天使
少年は、崖に立っていた。
目の前に広がる広大な海を見るでもなく、ただ、立っていた。
「……」
少年は無言で空を見上げる。
何かを探すように視線をさ迷わせていた少年は、諦めたように俯いた。
少年が探しているのは、天使だ。
町の中でも空に一番近いこの崖なら、悩んでいる自分を見つけてくれるような気がした。
少年は、周りの人間が嫌いだった。
褒めてくれない両親も、出来のいい弟も、自分を選んでくれない親友も、睨みつけてくるクラスメイトも。
全員を消してしまいたい。
それが、少年の願いだった。
自分で消すとしたら、一人目を消した時点で警戒されて、残りの人間が消せない。
だから、天使に願おうと思った。
でも、どんなに待っても天使は見つからない。
もう諦めて帰ろう。そして誰かを消そう。
そう考えた時だった。
「君、私を待っていたんでしょう」
少年の背後で声がした。
勢いよく振り返った少年は、瞳を輝かせた。
自分を真っ直ぐに見つめて微笑んでいる彼女には、羽がある。
羽は普通の人間にはないものだ。
「僕の願いを叶えてくれる?」
「そのために来たのよ」
優しい声色に、疲れ切った心が浄化されているような気がした。
「全員、殺して」
虚ろな目をした少年は願った。
「僕の周りの人間、全部殺して!」
彼女は困った顔をした。
「私は、人間に手を下すことは出来ないの」
「そんな…」
「でもね、そんな面倒なことをしなくても、君が楽になれる方法を知っているわ」
「それは何!?」
期待に満ちた目で彼女を見る少年。
ゆっくりと少年に近寄った彼女は、少年の耳元で優しく囁いた。
「君が消えたらいいの」
少年はハッと気付いた。
確かに、それは多くの人間を殺すよりも簡単だ。
「大丈夫。君の魂は、私がちゃんと連れて行ってあげる」
「ありがとう」
晴れやかな顔つきになった少年は、そのまま崖から飛び降りた。
海が高く飛沫をあげた。
「どういたしまして」
彼女の顔は、もう笑ってはいなかった。
「…私が、連れて行ってあげるから」
にい、と彼女が口角をあげる。
「地獄にね」
呟いて、彼女は“黒い”羽を広げた。
少年の魂を、連れて帰るために。
ありがとうございました。




