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小さな女王と、小さなの恋

作者:

「クスン……クスン……」


 とある国の、とある塔。ここには四季を司る女王が住んでいるといいます。

 夏の女王が訪れれば、その国には夏が。秋の女王と交代すれば、季節は秋に変わります。


「ヒック……ヒック……」


 今は冬の女王が住んでいるので、季節は冬、真っ盛り。

 ですが、冬の女王はとても悲しそうに泣いています。

 その姿は十歳くらいの女の子。とても女王には見えません。


「どうして泣いているの?」

「だ、誰!?」


 突然声をかけられた冬の女王は驚きました。この塔に来てから初めての訪問者だからです。


「僕はこの近くに住んでいるんだけど、この塔に女王様が住んでるって噂を聞いたから来てみたんだ。キミ、女王様のことを何か知ってる?」


 訪問者は同い年くらいの少年でした。寒くないように、厚手のコートに身を包んでいます。


「わ、私が……冬の女王よ」

「ええ~、キミが!? もっと大人かと思ってたよ!」


 少年はとても驚きました。


「こ、今年から私が新しく冬の女王になったの。だけど、もう女王なんてやりたくない……」

「どうして?」


 少年は不思議に思って問いました。


「だって、ここにいると国のみんなの声が聞こえてくるの。冬は寒いから嫌いだって……冬なんかなくなってしまえばいいって、みんなそう言ってる。そんな悲しい言葉が届くのなら、冬の女王になんてならなければよかった!」


 そう言って、少女は両手で顔を覆い泣き出してしまいます。


「ふ~ん、でも僕、冬は好きだけどなぁ」

「……え?」


 信じられない言葉を耳にして、少女は顔を上げて少年を見つめました。


「だって、雪が降ったら色んな遊びができるんだよ? 雪合戦をしたり、ソリで滑ったり。あと大きな雪だるまを作るのも楽しいんだ~」


 少年は満面の笑みで答えました。


「ほ、ほんとうに……?」

「うん! だから僕、冬って大好きだよ!」


 スゥっと、少女から一筋の涙が零れました。だけどそれは悲しみからではありません。胸をギュッと締め付けるような、そんな嬉しい気持ちに涙が自然と溢れたのでした。


「わわっ! 僕、泣かせるようなこと言っちゃった?」

「ち、違う! 違うの!! すごく嬉しいわ……嬉しいのに、涙が止まらないの……」


 少女は必死に涙を拭いますが、それでも涙は止まりません。


「そうだ! 僕がみんなに冬の楽しさを教えてあげるよ。そうすればみんな冬が好きになって、悲しいことを言う人はいなくなる!」

「ほ、ほんとうに……?」

「うん! 僕に任せて! 国のみんなに、冬の遊び方を広めてみせるよ。約束する!」


 少年はそう言うと、大きく手を振って帰っていきました。

 するとその日を境に、塔に届く人々の声に変化が表れたのです。


(わぁ~! すごく大きな雪だるま! 僕達も手伝っていいかい?)

(雪遊びって楽しいね! 明日も遊ぼうよ!)

(寒い日に体を動かすのがこんなに気持ちがいいだなんて思わなかったよ。こんなに汗をかいちゃった)


