだろうか?」
どうしたんだろうか……こんな事を言うなんて、多逗根さんらしくない。
「どういう意味です?」
「まだボクの憶測だから詳しくは言えないんだけど……一旦頭の中を真っ白にした方がいいかもしれないよ」
「一から見直せって事ですか?」
「いや……もしかしたら見直すことすら無意味かもしれない……この事件、複雑な様でいて実のところかなり単純なものなのかも……」
どうにもらしくない。いったいどうしたんだろうか?
「多逗根さん、どうしたんですか? らしくないですよ」
「ごめん守部クン。実はボク自身、こういう答えが頭に出てきた事に驚いてるんだ……。でも、不思議な事にこれ以外の答えが全く出てこないんだよ」
「お、教えてくださいよ多逗根さん! 何に気付いたんですか?」
多逗根さんは這頭さんの方をチラッと見た。まるで何かを気にしている様に……。
「悪い、守部クン。やっぱり今は言えないよ。違う可能性も高いし、それに下手すると彼女にとってトラウマになりかねない」
「這頭さんにとって……?」
どういう事だ? 彼女にとってトラウマになりかねない可能性って何だ……?
「ともかく、ボクはこの考えを一旦取っておくよ。非常時用にね」
「非常時用?」
「もしこの先、どうしても真犯人が見つからなかった時、這頭さんの無実が証明出来そうに無い時だよ。その時は、切り札として使う」
切り札だって……? 多逗根さんが気付いた何かは、そんなに凄いものって事か? 今までの全ての議論をひっくり返せる様な代物って事か? それって……いったい何だ……?
多逗根さんが僕の肩を叩く。
「ごめん、混乱させたね。とにかく、君は普通に議論してくれ。危なくなったらボクが時間を稼ぐから」
「あの、多逗根さん……一ついいですか?」
「何だい?」
「薬の銘柄や空き箱は重要なものですかね?」
多逗根さんは少しの間、手で口元を隠すようにして考えていたが、やがて答えを出してくれた。
「……ボクとしては、今回の場合は銘柄は関係無いと思う。ただ、空き箱はかなり重要だと思うな」
「理由は……?」
「銘柄は少なくとも司法解剖で確実に分かるからだよ。だけど今のところ空き箱は見つかっていない。勿論、瓶もね? 見つからないって事は即ち、誰かが隠したって事だ。それは何故か? 見つかると都合が悪いからだ」
「そうですね。犯人にとっては都合が悪くなります」
「……そうだね。犯人にとって都合が悪い。きっと見つかって欲しくはない筈だよ」
何だろう、今の間は。多逗根さんは何に気付いたんだ?
詳しく聞いてみようとも思ったが、これ以上は何も答えてくれなさそうな雰囲気だったため、僕は仕方なく諦め、資料の再確認を始めた。
多逗根さんは壁に掛けてある誰の作品か分からない絵を見ながら何か考え事を始めていた。きっと頭の中を整理しているのだろう。
這頭さんは不安そうな表情をしながら時々周囲を見渡していた。自分が無実の罪を着せられるかもしれない瀬戸際に居るんだ。当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
そうして僕達は解剖結果が出るまで、待ち続ける事となった。




