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続タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
地底の魔学者
4/14

2-2

 街を歩き回らずとも魔道具使い協会(ギルド)の場所はすぐにわかった。学士院同様、街の高層の建物群の中でもよく目立っていたからだ。黒い鉄柵に囲われた勉学の家、大陸が誇る壮麗で堅固な印象の学士院と比べ、魔道具使い協会は質素な造りだったが、建物自体は優るとも劣らず大きかった。

 砂岩で造られた壁に囲われた協会の前まで馬でやって来ると、ファン・ダルタとジグリットは馬上から降り、二人は門前まで馬を曳いて行った。

 ジグリットは鞍に結んでいた松葉杖を一本取り出し、脇に抱えて歩き出す。普通の人と変わらない速度で歩けるようになったのは、左足を失って一年以上が経っているせいだ。だが、痛みはないものの不便なことに変わりはない。その上、周囲の人間がやたらと世話を焼こうとしてくるのがジグリットの矜持を時々、ちくちくと刺激した。特に、ここにいる黒ずくめの騎士、ファン・ダルタの過保護ぶりには辟易していた。

 鞍袋から下ろした貴重品の入った袋を背負っていると、横からファン・ダルタが掠め取った。

「ジグリット、荷物はおれが持とう」

「いいよ、自分で持てる」ジグリットが取り戻そうとする。

「いいから、おまえは転ばないように気をつけろ。石敷きの地面は歩き難いだろう」

 馬二頭の手綱と自分の荷、そしてジグリットの背負い袋を下げ、ファン・ダルタはさっさと歩き出す。

 反論したかったが、ジグリットは言い合いになるのが嫌で口をぐっとへの字にして黙った。馬から降りるのも自分でできるが、ファン・ダルタはその度に手を貸そうとしてくる。

 ――病人扱いはやめて欲しいと前に言ったら、この方が早いと一蹴されてしまったしな。

 確かに何もかもを自分でやろうとすると、ジグリットは片足の不利があるため時間がかかることもある。ちょうど良い匙加減がわかれば、不要な手助けは減るのだろうが、実を言うとジグリットにも自分ができることとできないことの境が明確ではなかった。

 無理をして体内に埋め込まれた魔道具――黒きニグレットフランマ――を使えば、何でも自分でこなすことができるだろうが、魔道具はそれほど万能な物ではない。使えば反動があり、ジグリットの場合は激しい倦怠感と疲労に苛まれることになる。

 ――魔道具、か。

 ジグリットは魔道具について、あまり良い印象を持っていなかった。かつて魔道具使いに手酷い目に遭わされたこと、自分の体内に自身の意思を無視して埋め込まれたことなど、思い出すと嫌な思いしかしていない。

 ジグリットは協会の厚い砂岩の門をくぐって行った。門を入ってすぐ、ファン・ダルタは門番に、訪問者は馬留めの支柱に馬を繋ぐよう言われ、そちらへ向かっていた。

 見回せば、門の内側の敷地はかなり広かった。大きな二つの建物が敷地の中央にあり、渡り廊下で繋がれている他、厩舎と思しき平屋建ての木造の小屋や、食料庫や薪を積んだ小屋など、六つ以上の小さな造りの建物が目に入った。

 小規模な城や砦のような機能的で広い内郭に、ジグリットが目を凝らしていると、ファン・ダルタが戻って来た。手には木札を持っている。

「それは?」ジグリットが訊ねると、ファン・ダルタは門番小屋から続く道の先を指差した。

「訪問客用の番号札らしい。待合室で待つようにと言われた」

 砂利敷きの道の奥に平屋建ての建物が見える。どうやらそこが待合室らしい。ジグリットは彼の手にある番号札を見た。

「五番か」

「ああ、半時ほどで呼ばれるだろうとさ」

 魔道具使い協会では一国の王や領主など、金持ち連中に魔道具使いを斡旋する他にも、民衆に安価な値で魔道具を売ったり、使い方を教えたり、魔道具使いを出張させたりもしている。そのため客はひっきりなしに訪れるのだ。

 ジグリットとファン・ダルタが木札を手に待合室へ向かう間も、二組の商人らしき男たちとすれ違った。

 待合室はこじんまりとした木造の建物の中にあった。中央の建物からは離れている。半時も経たない内に、一人の灰色の長衣ローブを着た男がやって来て、ファン・ダルタに来訪の用向きを訊ねた。