 大人も子供も、冬を悪く言う人は減っていきました。


「あぁ……みんなが冬を認めてくれた。これも全部あの子のおかげ。あの子が私を救ってくれた。来年になったら、またあの子と会いたいな……」


 少年を想いながら冬は終わり、季節は巡っていきます。


――春が訪れ、夏が終わり、秋になり、再び冬の季節になりました。


 今年の冬はいつもよりも雪が降り、その国は銀世界へと変わります。次第に雪は激しい吹雪となり、人々はこの厳しい寒さが終わるのを今か今かと待ちました。

 しかし、もう冬が終わろうとするくらい月日が過ぎたというのに、吹雪は一向に止む気配がありません。


「まだ雪を降らしているのですか!? もう交代の季節ですよ!?」

「……」


 塔に春の女王が現れました。

 それはそれは美しい、大人の女王です。


「さぁ、すぐに吹雪を止めて私と交代を――」

「帰って……」


 冬の女王は静かにそう告げました。


「私はここを離れない。絶対に交代はしないから……」


 春の女王に向けられたその幼い表情は、怒りにも、悲しみにも、苦しみにも捉える事ができるものでした。


「あなたはここで、何かをそうとしているのですか?」

「……」


「あなたはここで、何かを待っているのですか?」

「……」


「あなたがここで雪を降らせることで、それは解決するのですか?」

「……わからないわ。けど、今ここを離れる訳にはいかない!」


 少しの沈黙が続くと、春の女王はため息をつきました。


「わかりました。ひとまず私は帰りましょう」

「……いいの?」


 幼き冬の女王は驚きました。まさか融通ゆうずうが利くとは思わなかったのです。


「あなたの想いが半端でないことはわかりましたから。その代わり、私は私で勝手に調べさせてもらいます」

「それで構わないわ。……ごめんなさい」


 申し訳なさそうな顔をする少女に微笑みかけて、春の女王は消えていきました。


 次の日、今度はこの国の兵士が大勢で冬の女王の元へやって来ました。


「お嬢ちゃん、どうしてこんな所へいるんだい? ここには四季の女王が住んでいるという噂だが……?」

「……私が冬の女王よ」


 冬の女王は、酷く冷たい視線を兵士に向けます。


「キミが……!? オホン! 我々は国王の命令でやってきました。どうかこの吹雪を止めていただきたい。もう春だというのに、このままでは食べる物が採れなくなってしまいます!」

「……あなた達はここで何をしているの?」


 頼み込む兵士に、冬の女王はそう問いました。しかし兵士にはその質問の意味がわかりません。


「なに、と言われましても……ですから、あなたにこの吹雪を止めていただくために来たのです!」

「あなた達がするべき事はそんなことではなく、国民を助けることではないの?」

「は? 我々は国民を助けるために、あなたの元にやってきたのです」

「はぁ……何もわかっていないのね」


 冬の女王は、小さなため息を漏らしました。その瞬間、周りの空気が急激に冷えていきます。吐く息が凍り、厚手の毛皮を着ていても凍えそうな寒さです。


「帰りなさい! そして、国民一人一人の声を聴きなさい。それがあなた達のやるべきことよ!」


 冬の女王は少女とは思えない威圧的な態度でそう言うと、兵士達はとても怯え、逃げるように塔から出ていきました。

 その日から、その国の王様はお触れを出します。


『塔に住む、冬の女王を春の女王と交代させた者には好きな褒美を取らることを約束しよう』


 ですが、城の兵士が追い返されたとあって、誰も塔には近づきませんでした。


 一方その頃、春の女王は何やら本を読んで調べ物をしているご様子。ここ最近の、塔の記録を調べていたのです。

 ここ魔法の図書館には、これまで塔で起きた全ての出来事が自動的に記録されているのです。

 その塔で女王がどんな行動をしたか。

 誰が訪問してきたのか。

 そして、どんな声が届くのか。


 去年の出来事を調べた春の女王は、冬の女王が一人の少年と出会ったことを知りました。

 少女のために、冬の楽しみ方を国中に広めようとする少年の想いやりを知りました。

 それによって、塔に届く国民の声が暖かいものに変わったことを知りました。

 そしてそんな少年に、冬の女王が淡い恋心を抱いたことも……

 去年の記録はそこで終わっています。問題は今年、何があったのか。

 春の女王は塔に届く国中の声を調べました。すると、こんな声がありました。


(やめてよ! どうして僕の作った雪だるまを壊そうとするの!?)

(その方が面白いからさ。冷たい雪に触るなんて普通じゃないよ。こうやって蹴っ飛ばして壊した方がずっと面白い!)


 どうやら冬の女王と約束した少年と、他の子供たちが言い争っているようです。


(あ、お城の兵士さん。僕の雪だるまを守って! あの子たちが壊そうとするんだ!)

(ん? 壊れたらまた作ればいいだろう。雪はまだこんなに積もっているんだから。やれやれ、冬ってだけで寒くて仕事をするのが面倒くさくなるな)


 通りすがりの兵士はまるで相手にしてくれません。


(こんな寒い日に雪で遊ぶなんて、お前らみんな雪男だ~! や~い雪男~!)


