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九十九のあやかし奇譚

作者: 赤オニ

 チチチ、鳥のさえずりに、目を覚ます。ふわぁ、と大きな欠伸をしてから、起き上がる。起きてすぐに、仕事である境内の掃き掃除をしていると、珍しく参拝客が訪れる。小学生ぐらいの、男の子。



 お賽銭箱に金を放り込むと、真剣な様子で手を合わせる。



 あたしは、黙ってその姿を見ながら箒を片付けたあと、みたらし団子にかぶりつく。甘いタレがもちもちの団子に絡み付き、思わず頬が緩む。やっぱり、みたらし団子は最高の食べ物だ。愛していると言っても過言じゃない。



 目を瞑って真剣に願掛けしていた男の子がパッと目を開けた瞬間、「ぇ?」と小さく声を出す。



 団子を口一杯に頬張っていたあたしが男の子を見ると、警戒するように1歩後ずさった。あれ、と思って、口元についた甘いタレを舌で舐めとり、ニヤリと笑う。



「もしかしてお前、あたしが見える(・・・)の?」

「……お前は何者だ」

「わぁ、やっぱり見えるのね! あたしは九十九(つくも)。この神社に祀られている神様だよ」



 にひひ、と笑う。男の子は、いぶかしむように眉をひそめたが、藁にもすがる思いなのか、ぽつりぽつりと神社にきた理由を話し出した。



 男の子の名前を、新山智と言った。年は12歳。智には5つ上の姉、美香がおり、仲もそれなりにいい。だが、美香は幼い頃から病弱で、この間突然意識を失って救急車で運ばれたかと思えば、医者に「もう1週間と持たない」と言われたそう。智と美香の両親は3年前に交通事故で亡くなっていて、今まで兄弟2人で生きてきた、と。



 そこで智は神社へやって来て、姉が助かるよう真剣に祈っていた……と言うわけである。



 ご神木の枝に腰掛け、あたしは智の話を聞く。そして、欠伸を噛み殺し昔のことを思い出す。遠い遠い、昔の記憶。



 あたしは、山間の集落に住む孤児だった。おまけに病弱で、畑仕事が思うようにできなかった。当然、働かない者に食べ物がくるわけもなく、常にひもじい思いをしていた。



 ついでに、畑仕事の最中動けなくなると、怒鳴られたり叩かれたりもした。



 ある時、干ばつで村から作物がとれなくなり、村人がこう言い出した。



「水神様に供え物をするのはどうだろう」



 そんなわけで、供物にあたしが選ばれた。信仰心の欠片もなかったあたしは、供物になることを拒んだ。しかし、大人の強い力で荒縄で縛られ、水神様が住んでいると言われている滝壺へ放り込まれた。



 あたしは、落とされる間際に村人に向かって思いきり叫んだ。



「恨んでやる! 死んでも恨んでやる!」



 毎日怒鳴られ叩かれ、お腹は空くし、楽しい人生とは言えなかった。それでも、いつか病弱な身体を治し、街へ出てつらかった記憶を塗り替えるぐらい、楽しい人生を送るつもりだった。その夢は、一瞬にして砕け散った。



 気がつくと、あたしは龍の前に立っていた。白い空間の中に、龍が水面から上半身(?)を出していた。最初、水神様が助けてくれたのだと思った。しかし、滝壺に放り込まれたあたしの身体は岩壁に叩きつけられ、見るも無惨な姿となり地面に転がっていた。



 水神様が、すまなそうに頭を下げた。



「申し訳ない……私の力が弱いばかりに、お主のような幼子の命を奪ってしまった。皮肉だが、お主の命によって私は力を取り戻せた。そこで、お主の気持ちを聞きたい。……村人に、村に、復讐するか?」



 迷わず、うなずいた。

 干ばつが続いていた村には雨が降り注いだ。最初こそ喜んでいた村人も、雨が10日間を過ぎても未だ降り続けることに、不安そうだった。やがて、雨が降り続いたことにより、村で疫病が流行った。



 村人は、供物として殺したあたしの祟りだと恐れ、あたしに似せて作った人形を祀り、どうか雨を止ませて欲しいと願った。



 あたしは、水神様に頼んで雨を降らせるのを止めた。村人はますますあたしの祟りだったと信じて、あたしによく似た人形……「九十九神」を大事に大事に祀った。



 そんなわけで、あたしこと九十九がこの世に誕生したわけである。



 しかし、最近はめっきり参拝客も減り、神としての力はもう残り少ない。ただの人間として死んだあたしを神様にしてくれた水神様は、村人の信仰が水神様からあたしに移ったことで、年々弱り、消えてしまった。



