プロローグ 日本国総理大臣官邸にて 7月
いろいろと裏読みもできるお話ですが、あまり深く考えずにお楽しみください。
「この情報は、確かなのか?」
橋沢龍一郎首相は、机の向こうに立っている一人の若い官僚を見上げて尋ねた。彼の手には、
「防衛省 情報本部 極秘」
と書かれたファイルがあった。
「はい、確かです。各国の情報部に問い合わせて、裏付けも取れております」
若い男は言った。橋沢首相は再びファイルに目を落とし、
「もしこれが事実であれば、政府として何らかのアクションを起こすべきか?」
尋ねたのか独り言なのかわからない口調で呟いた。
「そう判断したからこそ、私はこのファイルを直接総理のところにお持ちしたのです」
若い男はきびきびとした口調で答えた。すると橋沢はフッと笑い、
「君はまだ若いな」
若い男は一瞬キョトンとした顔で橋沢を見た。橋沢は男を見上げて、
「政府は何もしない。これは年末に開かれる通常国会で審議予定の、スパイ防止法案と自衛隊法改正案をすんなりと通すための、格好の起爆剤として利用させてもらう」
「はァ?」
若い男はますますわからないという顔で橋沢を見た。橋沢は、
「まァ、いい。報告御苦労」
労いの言葉をかけ、ファイルを閉じ、机の上に置いた。男はハッとして、
「し、失礼します! 」
敬礼し、部屋を出て行った。橋沢首相はそれを見届けてから、シガーケースから葉巻きを取り出し、
「日本は変わる。いや、日本を変えてやる……」
彼の顔に浮かんだ笑みは、狡猾なそれだった。