 少年の雪だるまを壊したやんちゃな子は、そんな意地悪を言っています。


(僕たちの雪だるまも壊されちゃった。僕たちもう帰るよ……)


 少年と一緒に遊んでいた友達は一人、また一人帰っていきます。


(どうして遊びの邪魔をするの……? どうして誰も助けてくれないの……? どうして冬はこんなに嫌われるの……?)


 少年のその声は、悔しさのあまり涙声になっていました。

 その日から少年は外へ出ることを拒み、家の中でため息ばかり吐くようになりました。

 その声を塔でずっと聞いていたのが冬の女王です。怒り狂った小さな女王はその頃から毎日のように吹雪を吹き荒らしていました。少年の心を傷付けた者たちへの、復讐だったのです。

 

 しかし、それで物事が解決するわけではありません。全てを知った春の女王は、大きな桜の花びらを手紙の代わりにして、少年の家に飛ばしました。

 花びらは吹雪で舞い上がり、ヒラヒラと揺れながら少年の家の隙間から中に入っていきます。

 目の前で静かに揺れる花びらを見て、少年は驚きました。


「こんな季節に大きな桜の花びらが! あ、何か書いてある!」


 その花びらにはこう書いてありました。


『あなたを傷付けた者達に、冬の女王は怒っています。あの子を止められるのはあなたしかいません。どうか塔に向かってください』


 その手紙を読んで、少年はいても立ってもいられなくなりました。いつもの厚手のコートを身にまとい、転がるように家を飛び出しました。

 するとどうでしょう。あんなに吹雪いているにも関わらず、少年の家だけは雪が積もっていないのです。それどころか、塔に続く道のりも、雪が邪魔になりません。

 少年は塔に住む少女を想い、急いで塔に向かいました。


 そして塔に着き、女王の部屋まで辿り着くと、彼女も少年に気付き、近寄ってこう言いました。


「ああ、来てくれたのね。もう街には帰らず、ここでずっと暮らしましょう? あなたを苦しめる人間なんか、雪に埋もれてしまえばいいのよ!」


 しかし少年は静かに首を振りました。


「それはダメだよ。お願いだから、この吹雪を止めて」


 その言葉を聞いた女王は、ショックで泣きそうになってしまいます。


「どうして!? 私のこと、嫌いになったの……?」

「そんなことないよ。キミが僕のために怒ってくれてすごく嬉しかった。だけどこんなことをしたら、みんなますます冬を嫌いになっちゃうんだ」


「嫌いになったっていい! あなたが傷付くくらいなら、私は嫌われ者でもいい!」

「ありがとう。でも大丈夫。もう僕は傷付いたりしないよ」


 女王の悲痛な叫びに対して、少年は優しく微笑みました。


「でも……またひどいことを言われるかもしれないわ」

「それでも、僕の後ろにはキミがいる」


「また、壊されちゃうかもしれないわ」

「それでも、僕の心はキミに支えられている」


「誰にも理解されないかもしれないわ」

「それでも、キミだけは僕を理解してくれている」


 そんな少年の意思に、女王は返す言葉を失いました。


「大丈夫。ここ最近、大きな雪のお城を作る方法を考えたんだ。これを見たら、絶対みんな驚くと思うよ。だからさ、この吹雪を止めて」

「……わかったわ」


 女王は小さくうなずいてくれました。そしてさらに言葉を続けます。


「もう一度だけ、お城の兵士を頼ってみて。私がお説教をしておいたから、次は助けてくれると思う」

「うん。ありがとう!」

「お礼を言うのは私のほうよ。ありがとう……」


 そうして二人は笑顔でお別れを言って、少年は家に帰りました。


――次の日。昨日までの吹雪が嘘のように、太陽がまぶしく輝いています。

 少年は約束を守るため、朝から雪のお城を作り始めました。

 次第に友達も集まり、みんなで楽しくお城作りに励みます。


「ほう、これはすごい! よく作れるもんだ」


 通りかかったお城の兵士が声をかけてきました。少年は女王に言われたことを信じて頼みます。


「兵士さん。また僕のお城を壊そうとする子が来るかもしないんだ。守ってもらえませんか?」


 すると兵士は考えだしました。