 それでも、最期まであたしの身を案じてくれた。優しい優しい、神様。



「頼むよ、姉ちゃんを助けてくれ」

「んー、神が人間の生き死にに関わることってできないんだよねー」

「そんな……! じゃあ、姉ちゃんは意識不明のまま死ぬってこと、か……?」



 完全に絶望しきった顔の智。



 あまり、深入りしないほうが身のため。神様ってのは、気まぐれで強い生き物だから。誇り高い神は、人間に同情などしてはいけない。しかし、頭にちらつくのは、水神様の顔。優しい水神様は供物のあたしに同情し、自らの力であたしの復讐を手伝った。その結果、消えてしまった。



 あたしは、曲がりなりにも、軽く100年は神様やってきたんだ。弱くなったとは言え、死にそうな人間を助けることぐらい、やろうと思えばできるだろう。



 ……例え、助けたあとで力尽きるとわかっていても。



「とりあえずさぁ、その姉ちゃんとこ連れてってよ。意識を少し回復させるぐらいなら、できるかもしれない」

「ほ、本当か!」



 智に連れられやって来たのは、大きな白い建物。見上げていると、智に呼ばれ慌ててついていく。中も白1色。キョロキョロしながら美香のいる部屋につく。入ると、ベッドに横たわる華奢な身体があった。肌は青白く、むき出しの腕には色んな管が刺さっている。



 生きているか怪しく思えるほど、小さな呼吸。瞼は閉じられて、ピクリともしない。ベッドのそばに置いてある椅子に腰掛け、美香の顔を覗き込む。



 じっと見つめ、こりゃ意識を取り戻させるだけでもかなりの力がいりそうだと考える。



 ひとまず、容態は見たので神社に帰る。夕方の掃き掃除は、疲れていたので智にも手伝ってもらった。箒を握りしめ、智がぽつりと漏らす。



「なぁ九十九、俺……姉ちゃんと話がしたい。頼む」



 現代っ子は、神様を軽く使ってくれるねぇ。呆れて、あたしは肩をすくめた。



「いいよ。代わりに、みたらし団子供えといて」

「九十九……! ありがとう」

「供えなかったら、祟るからね」



 ニヤリ、と笑って脅せば智は「こえー!」と怯えていた。その様子をくすくすと笑いながら見て、暗くなってきたので智を家に帰した。



「本当にやるんですかぁ? たった1人の人間のためだけに、皆集まりますかねぇ」

「集まるよ。現に、こうして今集まっているじゃない」



 笑うあたしを囲むように、化け狐の風葉(かざは)、猫又のミミ吉、狼男の(ほむら)、人魚の楓、座敷わらしのお夜が集まっていた。皆は、俗に言う「あやかし」と呼ばれる存在。



 あたし1人だと、多分途中で力尽きる。なので、皆に協力してもらうことにした。智にも言った通り、本来神やあやかしが人の生死に関わることはできない。と言うか、禁じられている。しかし、ここは人間のことわざ(?)、「赤信号、皆で渡れば怖くない」精神で行こう。



 風葉はぶーぶー言いつつ、久しぶりに見える人間と会うのが楽しみなようだ。それは、他のあやかしも同じ。皆、見える人間が減っていくことを嘆いているので、智のためなら協力するだろうと思っている。



 協力してくれなかったら、最悪あたし1人でやるけどね。本当は、皆を巻き込むことはしたくない。すべてはあたしの力不足が原因なのだ。



「おはよう、九十九!」

「智? 何でこんな朝早くから……」

「今まで九十九が1人で境内の掃き掃除、してきたんだろ? 姉ちゃんと話せる機会をくれるんだ、俺も何かしなくちゃと思ってさ」



 ニコニコと笑う智。……馬鹿だねぇ、智は本当に馬鹿だ。もっと馬鹿なのは、たった1人の家族のことを思いやる優しい智に惹かれていた自分に気づかなかった、あたし。



 一緒に掃き掃除を終えると、皆を紹介する。風葉は舞い上がりすぎて何言ってるかよくわからなかったし、焔はまた女にふられたのか、酒をあおりながら大泣きしての自己紹介だったので、脛に思いきり蹴りを入れた。他の面々は普通に安定していた。



 智は、初めて見ると言うあやかしに驚き、興奮していた。とにかく「すげぇ」を連呼していた。



「じゃ、行こうか」



 美香の入院している病院へ向かう。

 今日も変わらず、ベッドに横たわる美香。智は心配そうに、部屋の隅っこで見守っている。



 皆から力をもらい、美香の胸に手を当てる。今にも止まってしまいそうな弱々しい鼓動。目を瞑り、胸に当てた手に力を込め、静かに呼び掛ける。



 ーー弟の智が、待っているよ。目を覚まして、美香。大丈夫……あなたは、生きられる。あたしの寿命(・・)をあげるから。智が待っている、さぁ、ゆっくりと瞼を開けて。



 美香が、ゆっくりと目を開く。震える唇で、小さな声で、「さと、る……?」と呼ぶ。智が目を見開き、涙でぐしゃぐしゃの顔で美香の元へ駆け寄る。



 その後、医者を呼んで診てもらった美香は、すっかり回復した。医者が驚くほど。



「ありがとう! 九十九。みたらし団子、必ず供えるよ。これからは、毎朝境内の掃き掃除もする。姉ちゃんを助けてくれて、本当にありがとう」



 ニッコリと微笑むと、あたしは智の頬に口づけを落とした。きょとん、としたあとに、見る見る顔を赤く染めた。後ずさりして、「な、ななな!?」と動揺している姿を見て満足した。



