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続タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
地底の魔学者
8/14

2-6

 微妙な雰囲気の中、ジグリットはとりあえず互いを紹介した。まずはブザンソンに騎士を手のひらで示し、「ブザンソン、彼はファン・ダルタ」次いで、「ファン、こっちが恩人のブザンソンだ」そう告げる。

 ブザンソンはジグリットの言葉に、にたっと笑い、頭をぼりぼりと掻いた。

「なんだなんだ、恩人だと!? 照れるじゃねぇか」

 恥じらっているブザンソンとは対照的に、騎士の方はにこりともせず、黙ってそっぽを向いている。

 ジグリットはファン・ダルタの好意的とは言えない態度に呆れながら、ブザンソンに向き直った。

「ブザンソン、フェアアーラに居てくれてよかったよ。会えないかと思っていたから」

 ブザンソンは「ああ」と頷いた。「長旅の予定だったんだが、別件の仕事を依頼されちまってよ。ベトゥラまで行こうと発ったものの、また戻ってきたんだ」

「ベトゥラ!? それは遠いな」ジグリットは大陸の地図を思い浮かべた。

 ベトゥラ連邦共和国は、大陸の北西に位置する雪国だ。旧タザリア王国からゲルシュタイン帝国を通り、さらに西へと移動しなければならない。交易を行いながら移動するとなると、ベトゥラにたどり着くのは随分先、半年以上、もしかしたら一年ほどかかる旅路かもしれなかった。

 ジグリットは運良く、ブザンソンが戻って来てくれたことに、心の底から安堵した。

「すぐにまた発つつもりなのか?」ジグリットが訊ねる。

 ブザンソンは嬉しそうに微笑んだ。「ああ。なんだなんだ、おれっちがいないと寂しいか? そうだろうなぁ。おれとおまえ、二人の旅は本当に楽しかったよな。大変なことも結構あったけどよ」思い出しているのか、ブザンソンは目を閉じて宙を仰いだ。「いろいろあったよなぁ。そうだ!」目を開けると、ジグリットを見据える。「また一緒に行くか?」

 期待の篭もったブザンソンのきらきらした瞳に、ジグリットは申し訳なく答えた。

「それが・・・そういうわけにもいかないんだ・・・・・・」ジグリットはブザンソンの落胆している顔を見つめながら言った。「実は、あんたに頼みがあって来た」

 ブザンソンはジグリットの口調の変化に気づいて、背筋を伸ばした。共に過ごした期間があったからこそ、ブザンソンはジグリットの声色や表情を読み取ることができた。真剣なジグリットの眸に、ブザンソンは久しぶりに気持ちが高揚し、同時に懐かしさと物寂しさを感じた。互いに行く道は違うのだとわかっていたからだ。

 ブザンソンは、ジグリットが自分と別れて以来、どこで、何をしているのかを知らなかった。ひと月前(注1)、別れるときも、ジグリットは説明しなかった。

 目的を持ち、その場所へひた走っている少年を、交易商人である自分が連れ回すことはできない。だから渋々、別れを選んだが、ブザンソンは今でもジグリットとまた旅をしたいと強く願っていた。今度もその気持ちを押し殺し、ジグリットの望みを聞かなければならないのは、彼にとって辛いことだった。

 ブザンソンは大きく息を吐き出し、訊ねた。「で、なんだよ、頼みって?」

 ジグリットがまっすぐにブザンソンを見つめながら言う。

魔道具使い(マグトゥール)を雇いたいんだ。紹介してくれないかな」

「・・・・・・」

 意外な発言に、ブザンソンが目を瞬かせる。

「無理を言っているのはわかってる。でも、もうブザンソンしかいないんだ」ジグリットは詰め寄った。

魔道具使い協会(ギルド)に断られたんだな」

 ブザンソンは訊ねるというより、そうに違いないと断定して言った。

 ジグリットは大きく頷いた。

 すると、ずっと黙って店先にいたカディマが三人の男たちを呼んだ。

「ちょっと、あんたたち! 話し込むのはやめてよ! 荷馬車に馬二頭に、むさい男三人・・・いや、むさいのは二人か・・・とにかく、あんたたちがそんなところに陣取ってたら客も寄り付かないじゃないの」

 ブザンソンは振り返り、肩を竦めた。「ああ、悪い」

 ジグリットとファン・ダルタの方を向き、ブザンソンは店を指差した。

「じゃあ、とりあえず上がってくれ。話は中で聞く」ブザンソンは店の方へ歩き出しながら、カディマに言った。「おい、ピオはどこだ? あの小僧、どこで(なま)けてやがる!?」

「ピオ?」カディマが代わりに荷馬車の方へ来て、馬の手綱を拾い上げる。「あの子なら買い物に行かせたんだけど・・・・・・そう言えば帰りが遅いね・・・」

「どうせどっかでサボってんだ、あの野郎」ブザンソンはぶつぶつ言いながら、店に入って行く。

 ジグリットは店の前に馬留めの柵がないかと見たが、なかったので、自分の乗って来た馬をどうしたものかと困惑していた。そこにカディマが荷馬車を曳きながら言った。

「ジグリットだったね、あんたの馬とそっちの騎士さんの馬もあたしが世話しとくから大丈夫だよ。店に入ってちょうだい」

「いいのか?」ジグリットが訊ねる。

 カディマは微笑んだ。「馬の扱いなら任せといて。これでも一時(いっとき)、血の城の厩舎番の小間使いをしてたんだからね」

「血の城・・・・・・」

 嫌な言葉を聞いて、ジグリットの顔が歪む。だが、カディマは気づかなかった。気づいたのは、騎士だった。

「おい、ジグリット、大丈夫か?」

「あ、ああ・・・・・・」

 ジグリットはたった一言を気にした自分を振り払うように、さっさと歩き出す。ファン・ダルタもそれに付いて、二人は店へと入って行った。



注釈

注1・・・この世界ではひと月が90日です。一年は四か月。紫暁月、蛍藍月、黄昏月、白帝月。現在は黄昏月です。


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