 魔道具使いには見えない。成人したばかりのような若者だ。下働きか従者かわからないが、ジグリットには目もくれず、黒(てん)の外衣を羽織ったまま長椅子に座っていたファン・ダルタに声をかける。

 ジグリットは気にしなかった。ファン・ダルタと並んでいると、よくあることだ。兄弟だと思う者もいれば、ジグリットを騎士が連れている小姓と思う者もいる。むしろ、自分に興味本位の目が向けられないことが楽なぐらいだった。

「魔道具使いを雇いたい」

 ファン・ダルタが言うと、長衣の青年は眉をひそめた。それもそのはずで、いかついファン・ダルタはどう見ても商人には見えないし、向かいに座っているジグリットは風雨にさらされ汚れた衣服を着た下町育ちの少年のようだ。金を持っているようにも、魔道具使いが必要だとも思えない二人組なのだ。

「ええっと、どういった仕事で魔道具使いを? 期間はどれぐらいになりますか?」

 問われて、ファン・ダルタは向かいの一人掛けの椅子に座っていたジグリットの方を見た。

 ジグリットがにこっと微笑むと、ファン・ダルタは困ったように指で顎を掻いた。傍観するだけで面白がっているジグリットに気づいたからだ。

「結構長い期間だ。仕事は・・・・・・だな・・・・・・」

 隣国のナフタバンナ王国に仕える魔道具使い、ボクス・ウォナガンと戦闘してもらうためだ、とはさすがに言えず、ファン・ダルタがしどろもどろになる。

「金ならある。だが、少し込み入った話だ。魔道具使いを雇えるとわかってから説明したい」

 なんとかファン・ダルタがそう告げると、青年は顔をしかめたまま、「少しお待ちを」と言って部屋を出て行った。

「ジグリット、おまえが説明した方がいいんじゃないか?」

 青年が戸を閉めるなり、ファン・ダルタに言われて、ジグリットはハハッと笑った。

「どちらが説明しようが、難しいことなのは変わらないさ」

「けどな・・・・・・」

 鼻に皺を寄せ、文句を言いたげなファン・ダルタにジグリットは話を変えて言った。

「それより、ファン、気づいたか?」

「ん? 何がだ?」ファン・ダルタは顔を上げた。

 ジグリットは立ち上がり、杖なしで片足で跳ねて部屋の隅に置かれた小さな机の傍に行くと、載っている花瓶に挿さった桃色の百合の束を引き抜いた。

「やっぱり、魔道具だ」

 花瓶の口の裏側に付いていたのは、小型の正方形の金属だった。この部屋に入ってからずっと、ジグリットは低い耳触りな音を聴いていた。この魔道具が放つ音だったのだ。普通の人なら聞き取れないような音でも聞くことができるのは、体内に魔道具があるせいだ。ジグリットの体内にあるニグレットフランマは五感を鋭くする。

 それに、ジグリットは同じ物を過去に目にしたことがあった。この魔道具は離れた場所にいても、部屋の中の声を聞くことができる物で、間諜スパイ行為を働くときに使われる。

 見つけたジグリットに、ファン・ダルタは「そんなものどうする気だ?」と訊ねた。

「そうだなぁ」ジグリットは言いながら、衣嚢ポケットに突っ込んだ。「貰っておこう。何かに使えるかもしれない」

 とは言っても、これには対となる魔道具があるので単品では使えない。ジグリットもそれは知っていたが、魔道具というだけで少しの金にはなる。

「少し蒼蓮華に馴染みすぎたかな」

 山賊団の仲間になって手癖が悪くなったかもしれない。ジグリットが言うと、今度はファン・ダルタがハッと笑った。

「おまえは昔から手癖が悪かっただろうが」

 ファン・ダルタに出会ったとき、ジグリットはタザリア王国の田舎町でかっぱらいをするりの少年だった。

 随分昔のことだが、思い出したジグリットはにやりと悪辣な笑みを浮かべた。それを見たファン・ダルタが溜め息をつく。

「おい、こんなところで騒ぎを起こすなよ。おまえを小脇に抱えて街の中を走るところを想像しちまっただろうが」

「騒ぎなんて起こさないよ。変な想像しないでくれる?」

「おまえと一緒にいて騒ぎにならなかった時の方が少ないからだ」

「そんなことない・・・・・・だろう・・・?」

 ジグリットは断言しようとしたが、どうにもしきれなかった。


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