 ーー好き、好きよ、……智。優しいあなたが、好き。成長する姿が見れなくて、とても残念。



 あたしの中に生まれた小さな恋心は、胸に秘めておく。伝えることなく、あたしは智に手を振って病院を後にする。 



 外へ出ると、綺麗な虹が空に見えた。

 くるり、と振り返り、泣きそうな顔をする皆に思わず苦笑い。清々しい気持ちで、空を眺める。笑って、伝える。



後は(・・)よろしくね、皆」

「九十九様ぁ、消えちゃ嫌ですよぅ!」

「みたらし団子、腐る前に皆で食べてね。あたしの大好物をあげるんだから、感謝なさい」



 冗談めかしてそう言えば、風葉はうるうると目に涙をためる。



 わかっていた。弱っていたあたしが、いくら皆の力を借りたところで、死にかけてる人間を助けるなんて無理だって。だから、代わりあたしの寿命を与えた。きっと美香は、長生きすることだろう。



 病弱な身体も治る。丈夫な身体で幸せな人生を送ると言う夢は、美香に叶えてもらうことにしよう。



 自分の身体が、粒子になっていくのがわかる。あたしは、水神様と同じところに行くのかな。虹を見上げて、きゅっと唇を結ぶ。



「ねぇ皆、あたし……神様っぽかったかな? ちゃんと神様やれてた?」



 震える声でそう問いかければ、皆から「当たり前!」と返ってきた。我慢の限界がきそうで、涙が出そうになった時。



「九十九! 九十九は、神様だよ。俺と姉ちゃんの、神様。必ず供えるから、食えよ。……みたらし団子」

「智……。後はよろしくね。姉ちゃん大事にしなよ、それから、神社にもたまには来てね。バイバイ」



 最期は神様らしく、ちゃんと笑顔でーーお別れを。智が、手を伸ばす。握る寸前で、手が粒子となって空高く上がっていく。智の伸ばした手は、空を切った。



 想いを伝えたところで、困らせてしまうだけ。それなら、笑顔でバイバイしたい。



 キラキラと輝く粒子になったあたしは、虹へ向かって舞い上がっていった。





 ここは九十九神社。昔々、神への供物として殺された少女に似せて作られた人形、「九十九神」を祀ってある。この神社の境内を、毎朝欠かさず掃き掃除する青年がいた。



 青年には姉がおり、たまに兄弟で神社の掃除をしている姿か見られている。掃き掃除のあとは、お祈りの時間。手を合わせ、目を瞑って静かに祈る。



「九十九……姉ちゃんも俺も、元気にやってるよ。ここ最近、参拝客が増えたんだ。いいことだよな。だから安心しろよ、この神社は俺達兄弟で守っていくからさ。風葉さん達もいるし、心強いよ」

「ーーーー智! みたらし団子はどうした!」



 不意に、空から少女の声が響く。

 キョロキョロと辺りを見渡しーーご神木の上にちょこんと座る、少女の姿が見えた。数年前と変わらない姿が、そこにはあった。山奥から、あやかし達が出てきて少女を担ぎ上げる。あやかし達は「九十九様が帰ってきたー!」と大騒ぎ。そのまま青年……智の前に下ろされた。



 九十九はどこか気恥ずかしそうに視線をさ迷わせていたが、成長した智を見て、ニコッと笑い思いきり抱きつく。



 思いの外九十九の力は強く、危うく内蔵が口から飛び出るかと危機感を抱いたほど。



「水神様から罰として宿題を出されたの。ーーこれからも、支えてくれるのでしょう?」

「……っ、勿論!」

「それは頼もしい。じゃあまずは、智を好きになってしまったあたしのことを考えるところから始めてね」

「…………へ?」



 呆ける智に、くすりと笑いかける。それから、ニヤリと怪しい笑みを浮かべて背伸びをする。そのまま、智の唇にキスする。一気に顔を朱色に染めて後ずさる姿は、数年前と変わらず。



 水神様に罰として出された宿題が、智との恋を成就させることだと知っているのは、九十九のみ。



 九十九神社は、今日も賑やか。

日向るな様主催のGMB企画の作品です。

楽しく読んで頂けたら嬉しいです!

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[一言] 初めまして。 GMB企画に参加しました青瓢箪です。 神さま?✖️人間の男の子ということで、二人は成就しないんだろうなあ、という予想をラストで裏切られました。 可哀想な人生だった九十九ちゃん…
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