『あなた達がするべき事は、国民を助けることではないの?』

『国民一人一人の声を聴きなさい!』


 冬の女王に言われた言葉が忘れられません。


「わかった! 俺に任せなさい。キミの城は必ず守る!」


 兵士はそう約束してくれました。

 それからしばらくすると、あの意地悪な子供がやってきました。雪のお城を見つけると騒ぎ出します。


「あ~、また変なの作ってるぞ~! 壊しちゃえ!」


 しかし、兵士が立ちふさがり睨みを効かせると、その子は怯え、近寄りません。


「ねぇ、キミも一緒に作ってみない?」


 少年は意地悪な子供を誘います。


「でも、雪なんか冷たいし触りたくない……」

「だったら僕の手袋を貸してあげるよ! 僕は冷たいのが好きだから平気さ」


 そう言うと、自分の手袋を取ってその子に渡しました。

 それからみんなは、力を合わせてお城を作ります。

 中に置く家具も、雪で作ったものを置いては笑い合いました。

 少年の手には霜焼けができて、赤くなってしまいます。それを見ると意地悪だったその子は手袋を押し付けました。


「やっぱりこれ返す。俺、自分の家から手袋持ってくるわ。そうしたらまた遊んでいい……?」

「うん! もちろん!」


 こうしてまた一つ、絆が生まれました。それを見て兵士は少年に話しかけます。


「もう城を守る必要はないね。敵がいなくなった」

「うん。兵士さんありがとう!」


「いや、お礼を言うのはこっちかもしれない。俺はキミから大切なことを学んだきがする」

「そうかな? 僕はただ、冬の女王との約束を守るために雪遊びを広めているだけだよ」


 それを聞いて兵士はとても驚きました。


「キミは冬の女王の元へ行ったのかい!?」

「うん。だから兵士さんも冬を嫌いにならないでね」


 それを聞いた兵士は急いで王様の元へ報告に行きました。

 その後日、少年は王様の元へ呼び出されます。


「少年よ、お主が冬の女王の元へ行き、吹雪を止めてくれたという情報が入った。だとしたら、お礼に何か願いを叶えてあげよう」


 すると少年は首を横に振りました。


「いいえ王様。むしろ僕がしっかりとしていないせいで、あの吹雪は始まってしまったんです」


 そう言って、少年は全てを説明しました。

 すると王様は言います。


「なるほど。だとしたら我々が冬をないがしろにした事こそ今回の原因。はやりお主にはお礼がしたい。何か願いを言ってはくれぬか?」


 そこまで言われて少年は考えました。そして、一つのお願いを思いついたのです。


「王様。僕の願いはこの国に冬のイベントを作ることです。冬にしかできないスポーツを作りましょう。雪で作る作品に一位を決めましょう! そうしてこの国で冬を盛り上げてほしいのです」


 その少年の願いに、王様はにっこりと微笑みました。


「お主の心優しき願い、しかと聞き届けた。この国では冬を特別な季節にしようぞ」


 こうしてこの国に、寒い冬に負けないだけの盛り上がりを見せる多くのイベントが作られました。多くのスポーツが生まれ、芸術が誕生して、人々はそれに魅了されます。

 もう冬を悪く言う人などどこにもいません。


 そんな国の様子を塔から眺める二つの影がありました。

 この国の冬を変えた少年と、冬の女王です。二人は手を繋ぎ、国を眺めます。


「あなたのおかげで私は救われたわ。本当にありがとう」

「僕こそ、キミが支えてくれたから最後まで頑張れたんだよ」


「ねぇ。毎年冬になったら、また私に会いに来てくれる?」

「もちろんさ。その時は塔の中でもやれる遊びを考えていくよ」


 こうして二人は、冬になると必ずこの塔で一緒の時を過ごすようになりました。


――これは、泣き虫だった冬の女王が少年と出会い、小さな恋から始まった、冬の物語。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初々しく純粋な心情が伝わってきて良いと思いました。 ハッピーエンドが好きなので、このような希望のある終わり方は特に好きです。
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