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雑多な商品が山積みされた店の中を通り過ぎ、奥にある急勾配の幅の狭い階段をブザンソンが上がって行く。店の狭さにジグリットが松葉杖を使えず、片足跳びになると、背後から付いて来ていたファン・ダルタが突然、抱き上げた。
「おい、大丈夫だから下ろせ!」ジグリットが文句を言うと、騎士は顔をしかめたが、脇に手を入れて持ち上げたままだった。仏頂面での騎士に店の奥へと連れて行かれる。
ジグリットが早々に諦めると、ファン・ダルタは階段の前で自分の肩に担ぐように持ち直し、二人は店の上階へと上がった。
店の上は接待や交渉に使う場所らしく、階下よりもすっきりした雰囲気になっていた。低い円卓の周りに五つほど座布団が敷かれ、壁際の棚には書類の束や巻物が積んであった。
ファン・ダルタは担いでいたジグリットを座布団の上に下ろし、自分もその隣に座った。
「相変わらず不便そうだな」ブザンソンがそんなジグリットの様子を見て言う。
ジグリットは鼻に皺を寄せ、反論した。「別にぼくは不便じゃない。一人で大丈夫なんだ」隣の騎士を睨みつける。
ファン・ダルタは、ジグリットの視線から顔を反らし、しれっとした顔で周囲を見回していた。
「おれのとこに良い義足がある。買うか?」
ジグリットは訊かれて、首を横に振った。義足を試したことがあったからだ。ただ、左足の付け根と接触する部分が擦れて酷い目に遭ってからは、もう杖一本の方が楽だった。それに、義足といっても膝や足首が作られているわけでもない。ただの棒切れだ。可動部分が少ない義足は逆に足手まといな部分も多かった。
――慣れれば使えるのかもしれないけど、それまでに体調を崩すようなことがあったら困る。
今のジグリットには、快適な歩行よりも大事なことがあった。
ブザンソンはジグリットのちょうど正面に座る。
「それで、魔道具使いを雇いたいなんて、金はあんのか?」
問われて、ジグリットは「一応」とだけ答えた。
「幾らだ。見せてみろ」ブザンソンが手を差し出す。
「それは断る」ジグリットは渋い顔になった。
金の入った巾着袋は腰に下げた革袋に入っている。だが、ブザンソンに中身を見せるつもりなど毛頭なかった。ブザンソンは根っからの商人で守銭奴だ。
ジグリットは冷たく言った。「交渉する相手に手の内を見せてどうするんだ」
それを聞いたブザンソンが、ハッと声を出して笑った。「いいねぇ。おまえ、ちょっと商売ってもんがわかってきたじゃねぇか」
まったく嬉しくない。ジグリットが顔を歪ませる。
「しかし、魔道具使いか」笑っていたブザンソンも困ったように呟いた。「厄介だな」
それから暫し、部屋には沈黙が流れた。ブザンソンはどうしようか考え込み、ジグリットは黙ってそれを待っていた。そして、ファン・ダルタは初めて会ったブザンソンをじっと観察していた。
「ブザンソン、ヴェネジネはどこなんだ?」
ジグリットは黙っているのに飽き、部屋の中にもブザンソンの側にも彼の大切な練成人形の子猿がいないことに気づいた。
練成人形とは、魔道具使いだけが造り出すことのできる命を持った人形のことだ。ブザンソンはその猿の人形をずっと大切に側に置いていた。だが、今は彼の肩にも腕にも、あの愛らしい姿の人形が見当たらなかった。
ブザンソンは俯いて考えていたが、顔を上げて壁際の木製の酒樽を指差した。
「その樽ん中」
ジグリットが寄って行き、樽の中を覗き込む。
「寝てる」
樽の底には柔らかそうな白い綿が敷かれ、その上に茶色い手のひらほどの大きさの猿が腹を上向けて眠っていた。
ちょっとずつで申し訳ないです。なかなかこちらに時間が回せなくて。アップアップしてますが、回数増やしたい! いや、増やそう。がんばります。